軍コメ(短編)




「おいコラ。何ナンパしてんだ」
「ん?よーコメ、来たのか」
「テメーが呼び出したんだろーがよ」


よく晴れた日の昼下がり。駅前のベンチにいつもと違う様子の軍司を見つけた。だいたいいつも俺より早く待ち合わせ場所に着いている軍司は煙草を吹かしながら近づく俺によお、と微笑みかける。俺はそんな瞬間が好きで、早く着きそうになってもどこかで時間を潰してからその場所へ行くようにしている。しかし今日はそれが無い。軍司の膝の上に小さな女の子が座っていて、楽しそうに話している雰囲気はまるで親子のようだ。そして俺は俺に気付かずにデレデレしている軍司に呆れつつ声を掛けたのだ。軍司は悪い悪いと言いながら、女の子をチロルチョコで餌付けしている。


「なんだよその子」


とりあえず隣に座って軍司に尋ねた。その女の子は5歳くらいだろうか。よくしゃべるしよく笑う。人懐っこくて他人から見ても可愛い子供だと思う。


「さぁ、うろうろしてたらついてきた。迷子かもな」
「……」


そんなやりとりをしても目線は女の子を向いたまま。


「よー嬢ちゃん。怪しいおっさんからお菓子もらったらダメだぞ」
「怪しい奴扱いかよ」


女の子はもぐもぐと嬉しそうにチョコを頬張っているが、その子から見れば軍司は充分怪しい奴だと思う。知らない人がお菓子くれても貰っちゃダメよ、と幼心に教えられた記憶が蘇る。親は何してんだ、とどうでもいいことを思って空を見上げた。


「どーすんだ、餌付けなんかして」
「んー?そうだな、嫁にでももらうか」


持ち上げて「な?」と軍司が笑いかけている。ベンチの上に立った女の子は丁度目線が合うくらい。女の子もきゃっきゃと笑い、なんだか楽しそうだ。何いちゃついてんだよ、と内心で呟く。こいつはなんつーか天性の親父気質っつーか何つーか。。女子供を甘やかすクセがある。それは別にいいんだが、この状況は少し腹立たしい。


「うお!」


突然軍司が間抜けな声を出したのは女の子が軍司に抱きついて頬にキスをしたからだった。引きつる俺とは対照的に目尻の下がりきった軍司は嬉しそうに笑っている。ほんのり頬が紅い。子供相手に照れてんじゃねーよ馬鹿。















「よー、何怒ってんだよ」


迎えに来た母親に女の子を渡した後、俺達は当初の予定通り行きつけのショップへ向かっていた。


「…怒ってる?」
「さっきから話してても俺の目見ねぇし、どんどん進んで行っちまうしよ」
「、」
「……?なんだよ、無意識かよ」


しまった、態度に出てたのか。けど怒ってるわけじゃない。ちょっと面白くないと思っただけだ。


「わ!」


頭の中で自分の行動を振り返っていると、道の真ん中だというのに突然後ろから抱きしめられた。


「軍司!人に見られたら、」


運よく今は周りにいないものの、公共の道路だ。いつ人が現れてもおかしくない。俺は慌てて軍司の腕を引き離そうと引っ張る。


「機嫌直るまで離さねー。なんで怒ってんのか言えよ」
「離せ!」
「離さねー、」


もがけばもがくほど軍司の腕の力は強くなっていく。畜生、力じゃこいつに適わねえ。


「……はぁ、」
「コメ?」
「……別に…………だ」
「ん?」
「ちょっと羨ましかっただけだ、多分」
「何が?」
「どーせ俺は嫁になんかなれねーし」
「嫁?……あぁ、さっきのことか?」
「……」


人前で堂々といちゃつけることとか一生を約束出来ることとか、今更かもしれない。始める前からそんなことは解っていたのだから。だけど子供とあんなに楽しそうに接する軍司を見て心底羨ましいと思ったんだ。


「ははっ!」
「な!お前、何笑ってんだよ。人が真面目に、」
「いや、だってお前それ、」


そう言うと軍司によってくるっと向きを変えさせられた。向かい合った軍司はまだ笑い続けている。


「嫁になりてぇって言ってるように聞こえるぜ?」
「!!」
「まさかこんなとこでプロポーズされるとはな」
「何がプロポーズだ!すり替えんな!」


尚も笑い続ける軍司に俺はバツが悪くなって目を逸らす。都合のいいように解釈しやがって。


「もういいだろ、離せよ」
「嫌だね。大人しく抱かれてろ」


そう言ってもう一度ぎゅっと抱きしめられれば俺はもう抗えない。こいつは俺がコレに弱いことを知っててやってる。


「機嫌直ったか?」


これも俺の機嫌が回復したのを分かっていて聞いている。うるせぇ、と呟くと軍司の腕の力が緩んだ。そして、


「嫁になんかならなくてもいーからお前はずっと俺の傍に居ろよ」


離れ際、耳元で囁かれた言葉で俺の心を鷲掴みにしたのだった。












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