廻れ。廻れ。
Dry後の話ですが、読まなくても大丈夫、だと思います
あの時の秀吉さんの言葉の意味が未だに理解できない。いや、理解できないのではなく信じられないと言うべきか。
事前にしていたのはセックスの話。つまりは軍司さんとそういうことをするということだろうか。まさか。例えば秀吉さんが本当にそういうことが出来る人だとしても、女一筋な軍司さんが受け入れるわけない。冗談で済まされるか、気持ち悪がられるか。真面目に受けてもらえたとしても真剣に断られるだけだろう。それ以外あり得ない。
頭でそう思いはしても悶々とした時間を過ごした。けれどあの後図書室に行ったらしい軍司さんはごく普通に美術室に戻ってきた。変わった様子はなかった。探るように用件を聞いてみたが大したことではないような言い方ですぐにいつも通りの会話になった。本当にいつも通りとしか言い様がない。俺の心配はやはり杞憂だったように感じた。
そんな考えがこの日覆された。
朝から連絡のつかない軍司さんを探して屋上へ向かった。鉄扉を開けると木の葉が舞った。今日は風が強い。屋上にも枯葉や小枝が所々集まっている。
―と、話声が聞こえた。それは聞き間違うはずのない軍司さんのもの。やっぱりここだったかとソファのある側に回ろうとすると、少しいつもと様子が違うことに気がついた。壁の角を曲がる寸前で足を止める。
「…止めろっ」
途切れ途切れに聞こえる篭った声。無意識に息を潜め耳を澄ます。微かに聞こえる息遣い。これはまるで……。まさかと思ってそっと壁から覗く。ソファでは予想通りというか、予想だにしないというか…、座っている軍司さんに秀吉さんが覆いかぶさっている姿が目に入った。思考が停止した中で、舌を絡められているだろう軍司さんの横顔に目が囚われる。苦しそうに眉を顰めながらもうっとりと閉じかけた目、秀吉さんを受け入れる開いたままの口、少し上気したその顔に自分の中で何かが反応したのを感じた。
―――あんな顔すんのかよ……――。
二人が息を吐こうと動いた瞬間、我に返って身を隠す。脈は速くドクドクと全身が波立っていた。
パリッ
動揺していたからだろう。足元に気を配る余裕なんてなかった。咄嗟に何歩か後ずさった後ろ足で先ほど舞っていた枯葉を踏んでしまった。無情に響いた音に絶句する。
「なんか音しなかったか?」
「風だろ」
やばい、気付かれた?こっちに来られたらアウトだ。だからと言って扉を開ければ完全に誰か居たと言ってしまうようなもの。向こう側の壁まで行くか、咄嗟に重心を移動したその時、壁の端から秀吉さんの姿が現れた。
秀吉さんの鋭い目と目が合う。覗いていたなんて、言い訳のしようがない。焦って口を開こうとすると、秀吉さんの手で口を塞がれた。そして手を引かれる。何をするかと思えば秀吉さんは思い切り音をたてて扉を開いた。校舎の中にドンと押し込められる。邪魔するな、と耳元で囁かれ扉を閉められた。ガチャン、と鍵の閉まる音がする。
俺は扉の前で唖然とした。
「っ!!」
軍司さんの表情が焼きついて離れない。あんな顔をするなんて知らなかった。俺には見せたことが無かった顔。秀吉さんの前ではもう何度も見せているのだろうか。
ツキン――と胸が痛んだ。
「どーした」
「鍵掛けてきた。これで満足だろ」
「本気で盛ってんじゃねぇよ。鍵が掛かってること自体不自然じゃねぇか」
「じゃあいっその事見せ付けてやるか」
お前が言うと冗談に聞こえねーんたけど。そう言う軍司の言葉は秀吉に飲み込まれ、二人はソファの上に倒れこんだ。
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