心躍るアンラッキー
5人目の戦いが終わるまで、俺は軍司の横で見ていた。
そしてマサ出ていくのと同時、軍司はゆっくりだが歩き出していた。
ブッチャーたちが飛び出していって、見学に回っていた奴ら全員での乱闘になった。
軍司と拳を合わせ、気合を入れた。俺のすぐ前をいく軍司。肩の怪我を感じさせない豪快な動きで蹴散らしていく。自分の中でスイッチが入るのを感じた。一年の時から、こいつと喧嘩する時は負ける気がしなかった。
一人、二人、目の前の坊主頭を地面に叩きつけてあいつを見ると、十希夫があいつの傍に居た。
距離はそこそこ離れているが、まるで背中を守っているようだ。よく見ると、あいつの一派のやつらが周りを固めていた。あいつを中心に動く。乱闘やらせたらあいつの一派は鈴蘭一だ。
チーム力ってやつを見せつけられる。あいつが何も言わなくてもあいつらは信頼で繋がっている。命令ではない、一派として動くことが一派の奴ら個人の意思。少し眩しく見えた。
喧嘩は終盤。
転がる男の多数はハゲ頭。
そして立っている男たちを見るとある一定の方向を見ているのに気がついた。
光信と軍司のタイマンだった。
二人は笑っている。どちらも引かない、ぶつかり合いだった。
昔わくわくして喧嘩に行ったときのことを思い出す。
俺も自然に手を止めてその戦いに見入った。
ジョーでもなく、秀吉でもなく、ゼットンでもなかったが全員が認めていた。軍司のタイマンで鳳仙との乱闘に決着が着いたのだ。戦いのカギは副将が握るとはよく言ったものだ。
その場で解散となり、俺も学校へ向かおうとした。秀吉とマサはいつのまにか居なくなっていて、俺はゼットンと。軍司も、と思って振り返るとあいつの傍には十希夫が居た。十希夫の肩に腕を置き、周りの奴らと笑いあっている。さりげなく周りの様子を見、怪我の具合を確認しているようだ。
それぞれが声を掛け労っていた。
軍司と目が合った。
「先に行ってろ!後から行く」
その目はもうこっちを向いていなくて
俺は胸にモヤモヤしたものを抱えながらゼットンの後を歩いた。
その日からしばらく経って
俺はなんとなく、ただなんとなく美術室に向かった。
もうすぐ最後の授業が終わる。
ぶらりぶらりと歩く途中、廊下で十希夫とすれ違った。
俺に気付くと十希夫は軽く頭を下げたが
十希夫の目が赤く腫れていたような気がした。
顔を見られたくなかったというような素振りだった。
美術室に入ると軍司は一人で窓の外を見ていた。
「よう、コメ。どうした?」
いつも通りだ。
なのに何か違和感がある。
「十希夫とすれ違ったぞ」
「あぁ、さっきまで居たからな」
「……」
俺はその違和感を探る。
静かで、とても穏やかな空気。
軍司が体の向きを変えてこっちを見る。
「どうした?なんか用があったんじゃねぇのか」
俺が何も話さずにいると、軍司がそう聞いてきた。
その顔を見て理解した。
「別に、どうしてるかと思っただけだ」
多分軍司は、さっき十希夫に告げたのだろう。
一線を退く事を。
「寂しいか?」
軍司が一呼吸置いて、笑った。
「そんな事ねぇよ」
嘘つけ。
ならなんでそんな顔してんだ。
俺は軍司の隣に並んで、取り出した煙草を軍司に咥えさせる。
俺も自分で咥え、ライターを持った。
同時に火を付け、煙を吐く。
軍司が俺の目を見て、無言で疑問符を投げる。
「これからだぜ、大将。ちゃんと下の奴らが間違わないように見守ってやんねーとよ」
「、」
軍司の目が少し見開いて俺のところで静止した。
「どうした?」
「いや…、似たような台詞俺も最近使ったなと思ってな」
脳梗塞だと言った好誠に向けて使った言葉だった。
「そうか」
「あぁ」
こうして二人で居るのも久しぶりだと思った。
少しだけ、一年の時に戻ったような懐かしい
軍司が自分の隣に居るような感覚。
ガラッ
そんな静寂を破る音がした。
入ってきたのは、軍司の後輩。
一年だろう。
「軍司さん…!」
いつも騒がしい後輩が真剣な顔をしていた。
「軍司さん…俺…軍司さんの……」
声が震えている。
多分十希夫に聞いたのだろう。
「…俺に付いてきてくれてありがとな」
「っ…!軍司さん…俺…嫌っす…!」
下を向いて拳を震わせている。
「俺…やっと軍司さんの下につけたのに…」
「…俺の下なんかで満足すんな。お前の代は花がいるんだぞ。負けんなよ」
口調は厳しかったが、軍司の顔は優しかった。
「……、」
軍司がその後輩の頭に手を置く。
「いつでも屋上に来い。待ってる」
「……ハイ……」
美術室を出るとき、その後輩はすっきりした顔をしていた。
「羨ましいな」
思わず漏れたのは心の声だ。
軍司は勿論疑問符を浮かべている。
「俺も、時々お前んとこなら入ってもよかったなって思うってたんだ」
「…何言ってんだよ」
少し眉毛を下げて笑った。その顔、冗談だと思ってるよな。
「軍司、ありがとな」
「あ?」
「お前、らに会えてよかった」
目を見ては言えない。自分の煙草の火を見ながら伝えた。
訪れた静寂に、何か言えよと少し自分の言ったことが恥ずかしくなってちらっと見ると軍司と目が合った。
優しい目をしていたそれに俺は思わず息を呑んだ。
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