心躍るアンラッキー
ジージジ……
360度から聞こえる蝉の声。
広がる青い空、
白い雲、
青々と茂る木々、夏草。
中島は一人、天狗の森である人物を待っていた。
ザッ
「よぉ、遅かったな」
現れたのは鈴蘭3年。
中島とは小学校の同級生の岩城軍司。
「こっちにゃこっちの予定があんだよ。いきなりこんなとこに呼び出しやがって、」
中島と軍司が向き合う。
「で?なんの用だよ。アンモ」
「アンモって言うな!……まぁ待てよ。もう一人呼んであんだ」
「は?一体なんなんだよ。さっさと言え」
「どーせ暇だろうが。黙って待っとけ」
中島に言う気がないのを見て、同じ木陰に入り少し離れて腰を下ろした。日向よりは幾分涼しい。時折吹く風に揺れる葉音がそれを手伝う。
「…どうだ、そっちの生活は」
少し前に引越して街を離れた中島に世間話を振る。
「暇だ。まぁでも前と変わんねーかもな。万代が全部やっちまって連合のときも暇だったしな。お前んとこはどうだ」
「まぁこっちもだ。十希夫が片付けちまう」
「十希夫か。変わるもんだな。あんなに細かったのに」
十希夫の小学校時代を思い浮かべ、同時にお互いの幼かった姿を思い出した。
「お前は昔からでかかったよな」
「お前はハゲてたな」
「ハゲじゃねぇ、坊主だ」
「おい、中島」
30分程経って再度軍司が中島に話しかけた。
「あ?」
「まだかよ、もう一人」
「ったく、テメーは待つことも出来ねーのか」
「だったら呼び出した理由くらい教えやがれ」
「…お、来たぞ」
中島が指す広場の向こう側に人影が見えた。
それは軍司も良く知る人物だった。
「秀吉?!」
秀吉が二人の前に立つ。
「役者が揃ったな」
「どういうことだ、いい加減話せ中島」
「まー、大した話じゃねぇんだけどよ。この前の喧嘩、お前の引退試合にしちゃ光信じゃ役不足だったろ」
「……、」
「お前とは昔から色々あったが、まだ決着がついてなかったしな。俺がお前に引導を渡してやろうと思ってな」
中島が立ち上がって軍司を見る。
「秀吉は立会い人だ」
「さっさと始めろよ」
秀吉が煙草を咥える。
「なんだ、そーいうことなら早く言えよ」
軍司が煙草を揉み消す。
「危うく帰るとこだったぞ、」
軍司も立ち上がり、肩を回す。
中島と軍司が対する。
秀吉が煙草を投げた。
地面に着くと同時に両者が動いた。
実際中島と軍司はずっと喧嘩してきたが、一度も決着がつくことはなかった。体格に差があるものの、お互いの動きは熟知しており戦い方を心得ている。それに、高校の3年間で軍司は随分体格がよくなった。四天王と一介の派閥のトップという立場の差はあるが、鈴蘭で派閥をまとめるというのは他の学校のそれと比較にならないほど難しいものだ。秀吉自身、どちらが勝つのか楽しみではあった。
空を見上げるとさっきまで出ていた太陽が黒い雲に隠れている。
「…降りそうだな」
秀吉は木陰に入った。
程なくしてぽつぽつと雨粒が落ち始めた。
ザーーーー……
すぐに大粒の雨が天狗の森に降り注いだ。
状況はほぼ互角。たった今馬乗りになっていた中島が軍司にひっくり返された。立ち上がった軍司が切れた唇の血を拭う。二人とも泥だらけで顔を腫らしている。そして声をあげ再び拳を交える。
「ちっ…」
秀吉の目には二人が楽しんでいるように見えた。喧嘩は実力が拮抗している程面白い。
「おい、どこ行くんだ、」
その姿で街を歩いたら捕まるぞ、足を引きずりながら歩いていく中島に軍司が声を掛けた。
「近くに後輩の家があるんだよバカヤロウ」
じゃあな、と言って天狗の森を出て行く。その姿を秀吉と軍司は見送った。
「あいつ、この為だけにわざわざこっち来たのか?」
そう言って軍司が秀吉の方を振り返ると、視線の先にはちゃっかりとビニール傘をさしている秀吉の姿があった。来たときはそんなもの持っていなかったはず。
「…………お前、その傘どこにあった」
「ここに置いてあった」
そう言って指したのは中島の居た場所。
「テメーは入れねーぞ」
そんなことを言う秀吉に一人だけセコいぞと文句を言うと、そんだけ濡れてたら今更だろと確かに納得のいく答えが返ってきた。完全に崩れた髪の毛の先から水が滴り落ちる。パンツまで完全に濡れていて絞れそうだ。
「帰るか」
歩き出すと体中が軋んだ。そんな軍司の肩を秀吉が支える。
「汚れんぞ、」
「仕方ねーだろ。お前に合わせてたら日が暮れる」
そう言った秀吉の横顔はすこし染まっていて、
「襲うなよ」
「襲わねーよ!!」
冗談に決まってる。まともに返すなよ。
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