心躍るアンラッキー
女の家へ行く途中で、浮かれていて気付かなかった。背後から忍び寄る影に。その影に鈍器のようなもので殴られ、一発で意識が飛びそうになった。
気がついたら地面に這いつくばっていた。顔だけでも覚えようと目を開ける。後で殺しに行く為に。
ス、と人影がそれを遮った。
その人影が自分をやった奴らを倒して行く。
立ち上がろうと腕に力を入れる。
「立てるか、九里虎」
その声の主は手を貸すでもなく、煙草を吹かし見下ろしながら言った。
「…アニやん、なして?」
「たまたま通りかかっただけだ」
地面に転がるサングラスは自分が掛けていたものだ。
「あぁ!買ったばっかのサングラスが折れとる!」
「んじゃあ、俺行くな」
「あ!アニやん!」
「あ?」
「血が出とると」
「あ?」
「一人で歩けんと」
「……」
呼び止めたのは自分でも意外だった。
「俺にこんなことさせるなんざ、お前くらいだ」
水で濡らしたタオルを渡される。近くにあった公園に来ていた。九里虎はベンチに座ってそのタオルで血を拭った。
「嘘やん、トキオにもせんと?」
「トキオは別だ」
「贔屓バイ!わしも可愛い後輩やのに!」
「うるせぇ、自分で言うな。」
「わしもアニやんによしよしされたかー」
「気持ち悪ぃこと言ってんじゃねぇ」
軍司が先ほどコンビニで買ってきた包帯を起用に巻いていく。
「医者には行けよ。頭やられてんだ」
「連れてってくれんと?」
「なんで俺が」
「また絡まれたらやられてしまうバイ」
「勝手にやられてろ」
「ひどかー!!」
泣き真似をして見せると大きくため息を吐き、分かったと言った。基本的に身内に甘い人とクロサーが言っていたのを思い出した。
「お待たせバーイ!」
待合室にいる軍司のもとに手を振りながら九里虎が帰ってきた。
「元気そうだな」
「そんなことなかバイ!7針も縫ったバイ!」
7針!と軍司の目の前に7本の指を立ててみせた。
「♪♪」
「頭割られたってのに随分ご機嫌じゃねぇか」
「わしはいつもですバイ」
「確かにな、…ん?」
病院を出てすぐだというのに十数人という数の男達に囲まれた。
「九里虎!テメェにやられた恨み、晴らさせてもらうぜ!」
「なん?」
「お前の客のようだな」
軍司は傍観を決め込むつもりでポケットから煙草を取り出した。
「…痛っ!」
「?」
「イタタタタ!頭が痛かー!」
「は?」
「こんな状態で喧嘩なんて出来んとー!」
オーバーに頭を抱えて訴える。どうやら軍司にやって欲しいということらしい。
「テメェの喧嘩はテメェでやれ」
「アニやーん泣」
わざとらしく涙を浮かべ九里虎が軍司に抱きつく。
「離れろ!巻き込むな!」
「アニやーん泣」
2人のやり取りを待つことなく男達は襲い掛かってきた。軍司は結局巻き込まれることになる。
九里虎を囲みにきた男達は雑魚ばかりで、九里虎と軍司二人がかりですれば数分で片付いてしまった。その数分、九里虎は軍司の動きを追っていた。誰かと一緒に喧嘩をしたことのない九里虎にとっては新鮮だったのだ。軍司は目の前の敵を倒しながらも九里虎との距離を保っているように見えた。多分それがフォロー出来る距離なんだろうと思った。そんなものは必要ないのに、そう思う反面嬉しいと思う自分も居た。
・・・・・・・・・・・
「はぁ…」
屋上に入るなり、軍司は思わず溜息を吐いた。空を見上げて眩しさに目を顰める。
考えているのは先ほど起きた出来事。軍司は数分前、秀吉を訪ねて図書室に入った。
何か用かと問う秀吉に暇だから来たと答えた。俺のその言葉に秀吉は耳を紅く染めた。そんな反応されるとどうしていいか分かんねーよ、そう思って体を反転し図書室を出かけたその時、秀吉に後ろから抱きしめられたのだ。
想いを伝えられて以来、秀吉に対してどう接していいか分からない時が多々あった。軍司なりに今まで通り接していこうとは思っていたが、秀吉の方はそのつもりではないようだった。
答えるな、か。さっさとケリをつけて今まで通りにしたいんだけどな。
ソファに座り煙草に火を点けた。深く吸い込み、煙を吐く。吐き出した煙を眺めていると、突然軍司の頭上から声が振ってきた。
「色っぽい溜息やねー、なんかあったと?」
塔屋の上から九里虎が顔を覗かせている。
「九里虎。珍しいな、お前が屋上に居るなんて」
「アニやんに会いに来たと」
「俺に?」
上から飛び降りてソファに腰掛けた。
「煙草くれんね」
「あ?たかりに来たのかよ」
そう言って軍司が煙草を差し出した。
しかし九里虎はそれに手を触れず、別の場所へ手を伸ばした。
「こっちのがよか、」
軍司が咥えていた煙草を取って咥える。
そう言って煙草を咥えた九里虎の目が一瞬秀吉と重なって軍司は目を見開いた。
「間接キッスやね♪」
呆けている軍司に冗談を投げる。
「…気色悪い言い方すんな」
「溜息吐くと幸せが逃げるバイ」
ミホミホが言うとったと。そして鼻歌を歌い出す。楽しそうな九里虎を見て軍司も笑みが零れた。いつもの九里虎だ。
「アニやん、」
あーん、と言って軍司の口に無理やり何かを入れた。
「な…………飴?」
口に広がる甘い味。
「幸せになる薬バイ♪」
溜息吐いた分は戻ってくるとー、そうやって笑っている。普段飴など舐めないが仕方なく口の中で転がした。女からもらったモンじゃねぇだろうな、と言うとバれたバイと言って笑った。二人でバカな話をして少しの時間笑って過ごした。
授業の終わりを告げる鐘が鳴り九里虎が立ち上がる。また来るばい、とニヤニヤしながら屋上を出て行った。
変な奴だな、そう思いながら屋上に来た時とは違う気持ちで軍司は再び空を仰いだ。
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