心躍るアンラッキー
珍しく授業を最後まで真面目に受け下校した。時刻は4時。何の予定も無い。1人でのんびりと歩いて帰る。と、自宅の前に立っている男を見つけ立ち止まった。こちらに気付いた様子はない。少し考えて、軍司がその男に声を掛ける。
「何か用かよ」
男はびくっとして声のした方へ振り向いた。余程集中していたのか、周囲の様子は全く気にしていなかったらしい。
「…岩城…。オメーに用なんかあるけぇ。サッサ行け」
しっしっと手を振られる。
「…そ。」
それじゃあ、とジョーの傍を通り過ぎて門を入る。
「待てーい!」
ジョーに強引に連れて行かれたのは近くの小さな公園。
「まさかあそこがオドレの家じゃったとはな」
ベンチに座るガタイのいい男2人。
「お前みたいな人相の悪い男が立ってたら近所迷惑だ」
タバコを咥える。
「人相なら人のこと言えんじゃろ」
どー見てもお前よりマシだ、と火を付ける。
「で、ヒトんちの前で何やってたんだ?」
「看板を見とったんじゃ」
「看板?」
軍司が驚いて目を見開く。
「ち…。社員募集って書いてあったじゃろ」
ジョーが下唇を口を出す。
「…あー、あったな。は?まさかオメーうちで働こうとしてたのか⁈」
目を丸くしてジョーを見た。
「お前、卒業したらどうするんじゃ」
バツの悪さを感じ、軍司と目を合わさずに聞き返す。
「俺は、とりあえず京都だな」
煙を吐きだし、少し先のブランコへ乗った少年を見ながら答えた。
「うち継がんのか」
「修行だ、しゅぎょー」
「ち。進路が決まっとるやつは余裕でえぇのー」
しょぼくれたジョーを見る。
「まだ決まってないのか?」
「ほぼ書類で落とされとるわい」
相当まいってる様子だ。言っている傍から下を向いた。
「ま、そんな厳ついツラしたヤツ取りたくねーわな」
ガハハと笑う。
「人の事言えんじゃろーが」
と軍司が茶化すと軽く揉める。
「やっぱり地元じゃねぇーのが不利なんかいのぅー。他のヤツらは知り合いやらのツテで決まっていきよる」
大きな体がまた縮こまる。
「なんだ、お前俺に進路相談する気かよ」
「アホ。誰がお前なんかに」
だよな、と言って軍司が徐に立ち上がった。歩きながら、吸っていた煙草を携帯灰皿でもみ消す。そしてブランコの近くで転んで泣いていた少年を宥めている。離れて兄弟と思われる小さい子と遊んでいた母親に引き渡し戻ってくる。そして再びベンチに座った。
「なんでもいいから左官ってのはオススメしねーぞ」
「あん?」
話の続きが始まった。
「うちに来るやつ、左官がやりたくてきてる奴ばっかりだからよ」
宥めた少年がバイバイと大きく手を振って公園を出ていく。それに右手を上げて答えた。
「はっきり言って儲かる仕事じゃねー。キツイし、うちの親父なんか腹立つ程厳しいしな。でもそいつら休憩する間も惜しんでやってるんだよ。」
「ほーか。」
そんな奴らの中に入るほどの覚悟は無い。またダメか、地面の石ころを見つめる。
すると軍司がまた立ち上がって歩き出した。女の子が高い所から降りられなくなっていた。それを降ろしてやっていると母親らしき人から話しかけられている。
「お前、さっきから何やっとるんじゃ」
戻ってきた軍司に尋ねる。
「あいつら近所のガキで知ってる顔なんだよ」
「にしてもお前、」
すると部活帰りっぽい中学生が3人。
「あ、軍司くんだ。チース(隣の人誰?こえー)」
塾に向かう中学生も
「こんにちはー。今日のテストヤバいっすー」
通りかかった大人が
「軍司じゃねーか!丁度いい手伝え!そこのにーちゃんも!」
何故かジョーも一緒に大きな荷物運びを手伝わされて、またベンチに戻った。
「なんじゃお前。この辺の人皆知り合いなんか。」
まさに老若男女話しかけてきた。
「さすがに皆んなではねーな。で、なんの話してたっけ」
「もういい。」
悩んでいたが気が逸れた。
ああ、と思い出したように軍司が話し出す。
「30くらいになっても行くとこなかったら俺んとこ来いよ。」
意味を理解するのに数秒掛かる。
「…なんじゃ、プロポーズの台詞かいな」
「気持ち悪ぃこと言うんじゃねー。俺が出世して下っ端で使ってやるっつー意味だよ」
ふん、誰が…
「帰る。じゃあな」
軍司に背を向け歩く。
「「何でもいいから」じゃなくて、これしかねーっての見つけろよ」
「…わーっとるわい」
振り向かずに答える。
岩城のくせに、えーこと言いやがって。
「社長にでもなってワシがお前を使っちゃるわい」
負け惜しみのつもりだったが、岩城は頼んだぞーと笑っていた。
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