#明け星学園活動日誌
「え、僕が、お婿さん~~~~!?!?!?!?!?」
穏やかな昼下がり、海中要塞に、そんな声が響き渡った。
その声を聞き、私──伊勢美 灯子 と、ここまで一緒に来ていた小鳥遊 言葉 は、思わず顔を合わせる。
その声の方向へ向かい、部屋に入る。するとそこには……。
腰を抜かしているのか、座り込んでいる尊 大智 さん。それを冷ややかに見下ろすカーラ・パレット(紫色だった)さん。呆れたように我関せずの様子の忍野 密香 さん。苦笑いを浮かべている青柳 泉 さん。
……一体何が起こってるんだ。
入ってきた私たちに気づくと、泉さんが顔を上げる。そして軽い調子で手を振られたので、そちらに歩み寄った。
「……どうしたんですか、これ」
「ちょっと仕事の話でね~」
仕事。ここ──「湖畔隊」は、対異能力者特別警察──その名の通り、異能力者を相手にした犯罪の対処をする──の、特別部隊だ。特別部隊では主に、未解決事件や危険性の高い事件の担当をしている、と聞いているが。
……何がどうしたら、「お婿さん」なんてワードが出てくるんだ。
私と言葉ちゃんの訝し気な表情に気づいたのだろう。泉さんは詳しい説明をしてくれた。
「近々結婚式をやる人がいるんだけど……その人が、異能力者からのストーカー被害に悩まされてるみたいでね。引っ越してもいつの間にか住居を特定されて、付き纏われたり、変な郵便物を受け取ったり、襲われかけたこともあるらしい。でもそんな中でも、お付き合いをしている人がいて……それで、結婚式を挙げたいと思っているみたいなんだ。で、安全に結婚式を挙げるためにどうするかって話」
「……はあ」
ストーカー被害……そんな案件も担当するのか、「湖畔隊」。
「それで考えたのは……身代わり作戦」
「身代わり?」
「ああ。まあ簡単に言うと、嘘の結婚式をやる。ストーカーは十中八九、結婚式を妨害しようとするだろうし……そこを俺たちで逮捕する。結婚式を邪魔するのは、威力業務妨害とかそういうので訴えられるからな。
花嫁さんは粘着されてるわけだし、彼女にはそのまま参加してもらうとして……でも花婿さんが危険だし、花嫁さんを近くで守る人が必要だ。──そういうわけで、尊を花婿役に打診したわけ」
そう言って、泉さんはまだ床で腰を抜かしている大智さんを一瞥する。ビクゥッ!! と、大智さんは大きく肩を震わせ、勢い良く首を横に振った。
「むっ、むむむむ無理です無理です無理ですッ!!!! ぼぼぼっ、僕なんかに務まるわけがないじゃないですかぁっ!!!! ッ、そ、それにっ、僕なんかと一瞬でも結婚式させられる人が可哀想です……ッ」
「と、言われてもなぁー……花婿さんは身長がすごく高いらしいから、俺とか密香だと足りないんだよ……」
確かにこの中で一番背が高いのは、大智さんだ。たぶん190センチくらいはあると思う。
そりゃ、花嫁さんのストーカーなら、その相手くらい把握しているだろう。さっきの話にはなかったが、きっと別れさせようとしたこともあったはずだ。
そんな人が小さくなっていたら、どう考えても不自然だろう。
「あとは密香隣において、変に花嫁さん誑かされても困るし……」
「は? お前俺のことなんだと思ってんだよ」
「え? クズ」
「……まあ間違っちゃいねぇけど。にしてもお前も、無意識に人を誑かすタイプだから、行かなくて正解だろうよ」
「……えっ?」
泉さんと忍野さんは2人だけの会話を始めてしまったので、私は大智さんの方を見る。……そこでは大智さんが、カーラさんに足蹴りにされていて。
「はぁ……大智、あんたしっかりしなさいよ。男でしょ?」
「ぅっ、うぅっ……だ、だって……ッ」
「言い訳とか、うち嫌いなんだけど。ウジウジ泣いてないで、腹括りなさい!!」
こちらも2人だけの世界に入っている。
私と言葉ちゃんは、再び顔を見合わせた。
「……私たちは、逮捕に協力すればいい、んですかね……?」
「そう、なんじゃないかなぁ……」
まあ、大智さんが花婿役をすることに正式に決まれば、とならないと始まらない話だと思うが……。
1週間後。
私たちは、教会にやって来ていた。そして大智さんは、半べそをかいている。
「結局僕がやるんですかぁ……」
「大丈夫!! 歩いたり立ったりしてるだけでいいんだから!! いざとなりゃ守ればいいだけなんだから!!」
「それが不安なんですよ~~~~ッ……!!」
泉さんの励ましになっていない励ましに、大智さんは余計に泣いていた。でもタキシードを汚さないためだろう、いつもより顔を上向きにして泣いていた。
そこで扉がノックされる音がする。はい、と泉さんが返事をすると、扉が開き──そこには、純白のドレスに身を包んだ、花嫁が立っていた。
「わっ……綺麗……!!」
それを見たカーラさん(イエロー)が、瞳を輝かせながらそんな感想を述べる。ありがとう、と花嫁さんは笑った。
「ま、本番用のドレスではないけどな。万が一破れたり汚れたりしたら、本番に支障が出るし」
「ふふっ、こんな綺麗なドレスを用意してくださって、ありがとうございます」
「……お安い御用です」
お礼を述べる花嫁さんに、泉さんはどこか遠い目をしながら答える。泉さんの自腹だったんだろうな、ということは容易に予想が付いた。南無。
純白のタキシードを着て、長い前髪を上げさせられた大智さんは、花嫁さんを見て顔を赤くしている。たぶん、いたたまれなさとか恥ずかしさからなんだろうけど。
「今日はありがとう。よろしくお願いします」
「こっ、こここっ、こちらこそッ……!! その、ぁっ、ご迷惑にならないように、しますのでッ……!!!!」
頭を下げられるまま、大智さんも頭を下げる。そして顔を上げ、あれっ、と言うように眉をひそめた。それから少し青ざめて。……本格的に、自分が花婿役を務めないといけなくなってきた、と自覚したのだろう。赤くなったり青くなったり、忙しいなと思う。
とりあえず顔を合わせに来ただけなのか、花嫁さんは軽く頭を下げ、部屋を去っていく。
静寂が訪れた部屋。その静寂を破ったのは。
「ゃっ……やっぱりっ!? 僕がやるしかないんですかぁ~~~~!?!?」
「……自分から退路断っちまったな、尊……」
泣きじゃくる大智さんに、泉さんは苦笑いを浮かべるのだった。
結婚式に参列するのは、私たち「湖畔隊」。そして泉さんが協力を仰いだタイトクに属する人である。参列者は全員エキストラ、ということだ。
結婚式の流れは、まあ世間一般通り。花婿の入場、花嫁の入場、誓って、キスして、宣言して……とまあ、色々だ。ぶっちゃけ、私はよく知らない。
私が思うのは……大智さん頑張れ、と、ただそれだけだ(適当)。
『付近に怪しい人影は、今のところ見当たらないな』
耳にこっそりつけた通信機から、泉さんのそんな声が聞こえる。参列者用の椅子に座っている私は、小声で続けた。
「中も、異常ありません」
……異常はないけど。
先に入ってきている大智さんを見つめる。……ガッチガチに緊張しているのが、見ただけで分かった。全身に力が、入りまくっている。
……大丈夫なのだろうか……。
そこで花嫁が入場する、というアナウンスが流れ、爽やかな音楽が流れだす。後ろを仰ぐと……男性(この人も父親役のエキストラである)と腕を組んで入場し始めた、花嫁さんが。
……始まった。
「まあ乗り込んでくるとしたら、誓いのキスの時じゃね?」
事前に行われた作戦会議で、泉さんはそう言っていた。
「自分の好きな人が他の男とキスするとか、死んでも止めたいだろ」
「まあ……そうだろうね」
言葉ちゃんがそれに、同意を示す。泉さんは頷いた。
「てわけで尊、誓いのキスまで耐えりゃいいと思う!!」
「ほ、ホントにホントですかぁ!?」
「いや、予想だから分かんないけど。……まあもしやることになっちゃったら、なんか……その……上手く誤魔化してくれ☆」
「投げやり!?!?!?!?!?」
大智さんはそう叫び、涙目になっている。うん、怒っていいと思う。
「まあそういうわけだから、そのプログラム近辺を一番警戒してくれ。頼んだぞ」
そして泣いている大智さんは放っておき、泉さんはそんな風に話を締めくくった。理不尽だ。
あの有名な「健やかな時も~、病める時も~」のくだり、本当にあるんだな、と場違いのことを思ったりする。誓います、と言う大智さんの声が震えているのが、やはり心配だった。
そして次はいよいよ……誓いのキスだが。
それでは、誓いのキスを。と神父さんに促され、大智さんと花嫁さんは向き合う。
……静寂と緊張が蔓延る現場。さて、ストーカーは果たして来るのか……。
大智さんは、固まっている。その顔に、「えっ、来ないの?」と書いてあった。冷や汗を流し、焦っているのは一目瞭然だ。
動かないのも不自然だからだろう。大智さんがおぼつかない手つきで、花嫁のヴェールを手に掛ける。花嫁の顔を晒すよう、それを上にあげて。
……そして来ないストーカー……!!!!
冷や汗で水溜まりが出来るのでは、というくらいの冷や汗を流し、大智さんが花嫁さんに顔を近づける。流石に私も焦ってきた。何をしているんだ、ストーカーは。いやそもそも、ちゃんと現場に来ているのか? このままだと、フリだとしても大智さんと花嫁さんがキスをしてしまう──。
『──総員に告げる、ホシを確保した。結婚式の続行は不要だ』
そこで通信機から、忍野さんの声が聞こえる。どうやら突入前に、外で待機していた泉さんと忍野さんで、全てを終えてしまったようだ。
ほっと息を吐き、大智さんもようやく緊張から解放されたはずだ、と私は顔を上げるが……。
え、と、固まる。大智さんはまだ先程の体勢のまま、冷や汗を流していた。作戦の終了が告げられたというのに、どうして。
……もしかして、聞こえてない……とか?
彼も通信機を付けている。だから聞こえるはずだけど……緊張で何も耳に届いてない、とか……いや、可能性として十分あり得そうなのが頭が痛い。
花嫁さんは通信機を付けていないので、当然作戦が終了していることを知らないから、大智さんの行動を咎められない。──どうする、私が止めるしか……。
「……うちの紫は魅了の色。うちに夢中になっちゃえ♡」
そこで1つの幼い声が響き渡る。それと同時、大智さんの頭に紫色の絵の具が降り注いで。
「大智、こっちへ来なさい」
次いでそんな声がすると、大智さんは動きを止める。そしてぎこちない動きで振り返ると、歩き始めて……。
視線の先には、リングガールを務めたカーラさんがいた。いつの間に人格が変わったのか、紫色の髪を揺らしている。
カーラさんは大智さんに抱っこされると、その腕の中でふん、と笑う。……それから大智さんの頬を何度も平手打ちして。
「しっかりしなさいよ。無事に終わったんだから」
「いたっ、いたいっ……ハッ!? なッ、作戦は……!?」
「……終わったわよ。あんたの役目も御免ってこと」
「そ、っ、そっかぁ。よ、良かった……」
カーラさんの言葉に安心したのか、大智さんはその場に座り込む。そこでカーラさんのことを落とさないのは流石だと思う。
そういえば、と花嫁さんの方を見ると……彼女のところには、既に言葉ちゃんが行っていて。無事に逮捕したことを伝えたのだろう。花嫁さんは、ホッとしたように胸をなでおろしていた。
……最後の最後までヒヤヒヤさせられたが、まあ、無事に終わったわけだし……いいか。
そう思いながら、私はため息を吐くのだった。
数日後。
例のストーカーは他にも余罪が見つかり、しばらく外に出られないことに。そして2人は安心して結婚式を挙げることが出来た。
「ねぇ!! ここにあるもの全部食べていいの!?」
「あのなパレット。ここはビュッフェ会場じゃないんだ。あくまで結婚式なんだから、食べ過ぎるなよ……」
カーラさん(レッド)に問われ、泉さんは苦笑いを浮かべながらそう答えている。止められたわけではないので、カーラさんはダッシュで食べ物を取りに行っていた。あれは止めた方が良かったのでは? と思ったり。
どうして私たちが結婚式に来ているかというと、花嫁さんがお礼として招待してくれたからだった。といっても、親族だけで一度既に済ませはいて、今日のは友人とかも招いたもっとフランクな式らしいけど。
まあ、そっちの方が私たちも悪目立ちしないか……いや……してるな……(カーラさんを見ながら)。
「……尊さんも大変だねぇ」
「ですね……」
涙目でカーラさんを窘めているのを見ながら、私と言葉ちゃんは2人でチマチマと料理を食べていく。あまり目立たないように、会場の隅っこの方で。
ああやってカーラさんの面倒を見ていたら、自分は料理を一切食べられないんじゃないか。後で何かおすそ分けするやつ、用意しておいてあげるかな……。
「尊さんって、『湖畔隊』の中で唯一20歳以上じゃん」
「……そうですね」
「でも、ああやってカーラちゃんがいたら、結婚とか縁遠いんだろうなぁ」
「……そもそも本人、結婚したいとか考えてないんじゃないんですか?」
「まあね、そうかもしれないけど、それにしてもさ」
そう言って言葉ちゃんは肩をすくめる。……確かに、言わんとすることは分かる。
どう考えても、カーラさんの面倒を見るのは大変だ。どこか大人びてはいるけど、それでも言動が年相応なところが多いし。
大智さんも、何度も彼女に泣かされているのを見たことがある。
それでも、一緒に居るのは……。
偽の結婚式の時を思い出す。大智さんが暴走しているところを真っ先に止めていたのは、カーラさんだった。彼女がいなければ、なんか、うん、大惨事になっていただろう。
「……でも、2人はあれでいいんじゃないんですか」
たぶんあの2人は、支え合って生きているのではないかと思う。だから離れるつもりなど、毛頭なくて。
私がそう言うと、言葉ちゃんは小さく笑って、かもねぇ、と呟くのだった。
【終】
穏やかな昼下がり、海中要塞に、そんな声が響き渡った。
その声を聞き、私──
その声の方向へ向かい、部屋に入る。するとそこには……。
腰を抜かしているのか、座り込んでいる
……一体何が起こってるんだ。
入ってきた私たちに気づくと、泉さんが顔を上げる。そして軽い調子で手を振られたので、そちらに歩み寄った。
「……どうしたんですか、これ」
「ちょっと仕事の話でね~」
仕事。ここ──「湖畔隊」は、対異能力者特別警察──その名の通り、異能力者を相手にした犯罪の対処をする──の、特別部隊だ。特別部隊では主に、未解決事件や危険性の高い事件の担当をしている、と聞いているが。
……何がどうしたら、「お婿さん」なんてワードが出てくるんだ。
私と言葉ちゃんの訝し気な表情に気づいたのだろう。泉さんは詳しい説明をしてくれた。
「近々結婚式をやる人がいるんだけど……その人が、異能力者からのストーカー被害に悩まされてるみたいでね。引っ越してもいつの間にか住居を特定されて、付き纏われたり、変な郵便物を受け取ったり、襲われかけたこともあるらしい。でもそんな中でも、お付き合いをしている人がいて……それで、結婚式を挙げたいと思っているみたいなんだ。で、安全に結婚式を挙げるためにどうするかって話」
「……はあ」
ストーカー被害……そんな案件も担当するのか、「湖畔隊」。
「それで考えたのは……身代わり作戦」
「身代わり?」
「ああ。まあ簡単に言うと、嘘の結婚式をやる。ストーカーは十中八九、結婚式を妨害しようとするだろうし……そこを俺たちで逮捕する。結婚式を邪魔するのは、威力業務妨害とかそういうので訴えられるからな。
花嫁さんは粘着されてるわけだし、彼女にはそのまま参加してもらうとして……でも花婿さんが危険だし、花嫁さんを近くで守る人が必要だ。──そういうわけで、尊を花婿役に打診したわけ」
そう言って、泉さんはまだ床で腰を抜かしている大智さんを一瞥する。ビクゥッ!! と、大智さんは大きく肩を震わせ、勢い良く首を横に振った。
「むっ、むむむむ無理です無理です無理ですッ!!!! ぼぼぼっ、僕なんかに務まるわけがないじゃないですかぁっ!!!! ッ、そ、それにっ、僕なんかと一瞬でも結婚式させられる人が可哀想です……ッ」
「と、言われてもなぁー……花婿さんは身長がすごく高いらしいから、俺とか密香だと足りないんだよ……」
確かにこの中で一番背が高いのは、大智さんだ。たぶん190センチくらいはあると思う。
そりゃ、花嫁さんのストーカーなら、その相手くらい把握しているだろう。さっきの話にはなかったが、きっと別れさせようとしたこともあったはずだ。
そんな人が小さくなっていたら、どう考えても不自然だろう。
「あとは密香隣において、変に花嫁さん誑かされても困るし……」
「は? お前俺のことなんだと思ってんだよ」
「え? クズ」
「……まあ間違っちゃいねぇけど。にしてもお前も、無意識に人を誑かすタイプだから、行かなくて正解だろうよ」
「……えっ?」
泉さんと忍野さんは2人だけの会話を始めてしまったので、私は大智さんの方を見る。……そこでは大智さんが、カーラさんに足蹴りにされていて。
「はぁ……大智、あんたしっかりしなさいよ。男でしょ?」
「ぅっ、うぅっ……だ、だって……ッ」
「言い訳とか、うち嫌いなんだけど。ウジウジ泣いてないで、腹括りなさい!!」
こちらも2人だけの世界に入っている。
私と言葉ちゃんは、再び顔を見合わせた。
「……私たちは、逮捕に協力すればいい、んですかね……?」
「そう、なんじゃないかなぁ……」
まあ、大智さんが花婿役をすることに正式に決まれば、とならないと始まらない話だと思うが……。
1週間後。
私たちは、教会にやって来ていた。そして大智さんは、半べそをかいている。
「結局僕がやるんですかぁ……」
「大丈夫!! 歩いたり立ったりしてるだけでいいんだから!! いざとなりゃ守ればいいだけなんだから!!」
「それが不安なんですよ~~~~ッ……!!」
泉さんの励ましになっていない励ましに、大智さんは余計に泣いていた。でもタキシードを汚さないためだろう、いつもより顔を上向きにして泣いていた。
そこで扉がノックされる音がする。はい、と泉さんが返事をすると、扉が開き──そこには、純白のドレスに身を包んだ、花嫁が立っていた。
「わっ……綺麗……!!」
それを見たカーラさん(イエロー)が、瞳を輝かせながらそんな感想を述べる。ありがとう、と花嫁さんは笑った。
「ま、本番用のドレスではないけどな。万が一破れたり汚れたりしたら、本番に支障が出るし」
「ふふっ、こんな綺麗なドレスを用意してくださって、ありがとうございます」
「……お安い御用です」
お礼を述べる花嫁さんに、泉さんはどこか遠い目をしながら答える。泉さんの自腹だったんだろうな、ということは容易に予想が付いた。南無。
純白のタキシードを着て、長い前髪を上げさせられた大智さんは、花嫁さんを見て顔を赤くしている。たぶん、いたたまれなさとか恥ずかしさからなんだろうけど。
「今日はありがとう。よろしくお願いします」
「こっ、こここっ、こちらこそッ……!! その、ぁっ、ご迷惑にならないように、しますのでッ……!!!!」
頭を下げられるまま、大智さんも頭を下げる。そして顔を上げ、あれっ、と言うように眉をひそめた。それから少し青ざめて。……本格的に、自分が花婿役を務めないといけなくなってきた、と自覚したのだろう。赤くなったり青くなったり、忙しいなと思う。
とりあえず顔を合わせに来ただけなのか、花嫁さんは軽く頭を下げ、部屋を去っていく。
静寂が訪れた部屋。その静寂を破ったのは。
「ゃっ……やっぱりっ!? 僕がやるしかないんですかぁ~~~~!?!?」
「……自分から退路断っちまったな、尊……」
泣きじゃくる大智さんに、泉さんは苦笑いを浮かべるのだった。
結婚式に参列するのは、私たち「湖畔隊」。そして泉さんが協力を仰いだタイトクに属する人である。参列者は全員エキストラ、ということだ。
結婚式の流れは、まあ世間一般通り。花婿の入場、花嫁の入場、誓って、キスして、宣言して……とまあ、色々だ。ぶっちゃけ、私はよく知らない。
私が思うのは……大智さん頑張れ、と、ただそれだけだ(適当)。
『付近に怪しい人影は、今のところ見当たらないな』
耳にこっそりつけた通信機から、泉さんのそんな声が聞こえる。参列者用の椅子に座っている私は、小声で続けた。
「中も、異常ありません」
……異常はないけど。
先に入ってきている大智さんを見つめる。……ガッチガチに緊張しているのが、見ただけで分かった。全身に力が、入りまくっている。
……大丈夫なのだろうか……。
そこで花嫁が入場する、というアナウンスが流れ、爽やかな音楽が流れだす。後ろを仰ぐと……男性(この人も父親役のエキストラである)と腕を組んで入場し始めた、花嫁さんが。
……始まった。
「まあ乗り込んでくるとしたら、誓いのキスの時じゃね?」
事前に行われた作戦会議で、泉さんはそう言っていた。
「自分の好きな人が他の男とキスするとか、死んでも止めたいだろ」
「まあ……そうだろうね」
言葉ちゃんがそれに、同意を示す。泉さんは頷いた。
「てわけで尊、誓いのキスまで耐えりゃいいと思う!!」
「ほ、ホントにホントですかぁ!?」
「いや、予想だから分かんないけど。……まあもしやることになっちゃったら、なんか……その……上手く誤魔化してくれ☆」
「投げやり!?!?!?!?!?」
大智さんはそう叫び、涙目になっている。うん、怒っていいと思う。
「まあそういうわけだから、そのプログラム近辺を一番警戒してくれ。頼んだぞ」
そして泣いている大智さんは放っておき、泉さんはそんな風に話を締めくくった。理不尽だ。
あの有名な「健やかな時も~、病める時も~」のくだり、本当にあるんだな、と場違いのことを思ったりする。誓います、と言う大智さんの声が震えているのが、やはり心配だった。
そして次はいよいよ……誓いのキスだが。
それでは、誓いのキスを。と神父さんに促され、大智さんと花嫁さんは向き合う。
……静寂と緊張が蔓延る現場。さて、ストーカーは果たして来るのか……。
大智さんは、固まっている。その顔に、「えっ、来ないの?」と書いてあった。冷や汗を流し、焦っているのは一目瞭然だ。
動かないのも不自然だからだろう。大智さんがおぼつかない手つきで、花嫁のヴェールを手に掛ける。花嫁の顔を晒すよう、それを上にあげて。
……そして来ないストーカー……!!!!
冷や汗で水溜まりが出来るのでは、というくらいの冷や汗を流し、大智さんが花嫁さんに顔を近づける。流石に私も焦ってきた。何をしているんだ、ストーカーは。いやそもそも、ちゃんと現場に来ているのか? このままだと、フリだとしても大智さんと花嫁さんがキスをしてしまう──。
『──総員に告げる、ホシを確保した。結婚式の続行は不要だ』
そこで通信機から、忍野さんの声が聞こえる。どうやら突入前に、外で待機していた泉さんと忍野さんで、全てを終えてしまったようだ。
ほっと息を吐き、大智さんもようやく緊張から解放されたはずだ、と私は顔を上げるが……。
え、と、固まる。大智さんはまだ先程の体勢のまま、冷や汗を流していた。作戦の終了が告げられたというのに、どうして。
……もしかして、聞こえてない……とか?
彼も通信機を付けている。だから聞こえるはずだけど……緊張で何も耳に届いてない、とか……いや、可能性として十分あり得そうなのが頭が痛い。
花嫁さんは通信機を付けていないので、当然作戦が終了していることを知らないから、大智さんの行動を咎められない。──どうする、私が止めるしか……。
「……うちの紫は魅了の色。うちに夢中になっちゃえ♡」
そこで1つの幼い声が響き渡る。それと同時、大智さんの頭に紫色の絵の具が降り注いで。
「大智、こっちへ来なさい」
次いでそんな声がすると、大智さんは動きを止める。そしてぎこちない動きで振り返ると、歩き始めて……。
視線の先には、リングガールを務めたカーラさんがいた。いつの間に人格が変わったのか、紫色の髪を揺らしている。
カーラさんは大智さんに抱っこされると、その腕の中でふん、と笑う。……それから大智さんの頬を何度も平手打ちして。
「しっかりしなさいよ。無事に終わったんだから」
「いたっ、いたいっ……ハッ!? なッ、作戦は……!?」
「……終わったわよ。あんたの役目も御免ってこと」
「そ、っ、そっかぁ。よ、良かった……」
カーラさんの言葉に安心したのか、大智さんはその場に座り込む。そこでカーラさんのことを落とさないのは流石だと思う。
そういえば、と花嫁さんの方を見ると……彼女のところには、既に言葉ちゃんが行っていて。無事に逮捕したことを伝えたのだろう。花嫁さんは、ホッとしたように胸をなでおろしていた。
……最後の最後までヒヤヒヤさせられたが、まあ、無事に終わったわけだし……いいか。
そう思いながら、私はため息を吐くのだった。
数日後。
例のストーカーは他にも余罪が見つかり、しばらく外に出られないことに。そして2人は安心して結婚式を挙げることが出来た。
「ねぇ!! ここにあるもの全部食べていいの!?」
「あのなパレット。ここはビュッフェ会場じゃないんだ。あくまで結婚式なんだから、食べ過ぎるなよ……」
カーラさん(レッド)に問われ、泉さんは苦笑いを浮かべながらそう答えている。止められたわけではないので、カーラさんはダッシュで食べ物を取りに行っていた。あれは止めた方が良かったのでは? と思ったり。
どうして私たちが結婚式に来ているかというと、花嫁さんがお礼として招待してくれたからだった。といっても、親族だけで一度既に済ませはいて、今日のは友人とかも招いたもっとフランクな式らしいけど。
まあ、そっちの方が私たちも悪目立ちしないか……いや……してるな……(カーラさんを見ながら)。
「……尊さんも大変だねぇ」
「ですね……」
涙目でカーラさんを窘めているのを見ながら、私と言葉ちゃんは2人でチマチマと料理を食べていく。あまり目立たないように、会場の隅っこの方で。
ああやってカーラさんの面倒を見ていたら、自分は料理を一切食べられないんじゃないか。後で何かおすそ分けするやつ、用意しておいてあげるかな……。
「尊さんって、『湖畔隊』の中で唯一20歳以上じゃん」
「……そうですね」
「でも、ああやってカーラちゃんがいたら、結婚とか縁遠いんだろうなぁ」
「……そもそも本人、結婚したいとか考えてないんじゃないんですか?」
「まあね、そうかもしれないけど、それにしてもさ」
そう言って言葉ちゃんは肩をすくめる。……確かに、言わんとすることは分かる。
どう考えても、カーラさんの面倒を見るのは大変だ。どこか大人びてはいるけど、それでも言動が年相応なところが多いし。
大智さんも、何度も彼女に泣かされているのを見たことがある。
それでも、一緒に居るのは……。
偽の結婚式の時を思い出す。大智さんが暴走しているところを真っ先に止めていたのは、カーラさんだった。彼女がいなければ、なんか、うん、大惨事になっていただろう。
「……でも、2人はあれでいいんじゃないんですか」
たぶんあの2人は、支え合って生きているのではないかと思う。だから離れるつもりなど、毛頭なくて。
私がそう言うと、言葉ちゃんは小さく笑って、かもねぇ、と呟くのだった。
【終】