#明け星学園活動日誌

自分は異質な存在だった。
糸を読む、という……まあ使いどころもよく分からない異能力者だったことに加え、俺は……憑き物を見ることが出来たから。小さい頃は自分に見えるものが何なのかよく分かっていなくて、「その後ろにいるの誰?」とか聞いてたな……。あれはあまり言及してはいけないものだ、とようやく悟った頃には、周りから忌避されるようになっていたし、逆にそういう憑き物から執着されるようになっていた。見える、っていうのは色々厄介だ。
だから友達なんて当然いるはずもなくて、俺が人と関わることといえば、家族だけになっていた。幸いにも両親は、異能力者であり憑き物の見える俺を、あっさりと受け入れてくれていた。……両親の存在が無ければ、荒んでいただろうな。俺。
そういうわけで小学生の時の俺は、学校と家を往復するだけの生活。特に寄り道することもなく、誰かと遊ぶわけでもなく、俺は平凡な日々を過ごしていた。
──そんな時だったんだ。俺が、
何故か俺は、電車に乗っていた。おかしかった。そんなはずはなかった。……だって俺は、学校から真っ直ぐ家に帰っていたはずなのだから。
それなのに電車に乗っているのは。俺は混乱し、電車の中を駆けずり回った。でもどこを探しても人なんていなくて、先頭車両には何故か辿り着くことは出来なかった。
そうこうしていると電車はとある駅に辿り着いた。電車内で出来ることはもうやり尽くしていたから、俺はホームに降りて──駅の名前を確認した。そこは、きさらぎ駅というところだった。
「……きさらぎ駅……?」
知らない駅だった。俺はいつの間に一体どこまで来てしまったのだろう。ランドセルの肩紐のところを俺は握りしめ、不安を堪えていた。
……この時点で、俺は悟っていたのだ。ここは、いつも俺が見ている憑き物──その雰囲気と、類似している。否、それよりももっと……邪悪なもので構成されていると。分かってしまった。俺はたぶん、帰ることが出来ない。
そう思うともう動き回ることすら馬鹿らしくて、俺は駅の看板に寄りかかって座り込んだ。一応親から与えられていた子供携帯を確認したけれど、当然圏外。それを見た時に本当に諦めて、俺は膝に顔を埋めたのだけれど。
そこで、電車が来る音がした。
また来たのか。誰かが乗っているかもしれない。いや、乗っていたところで何だ? 俺と同じで、きっと迷い込んだだけで、出ることなんて出来るはずがない。だから俺は顔を上げないで。
「──どうした、少年。そんなところに座り込んで」
声を掛けられた。俺は気怠く思いながら顔を上げて──。
そこには、高校生らしき男性が立っていた。
「……なるほど。つまり、学校から帰っていたはずなのだが、気づけば電車に乗っていて、辿り着いたのがここだったと」
「……うん」
「俺と同じだな」
そう言うと彼は俺の頭に手を乗せて、わしゃわしゃと撫でてきた。俺は気恥ずかしくてそれを振り払い、半ば睨みつけるように彼を見上げた。
しかし彼は笑い続けていて、俺の睨みなど効いている気配がない。
「じゃあ、どうにかして出るか」
「え……」
「え、って、出たくないのか?」
「……出たいけど、出れないでしょ」
「なんでそう思うんだ?」
「……ここは良くない場所だから」
俺がそう言うと、彼は目を見開く。そして、分かるのか、と小さく呟いた。俺は頷く。
「そうか……確かにここは、良くない場所だ。出ることは容易くないだろう」
「……そう、だよね」
「だけどな」
そう言うと彼は、俺の前にしゃがみ込む。そうして俺と目線を合わせると、真っ直ぐな視線で告げた。
「……『いい? オカルトっていうのはね、そういう弱い心に付け込むの!! だから、こういう時は笑顔で楽しい気持ちでいなきゃね!!』」
「……」
なんか、裏声で言われた。
「……何それ」
「えっ!? 知らないのか!? 十何年前にやってた深夜2時にやってたアニメ、『Let’s Go!! オカルト少女の華麗なる事件簿』!!」
「いや知らないし……というか、十数年前なら俺、生まれてない可能性の方が高いんだけど」
「あ、それもそうだな」
マジでなんなんだこの人、と思っていると……彼はショルダーバッグの中から何かを取り出す。……それは一台のノートパソコンだった。
「……うわ、Wi-Fi繋がんない。いや当たり前か。じゃあスマホでテザリングして……」
彼は何かブツブツ呟ていたかと思うと、操作を終えたらしい。パソコンを地面に置き、俺に座るように促した。
その画面に写されていたのは……ワクワク動画という、動画サイトだった。動画の中に視聴者のコメントが流れるというスタイルで有名だ。俺も存在は知っていた。
そこでは一本の動画が流れていた。どうやら生配信をしているらしい。題名は……『伝説のアニメ、「Let’s Go!! オカルト少女の華麗なる事件簿」一挙放送!!』。さっき彼が言っていたアニメだった。
「これ見てろ」
「え?」
「丁度きさらぎ駅の回やってるな。タイムリー。……俺はどうにか出れるようにやるからさ」
俺の返事を待たず、彼は駆け出してしまう。なんなんだ、と思いつつ……他にすることも無いので、言われた通りそのアニメを視聴することにした。
途中からだったが、なんとなく理解した。主人公はオカルト少女ちゃん。本名が出ないタイプの主人公だった。彼女はオカルト部のたった1人の部員で、いつもオカルトを追い求めている。そんな彼女は様々なオカルトに関わり、事件を解決していく……と、そういう話だった。
彼が言っていた通り、俺が視聴したのは「きさらぎ駅」という異界駅に迷い込んでしまう話だった。オカルト少女ちゃんは、たまたま一緒に迷い込んでしまった少年と共に、きさらぎ駅から抜け出す方法を探す。
『いい? オカルトっていうのはね、そういう弱い心に付け込むの!! だから、こういう時は笑顔で楽しい気持ちでいなきゃね!!』
さっき彼が言っていた台詞が流れる。そう言ってオカルト少女ちゃんは、不安げな顔をする少年の頬を引っ張った。
「ここ名セリフ」「みんなの初恋泥棒」「俺もほっぺた引っ張られたい」などのコメントが画面を埋め尽くす。アニメの中では少年がその言葉で元気を取り戻し、立ち上がっていた。
俺は自分の頬を引っ張ってみる。俺の目の前にオカルト少女ちゃんはいないが……自然とそうした行動を取った自分に、思わず笑ってしまった。
するとそこで、気づく。……視界の端が、揺れた? そう思って俺は顔を上げるが……どこも揺らいでなんていない。気のせいか、と思うが。
「少年!! パソコンを持ってこっちに来い!!」
彼の声が聞こえる。姿は見えなかったが、俺は言われた通りパソコンを持ち、立ち上がってその声の方向に駆け出した。
階段を通り過ぎて彼の姿を探し……俺はぎょっとする。
そこには……空中に開いた「穴」の前で、なんかしてる彼がいたから。
「……何してんの!?」
「あ、来たか少年。ここから出られると思うぞ」
「いや出られると思うって……なんかヤバそうじゃん!!」
「大丈夫だ。これは少年が元の世界の人たちと共にアニメの同時視聴をしていたことによって異界に不具合を起こしその少しのズレをこじ開けて作った穴だから」
「……????」
「まあ要するに、間違いなく元の世界に帰るための穴だ!! ……帰るぞ、少年!!」
穴に手を掛けた彼が、俺に手を伸ばす。
『貴方も、私も、これから元の世界で色んな出会いがあって、色んなことを経験するの!! だから私たちは絶対に帰るの!! ……あんたたちみたいなオカルトに、負けたりなんてしないんだからっ!!』
俺が抱えるパソコンから、オカルト少女ちゃんのそんな声が聞こえる。きさらぎ駅に化け物が現れ、その化け物にオカルト少女ちゃんが言い放った台詞だ。
……帰っても、と、思っていた。別に面白いことなんて何もない。毎日同じような日々を過ごして、面白みなんてない代わり映えのない日々。可もなく不可もない。だから別に、帰らなくても。心のどこかで、そう思っていたのかもしれない。
でも、この先こういう今みたいな、新しい出会いとか、面白いことがあるのなら。
俺は彼の、その手を──取った。
──────────
「そ、それで……どうなったの?」
「どうなったって、俺がここにいることが何よりの証明でしょう」
会長が身を乗り出しながら尋ねてきたので、俺はそう答える。それもそっか、と会長。……会長、頭良いくせにたまにこう、そそっかしいのはなんなんだろう。
……遡ること数分前。最近頼み事するのが多いから、と菓子折りを持ってきてくれた会長と共にそのお菓子を食べていた。すると会長が尋ねてきたのだ。「そういやお前って、なんでそんなにオカルト少女が好きなわけ?」と。
というわけで今の話である。
「……いや待って、結局なんでオカルト少女が好きなのかよく分かんないんだけど」
「いや、帰った後他のエピソードも気になって全部見たらオカルト少女が大好きになっただけです」
「アニメ布教されてるだけじゃねーーーーかっ!!!!!!!!!!」
うるさい、と顔をしかめて。
「え、じゃあ何お前、そのオカルト少女のコスプレしてるだけってこと?」
「コスプレじゃないです。オカルト少女ちゃんには全然似てませんよ。……紺色のセーラー服で眼鏡、ってことしか守ってないです」
「……その2つがあったらオカルト少女なん?」
「オカルト少女ちゃんがそう言ってたので」
セーラー服とメガネは必需品!! とアニメの中で言っていたのである。
あっそう……と会長は聞いた割に引き気味にそう返してくる。失礼な。
「じゃあ髪伸ばしてるのはなんで?」
「俺はロングの方が似合うからです」
「……ショートも似合うような気がするけど」
「そりゃ似合うと思いますけど、ロングの方が良くないですか? ヘアアレンジもしやすいですし」
「……それは一理ある。てか、相変わらず自分の容姿にすごい自信……」
そりゃ俺は美人だからな。ああ、顔が良いって罪。
「結局僕の中でお前がアニオタっていう情報が追加されただけだけど」
「おい」
「その……駅で会った人って、誰だったの?」
「ああ、あの人は……」
彼の顔を思い浮かべながら俺が口を開くと……。
「少年~、この前の道具回収に来たんだけど……って、悪い、来客中だったか」
「あ、この人です」
「えっ、えっ。そんなタイミングのいいことある!?」
オカルト部の扉を開けてきた人の顔を見てそう言うと、会長が立ち上がって慌てて頭を下げた。……しかしすぐに顔を上げると。
「こ……コスプレ野郎が増えた!!!!」
「めちゃくちゃ失礼だなオイ!!!!」
「はははっ!! まあ俺もう結構な大人なのに、高校生みたいな恰好してるもんな~」
彼に指を差しながら叫んだ会長だったが、彼はからっと笑い飛ばすだけだった。
そう、彼は真っ黒な学ランを着ているのだ。なんなら出会った当時も高校生じゃなかったらしい。……ちなみに年齢は俺も知らない。
「で、道具の回収ですね。いつもありがとうございます」
「いやいや、お前も大変だな~。でもオカルト少女っぽくていいと思うぞ!!」
「ちょっと俺が考えてたオカルト少女とは違うんですけど……」
そう言いながら借りていた道具を返した。これは
道具を回収した彼は、笑って手を振って去っていく。それを見送って、俺は部室の中に戻った。
「……で、結局誰なの、あの人」
「あの人は霊能力者です」
「へ?」
「だから会ったばかりの頃は憑き物が見えるの相談したりして、最近はまあ……会長とかからオカルトの相談されたりするじゃないですか。俺じゃ抱えきれないと思ったものは相談したりしてます」
「ちょ、お前……人脈どうなってんだよ!? ただのオカルト少女コスプレ不審者野郎だと思ってたのに!?」
「マジで失礼だなあんた!?!?」
【終】
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