#明け星学園活動日誌

 とある冬の昼下がり、俺──青柳泉と、個人的な部下兼相棒である忍野密香は、俺の部下である尊大智に呼び出され、海中要塞の某一室に集まっていた。
 並んで座る俺たち。その前に仁王立ちする尊。なんだなんだ。
「お2人とも……この度はお集まりいただき、ありがとうございます」
「……まあ、別に急ぎの案件もないからな。で、何の用だよ」
 尊の丁寧な入りの言葉に、密香がそう答える。尊はそれを聞いて、ごほん、と大きな咳払いをすると……。
「単刀直入に言うと……一緒にクリスマスをしてほしいんですっ!!!!!!!!!!」
 尊の力強いその言葉に、密香は。
「……はぁ?」
 と、心底機嫌が悪そうな声で聞き返すのだった。

 くだらない、帰る。と言い出した密香をなんとかなだめて着席させ、俺は話の続きを聞くことにした。ありがとうございます……と尊は文字通り泣いて感謝をして。
「この前知ったんですけど、その……カーラさんがいらっしゃった地域には、『クリスマス』という文化がなかったらしいんです」
「キリスト教大嫌い国なのか?」
「ま、まあ、その可能性は無きにしもあらずですけど……カーラさんがこちらに来てからも、その……えっと、周囲と馴染めなかったためか、クリスマスをしたことが、ないらしくて……」
「あ~……うん」
 パレットのことは知っている。というか、パレットの所見書いてここに連れてきたの、俺だし。
 ……パレットはその珍しい容姿や経歴だったためか、周囲から疎まれ、時に酷い言葉を掛けられたり扱いを受けたりしていた。そしてパレットは心を閉ざし、7つの人格を生成して、周囲の人に異能力を振るい……その問題行動が手に余って、俺に声が掛かったのだ。
 自分のいたところにクリスマスの文化がなかった。こちらに来てからも、一緒にクリスマスを出来るような人がいなかった。そうなると、知らないというのも当然だろう。
「ちなみに提案者なのに申し訳ないんですけど、僕もクリスマスやったことないです……」
「この中だとちゃんとやったことあるのお前だけだろ」
「ちゃんとやるって何!? え~……ん~、まあ……普遍的なものなのかは分からないけど……やったことある、かなぁ……」
 密香に見つめられながらそう言われたので、俺は今までのクリスマスを思い出す。イブに美味しいものを食べるパーティーをして、友達とプレゼント交換会とかして、次の日朝起きたら枕元にプレゼントが置いてあって……夜更かししてサンタの正体を突き止めようとか躍起になったりして……。
 ちなみにこれらは、中学以前の話です、はい。高校の時の俺に友達なんてほとんどいません。
 そういうことを軽く話すと、尊は瞳を輝かせていた。クリスマスに行われる楽しいことに、期待を膨らませているらしい。
「す、すごいですっ……!! 都市伝説じゃなかったんですねっ」
「悲しい感想だな……」
「ぅっ、だ、だって僕、クリスマスだろうと特に……代り映えのない1日を……」
「自分の世界に入るんじゃねぇよ」
「……忍野さんはどういう感じだったんですか?」
「俺? ……女を捕まえやすい日」
「聞かなきゃ良かったです」
「……お前も俺に遠慮なくなってきたな……」
「はは、楽しそうで俺は嬉しいよ」
 2人のやり取りを見て、俺は思わず笑ってしまう。伊勢美たちが来てから、尊も密香も変わった。尊はびくびくしている様子が少なくなってきたし、密香は……相変わらずクズだけど、でも、前よりは人に寄り添うように……なってきたような……。
「は? 別に楽しくねぇよ。舐められてるみたいで気分悪い」
「ははは~やっぱお前はそうそう変わりませんよねぇ~~~~」
「なんだよ急に変な笑い方しやがって……」
 うん、気のせいだったかもしれない。
 まあそんなことはどうでもいい。それよりも今は、パレットのこと。
「話戻すけど、俺は賛成だよ。思えば、今この4人体制の『湖畔隊』でそういう……お楽しみ会? みたいなこと、やったことないしね」
「ま、『五感』のことで組織壊滅の危機だったからな」
 俺の言葉を補うように、密香がそう付け足す。それだけ言って何も言わないってことは……別に反対する理由もないってことで、いいんだろうな。
 俺は尊を見て、笑って頷く。尊は表情を輝かせた。
「ッ……ありがとうございますっ!! カーラさんのため、よろしくお願いしますっ!!」


 それから俺たちは、クリスマスの準備を始めた。目標はクリスマスパーティーを開催すること。そしてパレットにサプライズでプレゼントをすることだ。だから、パレットには内緒で進める必要がある。
 俺と密香はまあ、そういうのが得意だけど、尊は言葉にも態度にも隠し事が出てしまうタイプだ。だから何度か危ない場面もあったが……俺や密香がカバーし、どうにか危機を逃れた。
 あとはパレットが欲しがっていそうなプレゼントの選定、ケーキの予約、飾りつけをするならどういうデザインにするか……と、考えることは色々あった。だけど特に問題はなく、スムーズに隠しながら出来たと思う。
 そんなこんなで気づいたら計画実行日当日となっていた。12月24日、クリスマスイブ。……今夜海中要塞で、クリスマスパーティーを開催する予定だ。
 だけど日中は普通に任務。様々なところに赴いたり、書類を整理したり、いつも通り過ごして……。
 尊が任務で外に出ているついでに、ケーキ屋さんから予約したケーキを受け取りに行く予定になっている。俺と密香はこっそり部屋を飾り付けてそれを待つ。ちなみにパレットには書類整理をしてもらっている。なるべく時間が掛かりそうなやつを渡したから、まあ計画通り、ってやつだ。
 部屋の準備も終わって、後は尊が帰ってくるのを待つだけになったんだけど……。
「帰ってこないねぇ」
「どっかで迷ってんのか?」
「いやぁ、そんな変な道とかなかったと思うけど……」
 俺は密香の言葉にそう答える。うん、ちゃんと近くの店探したし、ここから店まで、そんなに迷うような道じゃない。
 一体どうしたんだろう、メッセージに既読も付かないし……。
 すると俺と同じようにスマホを見ていた密香が、あ、と小さく呟く。顔を上げると、密香はスマホを見たまま告げた。
「外、雪降ってるみたいだぞ」
「えっ、マジ!?」
 言われて慌てて検索ボックスを展開すると……確かに、雪が降っていると出ている。更に言えば、路面が滑りやすくなっているとも。
「尊、傘持ってなかったよね……?」
「持ってないな。というか、持ってたとしても、割と大きなケーキだから……両手塞がるだろうし、傘差せねぇだろ」
「そ、それもそっか……」
 冷静に言われ、俺は言葉に詰まる。
 でも、尊の帰りが遅いことと雪、無関係ではない気がする。
 俺は少しだけ考え、近くに置いてあったコートを手に掛け、それを羽織った。
「俺、様子見てくる。密香はパレットに何か聞かれたら適当に誤魔化しといて!」
「適当な指示だな……分かったよ、足止めはする」
「ありがと!」
 俺はお礼を言うと、外に出る。地上に出ると、確かに雪が降っていた。ホワイトクリスマスだなぁ、と呑気に考えている暇はない。俺はケーキ屋まで、滑って転ばないよう気を付けつつも、急いで向かうのだった。


 ケーキ屋には辿り着かなかった。途中で尊の姿を見つけたからだ。
「尊? どうした?」
「ッ、た、たいちょう……」
 路上の片隅で、尊は蹲っていた。その膝の上には……ケーキの箱。
 尊は泣きそうな顔で、それを抱えていた。
 俺がその前にしゃがむと、ごめんなさい、だの、えっと、その、と、前までのオロオロした尊に戻ってしまったようだった。
 大丈夫、落ち着いて。と声を掛け、その冷たくなった手に自分の手を重ねる。温めるように撫でてやると、尊はポロポロと涙を流し始めた。そして口を開く。
「その……ッ、こ、転んじゃって……ぅ、落としたりは、しなかったんですけど……ッ、ッちょっと、中が……」
 そう言って尊は、ケーキの箱を開ける。……するとその中には、形が崩れてぐしゃぐしゃになってしまったケーキが。
 ああ……だから帰ってこれなかったのか。
「ごめんなさいっ……やっぱ、やっぱり、ッ、僕がっ、僕が何かをしようとしても……ッ、余計な、ことしか……!!!!」
「尊、それは違う」
 俺がその手を強く握り、そう言い切る。尊は顔を上げた。
「尊、帰ろう。……失敗は、誰でもすることだ。大事なのは、そこからどうするか、だよ」
「……そこから……どうするか……」
「そうだ。だから、行こう。蹲ってる暇なんてないぞ!!」
 俺は尊の手を引く。それに伴い、尊は立ち上がった。歪な形のケーキを大事に抱えながら。


 俺は帰ってすぐ、密香を呼んで軽く説明した。まあ、まだ時間稼ぎをしておいてくれ、ということだけだ。密香は詳しくは聞かず、分かった、とだけ言った。
 次に俺は、春松を呼びつけた。彼はすぐ来てくれて(頭にサンタの帽子をかぶっていたので、どうやらパーティーを抜けて来てくれたらしい)、俺は彼に、ケーキの材料を出してくれるよう頼んだ。今度全く同じ材料を買うようにしてください、と言われたので、俺は頷いて。
 そして彼は魔法で材料を出すと、さっさと帰ってしまった。うーん、申し訳なかったな。
「さて、尊」
「は、はいぃ……」
「レッツラ☆ クッキング~~~~!!!!」
 俺は泡だて器を天井に掲げながら、そう宣言する。お、おー? と、尊は拳を付き上げた。
 もうケーキを買い直しに行く時間はない。だから……自作。目的は、パレットにクリスマスを楽しんでもらうことだ。だから最悪、1人分だけ出来ればいい。まあ、せっかく作るなら大きいものでも良いだろうけど、サイズがデカいと失敗しやすいからな……。
 それに……尊は今日まで、パレットのために頑張って準備をしてきた。その努力が、「悪い結果だった」で終わってほしくない。尊にも、今日の日のことを良い思い出にしてほしいのだ。
「……よしっ、あとは焼いて、出来上がるのを待つだけだな」
「はっ、はいぃっ……!! た、隊長、本当に本当にっ……!! すみません、僕が、不甲斐ないばかりに……」
「何言ってんだ、俺は、お前の頑張りに感化されて手を貸したいって思っただけなんだからさ」
「隊長……!!」
 尊は俺を見つめ、その瞳に涙をためている。そんな、俺がやりたいことをやっているだけなのに、と思わず苦笑いを浮かべると。
「いい香りがするですっ!!」
「「!?!?」」
 割り込む声が1つ。この声、そして喋り方は……。
「ぱ、パレット!? なんでここに!?」
「? いい香りがしたですよー!! だから来たです!!」
 俺の問いかけに、パレットはキラッキラとした笑顔で答える。そっかーいい香りしちゃったかー……。
 俺は入口の方を振り返る。そこには肩で息をした密香の姿があって。……あー、負けたのかパレットに……そういや密香って、何故かパレットに弱いとこがあるからな……。
 まあ、起こってしまったことは仕方がない。俺はパレットのことをひょい、と持ち上げると。
「……もうちょっとだから、大人しく待っててくれ。隊長命令です」
「え~~~~!? つまんない!! です!!」
「……食べれなくてもいいのか?」
「ッ!? それは嫌だ、です!! 待ってるます!!」
 パレットはそう言うと回れ右をし、すたこらさっさと走り去る。……とりあえずはなんとかなった、か。
 俺は思いっきりため息を吐く。悪かった、と密香が小さく呟いて、パレットを追うように歩き出した。俺はその背中を見送って。
「……仕上げ、入るか。尊……」
「は、はいっ!!」
 まだやるべきことは沢山残っている。今は、そちらに集中しなければ。


 そしてどうにかケーキを作り終えた俺たちは、密香とパレットに声を掛けた。1人首を傾げるパレットを、用意していた部屋に連れて行き……。
「……わっ!! キラキラしてるですよ!!」
 俺たちが頑張って飾り付けた内装を見ると、パレットは瞳を輝かせた。部屋の中に駆け入り、忙しなく中を見回っている。
 そう喜んでもらえると……頑張ったかいがあるな、なんて思う。飾り付けなんてしたことなかったからな、本当……。
「それで……これは何の集まりなの? です」
 一通り見終わったのか、俺たちに向けてパレットがそう問いかける。俺たちは顔を見合わせて。
「カーラさん。……クリスマスに興味あるって、言ってたでしょ? だから僕、カーラさんにクリスマスを楽しんでもらいたくて。……隊長と忍野さんに頼んで、協力してもらったんです」
「そうだったの? じゃあこれは……」
「はい。……クリスマスパーティーですっ!!」
 わぁっ、とパレットが今日一番の笑顔を見せる。その頬に、瞳に、熱が灯って。期待に胸を膨らませているのが見ただけで分かる。
 俺は用意していたクラッカーを全員に配ると、その紐を握った。
「それじゃ、えーっと……メリークリスマス~~~~!!!!」
 クリスマスの掛け声ってなんだったっけ、と一瞬考えてから、すぐに思い出して。俺はそう叫ぶと思いっきり紐を引く。
 それに続くように3人も、メリークリスマスと掛け声を出して紐を引く。楽しい音が、部屋の中を弾けた。


 その後は美味しいものを食べて、軽いレクリエーションをしたりして、まあ俺が思いつく限りで提案したものは、全て行なった。パレットも尊も終始笑顔で。密香は……まあ退屈ではなさそうだったからいいや。
 用意したプレゼントは、スケッチブックと少し高い絵の具。いつも水性の物を使っていたから、油性にしてみた。使ったことのない種類の絵の具に、パレットは瞳を輝かせていて。今度何か描くですっ!! と張り切っていた。
 プレゼントも渡したし、パーティーの締めにケーキを食べようということになって。
 先程焼いたケーキを持ってくると、さっきのいい香りの正体!! とパレットは叫んだ。そうです、その正体です。
「あれ? でも、カーラの分だけ? です?」
 俺がパレットに手渡すと、彼女はそう言って首を傾げる。どう見ても1人前なのが気になったらしい。
 それはまあ、お前のための会だから、と言おうと思ったが。
「というかさっき、ケーキ入ってる箱ちらっと見たけどです」
「「……………………」」
 俺と尊は、思わず黙ってしまう。ケーキの入った箱。……確かにさっきパレットが入ってきてしまった部屋に、置いちゃってたけど。
 尊の方を見る。尊も俺の方を見ていて。……同時に肩を落とした。尊も俺と同じ感想なのか、懺悔でもするみたいな表情で口を開いた。
 ……そして話を聞き終わったパレットは一言。
「そっか。じゃあ、そのケーキも持ってくるですよ」
「……えっ?」
「え? じゃないよです。持ってくるって言ったら持ってくるんだよ、です」
「はっ、はいっ!? ただいまっ……!!」
 パレットの圧に押し負けたのか、尊が慌てたように部屋を飛び出す。そしてすぐに箱を持って帰って来た。
 中にあるのはやはり、少し形の崩れたケーキ。まあ……見栄えは悪い。間違いなくもう店頭には置けない。
 が、パレットはそんなことなど少しも構わず、そのクリームを指先で掬い取ると、ぱくっと食べてしまった。
「かっ、カーラさん!?」
「……うんっ、美味しいよ!!」
 息を呑む俺たちにも構わず、パレットはそう言うと笑う。確かに、地面には落ちてないみたいだし、味には問題ないだろうけど……。
 まあ……パレットがそれでいいなら、いいのか。
 だが尊は納得していないらしい。焦ったように目を泳がせて。
「そんなっ、でもっ……こんな不格好なものを……」
「……ねぇ、大智」
 泣きそうになっている尊の頬を……精一杯爪先立ちしたパレットの両手が、ふわりと包み込んだ。
「形なんて、ちょっとのことくらいじゃ気にしないよ!! それよりカーラは、カーラのためにこうしていっぱい頑張ってくれた、その気持ちが嬉しい!! ……だからね、買ってくれたケーキも、せっかく作ってくれたケーキも、どっちも食べたいって思うの!! だって、どっちにもカーラへの気持ちが入ってるでしょ? カーラは、その気持ちが欲しいよ」
「っ……!!」
 パレットのその真っ直ぐな言葉に、尊は目も頬も真っ赤にしている。あの、その、と言葉に迷ってから。
「……カーラさん、ありがとう。その気持ちが……すごく、嬉しい」
「……うんっ!!」
 同じく真っ直ぐな気持ちを返している尊が、その間に流れる雰囲気が……本当に優しいものだから。
 ……なんと言うべきか、こちらが気恥ずかしくて、俺は思わず俯いてしまった。そして気まずいのは密香も同じらしく、ひたすらポテトを摘まんでいる。いや、邪魔しないでくれてるからいいんだけどさ。
 2人が照れたようにえへへ、と笑っているのを見て、俺も思わず微笑んでしまう。……そして、もういいだろうと判断すると、俺は声を上げた。
「……じゃ、どっちのケーキも全員でシェアして食うって形で、いいか?」
「あ、隊長。……うんっ!! 皆で食べるですよ~!!」
「なんか存在忘れられてたみたいであれだけど……!! 俺が切り分けるから、包丁持ってくるよ……」
「よっ、よろしくお願いしますっ!!」
 少しばかり肩を落としながら、俺は部屋を出る。そして先程の楽し気な声を、2人の穏やかな様子を思い出して。
 ……本当に、随分と様変わりしたな。
 いつもびくびくしていた尊、常に警戒心丸出しだったパレット。どちらも、幸せそうには見えなくて。
 でも今は。……こんなに楽しそうにしてくれている。
 このパーティーもきっと、その幸せの延長線上に存在するもので。俺もその中に混ざることが出来ているのが……こんなにも嬉しい。
「……これだと俺の方が、素敵なクリスマスプレゼントを貰っちゃったみたいだな」
 思わず笑いながら呟いて、そして俺は包丁を探し始めるのだった。


【終】
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