#明け星学園活動日誌

 授業、憂鬱だな~、なんて話をしながら、俺は友人たちと席に着いた。次の授業は……生物か。そう思って授業の準備をするため、教科書を探すが……。
「あれ、教科書ない……」
 そう言いながら、俺は鞄をひっくり返す。しかしいくら探せど、教科書は見つからなかった。
「持木、どうした~?」
「いや、教科書忘れたみたいでさ……」
「え、マジ?」
「次の先生、持ち物忘れるとめちゃくちゃ怒られるだろ。大丈夫か?」
「いや、ほんとにな……どうするか……」
 心音や伊勢美……は、教科書持ってるわけねぇよな。生物は2年生しか授業がない。……他の誰かに、借りられればいいんだけど……。
 でも俺に、こいつら以外の同学年の知り合いなんて……。
「……あっ」
 俺はふと教室の外──廊下を見て、思わず立ち上がる。お、どうした? などという声を背に、慌てて教室を飛び出して。
「雷電!! ちょっといいか?」
「ん? ……ああ、持木くん。どうしたの?」
 俺が呼び止めると、彼は──雷電閃は、振り返る。そして綺麗な笑みを浮かべた。
「突然悪いけど、生物の教科書持ってないか?」
「生物? ……うーん、持ってたかもしれない……ちょっと待って、探してくる」
「悪い、助かる!!」
 俺は手を合わせ、心の底から礼を言う。いいよいいよ、と雷電は笑った。
「友達でしょ。じゃ、ちょっとひとっ走りして戻って来るね!!」
 そう言うと雷電は、一目散に走り去っていく。次の授業に間に合うように、ということだろう。
 ……そういえばあいつ、陸上部に勧誘されるくらい足早いって聞いたことあるけど……マジなんだな。もうあんな先にいる。
 このまま廊下に立ち尽くしていても、と思い、俺は一旦教室に戻る。……すると、連れたちが俺をまじまじと見つめていることに気づいた。
「な、なんだよお前ら。どうした?」
「いや……」
「雷電と知り合いなのか? お前」
 そう言われ、俺はどういうことなのかようやく思い至る。
 簡潔に言うと、俺たち男子の間で、雷電の評判はあまり良くない。女好き……は間違いないかもしれないけど、人の彼女を取ったとか、まあそういう悪い話ばかり聞く。
 ……俺も、伊勢美を通じてちゃんと話す前は、そう思ってたな。
「まあな、今じゃ友達だよ」
「え、そうなのか」
「ああ。……話してみると結構面白いよ、あいつ。それに、今まで聞いて来た変な噂とか、嘘なんだろうなって思うくらい……人のことちゃんと見てるやつだし」
 めちゃくちゃ仲良いか……と聞かれると、まだそこまで話したわけじゃないから、頷けないけど。でも、いいやつだな、とは思う。
 ……まあ、にしても、心音には正直あんまり近づいてほしくないけどなぁ~。
 するとそこで、「廊下は走らない!!」と叱責の声が廊下に響き渡る。俺たちは思わず肩を震わせ……俺は廊下に出た。廊下を見ると、雷電が風紀委員長に平謝りしている。解放されたのを確認してから、俺は彼に駆け寄った。
「雷電」
「あ、持木くん。……はいっ、教科書あったよ。……つっても、俺のじゃないんだけど」
 雷電はそう言って苦笑いを浮かべる。聞くと、自分は持っていなかったから、墓前の鞄から抜き取って来たらしい。
 大丈夫なのか、と聞くと、後で説明しとくよ、と返された。事後報告で良いのか?
 と、気になることはあったが、チャイムが鳴り響いてしまった。教科書があっても、ちゃんと席に着かなければ意味がない。俺は雷電にもう一度礼を告げると、慌てて席に戻るのだった。


 授業が終わり、俺は雷電の姿を探したが……見当たらない。まあ、授業前にああやってたまたま出会えたのが奇跡だよな。
 どうするか、と思っていると……また見知った顔が視界に映る。しかも、めちゃくちゃ丁度良いところに現れてくれた。
「墓前!!」
「ん? ……ああ、威厳持木」
 相変わらず変な呼び方をしてきやがる。紺色のセーラー服をまとった、墓前糸凌だった。
「どうした?」
「これ、雷電から聞いてるかもしれないけど、教科書借りたからさ」
「あー、そういえば。……助かったなら何よりだ。あの先生、少しやらかすとすぐ怒るから、めんどくさいよな」
「いやほんと。借りものだってバレないように、ひやひやしながら過ごしたよ」
 俺の手から教科書を受け取りつつ、そんな世間話をする。
 ……墓前も、伊勢美と出会わなかったら、絶対に話さなかったようなやつなんだよな。
 でもこいつも、面白いやつだし。……こうして気軽に話せるようになって良かったと思っている。
「……なんだ、俺の顔が良すぎて見惚れてるのか?」
「いや、ボーっとしてただけだよ。……確かにお前、顔は綺麗だけどさ……」
「ふっ、当然だ」
 ……うん。やっぱり変なやつだと思う。
「あれ、糸凌、持木くん」
 するとそこで、背後から名前を呼ばれる。振り返るとそこには……雷電の姿があった。
「閃、さっきの子はいいのか?」
「うん。ちょっと次会う約束しただけだし。……それより、そっちは? 教科書返した感じ?」
「あ、ああ。……雷電も、教科書探してくれてありがとな」
「いいよいいよ、結局糸凌の教科書パクっただけだしね~」
「お前なぁ……別にいいけど、せめて少しくらい悪びれろよ」
「やだなぁ、俺と糸凌の仲でしょ?」
 雷電がそう言って墓前と肩を組む。すると墓前は、仕方ないな、とでも言うように苦笑いを浮かべた。
 ……本当に仲良いな、こいつら。
「ところで二人とも、この後暇?」
「え? ……まあ、暇だけど。墓前は?」
「俺も、一応予定はない」
「やった。……せっかく揃ったんだし、どっかメシ行かない? 俺、お昼食べてないからお腹減ってんだよね」
「お前、また昼飯抜いたのかよ。そういう時は俺に声掛けろって言ってるのに……」
「いや、雷電って普段どんな生活してるんだよ……」
「あはは、ちょっとさゆりちゃんに怒られるような生活かもね。……そんなことより、俺ラーメン食べたい!!」
「がっつり系だな、まあ別にいいか……威厳持木もそれでいいか?」
「ああ、いいよ。……っと、今から行くなら、先に心音に連絡を……」
「心音ちゃんといつも一緒に帰ってるんだっけ? 仲いいよねー。……じゃ、歩きながら連絡して! 俺腹ペコだから早く行きたい!」
「うわっ、ちょっ、歩きスマホしてると風紀委員長に注意されるだろっ。ただでさえ俺たち、目ぇ付けられてるだろうに……」
「いや、俺は品行方正だから注意されたことないぞ」
「え、糸凌この前、廊下走って注意されてたじゃん」
「……あの時はたまたまだ」
 そんな軽い会話を交わしていると、不意に後ろから叱責の声が響く。俺たちが肩を震わせ、恐る恐る振り返ると……そこには、風紀委員長が立っていて。そしてその視線は、俺のスマホに注がれていて。
 反射的に俺は、雷電と墓前の顔を見上げる。2人はこくり、と頷いて。……思いは一緒のようだ。
「……逃げるぞ!!」
「ああ」
「よし来た!!!!」
 俺たちは一目散に走り去る。背後から迫ってくる気配がして怖いが、足は止めないで。
 ……走っている内に楽しくなってきてしまって、3人で笑ってしまった。

【終】

※ちなみにこの後普通に風澄ちゃんに捕まり、こっぴどく叱られました。ラーメンは糸凌くんの奢りで、とっても美味しくいただきました。
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