#明け星学園活動日誌
「伊勢美 灯子 さん。ごきげんよう」
「……」
砂糖菓子の上に、更に砂糖を上乗せしたような、そんな甘い声に、私はゆっくりと振り返った。するとそこには、柔らかく微笑んだ、美人な女子生徒がいて……。
……誰だ……?
思わず私は訝しげな表情を浮かべてしまう。まあ、私はこの世界で唯一の異能力者学校……明け星学園に転校してきたばかりなのだから、この人を知らないのは当然なのだが。
そして私は滅多に来ない転校生ということで、不本意ながら有名人であるため……私の知らない人が私を知っている、という状況も、何もおかしくはないのだが。
「……何か御用でしょうか」
私は冷静な声でそう告げる。正直無視してしまいたかったが、流石に人間としてどうかと思うため、しない。
すると彼女は、ふふふ、と笑った。……いちいち、何と言うか……絵になる人だ……。
「特出した用はありませんわ。ですが、同じ学園で過ごす学友……親睦を深めたいと思うのは、当然でしょう?」
「……」
あ、そうですか。くらいの感想しか出てこない。つまりこの人は……私と、友達になりたいと。……。
「……親睦を深めるとは、どうやって?」
「そうですねぇ……」
おっとりとした声で、彼女はそう言うと、頬に片手を添える。その手は、雪の様に白く、そして、きっとマシュマロの様に柔らかいのだろう……そんな感覚を、彷彿とさせた。
「……あら、私としたことがうっかり! 何をするか、考えていませんでしたわ! 申し訳ありません」
「……はあ、いえ……」
……何だろう、「ワザとらしい」、という感想を、今のモーションに抱いてしまったのだが……。口調のせいだろうか。
私は、人の嘘を見抜いたりすることは得意ではない。……気のせいかもしれない。考えるのも面倒なので、そういうことにしておこう。
「ですので、今日は挨拶だけで済ませていただきますわ。本格的に親睦を深めるのは、また改めて」
「……はあ……」
別に私はそのまま深めなくてもいいのだが……。残念なことに、そんなことを言える雰囲気ではない。
「ひとまず、名前だけ。……私の名前は、虚木 姫路 、ですわ」
そして彼女は……虚木さんは、スカートの裾をつまむと、うやうやしく頭を下げた。
自慢じゃないが、私は友達がいない。
理由はただ一つ。面倒だからだ。
なのに……。
「灯子さん、次の教室、一緒に参りませんか?」
「お昼を一緒に食べましょう!」
「あら灯子さん、今お帰りですか? もし宜しければ……」
…………………………。
「疲れた……」
「疲れてるねぇ」
「……理由の一部は、貴方も担っているのですが」
「ええ~?」
私の渾身の感想に反応する声が一つ。それはこの学園の生徒会長……小鳥遊 言葉 だった。もう当たり前のように私の傍にいる、私のストーカーだ。
「毎日毎日、私に付き纏うのは鬱陶しいです……」
「ええ、そんな面倒な人もいるんだねぇ~」
「……鏡を持ってきて差し上げましょうか」
「僕の美顔を眺めて癒されるってこと?」
「何でそうなるんですか……」
確かに、言葉 は美人だが。それは認めるが。
「とにかく……貴方はともかく……虚木さんに付き纏われてるんですよ……貴方以上に」
「へぇ、とーこちゃん、モッテモテだ。……だから生徒会室 にいるんだ?」
「茶化さないでください……そうです」
珍しくそっちから来たと思ったら、と言葉ちゃんは笑った。人ごとだと思って……。
……でも、私だって、本当の本当に放っておいてほしい日くらいある。そんな日は、そんな私の気分を悟ってくれているのか、本当に放っておいてくれるから、言葉ちゃんの方がマシだ。
でも虚木さんは、下手に廊下を歩くと、すぐに捕まる。四六時中監視されているみたいで、落ち着かない。一度はっきり、「鬱陶しいです」と口をついて言ってしまったが、それに対しても、「あらあら」と笑うだけで、まともに相手をしてくれなかった。……私に「友達」なんてよく分からないが、虚木さんのあの行動は……「友達」に向けるにしては、度を越していると思う。というか、友達になった覚えがない。
「……言葉ちゃんの権限で、どうにかなりません?」
「いじめられてるー、とかだったら動くけど、ただ仲良くしてるってだけならねぇ。ちょっと難しいかな」
「まあ……期待はしてません」
「数秒前に頼って来たとは思えないほど清々しいセリフだな」
まあ僕からそれとなく口添えしておいてあげるよ。と言葉ちゃんは言ってくれた。それは……正直、すごく助かる。
「……ご迷惑おかけします」
「そこはありがとう、でいいんじゃないの?」
それもそうか、と思って口を開きかけたが……顔を上げると、ほらほらぁ、と言葉ちゃんがニヤニヤと笑っていた。だから私は途端にお礼を言う気が失せて、ただ睨みつけるだけだった。
「伊勢美さん、酷いですわ!!」
「……」
廊下の真ん中、生徒が集まる昼下がりだった。私が虚木さんにそう言われたのは。
何だ何だ? と集まる視線。大きな瞳に涙をためる虚木さん。困惑して黙る私(表情は一切動いていないだろうが)。
……酷いって……何の話だ……?
事態を全く把握出来ていないため、とりあえず黙っておく。それをいいことに、虚木さんは口を開いた。そして叫ぶ。相変わらず、砂糖菓子のような甘い声で。
「私のことを、『面倒だ』、『鬱陶しい』、『邪魔だ』など……!! しかもそれを、あの生徒会長から言わせるだなんて……!!」
「…………………………」
あ、はい……。思わず私は心の中で、そう言った。
はい、えっと、面倒だし、鬱陶しいし、邪魔だと、思ってます……。
だが今それを言ったら、何だか私が悪いみたいな空気になりそうだ。とりあえず、まだ黙っておく。
「酷い……そう思っているなら、早く言ってくれれば良かったのに……!!」
……いや、言いましたよね。それを「あらあら」で終わらせたのは、そちらでは……。
「そんなことを言うために生徒会長を使うだなんて、人としてどうかと思いますわ!!」
……私が言っても話が通じないから、言葉ちゃんが言ってくれただけなんですが……。
「あの憧れの生徒会長に、まるで私が悪いかのように言われ……私、とても傷つきましたわ!!」
……実際問題、貴方が悪いのでは……。いや、悪いとまでは言わなくとも、私の意見を聞き届けてくれないから……。
「可哀想に……」
すると、人混みの中から……そんな声が、聞こえた。
「虚木さん、可哀想……」
「まるで極悪非道人みたいに……」
「転校生って意地悪なんだなー……」
「虚木さん泣いてるじゃん」
「転校生、謝れよ!!」
そしてその呟きを筆頭に、虚木さんを擁護する声、私を非難する声が響き始める。騒めきは大きくなり、私たちを取り囲んで……。
……その時、俯いて泣いている虚木さんの顔が、私だけに、少しだけ見えた。
虚木さんは、私の方を見て……小さく、笑っていた。
流石に悟る。私は、嵌められたのだと。
わざと人の多いところで、私のことを弾圧する。そうすることで、周りからの共感を得て、私に反論の余地をなくし、そして、私が悪いという空気に、事実に、持っていく。
……。
こんな時でも、私の思うことは、一つだけだった。
……目立ちたくないのに……。
はあ、と思わずため息を吐くと同時、誰かがすすり泣く虚木さんに駆け寄る。そしてその背中をさすって。
「可哀想に……会長も会長だよな、こんな転校生の味方をして」
「い、いえ……きっと違いますわ!!」
するとそこで、一瞬虚木さんが動揺したのが、私にも分かった。……一体どうしたんだろう……。
「会長は心優しい方ですから……彼女の戯言に耳を傾けてしまったんですわ!! きっとそうです、会長は悪くありませんわ!!」
「……」
……何となく、分かってしまった。何故虚木さんが、私をこうして嵌めようとしたのか。
「私が謝ってほしいのは、伊勢美さんにだけですわ!! ……謝ってください。誠意を以って!!」
「……」
虚木さんが泣きながら、私に人差し指を突き付ける。その瞬間、周りの生徒が一斉に黙った。……舞台が、整えられている。
私が謝罪をする、それ以外を許さない、舞台が。
だから、私は。
「……言いたいことはそれだけでしょうか」
特に声を張り上げることもなく、そう言った。
「なっ……!?」
意に反して謝罪をしない私に、虚木さんは驚いたように目を見ひらいた。そして、キッと私のことを睨みつけた。
「一体何を……開き直るおつもりですか!?」
「いえ。……私からいくつか、先程の虚木さんの発言に対し、反論をさせてください」
「そんなこと……!!」
「まず、私は『鬱陶しい』といったことを、確かに思っていました。ですが、それは思った時点でそう言いました。ですがそれを、『あらあら』の一言だけで済まされました。……私はきちんと、自分の意思を述べました。聞かなかったのは、貴方です」
虚木さんの言葉を無視し、私は淡々と反論をしていく。ここで焦って早口になったり、小声になってしまったり、逆に大声になってしまっても駄目だ。それは隙になる。
「そもそも、ほぼ四六時中私に付き纏う方が非常識なのでは? 授業以外のほとんどの時間を、よく分からない人と過ごさなければならないんです。……私のような、対人関係に不慣れな人間からしたら、苦痛でしかありません。ですから、適度な距離を取ってほしいと……そう言う私は、間違っているんですか?」
初めは私が反論を始めたことに、周りからのブーイングが止まらなかった。だが段々、声が聞こえなくなってくる。虚木さんも、冷や汗を流し、何も言えないようだった。
「最後に」
私は虚木さんを見つめる。……別に、何も思わない。嵌められたことも。言いがかりをつけられたことも、何も。
ただ私は、事実を述べるだけだ。
「貴方の大好きな生徒会長は、例え私が本当に極悪非道人だとして、私に流されるような弱い人ではありません」
「なっ!?」
虚木さんの頬が真っ赤に染まる。さながら恋する乙女だ。……今の彼女に効果音をつけるのなら、「カーッ」だろう。
「そーゆーことっ☆」
「っひゃぁっ!?」
「駄目でしょぉ、姫路ちゃんっ。とーこちゃんに変な言いがかりつけちゃっ!!」
すると虚木さんの背後から、いつの間にか来ていた言葉ちゃんが現れる。そのことに虚木さんは腰を抜かし、言葉ちゃんはニコニコと笑っていた。……この人は本当に……存在感たっぷりなのに、気づいたら近くにいる、ってことがあるから、怖い。
一人で背筋を震わせていると、虚木さんが、叫んだ。
「お……お姉様っ……!!」
……。
「……言葉ちゃんと虚木さんって、姉妹だったんですか」
「違うけど?」
あっさり否定された。まあ、だろうね、という感じだが。この人、一人っ子っていう感じがするからだ。
ちなみに私も一人っ子である。
「姫路ちゃん、僕のこと、『お姉様』って慕ってくれてるんだよねぇ~。入学当初から」
「……確かに貴方、ヤバい信者とか多そうですもんね」
「おっ???? 悪口か????」
……別に悪口ではない。褒めてもいないが。
まあこれでもう確実だろう。虚木さんが私のことをはめようとした理由は、こうだ。
憧れの生徒会長、小鳥遊言葉は、同時に皆の憧れである。だからこそ彼女は、誰に対しても平等に接していた。……本当は独り占めしてしまいたかった。だが、彼女は誰にでも優しいから。そんなワガママを言うわけにはいかない。……そう思っていたのだ。
私が転校してきて、小鳥遊言葉が私に常に構うようになるまでは。
そこで虚木さんは思い知らされる。まだ誰にでも優しい方が幸せだった。でも彼女は、伊勢美灯子というたった一人に構うようになってしまった。……自分だってそうされたかった!! どうして自分じゃないんだ。どうして、そうだ、伊勢美灯子を排除すれば──。
「……そういうわけだと、私は予想します」
「そーなの? 姫路ちゃん」
「ひっ。……」
私の予想を聞くと、言葉ちゃんがそっくりそのまま、あっているかを虚木さんに尋ねる。虚木さんは大きく肩を震わせ……その顔を青くする。しかし憧れの言葉ちゃんを前に、嘘は吐けなかったのだろう。ゆっくりと、頷いた。
「そっかそっかぁ~……姫路ちゃん、嫉妬しちゃったんだね、かっわいい~!!」
「きゃっ!?」
すると言葉ちゃんは、一気に虚木さんと距離を詰める。そして彼女を抱きしめた。虚木さんは悲鳴をあげたものの、その動作に、距離感に、喜びを隠せていない様子である。……だが。
……喜ぶ状況では、ないだろう。
「……でもね。だからと言って、灯子ちゃんを排除しようとしたのは、許せない。僕、すっごく怒ってるんだよ」
突然声のトーンを低くした言葉ちゃんに、虚木さんの表情が引きつる。当たり前だ。……その声から、抱きしめる力から、彼女の怒りが伝わってくるだろうから。
「……僕、そんな悪い子は好きになれないなぁ、分かる?」
「……は、はいっ……」
「じゃ、灯子ちゃんにごめんなさい……出来るよね?」
「はいっ……」
言葉ちゃんはそう言って、虚木さんのことを離す。そして虚木さんは、泣きそうな顔で、青ざめながら、私の前に立ち……。
「ご、ごめんなさい……」
そう言って頭を下げる、虚木さんを見て、私はため息を吐き。
「……いいです。もう付き纏わないでくださいね」
「ええ、とーこちゃん、許しちゃうのぉ?」
「貴方に怒られただけで十分な薬になったでしょう……いつも笑顔な分、貴方がキレると怖いんですよ」
「全く怖いって思ってなさそう~」
言葉ちゃんがケラケラと笑う。誰か鏡を持ってきてほしい。
「……ですので、私はもうこの件に関して何も言いません。虚木さんも、私のことなど気にせずに過ごしてください。というかそんなに大好きならこの人貰ってください、私迷惑してるので」
「酷くなぁい!?」
「うっさ……」
真横で叫ぶ言葉ちゃんに対し、私は顔をしかめる。……すると虚木さんは、くすっ、と笑った。
「……私、会長に叱られ、目が覚めました。……私はまだまだ未熟者……会長の隣に堂々と立てません。……今一度、自分を鍛え直して参ります!!」
「……え」
「伊勢美さん、また来ます。その時は、正式なライバルとして……会長を賭け、私と手合わせ願いますわ!!」
「私の話聞いてました?」
貰ってほしいって言ったんですけど……。何で私が言葉ちゃんを大好きみたいな……。
思わず横を見る。……すると言葉ちゃんは、お腹に手を当てて小刻みに震えていた。この人……面白がってやがる……。
「その日まで、誰にも会長を渡さないでください。それでは……ごきげんよう!!」
「いやごきげんようじゃなくて……」
私の反論も虚しく、虚木さんは可憐に走り去ってしまった。……総括的に見て、全然話聞いてくれなかったな……恐らく、そう言うところだと思うのだが……。まあ……。
「一件落着だね、とーこちゃんっ☆」
「……もう面倒なので、そういうことにしておきます……」
考えるのも疲れた。……きっと、虚木さんの言う「その日」はだいぶ先だろうし、その時の私に任せよう……。
……その後、その日の新聞部の夕刊で、「転校生、生徒会長のパートナーの座を死守!!」という見出しが付いてしまったのは、また別の話。
……本当に、迷惑な話だ。
【終】
「……」
砂糖菓子の上に、更に砂糖を上乗せしたような、そんな甘い声に、私はゆっくりと振り返った。するとそこには、柔らかく微笑んだ、美人な女子生徒がいて……。
……誰だ……?
思わず私は訝しげな表情を浮かべてしまう。まあ、私はこの世界で唯一の異能力者学校……明け星学園に転校してきたばかりなのだから、この人を知らないのは当然なのだが。
そして私は滅多に来ない転校生ということで、不本意ながら有名人であるため……私の知らない人が私を知っている、という状況も、何もおかしくはないのだが。
「……何か御用でしょうか」
私は冷静な声でそう告げる。正直無視してしまいたかったが、流石に人間としてどうかと思うため、しない。
すると彼女は、ふふふ、と笑った。……いちいち、何と言うか……絵になる人だ……。
「特出した用はありませんわ。ですが、同じ学園で過ごす学友……親睦を深めたいと思うのは、当然でしょう?」
「……」
あ、そうですか。くらいの感想しか出てこない。つまりこの人は……私と、友達になりたいと。……。
「……親睦を深めるとは、どうやって?」
「そうですねぇ……」
おっとりとした声で、彼女はそう言うと、頬に片手を添える。その手は、雪の様に白く、そして、きっとマシュマロの様に柔らかいのだろう……そんな感覚を、彷彿とさせた。
「……あら、私としたことがうっかり! 何をするか、考えていませんでしたわ! 申し訳ありません」
「……はあ、いえ……」
……何だろう、「ワザとらしい」、という感想を、今のモーションに抱いてしまったのだが……。口調のせいだろうか。
私は、人の嘘を見抜いたりすることは得意ではない。……気のせいかもしれない。考えるのも面倒なので、そういうことにしておこう。
「ですので、今日は挨拶だけで済ませていただきますわ。本格的に親睦を深めるのは、また改めて」
「……はあ……」
別に私はそのまま深めなくてもいいのだが……。残念なことに、そんなことを言える雰囲気ではない。
「ひとまず、名前だけ。……私の名前は、
そして彼女は……虚木さんは、スカートの裾をつまむと、うやうやしく頭を下げた。
自慢じゃないが、私は友達がいない。
理由はただ一つ。面倒だからだ。
なのに……。
「灯子さん、次の教室、一緒に参りませんか?」
「お昼を一緒に食べましょう!」
「あら灯子さん、今お帰りですか? もし宜しければ……」
…………………………。
「疲れた……」
「疲れてるねぇ」
「……理由の一部は、貴方も担っているのですが」
「ええ~?」
私の渾身の感想に反応する声が一つ。それはこの学園の生徒会長……
「毎日毎日、私に付き纏うのは鬱陶しいです……」
「ええ、そんな面倒な人もいるんだねぇ~」
「……鏡を持ってきて差し上げましょうか」
「僕の美顔を眺めて癒されるってこと?」
「何でそうなるんですか……」
確かに、
「とにかく……貴方はともかく……虚木さんに付き纏われてるんですよ……貴方以上に」
「へぇ、とーこちゃん、モッテモテだ。……だから
「茶化さないでください……そうです」
珍しくそっちから来たと思ったら、と言葉ちゃんは笑った。人ごとだと思って……。
……でも、私だって、本当の本当に放っておいてほしい日くらいある。そんな日は、そんな私の気分を悟ってくれているのか、本当に放っておいてくれるから、言葉ちゃんの方がマシだ。
でも虚木さんは、下手に廊下を歩くと、すぐに捕まる。四六時中監視されているみたいで、落ち着かない。一度はっきり、「鬱陶しいです」と口をついて言ってしまったが、それに対しても、「あらあら」と笑うだけで、まともに相手をしてくれなかった。……私に「友達」なんてよく分からないが、虚木さんのあの行動は……「友達」に向けるにしては、度を越していると思う。というか、友達になった覚えがない。
「……言葉ちゃんの権限で、どうにかなりません?」
「いじめられてるー、とかだったら動くけど、ただ仲良くしてるってだけならねぇ。ちょっと難しいかな」
「まあ……期待はしてません」
「数秒前に頼って来たとは思えないほど清々しいセリフだな」
まあ僕からそれとなく口添えしておいてあげるよ。と言葉ちゃんは言ってくれた。それは……正直、すごく助かる。
「……ご迷惑おかけします」
「そこはありがとう、でいいんじゃないの?」
それもそうか、と思って口を開きかけたが……顔を上げると、ほらほらぁ、と言葉ちゃんがニヤニヤと笑っていた。だから私は途端にお礼を言う気が失せて、ただ睨みつけるだけだった。
「伊勢美さん、酷いですわ!!」
「……」
廊下の真ん中、生徒が集まる昼下がりだった。私が虚木さんにそう言われたのは。
何だ何だ? と集まる視線。大きな瞳に涙をためる虚木さん。困惑して黙る私(表情は一切動いていないだろうが)。
……酷いって……何の話だ……?
事態を全く把握出来ていないため、とりあえず黙っておく。それをいいことに、虚木さんは口を開いた。そして叫ぶ。相変わらず、砂糖菓子のような甘い声で。
「私のことを、『面倒だ』、『鬱陶しい』、『邪魔だ』など……!! しかもそれを、あの生徒会長から言わせるだなんて……!!」
「…………………………」
あ、はい……。思わず私は心の中で、そう言った。
はい、えっと、面倒だし、鬱陶しいし、邪魔だと、思ってます……。
だが今それを言ったら、何だか私が悪いみたいな空気になりそうだ。とりあえず、まだ黙っておく。
「酷い……そう思っているなら、早く言ってくれれば良かったのに……!!」
……いや、言いましたよね。それを「あらあら」で終わらせたのは、そちらでは……。
「そんなことを言うために生徒会長を使うだなんて、人としてどうかと思いますわ!!」
……私が言っても話が通じないから、言葉ちゃんが言ってくれただけなんですが……。
「あの憧れの生徒会長に、まるで私が悪いかのように言われ……私、とても傷つきましたわ!!」
……実際問題、貴方が悪いのでは……。いや、悪いとまでは言わなくとも、私の意見を聞き届けてくれないから……。
「可哀想に……」
すると、人混みの中から……そんな声が、聞こえた。
「虚木さん、可哀想……」
「まるで極悪非道人みたいに……」
「転校生って意地悪なんだなー……」
「虚木さん泣いてるじゃん」
「転校生、謝れよ!!」
そしてその呟きを筆頭に、虚木さんを擁護する声、私を非難する声が響き始める。騒めきは大きくなり、私たちを取り囲んで……。
……その時、俯いて泣いている虚木さんの顔が、私だけに、少しだけ見えた。
虚木さんは、私の方を見て……小さく、笑っていた。
流石に悟る。私は、嵌められたのだと。
わざと人の多いところで、私のことを弾圧する。そうすることで、周りからの共感を得て、私に反論の余地をなくし、そして、私が悪いという空気に、事実に、持っていく。
……。
こんな時でも、私の思うことは、一つだけだった。
……目立ちたくないのに……。
はあ、と思わずため息を吐くと同時、誰かがすすり泣く虚木さんに駆け寄る。そしてその背中をさすって。
「可哀想に……会長も会長だよな、こんな転校生の味方をして」
「い、いえ……きっと違いますわ!!」
するとそこで、一瞬虚木さんが動揺したのが、私にも分かった。……一体どうしたんだろう……。
「会長は心優しい方ですから……彼女の戯言に耳を傾けてしまったんですわ!! きっとそうです、会長は悪くありませんわ!!」
「……」
……何となく、分かってしまった。何故虚木さんが、私をこうして嵌めようとしたのか。
「私が謝ってほしいのは、伊勢美さんにだけですわ!! ……謝ってください。誠意を以って!!」
「……」
虚木さんが泣きながら、私に人差し指を突き付ける。その瞬間、周りの生徒が一斉に黙った。……舞台が、整えられている。
私が謝罪をする、それ以外を許さない、舞台が。
だから、私は。
「……言いたいことはそれだけでしょうか」
特に声を張り上げることもなく、そう言った。
「なっ……!?」
意に反して謝罪をしない私に、虚木さんは驚いたように目を見ひらいた。そして、キッと私のことを睨みつけた。
「一体何を……開き直るおつもりですか!?」
「いえ。……私からいくつか、先程の虚木さんの発言に対し、反論をさせてください」
「そんなこと……!!」
「まず、私は『鬱陶しい』といったことを、確かに思っていました。ですが、それは思った時点でそう言いました。ですがそれを、『あらあら』の一言だけで済まされました。……私はきちんと、自分の意思を述べました。聞かなかったのは、貴方です」
虚木さんの言葉を無視し、私は淡々と反論をしていく。ここで焦って早口になったり、小声になってしまったり、逆に大声になってしまっても駄目だ。それは隙になる。
「そもそも、ほぼ四六時中私に付き纏う方が非常識なのでは? 授業以外のほとんどの時間を、よく分からない人と過ごさなければならないんです。……私のような、対人関係に不慣れな人間からしたら、苦痛でしかありません。ですから、適度な距離を取ってほしいと……そう言う私は、間違っているんですか?」
初めは私が反論を始めたことに、周りからのブーイングが止まらなかった。だが段々、声が聞こえなくなってくる。虚木さんも、冷や汗を流し、何も言えないようだった。
「最後に」
私は虚木さんを見つめる。……別に、何も思わない。嵌められたことも。言いがかりをつけられたことも、何も。
ただ私は、事実を述べるだけだ。
「貴方の大好きな生徒会長は、例え私が本当に極悪非道人だとして、私に流されるような弱い人ではありません」
「なっ!?」
虚木さんの頬が真っ赤に染まる。さながら恋する乙女だ。……今の彼女に効果音をつけるのなら、「カーッ」だろう。
「そーゆーことっ☆」
「っひゃぁっ!?」
「駄目でしょぉ、姫路ちゃんっ。とーこちゃんに変な言いがかりつけちゃっ!!」
すると虚木さんの背後から、いつの間にか来ていた言葉ちゃんが現れる。そのことに虚木さんは腰を抜かし、言葉ちゃんはニコニコと笑っていた。……この人は本当に……存在感たっぷりなのに、気づいたら近くにいる、ってことがあるから、怖い。
一人で背筋を震わせていると、虚木さんが、叫んだ。
「お……お姉様っ……!!」
……。
「……言葉ちゃんと虚木さんって、姉妹だったんですか」
「違うけど?」
あっさり否定された。まあ、だろうね、という感じだが。この人、一人っ子っていう感じがするからだ。
ちなみに私も一人っ子である。
「姫路ちゃん、僕のこと、『お姉様』って慕ってくれてるんだよねぇ~。入学当初から」
「……確かに貴方、ヤバい信者とか多そうですもんね」
「おっ???? 悪口か????」
……別に悪口ではない。褒めてもいないが。
まあこれでもう確実だろう。虚木さんが私のことをはめようとした理由は、こうだ。
憧れの生徒会長、小鳥遊言葉は、同時に皆の憧れである。だからこそ彼女は、誰に対しても平等に接していた。……本当は独り占めしてしまいたかった。だが、彼女は誰にでも優しいから。そんなワガママを言うわけにはいかない。……そう思っていたのだ。
私が転校してきて、小鳥遊言葉が私に常に構うようになるまでは。
そこで虚木さんは思い知らされる。まだ誰にでも優しい方が幸せだった。でも彼女は、伊勢美灯子というたった一人に構うようになってしまった。……自分だってそうされたかった!! どうして自分じゃないんだ。どうして、そうだ、伊勢美灯子を排除すれば──。
「……そういうわけだと、私は予想します」
「そーなの? 姫路ちゃん」
「ひっ。……」
私の予想を聞くと、言葉ちゃんがそっくりそのまま、あっているかを虚木さんに尋ねる。虚木さんは大きく肩を震わせ……その顔を青くする。しかし憧れの言葉ちゃんを前に、嘘は吐けなかったのだろう。ゆっくりと、頷いた。
「そっかそっかぁ~……姫路ちゃん、嫉妬しちゃったんだね、かっわいい~!!」
「きゃっ!?」
すると言葉ちゃんは、一気に虚木さんと距離を詰める。そして彼女を抱きしめた。虚木さんは悲鳴をあげたものの、その動作に、距離感に、喜びを隠せていない様子である。……だが。
……喜ぶ状況では、ないだろう。
「……でもね。だからと言って、灯子ちゃんを排除しようとしたのは、許せない。僕、すっごく怒ってるんだよ」
突然声のトーンを低くした言葉ちゃんに、虚木さんの表情が引きつる。当たり前だ。……その声から、抱きしめる力から、彼女の怒りが伝わってくるだろうから。
「……僕、そんな悪い子は好きになれないなぁ、分かる?」
「……は、はいっ……」
「じゃ、灯子ちゃんにごめんなさい……出来るよね?」
「はいっ……」
言葉ちゃんはそう言って、虚木さんのことを離す。そして虚木さんは、泣きそうな顔で、青ざめながら、私の前に立ち……。
「ご、ごめんなさい……」
そう言って頭を下げる、虚木さんを見て、私はため息を吐き。
「……いいです。もう付き纏わないでくださいね」
「ええ、とーこちゃん、許しちゃうのぉ?」
「貴方に怒られただけで十分な薬になったでしょう……いつも笑顔な分、貴方がキレると怖いんですよ」
「全く怖いって思ってなさそう~」
言葉ちゃんがケラケラと笑う。誰か鏡を持ってきてほしい。
「……ですので、私はもうこの件に関して何も言いません。虚木さんも、私のことなど気にせずに過ごしてください。というかそんなに大好きならこの人貰ってください、私迷惑してるので」
「酷くなぁい!?」
「うっさ……」
真横で叫ぶ言葉ちゃんに対し、私は顔をしかめる。……すると虚木さんは、くすっ、と笑った。
「……私、会長に叱られ、目が覚めました。……私はまだまだ未熟者……会長の隣に堂々と立てません。……今一度、自分を鍛え直して参ります!!」
「……え」
「伊勢美さん、また来ます。その時は、正式なライバルとして……会長を賭け、私と手合わせ願いますわ!!」
「私の話聞いてました?」
貰ってほしいって言ったんですけど……。何で私が言葉ちゃんを大好きみたいな……。
思わず横を見る。……すると言葉ちゃんは、お腹に手を当てて小刻みに震えていた。この人……面白がってやがる……。
「その日まで、誰にも会長を渡さないでください。それでは……ごきげんよう!!」
「いやごきげんようじゃなくて……」
私の反論も虚しく、虚木さんは可憐に走り去ってしまった。……総括的に見て、全然話聞いてくれなかったな……恐らく、そう言うところだと思うのだが……。まあ……。
「一件落着だね、とーこちゃんっ☆」
「……もう面倒なので、そういうことにしておきます……」
考えるのも疲れた。……きっと、虚木さんの言う「その日」はだいぶ先だろうし、その時の私に任せよう……。
……その後、その日の新聞部の夕刊で、「転校生、生徒会長のパートナーの座を死守!!」という見出しが付いてしまったのは、また別の話。
……本当に、迷惑な話だ。
【終】
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