#ゆめみゆ異世界旅行記

ゆめ、遅いよ~!! 早く早く☆」
「ま、待ってよ実幸みゆきちゃん……!!」
 休日の昼間の住宅街を駆ける、2人の少年と少女の姿があった。前を走る少女は、小波こなみ実幸みゆき。それを追いかける少年は、春松はるまつゆめだ。
 2人はこの4月に小学1年生になったばかりだ。幼稚園から行動を共にする2人は、もちろん小学生になってもそれは変わらず。……自由奔放な実幸に、夢は振り回されていた。それで泣かされることも少なくない。
 今日も休日だというのに、こうして振り回されている。まあ、一緒に居ようと決めたのは夢自身なのだが。
 それでも夢は、確実に疲弊し始めていた。彼女はいつも、突然突飛な行動をし始める。変なことも言うし、無茶だってする。大怪我をしていないのが不思議なくらいだ。……いつまでもこうなのだろうか。取り返しのつかないことになってからでは遅いのではないか……と、そう考え始めていたのだ。
 しかし、気弱な夢にそれを指摘する勇気はない。
 と、そんなことを考えていたからか、夢は目の前で行われている突飛な行動に、遅れて気が付いた。……実幸が、コンクリートのブロックをよじ登っているのだ。お陰で短いスカートから下着が覗いていることにもおかまいなしで。慌てて夢がその下に回り込み、スカートを手で抑えた。
「なっ、何してるの、実幸ちゃん!?」
「え? 何って……ここ登ったら面白そうだと思って!!」
「何言ってんの本当に!?」
 頭痛がしてくる。いや、いつものことなんだけど。
 というか、このブロック塀って誰かの家で建てたものなんじゃ……? と思う。だって、ブロック塀の向こう側には家が見えるから。つまり、この向こう側は誰かの家……ということだ。
 そう思った夢は、実幸に登るのをやめさせようとするが……。
「わっ!?」
「みっ、実幸ちゃん!?」
 実幸は塀を登り切ってしまったらしい。更に言うと、塀から足を踏み外したらしく……塀の向こう側へ、転がり落ちて行った。
 夢は涙目になり、慌てふためく。脳裏に浮かぶのは、〝最悪な結末〟で。……実幸ちゃんが死んじゃったらどうしよう!! と思うと、遂に涙が溢れだした。
 しかし慌てているだけでは、何も良い状態になどならない。僕が実幸ちゃんを助けないと。前、助けてもらった時みたいに……!! 実幸と初めて会った時を思い出し、夢は涙を拭いて顔を上げた。
 少し道を行くと、家に入るための門があった。こっちの方が、足を掛けやすいから登りやすそう。……勝手に入っちゃダメだろうけど……実幸ちゃんのためだ!! と夢は自身を奮い立たせると、門に手と足を掛けた。
 門を登ると、あれ、インターホンを押せば良かったんじゃ……? とようやく思い至ったが、もう後の祭りだ。夢は少し迷ってから。
「おっ、おじゃまします!!」
 そう叫ぶと、門から飛び降りた。
 さて、実幸ちゃんは……と、夢は彼女の姿を探す。実幸はすぐに見つかった。……地面にうつ伏せになり、ぴくりとも動かない。
 今度こそ夢は青ざめる。いよいよ、最悪な想像が現実味を帯びてきたからだ。実幸ちゃんっ、と叫ぶと、夢は実幸に駆け寄った。
 その小さな体を揺さぶる。そして、実幸ちゃん、と何度も呼びかけると……。

「……ぴえーーーーんっ、痛いよぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」

 ……思わず耳を塞ぎたくなるような大声で、実幸がそう泣き始めた。
 しかしこのうるささですら、夢にとっては嬉しかった。生きてた!! 良かった!! ……という具合だ。いや、うるさいのは本当だが。
 顔を上げた実幸の額からは、落ちた時に打ったのか、血が流れている。治療しないと、と思ったが、生憎手持ちがない。あったとして、夢に出来るとも思わないが。
 どうしよう、とまた夢は考え始める。実幸を抱えて家に帰るのも……出来なくはないが、時間が掛かってしまう。その間に、バイキンが入り込んで実幸ちゃんに攻撃したら……!! と、また最悪な可能性を考える。そうなると、一刻も早い治療が必要だ。でも、どうしたら……。
 そこで夢はふと、視線を感じた。すがるように、夢がそちらを振り返ると……。
「……」
 玄関の扉を少しだけ開け、こちらの様子を覗く少女がいた。夢たちよりは、少し年上だろうか。だが夢にとってはそんなこと、どうでも良かった。涙目になりながら、声を張り上げる。
「お、お姉さん……実幸ちゃんを、助けて!!」

 突然の申し出に少女は戸惑っていたようだったが、救急箱を取って夢たちのもとに来てくれた。ちょっと染みるよ、と優しく実幸に告げながら、消毒作業をしていく。その手付きを、夢は憧憬の瞳で見つめた。
「は……はい、ちょっと、すりむいちゃっただけだと思うよ……お大事にね」
「うう……痛い……」
「実幸ちゃん、お礼くらい言おうよ……」
「そ、そうだった。……ありがとう、お姉ちゃん」
「う、ううん、いいんだよ。どういたしまして……」
 どうやら少女は恥ずかしがり屋であるようだ。俯きがちに、照れたようにそう返している。
「お姉さん、お名前なぁに? わたしはね、小波実幸!! この前1年生になったんだよ!!」
 そして少し泣いていたと思ったらこの笑顔である。実幸が少女に興味津々、という感じで瞳を輝かせていた。
 少女に詰め寄る実幸を、夢が眉を八の字にしながら引きはがす。少女が戸惑っているのが分かったからだ。
「ご、ごめんなさい。……ぼくは、春松……春松、夢、です。実幸ちゃんとは……同じクラスで……」
 声をひそめながら、夢も自己紹介を終える。すると少女は少しばかり目を見開き、そして小声で言った。
「わ、私は……小鳥遊たかなし言葉ことは。3年生だから……2人より2つ上、だよ」
「わっ、すごいお姉さんだ!!」
 実幸がより瞳を輝かせる。1年生にとって、3年生など大人と同じだ。それは夢とて同じで、頬を赤くしながら少女──言葉を見つめていた。
 そんなことないよ、と言葉は恥ずかしそうに呟く。だけど笑ってはいたから、お姉さんと言われることが嬉しいのだろう。
 そして3人は、色々な話をした。話していくうちに同じ小学校だということも分かり、更に話は盛り上がった。いつも学校でしている遊びだとか、どんな友達がいるだとか、どんな特技があるかとか……話は尽きそうになかった。
 そして言葉の両親は今出かけており、言葉は1人で留守番をしていたらしい。それを聞き、実幸と夢は瞳を輝かせた。聞いたことがある。留守番──それは大人しか出来ない、家を独り占め出来る魔法の時間──!!
 そんな大層なものじゃないよ、とばっさりと言葉。家から出たらいけないと言われていたのに、実幸ちゃんが泣いてたから出てきちゃったし……と悲しそうに言われたので、実幸と夢は少しばかり罪悪感に駆られた。
「いいの、人には親切にしなさいって、ママとパパにも言われてるし。……それで、実幸ちゃんはどうして落ちてきたの?」
 言葉が尋ねると、実幸は罪悪感から全てを洗いざらい話した。……と言っても、「面白そうだから登った」、以上の話などないのだが。
 すると言葉の顔は険しくなり、怒り出す直前のような表情になる。たびたび大人から怒られている実幸は、思わず青ざめた。
「こ、言葉ちゃん……」
「……あのね、実幸ちゃん。まず、塀に登るのは危ないんだよ。分かる? これはコンクリートって言うんだけど、とっても固いもので出来てるの。だから、手をこすりつけるだけでも痛いし……頭を打ったら、死んじゃうこともあるんだよ。それに、高く積み上げられているから、落ちても危ないし……それにこの塀はね、『関係ない人は入っちゃいけません』っていう印なんだよ? だからね、ここは私の家族とか……私の家族に来てもいいよ、って言われた人以外は入っちゃダメなの。それを破ると、おまわりさんに捕まっちゃうこともあるの」
「ええっ」
 おまわりさんに捕まる。その一言に、実幸は更に青ざめた。まさか、1年生で捕まっちゃうなんて……!!
「だからね、実幸ちゃん。危ないことはしたらダメだよ。……分かった?」
「ううっ……は、はぁい……」
 実幸はがっくしと肩を落とす。その様子に言葉は厳しい表情を緩めると、実幸の頭を撫でた。
「……今回は、私が呼んだってことにしてあげるから、大丈夫だよ。そんなに悲しそうな顔、しないで?」
「……ほんと?」
「本当だよ。……だから、良かったら3人で遊ばない? その……私も、1人でお留守番は、タイクツだったんだ」
 そう言って、言葉は笑う。実幸も夢も、表情を輝かせた。
 じゃあ何で遊ぼう、と考え始めたところで……夢はさり気なく言葉を見つめた。
 カッコいいと思ったのだ。ちゃんと危ないことをする実幸に、ああやって厳しく注意をして……でも、ちゃんと優しくすることも忘れない。あれこそ、夢の求めていた姿だ。……夢は、そう確信したのだ。
 そして鬼ごっこで遊ぶ、ということが決まった時、夢は1つ、決心をした。

「は~、楽しかった!! また言葉ちゃんと遊びたいね!!」
「うん、そうだね。……」
「……? 夢、どうしたの?」
 帰り道。2人はいつも通り手を繋ぎ、話しながら家を目指す。……しかし夢がふと足を止めたので、実幸は首を傾げた。
「……僕、決めたよ」
「え?」
「実幸ちゃん……ううん、実幸・・!! 僕はこれから、実幸にちゃんと厳しく接する!! 危ないことをしたら、ちゃんとダメって怒る!! ……じゃないと、いつか今日以上に酷いことになりそうだから……だから、よろしくね、実幸!!」
「えっ……えぇぇぇぇ~~~~!?」
 予想外の夢の宣言に、実幸が思わず悲鳴を上げる。その大声は、帰路によく響いた。


「……なんてこともあったな」
「え、そんなことあったっけ?」
「なんで事の発端が何も覚えてないわけ?」
 夢の言葉に首を傾げる実幸。そんな実幸に、言葉が呆れたようにツッコミを入れた。
 高校生になった3人は、久しぶりに言葉の家で遊んでいた。……と言っても、夢が言葉からオススメの小説本を借りに来たのに、実幸が勝手について来ただけなのだが(そして夢以上に本を借りて行った)。
 ついでだし、一緒にお茶をすることになって……そして、思い出話になったのだ。3人が初めて出会った日のことを。
「そういえば初めて会った時の夢、実幸の言うことは絶対~、何も文句なんて言えません~、って感じだったもんねぇ。今は口うるさいオカン、って感じだけど」
「誰がオカンだ!! ……それを言ったら貴方だって、声は小さいし奥ゆかしくて……落ち着いた感じだったのに、今は人間拡声器じゃねぇか」
「誰が人間拡声器だ!?」
「それだよ!!!!」
「あはは~、2人とも仲良し!!」
 夢と言葉の掛け合いに、実幸が嬉しそうに笑う。そんな実幸を、2人は見つめて。……キョトンとした実幸に構わず、2人は顔を見合わせた。
「……それで言ったら、実幸は全然変わんないよね」
「だな」
「え。そう? ……そのさっきの話、私は全然覚えてないけど……今だったら、そんな怪我しないよ!! ちゃんと着地するから!!」
「「そもそもお前は人んちの塀をよじ登るな!!」」
「えっ!? よじ登ってないよ!? 今は飛び越えてるもん!!」
「「そういう問題じゃない!!!!」」
「えーっ!? なんで2人とも怒ってるの~!?」
 それでこの前泥棒だと思われて通報されたのを忘れたのか、とか、あの時の僕の説教何も響いてないじゃん!! とか2人に詰め寄られ……実幸は冷や汗を流すと、言葉の家から逃げ出した。そして、塀をひらりと飛び越える。言った傍から!! と2人は再び激怒した。
 今日も街中には、3人の元気な声が響いている──。

【終】
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