#ゆめみゆ異世界旅行記
虹の麓には宝物が埋まっているらしい……と最初に言いだしたのは、一体誰なのだろう。
「夢 !! 虹だよ虹!!!!」
「今は13時だぞ」
「もーっ、違うっ!! 虹だよ虹、レインボー!!」
いや、知ってた。そんなことだろうと思っていた。だって少し顔を上げるだけで見える、七色の輝き。虹。眩いプリズム。
まあ、少し前まで雨が降っていたし。虹が出ることも何もおかしいことじゃない。
「だからさ、夢」
「何だよ」
「虹の麓にある宝物、探しに行こう!!」
そう言って強く手を引かれたのは、20分前。
学校には、ゴミ捨て場がある。誰でも何でも捨てられる。そこに都合良く自転車が転がっていた。チェーンが外れているので、修理を諦めたのだろうと分かる。
技術室から工具を借りると、俺はあっという間にそれを直してしまった。
「すごい!! 夢、魔法使いみたい!!」
「みたいも何も、そうだろ。……というか、お前もだろ」
「あ、そういえばそうだった」
そういえばと言われましても。
俺──春松 夢 と、彼女──小波 実幸 は、幼馴染。恋人ではない。フラグでもない。
そして俺たちは、魔法使い。
だけど魔法には頼らない。自分たちの力で、虹の麓にある宝物を探しに行く。
俺がペダルに足を乗せ、実幸は荷台に乗った。落ちないようにと抱き着かれるが、ドキドキしたりはしない。全く。
目標は目の前に、目一杯広がっている。どれだけ遠いのだろうと、考えるだけ……無駄か。無心で行った方が良いだろう。
「……それじゃ」
「しゅっぱーーーーつっ!!!!」
実幸の大声を合図に、俺は思いっきりペダルを踏んだ。
幸い、今日は金曜日。明日までの宿題もないし、少しくらいの無茶なら、きっと笑って許してくれる。そんな日だ。
「~♪」
後ろで座っているだけの実幸は、呑気なもんだ。鼻歌なんて歌っていやがる。最近流行りの曲だかでよく聴くけど……若干音程外してるのが、気になるんだよなぁ。
目の前の虹は、まだある。空に、小さな子供が描いたような。そんな力強さで、残っている。
だけど、近づいた気は、全くしない。
「……実幸」
「うん、何?」
「……疲れた」
「えーっ、まだ全然近づいてないよ!?」
「分かるけど!! 疲れたんだよ殺す気か!!」
「もー、仕方ないなぁ」
なんで俺がワガママ言ってるみたいになってるんだよ……。
だけど一度大声を出してしまえば、もう一度ワガママを言う気にはなれない。黙って睨みつけるだけに留めた。
しかし実幸はどこ吹く風だ。あ、と言うと、前方を指差して。
「あそこ、コンビニあるよ。休憩しよ!」
あそこ、というのは、上り坂を2つほどを経た、あれか? いや、分かるけど。コンビニなのは分かるけど。
「……ちくしょう、行ってやるよ!!!!」
「いえーい!! その調子!!」
後でコイツ、ぶん殴ってやろ。
「アイス、ニコ、オチャ、ニホン、624エン」
「……どうも」
割と辺鄙な所まで来たからだろう。店員が1人しかいなかった。そして割と上手い日本語を聞き、言われた通りに俺は金を払う。
「あ、レジ袋もらえますか」
「2エン」
「はいどうぞ……」
丁度払えたお陰で、財布の中から小銭がだいぶ消えた。満足感がすごい。
レジ袋の中にソーダアイスが2本、お茶が2本、詰め込まれていく。それをぼんやり見つめていると、店員が口を開いた。
「フタリノリ、ダメ」
「……え?」
「ツカマラナイヨウ、オキヲツケ!」
そしてレジ袋を渡された。それと同時にサムズアップ。無駄に磨かれた白い歯がスマートだ。
「……どうも」
それだけ返しておく。
コンビニから出ると、日陰で蟻を眺めていた実幸の横に、しゃがみ込んだ。
「買ってきたぞ」
「わーいっ」
その、真夏の太陽にも負けない笑顔に、思わず顔をしかめる。いや、可愛いんだけどな……本当、性格がゴミだし、第一こんな真夏に更に暑くなる。
そんなことを思いつつ、2人で並んでアイスを食べ始めた。この真夏、少し出歩くだけでも暑くて、アイスも既に若干溶け始めていた。
口の中を占める清涼感と甘さを堪能していると、実幸が口を開いた。
「……虹、すごいねぇ。まだあるねぇ」
「……そうだな」
流石にさっきよりは薄まり始めたか? でもまだ残っていた。生命力の強い虹だことだ。
豪快にアイスを噛み砕き、俺は立ち上がる。でも実幸はまだ食べていたし、顔をしかめていた。大方、アイスクリーム頭痛にでもなったのだろう。
「うー、いたたた……」
「慌てて食うからだろ、馬鹿」
「むーっ、すぐ馬鹿って言う!!」
「馬鹿に馬鹿って言って、何が悪いんだよ」
そう言いつつ、俺は実幸の額に先程買ったお茶を当てる。というのも、冷たいものを額に当てるといい、とネットに書いてあるのを見たことがあるので。
それが功を奏したのかは分からないが、実幸の表情は徐々に安らいでいった。流石の元気さというか、少し時間を置けばすっかり元の調子だ。
「よーしっ、実幸ちゃん、完全☆ 復活☆」
「はいはい、早く行くぞ」
「ま、待ってぇ」
停めておいた自転車にまたがり、慌てたように実幸も後ろに乗る。実幸の様子を気遣うため微かに振り返ると、コンビニの中も視界に入り。よく見ると、店員が再びサムズアップを決めていた。元気だな、あの人。
まあそれはともかく、と俺はペダルを強く踏む。俺も健全な男子高校生だ。少し休憩すれば、体力は戻る。
しばらくそうやって走り、時にお茶を飲んで休憩をし、話して、小競り合いをして、走って。
そうしているうちに、天気が急変した。虹はいつの間にか消え去り、空には暗雲が立ち込め、あっという間に地上に雨を降らせた。
雨で不安定な視界の中、俺は必死に自転車をこぎ続ける。道中には、コンビニ以外何もなかった。今更コンビニに戻るのにも遠い。だから、前に進み続けるしかない。
生ぬるい風が肌を撫でて、気持ち悪い。雨を凌げるところはあるのだろうかと不安だ。
今俺にとって信じられる、そして守らねばならない唯一のものは、俺の背中にしがみつく少女だ。
「……あっ」
思わず声をあげる。その拍子に雨が口の中に入ったが、とりあえず気にしないでおく。
視界の先、屋根付きのバス停があった。
目的地が決まれば、やる気も出る。俺は全力で、ペダルをこいだ。
ここに通るバスはもうないのか、時刻表はない。ただ、壁に何か紙が貼ってあった、その跡だけ残っている。でも小屋がこうして残されていたのは、幸いだな。
「……くしゅっ」
夏とはいえ、雨を浴び続ければ肌寒くなる。堪えきれず、俺は小さくくしゃみをした。
「くちゅんっ」
すると隣で実幸も小さくくしゃみをしている。なんとなく見つめていると、何、と言われ、別に、と答える。……そしてこらえきれず、2人で笑った。
「雨に濡れながら自転車で2人乗りって、すごい青春っぽくない!?」
「……ちょっと分かる」
「……相手が夢じゃなかったらなぁ」
「思っても口に出すなよそういうことは。悪かったな」
あははっ、と実幸は笑って……魔法のステッキを虚空から取り出した。そして魔法少女のように、それを構えると。
「〝風よ吹き、水を全て運んでしまえ〟!!」
そう言うと、実幸の魔法のステッキから光が溢れ……それが、大きく弾けた。
それと同時、突如として強く、しかし優しい風が吹き込み……俺たちを包む。
次に解放された時は、服も髪も、どこも濡れていなかった。
「ふぅ」
実幸が小さく息を吐く。しかし、全く疲れた様子はない。……俺だったら、疲労感はありそうだけど。
流石、チート魔法少女は俺とは違うな。
服も乾いたことだし、不快感は消え失せた。俺と実幸は、ただ黙ってベンチに座る。……空では雷鳴も轟き始めており、腹の底からビリビリ震えるような……そんな感覚がする。
雨が降り止みそうな様子は、ない。
「……あーあ、今回も駄目だったかぁ」
実幸が、ふとそうやってぼやく。
俺は一瞬だけ彼女に視線を向ける。だがすぐに、前に戻した。
「……大体、73回目くらいだったっけか?」
「あ、私数えてないから分かんない。……私としては、もう100回くらい探した気がするなぁ」
あはは、と実幸は笑う。どこか寂しそうな顔で。
虹の麓には、誰も見たことがないような宝物が埋まっている。
一緒に読んでいた絵本に、そんなことが書いてあった。
俺は幼いながら、それをファンタジーだ、たかが絵本の中だけの出来事だと思ったが、実幸はそうじゃなかった。
次の日、虹が空に架かった日、彼女は言ったのだ。
──たからものを、さがしにいこう!!
結局、どれだけ走ろうと虹には近づけなくて。いつの間にか虹は見えなくなってしまって。気づけばここがどこか分からなくなってしまって。
実幸は宝物が見つけられなかったこと、俺は帰れるかが不安で、2人で大泣きしながら帰った。まあ通報されたから、帰れたんだけど。
その日から俺たちは、虹が出るたび、こうして探しに出かけている。
誰も見たことがないという宝物を。2人で。
「……また行けばいいだろ」
笑っていてほしい。彼女の笑顔には、他の人を笑顔にする力があるから。
だから俺は、そう伝えた。
実幸は目を見開いた後……ニッ、と、笑う。
「……うんっ、また一緒に行こっ!!」
そう、初めて探しに行ったあの日も、俺は実幸に言った。
また探しに行けばいいと。僕も一緒に行くから。と。
……いや、面倒なんだけど。残酷なまでの事実は、頭では分かってるし。
どれだけ藻掻こうと、虹には辿り着けない。もし辿り着けたとして、そこに、虹の麓に宝物なんてない。
だけどそんなつまらない現実、こいつの前ではくだらないものだ。
きっと本当にいつか、俺たちは宝物を見つける。そう信じている。彼女が、そう信じさせてくれる。
だから俺は、面倒でも、共に行くのだ。
「……雨、上がったな」
思ったより早く、雨は通り過ぎてくれたらしい。雲の隙間から、光が覗いて。梯子を作って。それが消えたら、さっき食べたアイスよりもっと濃厚な青が顔を出して。
そして。
「……あっ、虹!!」
実幸が大きく声をあげる。そう、再び七色の橋が、空には架かっていた。
……俺は思わず、ゲッ、と声をあげる。
「何、その声」
「……いや、確かに、さっきの虹とあった場所大体同じだし、目的地はそんなに変わらないんだろうけど……」
「一緒に行ってくれるんでしょ、夢っ!!」
こっちの気も知らないで。いや、ガン無視して、実幸はそんなことを言う。くそ、眩い笑顔が恨めしい。その顔で言われたら、俺は折れるしかなくなるというのに。
「……行けばいいんだろ、行けば!!!!」
「そうでなくっちゃ!!」
それじゃあ、消えないうちに!! 実幸のその声で、また俺たちは自転車に飛び乗る。
目的地は、そのまま。俺がするのは、ただ頑張るだけ。実幸は、俺に抱き着くだけ。……いや労力の差!!!!
「……ちなみに聞く。魔法で行かないのか?」
「ふっふっふ。愚問だよ、夢。自力で行かないと意味ないじゃん!!」
「頑張るのは主に俺なんだけどな!!!!」
ヤケクソのように俺は叫ぶ。まあまあ、と、実幸が適当に機嫌を取って。
ゴー!! と叫ぶと、俺は思いっきりペダルを踏んだ。
虹はまだ、俺たちに宝物のありかを示している。
【終】
「
「今は13時だぞ」
「もーっ、違うっ!! 虹だよ虹、レインボー!!」
いや、知ってた。そんなことだろうと思っていた。だって少し顔を上げるだけで見える、七色の輝き。虹。眩いプリズム。
まあ、少し前まで雨が降っていたし。虹が出ることも何もおかしいことじゃない。
「だからさ、夢」
「何だよ」
「虹の麓にある宝物、探しに行こう!!」
そう言って強く手を引かれたのは、20分前。
学校には、ゴミ捨て場がある。誰でも何でも捨てられる。そこに都合良く自転車が転がっていた。チェーンが外れているので、修理を諦めたのだろうと分かる。
技術室から工具を借りると、俺はあっという間にそれを直してしまった。
「すごい!! 夢、魔法使いみたい!!」
「みたいも何も、そうだろ。……というか、お前もだろ」
「あ、そういえばそうだった」
そういえばと言われましても。
俺──
そして俺たちは、魔法使い。
だけど魔法には頼らない。自分たちの力で、虹の麓にある宝物を探しに行く。
俺がペダルに足を乗せ、実幸は荷台に乗った。落ちないようにと抱き着かれるが、ドキドキしたりはしない。全く。
目標は目の前に、目一杯広がっている。どれだけ遠いのだろうと、考えるだけ……無駄か。無心で行った方が良いだろう。
「……それじゃ」
「しゅっぱーーーーつっ!!!!」
実幸の大声を合図に、俺は思いっきりペダルを踏んだ。
幸い、今日は金曜日。明日までの宿題もないし、少しくらいの無茶なら、きっと笑って許してくれる。そんな日だ。
「~♪」
後ろで座っているだけの実幸は、呑気なもんだ。鼻歌なんて歌っていやがる。最近流行りの曲だかでよく聴くけど……若干音程外してるのが、気になるんだよなぁ。
目の前の虹は、まだある。空に、小さな子供が描いたような。そんな力強さで、残っている。
だけど、近づいた気は、全くしない。
「……実幸」
「うん、何?」
「……疲れた」
「えーっ、まだ全然近づいてないよ!?」
「分かるけど!! 疲れたんだよ殺す気か!!」
「もー、仕方ないなぁ」
なんで俺がワガママ言ってるみたいになってるんだよ……。
だけど一度大声を出してしまえば、もう一度ワガママを言う気にはなれない。黙って睨みつけるだけに留めた。
しかし実幸はどこ吹く風だ。あ、と言うと、前方を指差して。
「あそこ、コンビニあるよ。休憩しよ!」
あそこ、というのは、上り坂を2つほどを経た、あれか? いや、分かるけど。コンビニなのは分かるけど。
「……ちくしょう、行ってやるよ!!!!」
「いえーい!! その調子!!」
後でコイツ、ぶん殴ってやろ。
「アイス、ニコ、オチャ、ニホン、624エン」
「……どうも」
割と辺鄙な所まで来たからだろう。店員が1人しかいなかった。そして割と上手い日本語を聞き、言われた通りに俺は金を払う。
「あ、レジ袋もらえますか」
「2エン」
「はいどうぞ……」
丁度払えたお陰で、財布の中から小銭がだいぶ消えた。満足感がすごい。
レジ袋の中にソーダアイスが2本、お茶が2本、詰め込まれていく。それをぼんやり見つめていると、店員が口を開いた。
「フタリノリ、ダメ」
「……え?」
「ツカマラナイヨウ、オキヲツケ!」
そしてレジ袋を渡された。それと同時にサムズアップ。無駄に磨かれた白い歯がスマートだ。
「……どうも」
それだけ返しておく。
コンビニから出ると、日陰で蟻を眺めていた実幸の横に、しゃがみ込んだ。
「買ってきたぞ」
「わーいっ」
その、真夏の太陽にも負けない笑顔に、思わず顔をしかめる。いや、可愛いんだけどな……本当、性格がゴミだし、第一こんな真夏に更に暑くなる。
そんなことを思いつつ、2人で並んでアイスを食べ始めた。この真夏、少し出歩くだけでも暑くて、アイスも既に若干溶け始めていた。
口の中を占める清涼感と甘さを堪能していると、実幸が口を開いた。
「……虹、すごいねぇ。まだあるねぇ」
「……そうだな」
流石にさっきよりは薄まり始めたか? でもまだ残っていた。生命力の強い虹だことだ。
豪快にアイスを噛み砕き、俺は立ち上がる。でも実幸はまだ食べていたし、顔をしかめていた。大方、アイスクリーム頭痛にでもなったのだろう。
「うー、いたたた……」
「慌てて食うからだろ、馬鹿」
「むーっ、すぐ馬鹿って言う!!」
「馬鹿に馬鹿って言って、何が悪いんだよ」
そう言いつつ、俺は実幸の額に先程買ったお茶を当てる。というのも、冷たいものを額に当てるといい、とネットに書いてあるのを見たことがあるので。
それが功を奏したのかは分からないが、実幸の表情は徐々に安らいでいった。流石の元気さというか、少し時間を置けばすっかり元の調子だ。
「よーしっ、実幸ちゃん、完全☆ 復活☆」
「はいはい、早く行くぞ」
「ま、待ってぇ」
停めておいた自転車にまたがり、慌てたように実幸も後ろに乗る。実幸の様子を気遣うため微かに振り返ると、コンビニの中も視界に入り。よく見ると、店員が再びサムズアップを決めていた。元気だな、あの人。
まあそれはともかく、と俺はペダルを強く踏む。俺も健全な男子高校生だ。少し休憩すれば、体力は戻る。
しばらくそうやって走り、時にお茶を飲んで休憩をし、話して、小競り合いをして、走って。
そうしているうちに、天気が急変した。虹はいつの間にか消え去り、空には暗雲が立ち込め、あっという間に地上に雨を降らせた。
雨で不安定な視界の中、俺は必死に自転車をこぎ続ける。道中には、コンビニ以外何もなかった。今更コンビニに戻るのにも遠い。だから、前に進み続けるしかない。
生ぬるい風が肌を撫でて、気持ち悪い。雨を凌げるところはあるのだろうかと不安だ。
今俺にとって信じられる、そして守らねばならない唯一のものは、俺の背中にしがみつく少女だ。
「……あっ」
思わず声をあげる。その拍子に雨が口の中に入ったが、とりあえず気にしないでおく。
視界の先、屋根付きのバス停があった。
目的地が決まれば、やる気も出る。俺は全力で、ペダルをこいだ。
ここに通るバスはもうないのか、時刻表はない。ただ、壁に何か紙が貼ってあった、その跡だけ残っている。でも小屋がこうして残されていたのは、幸いだな。
「……くしゅっ」
夏とはいえ、雨を浴び続ければ肌寒くなる。堪えきれず、俺は小さくくしゃみをした。
「くちゅんっ」
すると隣で実幸も小さくくしゃみをしている。なんとなく見つめていると、何、と言われ、別に、と答える。……そしてこらえきれず、2人で笑った。
「雨に濡れながら自転車で2人乗りって、すごい青春っぽくない!?」
「……ちょっと分かる」
「……相手が夢じゃなかったらなぁ」
「思っても口に出すなよそういうことは。悪かったな」
あははっ、と実幸は笑って……魔法のステッキを虚空から取り出した。そして魔法少女のように、それを構えると。
「〝風よ吹き、水を全て運んでしまえ〟!!」
そう言うと、実幸の魔法のステッキから光が溢れ……それが、大きく弾けた。
それと同時、突如として強く、しかし優しい風が吹き込み……俺たちを包む。
次に解放された時は、服も髪も、どこも濡れていなかった。
「ふぅ」
実幸が小さく息を吐く。しかし、全く疲れた様子はない。……俺だったら、疲労感はありそうだけど。
流石、チート魔法少女は俺とは違うな。
服も乾いたことだし、不快感は消え失せた。俺と実幸は、ただ黙ってベンチに座る。……空では雷鳴も轟き始めており、腹の底からビリビリ震えるような……そんな感覚がする。
雨が降り止みそうな様子は、ない。
「……あーあ、今回も駄目だったかぁ」
実幸が、ふとそうやってぼやく。
俺は一瞬だけ彼女に視線を向ける。だがすぐに、前に戻した。
「……大体、73回目くらいだったっけか?」
「あ、私数えてないから分かんない。……私としては、もう100回くらい探した気がするなぁ」
あはは、と実幸は笑う。どこか寂しそうな顔で。
虹の麓には、誰も見たことがないような宝物が埋まっている。
一緒に読んでいた絵本に、そんなことが書いてあった。
俺は幼いながら、それをファンタジーだ、たかが絵本の中だけの出来事だと思ったが、実幸はそうじゃなかった。
次の日、虹が空に架かった日、彼女は言ったのだ。
──たからものを、さがしにいこう!!
結局、どれだけ走ろうと虹には近づけなくて。いつの間にか虹は見えなくなってしまって。気づけばここがどこか分からなくなってしまって。
実幸は宝物が見つけられなかったこと、俺は帰れるかが不安で、2人で大泣きしながら帰った。まあ通報されたから、帰れたんだけど。
その日から俺たちは、虹が出るたび、こうして探しに出かけている。
誰も見たことがないという宝物を。2人で。
「……また行けばいいだろ」
笑っていてほしい。彼女の笑顔には、他の人を笑顔にする力があるから。
だから俺は、そう伝えた。
実幸は目を見開いた後……ニッ、と、笑う。
「……うんっ、また一緒に行こっ!!」
そう、初めて探しに行ったあの日も、俺は実幸に言った。
また探しに行けばいいと。僕も一緒に行くから。と。
……いや、面倒なんだけど。残酷なまでの事実は、頭では分かってるし。
どれだけ藻掻こうと、虹には辿り着けない。もし辿り着けたとして、そこに、虹の麓に宝物なんてない。
だけどそんなつまらない現実、こいつの前ではくだらないものだ。
きっと本当にいつか、俺たちは宝物を見つける。そう信じている。彼女が、そう信じさせてくれる。
だから俺は、面倒でも、共に行くのだ。
「……雨、上がったな」
思ったより早く、雨は通り過ぎてくれたらしい。雲の隙間から、光が覗いて。梯子を作って。それが消えたら、さっき食べたアイスよりもっと濃厚な青が顔を出して。
そして。
「……あっ、虹!!」
実幸が大きく声をあげる。そう、再び七色の橋が、空には架かっていた。
……俺は思わず、ゲッ、と声をあげる。
「何、その声」
「……いや、確かに、さっきの虹とあった場所大体同じだし、目的地はそんなに変わらないんだろうけど……」
「一緒に行ってくれるんでしょ、夢っ!!」
こっちの気も知らないで。いや、ガン無視して、実幸はそんなことを言う。くそ、眩い笑顔が恨めしい。その顔で言われたら、俺は折れるしかなくなるというのに。
「……行けばいいんだろ、行けば!!!!」
「そうでなくっちゃ!!」
それじゃあ、消えないうちに!! 実幸のその声で、また俺たちは自転車に飛び乗る。
目的地は、そのまま。俺がするのは、ただ頑張るだけ。実幸は、俺に抱き着くだけ。……いや労力の差!!!!
「……ちなみに聞く。魔法で行かないのか?」
「ふっふっふ。愚問だよ、夢。自力で行かないと意味ないじゃん!!」
「頑張るのは主に俺なんだけどな!!!!」
ヤケクソのように俺は叫ぶ。まあまあ、と、実幸が適当に機嫌を取って。
ゴー!! と叫ぶと、俺は思いっきりペダルを踏んだ。
虹はまだ、俺たちに宝物のありかを示している。
【終】