#ゆめみゆ異世界旅行記

実幸みゆき、テスト勉強するぞ」
「ふっ……だが断る!!!!」
「うるせぇいいからやるぞ」
「いーーーーやーーーー!!!!」
 突如として現れた夢に抱えられ、私はゆめの家にお邪魔していた。といっても、昔から通ってる家だしね。少女漫画みたいな甘い展開は、一切ナシ!! 緊張も何もしないのです。いえい!!
 いつもなら一緒にゲームとかするんだけど……今日は、泣く子も恐れる勉強会!? えー!? やだ!! 死んでも勘弁!!!!
 と、逃げようとしたけど、私、魔法のステッキは取られるし、足は縛られるしで、とにかく最悪な感じになっちゃった。
「夢、そういう趣味が!?」
「ちげぇわ!!!! ……はー、お前、いつも勉強会してもマシな形にならないじゃねぇか。俺を倒したり(物理)、大爆睡したり、劇薬みたいな味のするクッキーを差し入れだとか言って持ってくるし……」
「ひっどい!! ……ふんっ、困るのは私だもん!! 夢には関係ないでしょ!?」
「あるわこの馬鹿が!! お前がいつも赤点取って補修受けることになって、やれ『夢が教えてくれなかったからだ』とか、『一緒に補習受けて一生のお願い』とか、毎回のように口走るからこちとら迷惑してるんだよ!!」
 え、ええ、そんなことしたっけなぁ……ちょ、痛い痛い痛い。夢さん!? 縛り付ける力強くなってますけど!?
 ひんひん泣く私に対し、ここまで無情な人間は夢以外いないだろう。私の前には見事に不可思議な古文書(※国語の教科書)と、怪しい魔法の呪文(※数学の教科書)と、神秘の可能性を秘める一冊の書物(※勉強用ノート)が置かれていた。い、いつの間に……。
「さて、勉強するぞ」
「……う~~~~」
 確かに……次の中間テスト、赤点取ったら……夢とか皆との夏休み、丸々潰れちゃうもんね……。それは嫌だよ。だって、せっかくの夏なのに!!
 夏はほら、海でしょ~? それでかき氷とか食べて、砂のお城を作ったり!? 可愛い水着を買って、思いっきり泳ぐの!!
 あっ、夏祭りもいいよね!! 人混み……はぐれないようにって手を繋いで……それをいいことにくっついちゃって……それで、上空に撃ちあがる花火!! 誰も見てないからって、そっとキスを……きゃっ!! だめだめ! だってまだ私、女子高校生、子供だもん!!
「手が止まってるぞ」
「あだっ」
 そこで頭に加わる衝撃。目の前から海もかき氷も、夏祭りも花火も消えていた。あ、あれ……?
 目の前にいるのは、仏頂面をした夢だ。持っているのは、科学の教科書。うう、あんなの読んで楽しいのかな……っていうか、そんな分厚いもので叩かれたの!? 私。
「うう……酷いよ、夢……」
「酷くねぇよ。勉強しないお前が悪い」
「うう……ぐすっ……」
「大方、可愛い水着を買った後海に行ってかき氷を食べるとか砂の城作るとか、夏祭りに行って手を繋いだり花火を見たり……なんて、考えてたんだろ」
「なんで分かるの!?!?!?!?!?」
 幼馴染なので。と、彼は何でもないような口調で告げた。
 で、でも、ちゅーのことを考えたのはバレてない……よね? うん! ほっ。
 夢に促され、私は教科書を開く。そこに書かれた練習問題に、早速ひっかかって……。

『(1) 次の整式の同類項をまとめて整理せよ。
① 3x-x^2+4x+5+2x^2』

 こ、こんなの!!
 分かるわけないじゃん!! 誰!? こんなジンチクムガイな問題考えたの!!
 ……あれ、ジンチクムガイって何だろう。なんか、分かんないけど、頭の中の夢が「真逆だわ馬鹿」って言ってる気がする。
 さて、現実の夢はどうしてるのかなぁ、なんて、ふと夢の方を見て見ると。
「……」
 夢の手からは、シャーペンが転げ落ちていた。
 そしてその目は閉じられている。……まるで死んでいるみたいに微動だにしなくて、私は思わず手を伸ばした。でも、手にかかる鼻息が彼が生きていることを証明していて、思わず私は息を吐いた。
 ……夢がいなくなったら、嫌だもんね。
 手の握り、ほっと息を吐いたところで……私は、はっ!! と顔を上げた!!
 こ、これは、チャンス☆ 到来☆ なのでは!?
 だって夢は今寝てる!! つまり隙だらけ!! この足に巻かれたロープも、外せないほどじゃない!! 何故なら夢は何だかんだ私に甘いから!! こう言ったら睨まれるから絶対に本人には言わない!!
 それに、私は魔法のステッキを奪われようと、「魔法のステッキよ、出ろ☆」と言えば出るのだ。何故なら杖はあくまで、魔法の使用を補助するためのもの!!
 ふふふ、そうと決まれば、早速脱出を……!! 扉は、開け閉めする時に音が大きいからダメでしょ? だから窓!! 夢の部屋の窓は、私の部屋の窓とすごい近いし、十分飛べる距離!! 窓はあんまり音出ないからね!! ふふふ、実幸ちゃんは、天才かもしれない!?
 そうと決まれば、と私は準備をする。まずロープから足を取り出し、そして、こっそり魔法のステッキを手元に復活。さぁ、あとは窓からこっそり……。
「……」
 そこで、かたん、くしゃ、と音がした。思わず私の肩が大きく跳ねる。バレた? バレた? なんて、ゆっくり振り返ると……。
 夢が、机に突っ伏していた。眼鏡をかけていることなどお構いなしで。わー……痛そう……。
 い、いやいや、違う違う。私は脱出するの。
 ……でも……。
 私は振り返る。そして、その顔を覗き込んで……。
 ……そういえば夢、最近、委員会で忙しそうだったんだよね……休み時間はほとんど校内を駆けまわって……夢は私と違って頭が良いし、頼りになるから、夢は一年生なのに、皆、頼って……。
 ……ううん、頼ってるのは、私も一緒か。
 私のためにこうやって、勉強会開いてくれて……きっと、夜遅くまで勉強してるから、あんまり睡眠取ってないんだろうし……。夢、結構無理しがちなところあるから……。
 夢は、真面目だ。あと、面倒見もいい。それはすっごい、いいところだと思う。
 でもね、私は……もっと自分のことを大事にしてほしいって。……そう思ってるよ。
「……夢の馬鹿」
 私はぷくーっ、と、ほっぺたを膨らませる。
 ああ、もう、脱出しづらくなっちゃったじゃん!!


 意識が浮上していく感覚がした。ああ、これは、覚えがある。目覚める直前特有の……ちゃんと眠ることが出来たから、もう眠る必要は無いと。……そう体が判断して、眠気が取り払われていく。あの感覚。
 ……ん?
「何で俺寝てるんだ!?」
 思わず叫び、勢いよく体を起こしてしまう。俺の体にはきちんと布団がかけられており……というか、ベッドで眠っていた。
 は? いや、何で。俺、実幸と勉強会を……。
 ……あっ、まさかあいつ、俺を眠らせてその隙に逃げようっていう……!?
 逃げる時の頭脳は何故か冴えるの、何なんだよ! そう思いつつ、俺が視線を横にやると。
「……あれ」
 そこには俺の予想と裏腹。実幸の姿があった。机に突っ伏して、気持ち良さそうに眠っている。俺は目覚めた瞬間に叫んだというのに。それに気づかないほど、熟睡しているらしい。
 ……逃げてなかったか。なんかごめん。
 俺は心の中で謝りつつ、物音を立てないよう、実幸に近寄る。
 彼女の腕の下には、努力をしたような跡があった。何度も消しゴムを掛けた跡。紙の一部は破けている。四方八方に飛ぶ公式たち。数式と古典単語が同じところに書いてあるのはどういうことなんだよ。
 ……だけどその中で見つけた。大きな丸で括られた、1つの数式。問い1! なんて元気な字で書いてあって。

『x^2+7x+5』

「ふ……正解」
 俺は思わず吹き出しながら、そう告げた。
 そして気づく。ノートの隅っこに書いてある文字に。
『夢
 ムリしちゃダメだよ。』
 ……あー、気づかれたか。
 じゃあつまり、俺は寝落ちたってわけだ。それで実幸は逃げようとしたけど、でも俺の様子を見て……気が変わったと?
 ……これからも無理した上で、実幸を勉強させるか……。
 とまあ、それは冗談として。俺は実幸の体を抱えると、ベッドに寝かせた。俺に動かされたというのに、起きる様子は一切ない。
 お気楽なやつだな、なんて鼻で笑いながら、俺は布団を掛けてやった。
 ……実幸に心配をかけるとか、その笑顔を曇らせるとか、それは、俺の本望じゃない。
 ……まあどれだけ泣いても、勉強はしてほしいけどな。
「……お前が1つも赤点取らなかったら、海でも夏祭りでも、いくらでも付き合ってやるよ」
 残念ながら俺は、キスの相手にはなってやれねぇけどな。


 そして、夏休み。
「わ~~~~ん全教科赤点だぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
「小波……お前、今までの教師人生の中で、こんなの初めてだぞ……」
「……はは、やっぱりこうなった」
 周りが夏休みで遊んでいそうな中、全教科の補修に呼び出された実幸。可哀想な教師たち。何故か同行させられた俺。
「夢が勉強教えてくれなかったからだ……」
「お前の妄想が激しくてすぐ気が散るからだろ」
「あーっ!! 私の夏がーーーーーっ!!!!」
 泣く実幸を他所に、俺は実幸の数学のテストを眺める。
 ……あの時解けていたやつ、ちゃんとここでも解けてるんだよな、なんて思いながら。


【終】

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数学問題の出典:https://web.math-aquarium.jp/
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