#明け星学園活動日誌
『伊勢美 灯子 さん、突然ですが貴方は、異世界転生をすることになりました』
「……はぁ」
突然告げられたことに対し、私はそんな気の抜けた返事をした。
目の前にいるのは、どうやら女神……らしい。こういうの、よくネットの広告に出てくる漫画で見たことがある。
『驚くのも無理はありません。貴方はトラックに轢かれ、その短い生涯を終えたのですから』
「そこまでテンプレ通りなんだ……」
どうしてかは分からないが、異世界転生するとなると、何故か皆トラックに轢かれる。あと大体歩きスマホをしていたか人を庇ったかで転生する。私の場合、前者は絶対ないと思うが(あまりスマホを見ることに興味がないので)……後者だとしても、なんか嫌だ。
「いや、でも私、一応これでも異能力ファンタジー小説の主人公なのに、トラックに轢かれて死ぬんですか?」
そこは異能力でどうにかしてほしかった。いくら異能力を使うことに不慣れだとしても、そこら辺は上手く出来るだろう。ていうか出来ないと困る。
『……メタ発言は控えてもらえませんか?』
「……本編じゃなくてギャグ短編だからいいかなって……」
『言った傍からこの人は……』
女神はそう言って苛立ったように眉をひそめる。……そして持っていた杖を、頭上に掲げると。
『……もういいです。貴方に力を授け、異世界を生き抜いてもらおうかと思いましたが……もうめんどくさいので、このまま送り込みます』
「え、職務怠慢じゃないですか」
『うるさいですね。──ッ!!』
そして女神は日本語ではない何かを叫ぶと、杖から眩い光が放たれる。その眩しさに思わず目を細めながら、私は思っていた。
……呪文考えるの、めんどくさかったのかな……。
というわけでやって来た。異世界。異世界、なのだと思う。
目の前に広がるのは、広大な草原。そして私を取り囲むモンスターたち。人間でもないし動物でもないから、モンスター的なあれなのだと思う。生憎、そういうゲームも本もあまり嗜まないので、そこら辺の知識に乏しいのだ。
ていうか、異世界に飛ばされて早々モンスターの前に出されるとか、流石に理不尽すぎやしないだろうか。しかも力を貰っていない状態で。もう死ねと言われているのと同じだろう。ああ、いや、もう一回死んでるんだっけ。
……もう考えるのがめんどくさくなってきた。
私はため息を吐く。そしてこちらに向かって来るモンスターたちに向け……「Z→A」で取り出した日本刀を振りかざした。
やはり、思った通りだ。女神(?)は「このまま送り込む」と言っていた。つまり、私は死ぬ前と何もステータスが変わっていない。力を貰うこともなかったが、剥奪されることもなかったのだ。
……まあ、無さそうだったら踵を返して逃げるしかないと思ったけど……残ってて良かった。
私は日本刀を振るい、モンスターに峰打ちを放っていく。流石に殺すのは目覚めが悪いと思ったので……。だが、私が峰打ちをするだけで、モンスターはポリゴン状になり、霧散してしまった。わぁ、と小さく声をあげる。
だがそれに気を取られていては死ぬ。私は残りのモンスターたちにも、日本刀を振るい続けた。
気づけば辺りには何もなくなっていて、私は日本刀を「A→Z」で消去する。そして目の前には、「新しいアイテムが追加されました。×10」という文字が浮かび上がっていた。
なんだこれ、と思って指先で触れてみたら、何かを押した感触。そして電子画面のようなものが出てきた。そこには、所持アイテムという大見出し。中には、「ソレナリニツヨイモンスターノニク×10」と表示されていた。それなりに強いモンスターの肉ですかそうですか……。
よく分からないが、倒してしまったらしい。……ていうか私は普通に日本刀を使っていたが、本編だとどの時点の私なのだろう……。
……まあ、いいか。
こんなに何もないところで立ち止まっていても仕方がない。私は付近に何かないか、歩いて探してみることにした。
その後、私は町を見つけた。そして適当に散策していると声を掛けられ。まあ、ここらじゃ見ない顔だけど、旅人かい? といった具合に、だ。
異世界転生したらしい、ということは伏せておき、気づいたらあっち(指を指した)の方にある草原にいた。そしてモンスターに囲まれていたから倒した。とりあえず今後どうするかを考えるため、ここまで来た。ということを話した。
モンスターを倒したという話を聞き、その人にアイテムを見せてくれと言われたので、言われた通り見せる。……そして、「えぇ!? あの『ソレナリニツヨイモンスター』を倒したのか!?」と驚かれた。
驚くのはこっちだ。それなりに強いモンスターって、名前なんだ……。
それからはよく分からないが、どこかに連れていかれ、その肉がお金に変わり、軽く1カ月は贅沢が出来るほどの貯金になったらしい。ふーん、くらいの感想しかないが……。
なんと宿も用意してもらい、私はそこで体を休めた。……次の日目覚めると、誰かのところに連れていかれた。そこは、どうやら国王のお城であるらしくて。私は国王の前に立たされた。
「お主が勇者か」
「何の話でしょう」
謙遜じゃない。本当に何の話だと思ったのだ。
だが私の周囲の人が、「この人が勇者です!」「マジで強いです!」などと言っている。勝手に勇者にしないでほしい。
「お主、名前は?」
「……伊勢美灯子ですけど」
「そうか、イセミトウコ。お主を勇者と見込んで頼みがある。──この国の平穏を脅かす魔王を倒してくれないか」
「え、嫌ですけど」
もちろんすぐに断る私だった。
なんで明け星学園でも異世界でも英雄扱いされ、人助けに駆り出されなければならないのだ。いや、あっちの方がまだ良かった。あっちでは、人助けをした私に対する対価があったから。
でも今回のこれは、完全なボランティアだろう。そんな、自分から死地に飛び込むような真似はしたくないのだが……。
私のその返事に、目の前にいる国王は眉をひそめ、周囲の人はオロオロとしている。でも、私の意見は変わらない。さて、どうするかな。と考えていると。
『──伊勢美』
「!?」
頭の中に声が響く。その声は、聞き慣れたものだった。
「春松 くん……?」
『ああ、そうだ。ちなみにこの声はお前にしか聞こえていないから、返事とかはしないでいい。用件だけ言いに来た』
「……」
用件、なんだろう。というか、私は異世界転生して来たはずなのだが、何故彼は当たり前のように介入してきているのだろう……と、気になることは沢山あるが、とりあえず黙っておく。
すると彼は言葉を続けた。
『簡潔に言うと、その依頼を受けろ』
「……」
『嫌そうな顔すんな。それが一番近道なんだよ』
「……」
『お前の最終目標は、魔王を倒すこと。テンプレは知ってるよな? そのテンプレに沿え。……ってわけで、用件はそれだけ。この後は、何かあればアドバイスしてくから』
「……」
なんなんだ本当に。近道とかなんとか……。
だがここで聞いても彼が答えてくれないのは知っている。まあ彼がそう言うくらいなのだから、そうした方がいいのだろう……と思う。本当に、心底、面倒くさいが……。
ため息を吐く。仕方ないか……。
というわけで、前言を撤回しようとするが。
「──ちょっと待った!! そんな発言をする者が、勇者であるわけがなかろう!!」
なんか来た。
振り返ると、そこに立っているのは1人の男。甲冑を身に着けており、まあいかにも「戦う人です」という感じで。
「私こそが本物の勇者!! ……そこの偽勇者め、私と決闘だ!!」
「……」
面倒くさいな……。
正直、この人が誰だろうとこの人に全部任せてしまいたいのだが……まあ、そう言える立場ではないのだろう、私は。
『伊勢美、テンプレが飛び込んできたぞ』
「テンプレが飛び込んできたって何ですか……」
春松くんのよく分からない言い回しに、思わず小さくツッコミを入れてしまう。まあ、やらなければいけないのだろう。不本意だけど。
私は日本刀を取り出すと、構えた。
割愛。勝った。
なんかちょっと全力出したら、すぐに倒せてしまった。春松くんとの戦闘訓練と比べても、楽過ぎて肩透かしだ。
気絶している男の人を放置し、私は国王と向き直る。
「さっきはすみません。魔王、倒してきます」
「えっ!? え、あ、ハイ、助かります……」
よく分からないが、国王が敬語になってしまった。
そして春松くんが私にしか声が聞こえないのをいいことに、爆笑していた。他人事だと思って……。
というわけで私は、魔王城を目指して進み始めた。途中でモンスターに囲まれて困っている人を助けたり、罠に掛かってキューキュー鳴いているモンスターを助けたり、因習村から抜け出したいと言っていた人と一緒に村を燃やしたり、幼馴染という関係から抜け出せないという男女の恋愛模様を見守ったり、迫害されていた獣人族の方たちを助けたり、育たない作物の謎を解き明かしたり。……まあ色々した。
『色々しすぎじゃね?』
「なんか……成り行きで……」
『……別に俺、そこまでしろとか言ってないけど……』
仕方ないじゃないか。目の前で起こっていることを無視できるほど、私は器用ではない。あと、なんだかんだ巻き込まれてしまうのだ。
そしてよく分からないが、私が助けた……というか、結果的に助けたことになった人たちが魔王討伐に付いて来るので、なんだか大名行列みたいになっている。こんな大人数で向かう必要はあるのだろうか……。
『いや~、これはあれだな。「あれ? 私、なんかしちゃいました?」ってやつだな』
「……それ、私の声真似してるつもりですか?」
『似てないか?』
「……似てないです」
まあ、自分の声は、自分で思っているより分かっていないとは聞くけれど。でも似てないと思う。
そんな話をしていると、私たちは魔王城に辿り着く。目の前にそびえ立つのは、いかにもおどろおどろしい雰囲気を纏った城。さっきまで天気が良かったはずだが、何故かここら一帯だけ天気が悪い。魔王城の周辺って、なんで大体天気が悪いんだろう……悪天候が集中するところを選んでいるのだろうか……。
『別にそこまで考えて建ててないと思うぞ』
「考えてないなら、建てた場所に悪天候集中してるの、すごく可哀想じゃないですか?」
『……それもそうだな』
扉を開けると、襲い掛かってくるのは魔王の部下らしきモンスターたち。「ソレナリニツヨイモンスター」を始め、「ナンダカンダツヨイモンスター」とか、「イッカイシンダフリヲスルモンスター」とか……まあ名前でネタバレをしてくれているモンスターばかりが出てくるので、倒すのも容易い。
私を筆頭に、私たちはあっという間に魔王城の中心部へと進んでいった。
そして魔王の前に辿り着いた私は……。
「……魔王って、貴方だったんですか」
『ち、違うんです。これは』
そこにいた顔を見て、私はそう告げる。すると魔王は慌てたように首を横に振った。
『本来魔王役は私ではないんですっ。でも春松夢が介入したことにより、世界の均衡が崩れてしまい……魔王役の者が消滅してしまって……』
「まあ、それが目的だったわけだからな」
「……あ、春松くん」
何を言っているんだこの魔王──否、私を異世界に送り出した女神、と思っていると、私の横に誰かが降り立つ。顔を上げると、そこにいたのは春松くんだった。
「伊勢美。お前は本来現時点で死ぬ人間じゃない。お前を異世界転生させたいと思ったやつに、させられただけだ。……だからお前は、現実世界に帰る必要がある」
「はぁ」
「で、俺が介入することで、この世界を壊す。それでお前を、現実世界に帰す」
「はぁ」
「……お前、ちゃんと話聞いてるか?」
「ちょっと春松くんも何言ってるか分からなくて」
「……まあ、別に分かんなくていいけど……」
私が正直な感想を述べると、春松くんは苦笑いで答える。どういうことかは分からないけど、とりあえず。
「春松くんに任せていいってことですか」
「面倒くさがるな!! 一応この短編の主人公はお前なんだぞ!? ……まあお前らしいと言っちゃらしいし、いいけどさ……」
そう言うと春松くんは額を手で抑え、杖を構える。それを真っ直ぐに女神に向けて。
『ちょっ、春松夢、やめっ──』
「悪いな、この世界の女神。だけど──お前の同業者に、俺も個人的に恨みがあるんでね」
……何の話なんだろう。という感想を、この短編の中だけで何回言ったのだろう……。
そして春松くんが魔法を放つ。なんか、戦闘のために魔法を使う春松くん、当たり前だけど普段見ないから、新鮮だなぁ、とこの場に不釣り合いな感想を心の中で述べながら。
彼は自分のことをへっぽこ魔法使いだとか言っているが、まあ普通に強いと思う。そのへっぽこ魔法とやらで女神に勝利していた。
「あのなぁ、別に俺たちはいいけど、俺たち以外のやつらを無闇に世界に関わらせるなよ。分かるか? 女神さんよ」
「チンピラ……」
「何か言ったか伊勢美」
「いえ、何も」
仮にも女神が相手だというのに、その胸倉を掴んで揺すっている春松くん、すごすぎる。というか物騒だ。出来れば関わりたくないタイプの人だ。
まあいいか、と春松くんは呟くと、女神をぽいっと捨てる。仮にも女神が相手だというのに(以下略)。
「伊勢美、とっとと帰るぞ。言葉 さんもお前を待ってるし」
「あ……」
聞きなれた名前に、思わずか細く声が漏れる。
まあ、ここに来てから何日か経ってるし……心配させてしまっているかもしれないな。
「あの、向こうではどれくらい時間が経ってるんですか?」
「うーん、まあ30分くらいか?」
「短い……」
「つーか、俺が魔法で色々辻褄合わせるから、お前は気にしなくていいよ。ていうか、全部忘れるからな」
「……え?」
なんか今、不穏な言葉が聞こえたような。
すると周辺の景色に、ヒビが入り始めて。なんとなく理解する。この世界は壊れ始めている。春松くんの介入によって。
そして目の前にいる春松くんは、私に杖を向けた。私は逃げたりせず、それを見つめる。
「……〝全部忘れて、元の日常に戻れるようになーれ〟」
相変わらずやる気のない呪文だ。だが魔法は正常に発動しているらしく、私を激しい眠気が襲う。……それに逆らわず、私は目を閉じた。
──────────
「……ん、あれ」
「ああ、伊勢美。起きたか?」
目を開くと、目の前に春松くんの顔があった。声も掛けられ、私は首を傾げる。
なんで私、寝ていたんだっけ。というか、何をしていたんだっけ……。
……ああ、そうだ。いつも通り、春松くんとの特訓のために……学校帰りに秘密基地に寄ったんだ。それで訓練を終えて、休憩して……それで寝てしまったのだろう。
「よく寝てたな。休めたか?」
「そうですね……。……」
少し考えてから、私は。
「……なんか、疲れる夢を見た気がします……」
どんな夢を見たかは覚えていない。しかし、何故だかとても疲れていた。なんか、思い出したくもない気がする。
私のその言葉に春松くんは、ははっ、と笑う。どうしてか、とても楽し気に。
「ま、それが現実にならなくて良かったな」
「……? そうですね……」
なんだか含みのある言い方な気が、と思ったが、とりあえず肯定しておく。何があったかは分からないが、疲れることが現実になっても困る、というのは、それはそうだと思ったので。
「さて、じゃあもう少し休憩したら、また訓練に戻るぞ」
「えっ……はぁ、分かりました」
「露骨にため息を吐くなよ……大丈夫だよ。お前はチート貰えなくても無双できるくらい強いんだからさ」
「どういうコメントですか……」
チートとか無双とか、ライトノベルじゃないんだから。そんなことを思いながら私は、再びため息を吐くのだった。
【終】
「……はぁ」
突然告げられたことに対し、私はそんな気の抜けた返事をした。
目の前にいるのは、どうやら女神……らしい。こういうの、よくネットの広告に出てくる漫画で見たことがある。
『驚くのも無理はありません。貴方はトラックに轢かれ、その短い生涯を終えたのですから』
「そこまでテンプレ通りなんだ……」
どうしてかは分からないが、異世界転生するとなると、何故か皆トラックに轢かれる。あと大体歩きスマホをしていたか人を庇ったかで転生する。私の場合、前者は絶対ないと思うが(あまりスマホを見ることに興味がないので)……後者だとしても、なんか嫌だ。
「いや、でも私、一応これでも異能力ファンタジー小説の主人公なのに、トラックに轢かれて死ぬんですか?」
そこは異能力でどうにかしてほしかった。いくら異能力を使うことに不慣れだとしても、そこら辺は上手く出来るだろう。ていうか出来ないと困る。
『……メタ発言は控えてもらえませんか?』
「……本編じゃなくてギャグ短編だからいいかなって……」
『言った傍からこの人は……』
女神はそう言って苛立ったように眉をひそめる。……そして持っていた杖を、頭上に掲げると。
『……もういいです。貴方に力を授け、異世界を生き抜いてもらおうかと思いましたが……もうめんどくさいので、このまま送り込みます』
「え、職務怠慢じゃないですか」
『うるさいですね。──ッ!!』
そして女神は日本語ではない何かを叫ぶと、杖から眩い光が放たれる。その眩しさに思わず目を細めながら、私は思っていた。
……呪文考えるの、めんどくさかったのかな……。
というわけでやって来た。異世界。異世界、なのだと思う。
目の前に広がるのは、広大な草原。そして私を取り囲むモンスターたち。人間でもないし動物でもないから、モンスター的なあれなのだと思う。生憎、そういうゲームも本もあまり嗜まないので、そこら辺の知識に乏しいのだ。
ていうか、異世界に飛ばされて早々モンスターの前に出されるとか、流石に理不尽すぎやしないだろうか。しかも力を貰っていない状態で。もう死ねと言われているのと同じだろう。ああ、いや、もう一回死んでるんだっけ。
……もう考えるのがめんどくさくなってきた。
私はため息を吐く。そしてこちらに向かって来るモンスターたちに向け……「Z→A」で取り出した日本刀を振りかざした。
やはり、思った通りだ。女神(?)は「このまま送り込む」と言っていた。つまり、私は死ぬ前と何もステータスが変わっていない。力を貰うこともなかったが、剥奪されることもなかったのだ。
……まあ、無さそうだったら踵を返して逃げるしかないと思ったけど……残ってて良かった。
私は日本刀を振るい、モンスターに峰打ちを放っていく。流石に殺すのは目覚めが悪いと思ったので……。だが、私が峰打ちをするだけで、モンスターはポリゴン状になり、霧散してしまった。わぁ、と小さく声をあげる。
だがそれに気を取られていては死ぬ。私は残りのモンスターたちにも、日本刀を振るい続けた。
気づけば辺りには何もなくなっていて、私は日本刀を「A→Z」で消去する。そして目の前には、「新しいアイテムが追加されました。×10」という文字が浮かび上がっていた。
なんだこれ、と思って指先で触れてみたら、何かを押した感触。そして電子画面のようなものが出てきた。そこには、所持アイテムという大見出し。中には、「ソレナリニツヨイモンスターノニク×10」と表示されていた。それなりに強いモンスターの肉ですかそうですか……。
よく分からないが、倒してしまったらしい。……ていうか私は普通に日本刀を使っていたが、本編だとどの時点の私なのだろう……。
……まあ、いいか。
こんなに何もないところで立ち止まっていても仕方がない。私は付近に何かないか、歩いて探してみることにした。
その後、私は町を見つけた。そして適当に散策していると声を掛けられ。まあ、ここらじゃ見ない顔だけど、旅人かい? といった具合に、だ。
異世界転生したらしい、ということは伏せておき、気づいたらあっち(指を指した)の方にある草原にいた。そしてモンスターに囲まれていたから倒した。とりあえず今後どうするかを考えるため、ここまで来た。ということを話した。
モンスターを倒したという話を聞き、その人にアイテムを見せてくれと言われたので、言われた通り見せる。……そして、「えぇ!? あの『ソレナリニツヨイモンスター』を倒したのか!?」と驚かれた。
驚くのはこっちだ。それなりに強いモンスターって、名前なんだ……。
それからはよく分からないが、どこかに連れていかれ、その肉がお金に変わり、軽く1カ月は贅沢が出来るほどの貯金になったらしい。ふーん、くらいの感想しかないが……。
なんと宿も用意してもらい、私はそこで体を休めた。……次の日目覚めると、誰かのところに連れていかれた。そこは、どうやら国王のお城であるらしくて。私は国王の前に立たされた。
「お主が勇者か」
「何の話でしょう」
謙遜じゃない。本当に何の話だと思ったのだ。
だが私の周囲の人が、「この人が勇者です!」「マジで強いです!」などと言っている。勝手に勇者にしないでほしい。
「お主、名前は?」
「……伊勢美灯子ですけど」
「そうか、イセミトウコ。お主を勇者と見込んで頼みがある。──この国の平穏を脅かす魔王を倒してくれないか」
「え、嫌ですけど」
もちろんすぐに断る私だった。
なんで明け星学園でも異世界でも英雄扱いされ、人助けに駆り出されなければならないのだ。いや、あっちの方がまだ良かった。あっちでは、人助けをした私に対する対価があったから。
でも今回のこれは、完全なボランティアだろう。そんな、自分から死地に飛び込むような真似はしたくないのだが……。
私のその返事に、目の前にいる国王は眉をひそめ、周囲の人はオロオロとしている。でも、私の意見は変わらない。さて、どうするかな。と考えていると。
『──伊勢美』
「!?」
頭の中に声が響く。その声は、聞き慣れたものだった。
「
『ああ、そうだ。ちなみにこの声はお前にしか聞こえていないから、返事とかはしないでいい。用件だけ言いに来た』
「……」
用件、なんだろう。というか、私は異世界転生して来たはずなのだが、何故彼は当たり前のように介入してきているのだろう……と、気になることは沢山あるが、とりあえず黙っておく。
すると彼は言葉を続けた。
『簡潔に言うと、その依頼を受けろ』
「……」
『嫌そうな顔すんな。それが一番近道なんだよ』
「……」
『お前の最終目標は、魔王を倒すこと。テンプレは知ってるよな? そのテンプレに沿え。……ってわけで、用件はそれだけ。この後は、何かあればアドバイスしてくから』
「……」
なんなんだ本当に。近道とかなんとか……。
だがここで聞いても彼が答えてくれないのは知っている。まあ彼がそう言うくらいなのだから、そうした方がいいのだろう……と思う。本当に、心底、面倒くさいが……。
ため息を吐く。仕方ないか……。
というわけで、前言を撤回しようとするが。
「──ちょっと待った!! そんな発言をする者が、勇者であるわけがなかろう!!」
なんか来た。
振り返ると、そこに立っているのは1人の男。甲冑を身に着けており、まあいかにも「戦う人です」という感じで。
「私こそが本物の勇者!! ……そこの偽勇者め、私と決闘だ!!」
「……」
面倒くさいな……。
正直、この人が誰だろうとこの人に全部任せてしまいたいのだが……まあ、そう言える立場ではないのだろう、私は。
『伊勢美、テンプレが飛び込んできたぞ』
「テンプレが飛び込んできたって何ですか……」
春松くんのよく分からない言い回しに、思わず小さくツッコミを入れてしまう。まあ、やらなければいけないのだろう。不本意だけど。
私は日本刀を取り出すと、構えた。
割愛。勝った。
なんかちょっと全力出したら、すぐに倒せてしまった。春松くんとの戦闘訓練と比べても、楽過ぎて肩透かしだ。
気絶している男の人を放置し、私は国王と向き直る。
「さっきはすみません。魔王、倒してきます」
「えっ!? え、あ、ハイ、助かります……」
よく分からないが、国王が敬語になってしまった。
そして春松くんが私にしか声が聞こえないのをいいことに、爆笑していた。他人事だと思って……。
というわけで私は、魔王城を目指して進み始めた。途中でモンスターに囲まれて困っている人を助けたり、罠に掛かってキューキュー鳴いているモンスターを助けたり、因習村から抜け出したいと言っていた人と一緒に村を燃やしたり、幼馴染という関係から抜け出せないという男女の恋愛模様を見守ったり、迫害されていた獣人族の方たちを助けたり、育たない作物の謎を解き明かしたり。……まあ色々した。
『色々しすぎじゃね?』
「なんか……成り行きで……」
『……別に俺、そこまでしろとか言ってないけど……』
仕方ないじゃないか。目の前で起こっていることを無視できるほど、私は器用ではない。あと、なんだかんだ巻き込まれてしまうのだ。
そしてよく分からないが、私が助けた……というか、結果的に助けたことになった人たちが魔王討伐に付いて来るので、なんだか大名行列みたいになっている。こんな大人数で向かう必要はあるのだろうか……。
『いや~、これはあれだな。「あれ? 私、なんかしちゃいました?」ってやつだな』
「……それ、私の声真似してるつもりですか?」
『似てないか?』
「……似てないです」
まあ、自分の声は、自分で思っているより分かっていないとは聞くけれど。でも似てないと思う。
そんな話をしていると、私たちは魔王城に辿り着く。目の前にそびえ立つのは、いかにもおどろおどろしい雰囲気を纏った城。さっきまで天気が良かったはずだが、何故かここら一帯だけ天気が悪い。魔王城の周辺って、なんで大体天気が悪いんだろう……悪天候が集中するところを選んでいるのだろうか……。
『別にそこまで考えて建ててないと思うぞ』
「考えてないなら、建てた場所に悪天候集中してるの、すごく可哀想じゃないですか?」
『……それもそうだな』
扉を開けると、襲い掛かってくるのは魔王の部下らしきモンスターたち。「ソレナリニツヨイモンスター」を始め、「ナンダカンダツヨイモンスター」とか、「イッカイシンダフリヲスルモンスター」とか……まあ名前でネタバレをしてくれているモンスターばかりが出てくるので、倒すのも容易い。
私を筆頭に、私たちはあっという間に魔王城の中心部へと進んでいった。
そして魔王の前に辿り着いた私は……。
「……魔王って、貴方だったんですか」
『ち、違うんです。これは』
そこにいた顔を見て、私はそう告げる。すると魔王は慌てたように首を横に振った。
『本来魔王役は私ではないんですっ。でも春松夢が介入したことにより、世界の均衡が崩れてしまい……魔王役の者が消滅してしまって……』
「まあ、それが目的だったわけだからな」
「……あ、春松くん」
何を言っているんだこの魔王──否、私を異世界に送り出した女神、と思っていると、私の横に誰かが降り立つ。顔を上げると、そこにいたのは春松くんだった。
「伊勢美。お前は本来現時点で死ぬ人間じゃない。お前を異世界転生させたいと思ったやつに、させられただけだ。……だからお前は、現実世界に帰る必要がある」
「はぁ」
「で、俺が介入することで、この世界を壊す。それでお前を、現実世界に帰す」
「はぁ」
「……お前、ちゃんと話聞いてるか?」
「ちょっと春松くんも何言ってるか分からなくて」
「……まあ、別に分かんなくていいけど……」
私が正直な感想を述べると、春松くんは苦笑いで答える。どういうことかは分からないけど、とりあえず。
「春松くんに任せていいってことですか」
「面倒くさがるな!! 一応この短編の主人公はお前なんだぞ!? ……まあお前らしいと言っちゃらしいし、いいけどさ……」
そう言うと春松くんは額を手で抑え、杖を構える。それを真っ直ぐに女神に向けて。
『ちょっ、春松夢、やめっ──』
「悪いな、この世界の女神。だけど──お前の同業者に、俺も個人的に恨みがあるんでね」
……何の話なんだろう。という感想を、この短編の中だけで何回言ったのだろう……。
そして春松くんが魔法を放つ。なんか、戦闘のために魔法を使う春松くん、当たり前だけど普段見ないから、新鮮だなぁ、とこの場に不釣り合いな感想を心の中で述べながら。
彼は自分のことをへっぽこ魔法使いだとか言っているが、まあ普通に強いと思う。そのへっぽこ魔法とやらで女神に勝利していた。
「あのなぁ、別に俺たちはいいけど、俺たち以外のやつらを無闇に世界に関わらせるなよ。分かるか? 女神さんよ」
「チンピラ……」
「何か言ったか伊勢美」
「いえ、何も」
仮にも女神が相手だというのに、その胸倉を掴んで揺すっている春松くん、すごすぎる。というか物騒だ。出来れば関わりたくないタイプの人だ。
まあいいか、と春松くんは呟くと、女神をぽいっと捨てる。仮にも女神が相手だというのに(以下略)。
「伊勢美、とっとと帰るぞ。
「あ……」
聞きなれた名前に、思わずか細く声が漏れる。
まあ、ここに来てから何日か経ってるし……心配させてしまっているかもしれないな。
「あの、向こうではどれくらい時間が経ってるんですか?」
「うーん、まあ30分くらいか?」
「短い……」
「つーか、俺が魔法で色々辻褄合わせるから、お前は気にしなくていいよ。ていうか、全部忘れるからな」
「……え?」
なんか今、不穏な言葉が聞こえたような。
すると周辺の景色に、ヒビが入り始めて。なんとなく理解する。この世界は壊れ始めている。春松くんの介入によって。
そして目の前にいる春松くんは、私に杖を向けた。私は逃げたりせず、それを見つめる。
「……〝全部忘れて、元の日常に戻れるようになーれ〟」
相変わらずやる気のない呪文だ。だが魔法は正常に発動しているらしく、私を激しい眠気が襲う。……それに逆らわず、私は目を閉じた。
──────────
「……ん、あれ」
「ああ、伊勢美。起きたか?」
目を開くと、目の前に春松くんの顔があった。声も掛けられ、私は首を傾げる。
なんで私、寝ていたんだっけ。というか、何をしていたんだっけ……。
……ああ、そうだ。いつも通り、春松くんとの特訓のために……学校帰りに秘密基地に寄ったんだ。それで訓練を終えて、休憩して……それで寝てしまったのだろう。
「よく寝てたな。休めたか?」
「そうですね……。……」
少し考えてから、私は。
「……なんか、疲れる夢を見た気がします……」
どんな夢を見たかは覚えていない。しかし、何故だかとても疲れていた。なんか、思い出したくもない気がする。
私のその言葉に春松くんは、ははっ、と笑う。どうしてか、とても楽し気に。
「ま、それが現実にならなくて良かったな」
「……? そうですね……」
なんだか含みのある言い方な気が、と思ったが、とりあえず肯定しておく。何があったかは分からないが、疲れることが現実になっても困る、というのは、それはそうだと思ったので。
「さて、じゃあもう少し休憩したら、また訓練に戻るぞ」
「えっ……はぁ、分かりました」
「露骨にため息を吐くなよ……大丈夫だよ。お前はチート貰えなくても無双できるくらい強いんだからさ」
「どういうコメントですか……」
チートとか無双とか、ライトノベルじゃないんだから。そんなことを思いながら私は、再びため息を吐くのだった。
【終】