世話焼き女と抜けてる男
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
そんな風に、マルコから離れて一ヶ月が経った。
たった一ヶ月。
されど一ヶ月。
長かったような気がする。
そう思いながらも、今日も仕事に打ち込むユイ。
そんなある日、一人の女子社員がマルコに話し掛けていた。
「マルコ部長!今日みんなで飲みに行くんですが、マルコ部長もどうですか?」
「……まだ仕事中だぞ。そういう話は終わった後にしろ」
「この前の仕事が上手くいった打ち上げみたいなものですよ?仕事みたいなものじゃないですか!」
「……仕事が順調に終わったらな」
「っはい!」
用件の済んだ女子社員はウキウキと席に戻っては、近くにいた女子社員とコソコソ話し始めた。
「やった!」
「少し前に女の影はあったみたいだけど、今はないみたいね」
「マルコ部長を理解出来ない女だったんでしょ!フラれて当然!」
……フラれてって……何処からそんな噂が広がったのよ。
そんな風に、思わず耳に入り込んできた会話に突っ込みを心の中で入れながらも、キーボードを打つ手は止めなかった。
「マルコ部長にアプローチするなら、今がチャンスよね」
その言葉を聞いて、それまで休まず動かしてた手を止めてしまった。
「飲み会の後、誘ってみようかな」
「部屋に上がり込むつもり?」
「マルコ部長って、意外と押しに弱そうだし」
「襲うの?」
「襲えると良いんだけど!」
「マルコ部長の部屋って、どんな感じなんだろう」
「綺麗好きそうだし……整頓されてるに決まってる」
「確かに!」
……誰も、本当のマルコを知らない。
仕事場とはまったく違うマルコ部長を知ってるのは……近しい人を除いては私だけだろう。
(……あのマルコ部長を知ってるのは私だけで良いと……思ってしまうなんて)
知られたくない。
でも、私はマルコ部長の彼女でもなんでもない。
上司と部下。
それだけの関係。
……もし、今日この子の誘いに乗ったら……。
そう思うと、何故か家に帰りたくない。
こんな時、隣でなければ……。
思考に耽っている時、肩に手を置かれた事でようやく意識が戻ってきては、後ろに振り返った。
「……ベイ……」
「あんた、大丈夫?顔が真っ青だよ」
「え……?」
「……自分で気が付いてないの?体調が悪い事にも気付かないなんて……」
……違う。
体調が悪いんじゃない。
そう言いたいのに、何故か言葉に出来なかった。
言葉が喉に張り付いてるかのようで……。
「早退して、病院に行きなさいよ」
「だ、大丈夫……」
「大丈夫に見えないから」
「……これ、今日中にやらないとだし……」
「私が変わりにやっておくから」
「ベイもやる事があるでしょ」
「つべこべ言わない!」
強行に出たベイは、さっさと上着をユイに着せては鞄を持たせた。
「マルコ部長!ユイが体調悪いので、強制早退させます!」
「あぁ?」
書類から視線を外したマルコだったが、何故かそこには有無を言わせない程の威圧感を醸し出すベイの姿と、顔を真っ青にさせているユイを見ては、思わず頷いて許可するのだった。
そんなマルコを見て、ベイは直ぐにユイへと顔を向けた。
「ほら!早退の許可は出た!さっさと病院へ行く!」
こうなってしまったからには、此処にいる訳にもいかないか……。
そう思ったユイは、忙しいのにスイマセンと全員に頭を下げて、その場を後にした。
会社を出たユイの足は、家とは正反対の方へと向けていた。
マルコ部長の家に、女の子が来るかもしれない。
そう思うだけで、自分の家にも戻りたくなかった。
特に目的地も決めず、家とは反対の方角へと向かう電車に乗り込んだ。
何処でも良い。
ベイには悪いけど、家で休むのは……出来そうにない。
(今日は、何処かで宿でも見付けよう)
そう決め込んだユイは、携帯の電源を落とし、流れる風景に視線を向けるのだった。
一方で、ユイのいなくなった会社では、ユイがやり掛けていた仕事をベイが引き継いでパソコンと睨めっこしていた。
そして、マルコは何故か落ち着きがないのか、窓の方を見ては溜め息を吐いていた。
(……風邪でもひいたのか?)
マルコは、そんな事を考えながら仕事をこなした。
そうしてるうちに、あっという間に定時の時間となり、人が疎らに帰り支度してる中、数人の女子社員が話し掛けてきた。
「マルコ部長!行きましょう!」
妙に浮かれながら話し掛けてくる女子社員に、マルコは何故か煩わしさを覚えた。
「……悪いが、まだ仕事が終わってない。今日は行けないよい」
「明日に回せないんですか?」
「急ぎだ」
「え~!楽しみにしてたのに……」
「次の機会にな」
「でしたら、終わり次第合流して下さい!」
そう言って、一人の女子社員が手帳を取り出しては何かを書き始めた。
そして、何かを書いた紙をマルコに差し出してきた。
「私の携帯番号です!終わったら電話下さい!」
一人がそれをやれば、何故か周りも慌てて番号を書いた紙を差し出してきた。
そんな行動にイラつき始めた時だった。
「あんた達!マルコ部長の仕事を邪魔して、何やってるの!?」
「邪魔してないですよ」
「そうやって、仕事以外の事を話していれば、マルコ部長の仕事が終わらないでしょ!!」
それとも何?
マルコ部長に徹夜で残業させる気?
怖い笑みを浮かべたベイに、女子社員達は言葉に詰まった。
「分かったなら、さっさと帰りなさい!」
ベイの迫力に押された女達は、マルコを気にしつつその場から姿を消した。
「……助かったよい」
「助けた訳じゃないから」
「そうかよい」
「……仕事が終わったら、ユイの様子を見てきてよ」
「お前は行かないのか?」
「……かなり気に喰わないけど、私よりマルコの方が良いと思っただけよ」
そう言いながら、女子社員達が残していった紙を、ベイは勝手に捨てるのだった。
「……私は、あんたじゃなくてユイの味方だからね」
「……そうかよい」
鞄を手にしたベイは、そのまま部署を後にした。
ベイの姿が見えなくなった後、マルコは鞄を手に立ち上がった。
(実際は、今日中にやらないといけない事は終わってるし……問題なし)
部署に誰もいない事を確認したマルコは、電気を消して、その場を離れた。
マルコは、家に戻る途中で買い物をした。
料理は出来ないが、お粥なら作れない事もないだろうと、材料を買ってきたのだ。
早速、家に着いたマルコは台所に立ってはみたものの、直ぐにある事に気付く。
「……この家に鍋なんてねぇじゃねぇかよい」
今までは、ユイが自分の部屋で作った物を持って来てくれていた。
それを、この部屋で食べていたんだと、ようやく気が付いた。
「…………せめて、飲み物と薬だけでも届けるか」
項垂れながら自分の部屋を出て、隣のユイの部屋に前に立った。
インターホンを鳴らすが、出てくる気配はない。
もしかして、寝てるのかもしれないと思ったマルコは、一度自分の部屋へと戻り、携帯を手にした。
起こすのも悪い気がしたが、ちゃんと病院へ行ったのか……薬は飲んだのか……。
今の調子はどうなのか……。
それだけでも聞こうと電話をしたが……電源を落としてるようで、繋がる事はなかった。
「……隣だし、起きたら物音ぐらいするだろ」
そう思い、マルコはユイへと買ってきた飲み物を冷蔵庫の中へと仕舞うのだった。
見知らぬ駅へと辿り着いたユイは、直ぐにタクシーに乗り込み、宿へと向かった。
(……明日朝一で此処を出ないと、会社に遅刻するかも……)
タクシーに乗る前に始発の時間をしっかりとチェックしていたユイは、既に何時に起きるかを決めていた。
(……明日はしっかりしなくちゃ)
色々と考え込んでいるうちに、タクシーは宿へと着いていた。
此処はどうやら民宿のようだった。
タクシーを降りたユイは宿へと足を進めた。
飛び込みで入ったにも関わらず、宿が確保出来た事に安心したユイは、早速部屋に付いているお風呂へ入った。
そして、湯に浸かりながら溜め息を吐いた。
(……たまには、こんな風に過ごすのも悪くないかもしれない)
“帰ってきて、食事も風呂も用意されてるのって良いかもな”
いつだったか、マルコが言っていた言葉を思い出したユイだったが、首を振って思考を振り払った。
(……気付かなければ良かった……)
マルコ部長に魅かれていると気付かなければ……此処まで悩む事はなかったのかな?
(……この想いは、この地に置いていこう)
頭の中を切り替える為に、此処にいるんだから……。
ベイには、ちゃんと謝ろう。
体調も悪くないのに、心配させて……。
家で休むどころか、此処にいる。
(…………お風呂から出たら、電話しよう)
そう決めたユイは、今だけは何もかも忘れようと、無心で湯に浸かるのだった。
『あんた!!今何処にいるのよ!!??』
ベイに電話をすればワンコールで出て、いきなり言われた。
『こっちでは大騒ぎよ!!』
「……大騒ぎ?」
『体調が悪いみたいだったし……何処かで生き倒れになってるんじゃないかって』
「……その心配はないです」
どうやらマルコからの連絡により、私がいない事に気が付いたようだった。
何かあった時の為にと、合鍵を交換していた事を忘れていた。
『何処にいるの!?』
「…………さぁ?」
『自分の居場所が分からないなんて事ないでしょうが!!』
……本当に、此処が何処だか分からないんだよね。
いや、駅名は分かってるけど……。
「明日、色々と話すから……今日はゴメン……」
『言いなさい!!』
「……ベイ……」
『話しなら、ちゃんと会って聞く!!』
「……気持ちの整理もしたいし……」
『ユイ!』
「ゴメン……」
ベイに謝り、直ぐに通話を切ったユイは、そのまま携帯の電源も落とそうとした時、タイミング良く電話が掛かってきた。
「……マルコ……部長……」
鳴り続ける電話に、ユイは躊躇いながらも出た。
「……はい」
『何処にいるんだよい!?』
聞こえてきたマルコの声は、やけに焦っていた。
「……マルコ部長?」
何で、其処まで焦っているのか……。
もしかしたら、仕事で何かあったのかもしれないと、今度はユイが焦り出した。
「もしかして、仕事で何か不備でもありましたか!?」
『そうじゃねぇよい!とにかく、オレの質問に答えろ!!何処にいるんだよい!?』
「何で……ですか?」
『体調が悪いのに家にいねぇなんて、心配するに決まってるだろうがよい!!』
「そう、ですよね……」
『何処だよい!!』
「何処か……ですね」
『はぁ!?真面目に答えろ!』
「結構、真面目に答えているんですが……」
確かに、逆の立場なら意味分からないよなぁなんて考えながら口を開いた。
「体調は大丈夫です。明日は、周りに迷惑かけないようにしますので……」
『そんな事より、今何処にいるのか答えろよい!』
「……上司が、其処まで部下を心配するんですか?」
『あぁ?』
「……上司と部下……それだけですよね?」
ユイの言葉に、マルコは溜め息を吐いた。
その反応に、部下としての信頼も失ったのかもしれないと思った時だった。
『お前の作るメシが食いたい』
突然の言葉に、流石のユイも思考が停止した。
そんなユイに気が付いているのか気が付いていないのか……。
そんなものはお構いなしとばかりに、マルコは続けた。
『お前のおかえりが聞きたい』
『お疲れ様と言って、向けてくれる笑顔に癒されてた』
『いるのが当たり前になってた』
『知らないうちに、お前が好きになってた』
だから、部下としてでじゃなく、彼女を心配してんだ。
そう言ったマルコに、ユイは言葉に詰まった。
何て言葉を返したら良いのか分からなかった。
『……お前が、オレの部屋に来なくなって……ようやく気が付いた』
「…………」
『……迎えに行く。だから、居場所を教えろよい』
「…………」
『会って、直接返事をくれ』
「…………」
同じだったんだ。
……マルコ部長も……後から気が付いたんだ。
『ユイ……』
「遠いですよ……?」
『問題ねぇ!教えろ!』
今のいる場所の最寄り駅を告げれば、直ぐに行くと言って通話が切れた。
「……本当に来るの?」
こんな時間なのに……。
明日も仕事があるだろうに……。
そんな事よりも……あの言葉は本当なのだろうか?
私を好き……?
勝手に押し掛けて家事をしてた私を……?
迷惑に思ってたんじゃ……。
だけど、もしも本当に此処へマルコ部長が来たら……。
「私も好きだと告げるの……?」
自分の気持ちを整理する為に、此処にいるのに……この展開は何だ?
思考が追い付けなくて、グルグルと考え込んでいれば、急に携帯が鳴った。
画面を見ればマルコからのようで、思わず着くの早くないかと部屋にあった時計に眼を向ければ、あれから数時間は経っていた。
時間の経過も分からない程に、考えに耽っていたんだと理解した。
そして、未だに鳴り続ける携帯に慌てて出れば、マルコの声が聞こえてきた。
『……駅には着いた。それで?何処にいるんだよい』
「……本当に……?」
『何処だよい』
ユイがおそるおそる宿の名前を口にすれば、マルコはまたも直ぐに行くの言葉を残し、通話を切ってしまった。
通話の切れた携帯を見ながら、思わずユイは呟いた。
「……何で来たんだろう?」
電車?
車?
どっちにしても、本当に来るとは思ってなかったユイは、どんな顔をしてマルコに会えば良いんだろうと考え込んでいれば、宿の前にタクシーが来たのを窓から見えた事で、ユイは驚きが隠せなかった。
「本当に……」
タクシーから降りてきたマルコの姿を見て、ユイはただ眼を見開くしか出来なかった。
そして、慌てて玄関口へと向かった。
「マルコ部長!」
宿の者と話してるマルコの姿を見付け、声を掛けたユイ。
「……どうして……」
「彼女を迎えに来る事が、そんなに変か?」
「返事も聞いてないのに、既に彼女なんですか?」
「……悪いかよい」
「……いいえ」
「それにしても、本当に随分と遠くまで来たもんだ」
「何も考えずに電車に乗ってたら……辿り着きました」
「…………」
「…………」
「……今日は、オレも此処に泊まるよい」
「え!?」
「この時間だ。電車はもう出てねぇよい」
「で、ですよねぇ……」
「女将、部屋は彼女のところで頼むよい」
「分かりました」
二人が知り合いなんだと雰囲気で分かった女将は、初々しいですねと笑って、その場を離れていった。
若干、気恥かしさを覚えながら、ユイはマルコを見た。
「同じ部屋……ですか?」
「話しもしたいしよい」
「……はい」
「部屋……案内してくれよい」
「はい……」
二人で部屋へと向かった。
部屋へと着き、二人は向かい合わせで座った。
「で、単刀直入に聞くよい」
「はい……」
「返事を聞かせてくれ」
「さっきの会話で、既に答えが分かっているのでは……」
「ハッキリと聞かせろ」
「…………」
面と向かって言うのは、かなり緊張する。
それでも、何とか一言を絞り出した。
「マルコ部長と同じです」
「……同じ?」
「気が付いた時には……好きになってました」
「……離れて気が付いたのかよい」
「まったく、同じなんです」
こんな世話焼き女でも、彼女にしてくれるんですか?
俯きながら言ったユイに、マルコはユイを引き寄せ、腕の中に閉じ込めながら言った。
「オレの世話を出来る女は、お前だけだよい」
そう言っているマルコの耳を横目で見れば、真っ赤になっていた。
「……何処までも同じですね」
今、緊張してる事も……同じ気持ちを抱えてる事も……。
「気付かないうちに、育つ気持ちってあるんですね」
「そうだな」
「上司と部下……それ以上はないって思ってたのに……」
「男と女……そういう可能性は沢山あるよい」
「そうですね」
世話焼き女と抜けてる男。
二人揃って、丁度良いのかもしれない。
あとがき
マルコ短編を読んで下さり、ありがとうございます。
中途半端感のある終わり方となってしまいましたが、如何だったでしょうか?
何となく、マルコ短編を書きたいなぁ……だけで書き上げたのでした(汗)
いつも書いてるマルコとは違う感じで書きたいなぁと思ったら、妙なマルコが出来上がってしまいました。
カッコ良さゼロな気がします……。
それでも、少しずれたマルコは書いてて楽しかったです!
また、色んなマルコが書けたら良いなぁと思っております。
皆様に、素敵な夢が訪れますように……☆