世話焼き女と抜けてる男
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はっきり言って良いだろうか?
私の眼の前にいる人は、本当にあのマルコ部長なのだろうか?
眼の前いる人物も、驚きからなのか……いつもの眠たげな眼を見開いて、こちらを見ている。
お互いに、固まったように顔を見合わせている姿は、ご近所の人に見られないで良かったと……後になって、何となく思う事となる。
初っ端から、こんな事を言うのには理由がある。
そこそこに自立出来るぐらいには稼げるようにもなったし、一人暮らしをしようと思い立ち、今日晴れて引っ越しをしたのだ。
念願の一人暮らし!
そうウキウキしながら、越してきたマンションのお隣さんへの挨拶……が、まさか上司であるマルコ部長がお隣さんとは思わず……絶句。
はい……其処までは、狭い世の中ですから?
そんな事もあるかもしれないと思う事が出来る。
問題は…………玄関から顔を見せた、マルコさんのお姿……。
会社では、きっちりとスーツを着こなし、バリバリ仕事の出来る人。
部下からの信頼も厚い……まるで、何かのお手本のような完璧な人……だと思っていたのに……。
「……マルコ部長……ですよね?」
私の言葉に、見開いてた眼も、いつもの眠たげな眼に戻り頷いた。
「そうだよい。そういうお前は、何で此処にいるんだ?」
「……今日、隣に引っ越してきたので、ご挨拶をと思いまして……」
「成程?」
どうしよう……。
これ絶対に、誰にも見せられない姿だよね?
むしろ、誰も知らない……。
想像も付かないでしょ!
あのマルコ部長が……
パンツ姿で玄関に現れるなんて……誰が想像するだろうか。
常識的に考えて、せめてズボンぐらいは穿くだろうに……。
そんな衝撃的な引っ越しから数日が過ぎたある日……。
「ユイ!」
「ベイ、出張から戻ってきたんだね!」
ベイ……私と同期で、入社して最初に友達になった美人さんだ。
「今回は結構長かったね」
「まぁね!でも、中々やり応えのある仕事だったわ」
「凄いなぁ……」
同期なのに、どんどんと色んな仕事を任せてもらえて……上司からの信頼も絶大。
私とは大違いだ。
「それより、仕事終わりに一杯付き合ってよ!」
「良いよ!今日もいつも通り、定時に上がれるし」
決まりだね!なんて話していれば、マルコ部長に話し掛けられた。
「お喋りも、そこそこにしとけよい」
通りすがりに言われた私とベイは、ニッと笑っては、それぞれのデスクに着いた。
(……それにしても、ギャップがあり過ぎる)
パソコンに眼を向けるも、どうにもあの時の事を思い出してしまい、チラリとマルコの方へと視線を向けた。
(最初は、女を連れ込んでいるから、あの姿だったのかと思ってしまったが……)
実は違っていた。
それと言うのも、お隣さんになって初めて知ったのだが、どうにもマルコ部長は自分の事には無頓着のようであった。
あのパンツ姿も、おそらく寝巻に着替える事もなく、そのまま寝てしまい……私が訪問した事で、そのままの姿で出たんだと思う。
(むしろ、女の陰すら見えん)
仕事場では出来る男。
家では何処か抜けてる男。
そういう人なんだと分かると、結構仕事場でもそういう部分が見え隠れしている事に気が付く。
本人的には隠してる……と、いった感じはない。
ただ、仕事とプライベートの力の抜き加減が激しいだけなのだろう。
(だからと言って、あれはなかったな……)
引っ越したあの日、マルコの背後に見えたリビング……脱いだモノをそのままだとか、テーブルにはコンビニ弁当が置かれてるだとか……そこまで酷くはないが、散らかっていた。
それを視界に入れてしまえば、私も気になる訳で……思わず言ってしまったのだ。
『……ちゃんと自炊してますか?』
なんて……。
それには、マルコ部長も少しだけ眉間に皺を寄せては、こう言った。
『料理は苦手だ』
つまり、外食やコンビニで買うものばかりだと言う事だった。
これでは栄養が偏るのでは……と、何故か心配になった私は、言ってしまったのだ。
『……朝ご飯と夜ご飯……私が作りましょうか?』
その言葉に、マルコ部長は驚きの表情を見せつつ、若干仕事場で見せる顔付きで口を開いた。
『そうしてもらえると助かるよい』
こうして、その日から私はマルコ部長のお食事まで用意するようになったのだった。
私はとことん、気になりだしたら止まらなかった。
食事の世話だけでなく、何故か部屋の掃除まで始めてしまった。
これがまた、中々に頭を抱えたくなる思いだった。
台所に行けば、流しにコップが放置。
数日間は置かれているものだと判断。
しかも、キッチンは使われている形跡がなかった。
いや……そもそも調理器具がない。
あるのは……湯を沸かす、湯沸かしポット。
水を入れれば、確かに勝手に湯を沸かしてくれる。
とても便利だ。
とりあえず、コーヒーを飲む為のモノはある。
食器もそうだ……。
お皿など……それこそ片手で数えられる程にしかないって、どういう事でしょう?
コップも……コーヒーカップ用のしかない。
脱衣所にある洗濯機や籠には、無造作に置かれた衣類の数々。
中には、スーツまで放り込まれていたのを見て、自分で顔が引き攣るのが分かった。
そして、流石に驚いたのが、この部屋には掃除機がなかった。
え……?
まさか、此処に来てから掃除してないの?とは思ったが、其処はたまに業者に頼んでいるらしい。
自分でやれよ……とは思うものの、流石に言う事はなかった。
もっと驚いたのが、出張サービスをしてくれるコックを呼んで、食事をする事もあるとか……。
そんだけ金があって、何であのマンションに……なんて思うも、其処は何となく面倒だからと返ってくるだけだろうと思い、何も聞かなかった。
他にも気になる事は多々あったが、言い出したらキリがない。
とにかくだ……世話焼き女になってしまったのだ。
マルコ部長はモテる。
だからこそ、これが知られたら女達の視線が怖い……。
(正直、マルコ部長に憧れも何もない。恋愛感情もない)
だけど、他の女子社員は違う。
マルコ部長は好物件だ。
将来有望で、しかも独身……となれば、狙う女は多い。
(自分の性格が恨めしい……)
分かってはいるが、それでも世話をしてしまうのは……あのマルコ部長の生活ぶりを見てしまえば、放っておけないのだ。
溜め息を吐きたくなる思いだったが、そうする訳にもいかず、パソコンに眼を向けた時だった。
「マルコォ!この書類に眼を通してくれ!」
ズカズカと部署に入ってきたのは、別の部署のサッチだった。
「お前なぁ……仕事増やしやがって……」
「悪い悪い!」
そんな遣り取りが、嫌でも聞こえてくる。
だけど、いつも通りの会話なので、特に気にする事なく仕事に打ち込んでいれば、サッチは何やらニヤニヤしては爆弾を投下させた。
「最近、顔色良いじゃん!女でも出来たか?」
これには、密かに聞き耳を立てていた女達が激しく反応した。
「お前にしては、ちゃんとシャツにアイロンがしてあるし……彼女にメシでも作ってもらってんだろ?」
「ちげぇよい」
「誤魔化しは通用しねぇぞ」
「誤魔化してねぇ」
「じゃあ、最近のお前の変化をどう説明する?」
昔から、マルコの事を知っているサッチだからこそ、最近のマルコの変化にも気が付いていた。
そんな会話に、一番の焦りを見せたのはユイだった。
「ほれほれ……話してみろよ!」
「っ仕事中だろうが!!」
「なら、仕事終わりに居酒屋に行くか!」
終わった後、此処に迎えに来るからな!と、ウキウキとしながらその場を去ったサッチ。
そんなサッチに、呆れ気味なマルコが溜め息を吐けば、その場の空気が微妙な事になっていた。
(……どうしよう……女達は今の会話が気になってるのか、ソワソワし始めたぞ!?)
内心焦っているユイとは正反対に、マルコは平然と何事もなかったかのように仕事をし始めた。
それを見たユイは、別の意味でソワソワしながら仕事をする羽目になるのであった。
「マルコ!あんたに付き合える女って、どんな女よ!?紹介しなさいよ!」
そう言うのは、一緒に飲む約束をしていたベイ。
「そうだぞ!親友のオレに隠し事とは、まったくもってけしからん!」
そう言ったのは、偶然にも同じ店で会ったサッチ。
「彼女じゃねぇって、何度も言わせるなよい!!」
そう言ったのは、これまたサッチと居酒屋に現れたマルコだった。
「ユイからも、何とか言ってよ!」
「へ!?」
此処で、私に振るのか!?
ベイ……今だけは私を空気化して……。
だけど、それにはサッチも乗ってきた。
「そうそう!こういう場では上司も部下も関係なし!」
「……いや……そういう訳には……」
スイマセン。
そんな事を言っといて、既にマンション内ではそんな感じになっております。
「何よぉ!ユイ、ノリが悪いわよ!いつものあんたらしくないわよ!!」
「……いつも通りかと……」
「ははは!いきなりこのメンバーでの飲み会は緊張するか!!」
「それよりも、ベイはお二人と幼馴染だったとは……驚きです」
「言ってなかったっけ?」
「聞いてない。だけど、どうりで普通に話せる訳だよね」
「こいつらなんて、こいつらで十分なのよ!」
ケラケラ笑うベイに、サッチも少し酔っているのか、同じようにケラケラ笑いだした。
とにかく、話題も逸れてきたし、少しは落ち着けるか?なんて思った矢先……。
「ユイ、明日の夕飯はいらねぇからな。仕事で少し遅くなる」
マルコの発言に、それまでケラケラ笑っていた二人は笑顔のまま固まり、ユイは完全に石と化した。
「……何?その会話……」
「え?彼女って……ユイちゃん!?」
直ぐに詰め寄るように聞いてきた二人に、ユイは視線を合わせないようにするのが精一杯だった。
そして、マルコは二人の反応に眼を細めた。
「だから、彼女じゃねぇって言ってんだろ」
「はぁ!?食事を作ってもらって、シャツのアイロンも……それで彼女じゃないって、どういう事だよ!?」
「そうよ!!まさか、この子を家政婦代わりにしてんじゃないでしょうね!!」
「ベイ、そんなんじゃないから……」
「ユイは黙ってな!私はマルコに聞いてるのよ!!」
ベイの迫力に、ユイは押し黙った。
「で、どうなのよ!?」
「勝手に世話を焼いてるだけだ」
マルコの返答に、何故かツキリと心が痛んだユイだったが、どうにもその理由が自分でも分からずにいれば、ベイの怒鳴り声でハッとした。
「勝手にって……どんな理由であれ、世話してもらってるのに、そんな言い草な訳!?」
そんなベイの怒鳴り声に、気が付けばお店の中は静まり返っていた。
周りなど気にしないベイは、その雰囲気の中、またもドスの利いた声を上げた。
「どういうつもりなのか、ハッキリと答えなさい!!」
「ベ、ベイ……私が勝手にやってる事で……」
「そもそも、何でこんな事になってるのよ!?」
飛び火した……。
何も言わないマルコに、今度はユイに詰め寄ってきたので、これには正直に言う事にした。
「引っ越した先のお隣さんが、偶然にもマルコ部長ん家で、挨拶した際にあまりの生活ぶりを目の当たりにして、ついつい手を出したくなって……出した結果が現在です」
溜め息は吐き出したくなるような表情で言ったユイを見て、ベイとサッチは一瞬の間の後、マルコを凝視した。
そんな二人は、マルコをジッと見ていたかと思うと、盛大に噴き出しては大声で笑い始めた。
いきなりの反応に、ユイが首を傾げれば、ベイが肩をバシバシ叩きながら言った。
「あんた、押しかけ女房かい!!」
「……今の説明で、何でそんな反応が返って来る訳?」
「だって……!!」
お腹を抱えて笑うベイ。
そして、今度はサッチが口を開いた。
「マルコ!お前、どんだけ部屋を汚してたんだ!?」
「汚してねぇよい」
「ユイちゃんが、思わず手を出したくなるような有様だったんだろ!?」
ゲラゲラと笑う二人だったが、ユイにはいまいち笑う要素が分からなかった。
一体、何がおかしいのか……?などと考え始めた時だった。
「マルコって神経質なくせに、変なところで抜けてんのよね!」
「面倒だからって、業者に頼む事も多いし!」
「逆に、ユイってオカン気質よね!気になり出したら我慢出来ないし!」
この二人、妙に似合ってるかも……なんて、またも声を上げて笑ったベイは、笑うだけ笑った後、またもマルコへと視線を向けた。
「だからと言って、ユイを家政婦発言は取り消してもらうわよ!」
「……お前が言ったんだろうがよい」
「そう言ってるも当然な言葉だったでしょうが!!」
話の流れが戻った事で、マルコは溜め息を吐くのだった。
面倒……それを顔で表現してる程、マルコは眉間に皺を寄せた。
それを見ていたユイは、少し困ったように口元に笑みを浮かべた。
「……マルコ部長、やはりご迷惑でしたか?」
「あぁ?」
「……私が余計な事をしたせいで、マルコ部長を困らせてしまいましたね」
「…………ユイ?」
「もう……何もしませんので……」
スイマセンでした……謝罪の言葉を残したユイは、その場から姿を消した。
それを慌てて追い掛けようとしたベイだったが、追い掛けるタイミングの逃してしまうのだった。
そんな中、サッチも困り顔しながらマルコを見た。
「……良いのか?」
「……良いも悪いも、全てあいつが決める事だ」
「…………確かに、あの子が進んで自分からお前の世話をしてたかもしれないが……それでもお前も助かってたんだろ?」
なのに、そんな言い方をするのか?
少し怒気を含ませた声に、ベイもマルコを睨み付けた。
「……私……許さないからね」
鞄を持ったベイが店を後にする姿を見て、サッチは溜め息を吐いた。
「……本当に良いのか?」
もう一度同じ事聞いてきたサッチの声は、先程とは違う意味に聞こえたマルコ。
その問いかけに、マルコは今度は何も答える事はなかった。
答えられなかった……それが正しいのかもしれない。
あいつが来なくなっても、何も変わらない。
前の生活に戻るだけ。
別に困る事はなにもない。
そう思ってたのに……。
数日経って、ようやく実感した。
何もしなくても、綺麗になっていた台所もマグカップが放置されたまま。
放っておけば、いつの間に洗ってあった服も山になっている。
掃除も……帰れば用意されていた食事も……シャツのアイロン掛けも……。
全てが前に戻っただけなのに……
何かが物足りない。
“おかえりなさい”
“お疲れ様”
帰れば、必ずそう言ってくれていた声がなくなった。
仕事場でもそうだ。
前のように、仕事以外で話す事がなくなった。
お隣だというのに……どういう訳か会う事がない。
隣の部屋に、確かにいる気配はするのに……。
何故か寂しさを覚えた。
「……こんなに、部屋が広かったか?」
一人で食べるメシは、こんなにも味がなかったか?
ベイはあれから怒りの眼差ししか向けて来なくなった。
サッチも……少し呆れているようだ。
どうしてだろう?
帰った時に、出迎えてくれるあの笑顔が……声が……自分から離れていかない。
焼き付いているかのように……。
「……あいつの料理が……食いてぇな……」
呟く声は、ただ部屋に溶け込まれるかのように……消えた。
…………大丈夫かな?
少しでも考える余裕が出来ると思ってしまう。
私は此処まで世話焼きだっただろうか?
ご飯、ちゃんと食べてるかな?
また、マグカップが放置されたままなのかな?
洗濯物が山になってるのかな?
自分の部屋にいると、何故かマルコ部長の部屋の方角を見てしまう。
“美味いよい”
あの独特な語尾の付いた話し方が、妙に懐かしく感じる。
まだ、たったの数日しか経ってないのに……。
自分から進んでやっていた。
確かに、マルコ部長の言う通り。
私が勝手にしていた事。
だけど……。
“明日はこの前作ってくれたやつが良い”
“アイロン掛けしたシャツなんて、久し振りに着た気がするよい”
“やべ!定期が切れてた……”
何処か抜けてるけど……ちゃんと見ててくれた。
この料理が美味しいから、また作ってほしい。
リクエストをくれる事が嬉しかった。
些細な事でも、直ぐに変化に気付いてくれて、お礼を言ってくれる。
ご飯を一緒に食べて……話しをして……。
……私は、自分で気が付かないうちに好きになってたんだ……。
時折見せる笑みを。
本人は自覚ないけど、気を抜いてる時程、妙に声に色気があるところも……。
豪快にご飯を食べる姿も。
気が付けば、自然体でいたマルコ部長に……魅かれてたんだ。
自覚した途端、溢れてくる涙は……失恋の涙なのか……。
何で泣いてるのか……
自分でも、何も分からなかった。