恋人の前に
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やってしまった……。
起きて一番最初に思ったのが、この言葉だった。
昨日はしこたま酒を飲んだような気がする。
イラついてて……鬱憤を晴らすかのように、とにかく飲んだ。
問題は記憶がない事。
そして……隣に寝ている男。
こちらに背を向けた状態で寝ている為、顔は見えない。
だが、それでも分かる。
この男は始めて見る奴だ……と。
(……酔った勢いとは言え、まったく知らない奴と一夜を明かすとは……)
それこそ、始めての経験だった。
行きずりの男となんて……。
(いや……処女じゃないから、どうしようとか慌てる事はないけど……)
チラッと背を向けて寝ている男に眼を向けては、眼を細めた。
(やっぱり、見覚えのない男……)
そもそも、記憶がなくなるまで酒を飲むのは始めての事。
正直、こんな事になるなら飲まなければ良かったと後悔しても後の祭り……。
(こういう場合、勝手に帰っても良いものか……。相手が起きるまで待つべき?)
どうしたもんかと悩んでいるうちに、相手の男が起きたようだった。
「ん……」
(お、起きた!?)
のっそりと起き上がった男は、ゆっくりと後ろに振り返ってきたので、思わず顔をジッと見た。
(……美形を捕まえたのか……私は……)
そんな事を思った瞬間だった。
「お前……誰だ?」
いや……お前が誰だよ。
この男の様子を見る限り、どうやらお互い様な状況のようだった。
睨んでくる男に、私は呆れたように口を開いた。
「ちなみに聞くけど、あんた昨日の事覚えてる?」
「あぁ?訳の分からない事を言うかと思えば、堂々と部屋に入り込みやがって……」
「……此処が、あんたの部屋とは思えないけど?」
男の言葉に、何とも呆れた様子で言った私に対し、男は少しの間の後、辺りを見渡した。
「…………何処だ?」
「……ラブホでしょ」
「…………有り得ねぇ」
少しは状況を把握したのか、男は上半身起き上がりながら髪を掻き上げた。
「昨日の事、覚えてる?」
再度聞けば、男は舌打ちを返してきた。
かなりイラつくが、覚えてないのだろうと分かった。
顔を顰めてる男は何を思ったのか、私の方を見ては言った。
「誰だが知らねぇが、オレと寝たからって彼女面すんじゃねぇぞ。面倒な事はうぜぇだけだ」
ハッキリとそう言い切った男に、流石に私も眉を顰めた。
「いや……あんた何様?モテるのかどうか知らないけど、そう思うんだったら、こんな事しなければ良いじゃない」
「あぁ!?」
睨んでこようが、私は気にせずに服を拾い上げては身に付けていった。
そして、床に転がっていたバックを手にしては財布を取り出し、お金をテーブルの上に置いた。
「支払っておいて」
それだけ言って、私はその部屋を出て行ったのだった。
男が盛大な舌打ちする音を聞きながら……。
外に出た私は、バックの中から携帯を取り出し、メールや着信の確認をしてる時だった。
「……仕事か……」
タイミング良く掛かってきた番号を見て、苦笑いを零しながら電話に出た。
今日はクリスマスイブ。
世間ではカップルが多い中、私は仕事に向かうしかなかった。
そして、仕事場に着いて早々、同僚からの第一声。
「あれ~?メイ先生、今日は休みじゃ……」
「呼び出し電話があったのよ」
「ん?あの患者かな?」
「そうね」
「あの患者、メイ先生じゃないと診察受けないとかって……大変だなぁ」
「問題ないわ」
そう……私は此処ら辺では、かなり大きい病院で医師として働いている。
「とにかく、私はもう行くわ」
「診察が終わったら来いよ。みんないるぜ」
「そうするわ」
同僚と別れた私は直ぐに白衣を纏い、病室へと向かった。
「お疲れ~」
「ん……」
診察を終えた私は、医師達が休憩している部屋へと足を運んだ。
「あの患者、どうだったの?」
「……少し腹痛があったみたい」
「術後は、たまに痛む時があるしな」
「特に問題はなかったわ」
「そういやぁ聞いたぜ!」
「何が?」
「昨日、院長に言われた事でイラついてただろ?」
ニヤニヤと話し掛けてくる同僚に、メイは顔を歪めた。
「……蒸し返さないでくれる」
「相当、気にしてんだ」
「……うるさい」
そう……昨日、院長に言われた言葉。
それが原因で酒を飲み……今朝の出来事に繋がるのだ。
「何?何を言われたの?」
同じ女医師が興味津々に聞いてきた事で、その話題を振った男医師がニヤリと笑った。
「メイ先生、昨日院長に“クリスマスぐらい、恋人と過ごせば良いのに”とかって言われててよぉ!」
「あはは!何それ!忙しくて恋人作る暇なんてないのに!大きなお世話よね!」
「メイ先生も同じ事を思ったのか、顔引き攣らせてたぜ」
「でも、本当に寂しいわよね。クリスマスに恋人がいないってのも……」
「だよなぁ」
二人の医師が話してる中、またも一人の医師がやってきた。
「お前らぁ……午後の診療まで後少しだぞ」
「分かってますよ!」
「そういやぁ、午後から新しい医師が来るとかって聞いたぞ!」
「何処の病院からです?」
「アメリカ」
「へ~。また何でこっちに?」
「院長の希望で、こっちに来たらしいぞ」
「院長って、何だかんだで腕は確かだし、世界中の医師からの信頼はあるからねぇ」
「だとしたら、新しく入る医師も腕は確かね」
「この病院、院長が集めた医師が揃ってるからな」
「私達も此処にいるって事は、腕は認められてるって事だし、嬉しい事だけど……」
誰もが渇いた笑いを零しては、誰ともなく立ち上がった。
「さて……午後の診療に行きますか」
「メイ先生は?」
「今日は休みだし、家に帰って寝る」
「イブなのになぁ」
「……喧嘩売ってる?」
「いやいや……」
男医師が笑って誤魔化しながら、その場を後にしようとした時だった。
部屋にあった電話が木霊した。
近くにいた医師が受話器を耳に押し当てれば、何やら顔付きが変わったのを見て、誰もが立ち止まった。
そして、医師が受話器を置けば口を開いた。
「近くで事故が発生したらしい。通行人を巻き込んだ車の接触事故だそうだ。直ぐにこちらに運ばれてくるぞ!」
「休みなしね」
メイは、脱ごうとしていた白衣を着直した。
一斉に部屋を飛び出した医師達は、既に聞こえ始めている救急車の音を聞いて、看護師達に準備を急がせるのだった。
最初に運び込まれてきた患者は一番の重傷者だったらしく、メイは直ぐに治療を始めるが、次から次へと運ばれてくる人数の多さに、人手が足りないと思った時だった。
運ばれてきた患者を横目で見た時、有り得ないものを見たように、一瞬だけ眼を見開いてしまった。
「出血が酷い!直ぐに止血しろ!!」
どういう訳か、運ばれてきた患者の傷口を抑えながらやってきたのは……今朝の男だった。
直ぐにハッとしたメイは、そんな事は後回しだと、眼の前の患者に視線を戻した。
慌ただしく動き回っているうちに、ようやく全ての患者の処置が終わった。
その頃には、既に日が沈みかけていた。
「……はぁ……こういう時期って、人が外に出る分、事故も多くなるのよね」
自分のデスクにコーヒーを置いたメイは、椅子に座りながら溜め息を吐いた。
「滅多に車の運転をしない人が乗るからねぇ」
「……明日は何事もなく、平凡に過ぎてくれる事を願うしかないわ」
「そういえばイケメンがいたけど……あの人ってたまたま居合わせた医師かな?」
「そういやぁいたな」
「…………」
ズズ……と、コーヒーに口を付けたメイは、直ぐに今朝の男を思い出した。
(まぁ……お互いに取り消したい出来事だったみたいだし、知らん顔で良いか)
そもそも、考えるのも面倒だとばかりに、今朝の事は忘れてしまおうと思ったのも束の間。
「みんなへの紹介が遅れて申し訳ない。気付いている者もいるだろうが、こちらはアメリカの病院からわざわざ来て下さったトラファルガー・ロー先生だ」
院長は、医者達がいる部屋にあの男を連れて入ってきたかと思えば、いきなりそう言ったのだ。
コーヒーを飲んでた私は、思わず拭きそうになったのを堪えた。
堪えた私を、誰か褒めて……。
その前に、あの男は医師だったのかと……半信半疑な眼を向けるも、院長はニコニコと笑ってはつらつらと言葉を並べていた。
そんな中、私は苦笑いを浮かべるので精一杯だった。
イブの日に、良い日どころか……最悪な日になるとは……。
(二度と会う事はないと思ったのに……)
軽く溜め息を吐いた時、男……トラファルガー・ローはメイの方を眼を細めて見てきていたが、直ぐに視線を逸らすのだった。
(向こうも、きっと私と同じ事を思いやがったな)
互いが知らぬうちに、心の声はハモッていた。
“あいつ……医者だったのか……”
院長からの紹介が終わるのと同時に、私はその場を離れて屋上へときていた。
「まいった……」
柵に寄り掛かり、溜め息を吐いた私に声が飛んできた。
「まいったは、こっちの台詞だ」
視線を声のした方へと向けたメイは、その場にいる人物に眼を細めた。
「……会いたくなかったわぁ」
「そう言われるのは初めてだな」
「あら、そう」
「……医者には見えねぇな」
「よく言われる」
「キャバ嬢かと思ってた」
「……そうかい」
確かに、私は少しだけ顔は派手かもしれない。
自分で言うのも変だが……。
だからこそ、ほんの少しの化粧でも、そう見えるらしい。
「昨日の事はお互いに忘れたい事でしょ!だから、なかった事にしましょう」
「賢明な判断だな」
「そりゃあどうも」
そう言って、その場から離れようとしたメイに、ローは缶コーヒーを投げてきた。
そして、ポツリと小声で何かを言っては、その場を離れて行くのだった。
“お疲れ”
そう言葉を残したローの顔は、少しだけ柔らかい笑みに見えたメイは、ふぅ……と息を吐き出しては、缶コーヒーの蓋を開けて口を付けるのであった。
「……そんなに、悪い奴じゃないのかもね」
なんて思いながら、もう一度コーヒーの味を口の中に広げるのだった。
こうして、お互いに何事もなかったかのように過ごし始めて数ヶ月が過ぎた。
最初、あいつがどれだけの腕前なのか半信半疑だったが、想像以上に腕は確かだった。
流石、院長がこの病院に引き入れただけはある……なんて、医者達だけでなく、看護師達の間でも言われ始めた。
ただ一つ難点を言えば、人付き合いが悪い。
だが、それも慣れてしまえば、誰もが気にしない。
だけど、私はそうも言ってられない状況になってしまった……。
「……嘘でしょ?」
今の私は、この言葉を呟くだけで精一杯だった。
「本当だから」
私の言葉に返答をするのは、同じ病院に勤める女医師。
「……丁度、三ヶ月ね」
妊娠を告げる言葉が、やけに耳に響いた。
どう考えても、心当たりがあるのは……あの日だけだ。
(……トラファルガーに言える訳ない)
まだ膨らんでもいないお腹を擦っては、今後を考えた。
だけど、突然の事で考えが纏まらずにいれば、眼の前にいる女医師は口を開いた。
「まさかとは思うけど、相手が誰か分からないなんて言わないわよね?」
「言う訳ないでしょ。ちゃんと分かるわよ」
……あれ以来、シてないんだから……十分過ぎる程分かる。
「とにかく、相手とちゃんと相談してまた来る事!以上」
「…………」
同僚という少しは親しい人物が相手なだけに、軽く言われたメイは溜め息を吐いた。
「これでも、私は患者なんだけど?」
「はいはい、分かったから。次が待ってんのよ!」
「……知り合いだと冷たい対応だ」
「何?」
「別に」
ゆっくりと立ち上がったメイは、女医師の方を向いて言った。
「誰にも言わないでよ」
「んな事は分かってる!」
そう言って、手でシッシッと払うようにされたメイは、少し呆れ気味に診察室を出た。
そして、そのまま屋上へとやってきたメイは何をするでもなく、ただ街並みを見回して眺めていた。
(……何だろうな……。相手がどうとかじゃなくて、ただ単純に……)
産みたい。
(……これが、母性本能ってやつなのかしら?)
そう考える片隅で、トラファルガーには絶対に言えないなと思う自分がいた。
既に、産む方向で考えてるんだなぁ……なんて思うと、微かに笑みが浮かんだ。
(貯金はそこそこあるし、当分はそれで生活出来る)
仕事は、育児が終わった後に復帰すれば良い。
(だから、仕事は……辞めるしかないわよね)
今まで考えた事もなかった未来。
仕事ばかりで、考えた事もなかったけど……。
「……悪くないのかもしれないわね」
「何がだ?」
突然の声に、声がした方へと顔を向ければ、そこには相変わらず隈の絶えない顔がそこにあった。
「……あんたも、ちょくちょく此処へ来るの?」
「たまにな……」
「そう……」
…………声に出して考え事しないで良かったとメイが思った時だった。
「お前……倒れたと聞いたが?」
そう……仕事中に倒れ、診察を受けた結果が……先程の事に繋がるのだ。
「ただの疲労よ」
あの場にいた医師達には、そう説明した。
事実を知るのは……診察をした女医師だけ。
「……お前でも、疲れる事があるんだな」
「人を何だと思ってるのよ」
「仕事の鬼」
「……それ褒めてんの?」
「あぁ」
「………………」
返答に困る。
「まぁ、今の様子を見ていれば問題はなさそうだな」
そう言って立ち上がったトラファルガーは、そのままその場を後にした。
それを見ていたメイは、少し驚きながら呟く。
「心配して、此処で待っててくれたのかな?」
そもそも、私がよく此処に来るのが分かったな……なんて思いながら、またも街並みに視線を移すのだった。
オレは、今まであのタイプの女に会った事がなかった。
仕事とプライベートを完全に分けてる奴を……。
今までの奴らは、何を勘違いしてるのか……寿退社が出来ると思い込み、仕事をおろそかにする奴が殆どで……。
くだらない奴らを遊び相手に選んだな……なんて思う事が毎回だった。
そんな時、この病院からの誘いを受けたオレは、興味本位であの話しを受けた。
この病院は、腕が確かな奴の集まりだと聞いて、興味を引かれた。
そこまでは良かった。
そこまでは……。
いざ、前の病院を辞めようとしたした時なんて、看護師達の引き留めようは……思い出したくもない。
そんなうんざりした気持ちを抱えたまま日本へとやってきたが、イライラが治まらずに酒を煽り……気が付いた時にはあの女がいた。
正直、何も覚えていない。
おそらく、あの女も覚えてない。
だが、その日のうちに再会し、あいつの事が分かれば……其処ら辺の女とは違う事が分かった。
少し、オレに似たタイプなのかもしれないと分かった時には……知らず知らずのうちに、眼で追っていた。
そんな時、あいつが急に倒れたと聞き、自分の中で心が騒ぐ事に気が付くが平常心を装い、いつも通り診察をしては……休憩時間に屋上へと向かった。
どういう訳か、あいつはちょくちょく屋上へと足が向いてる事に気が付いたからだ……。
らしくないと自分で気が付いていながら、それでも眼で追っていると気が付いた時には……あいつに少しだけ魅かれているんだと自覚する。
(……本当にらしくない)
そう思っている中、あいつの倒れた本当の理由を知らないまま……あいつがいなくなる事など考えもせず、浮かれているのだった。
後悔するなんて……思う事すらなかったのに……。
「辞める?」
「はい」
数日後、メイは院長の元へと訪れて、仕事を辞める旨を話すのだった。
「……こちらに不満でもあったか?」
「いえ、個人的事情なんです」
「出来れば、訳を聞かせてはくれないか?」
「…………此処だけの話しと約束して下さるなら……」
「もちろんだ」
「……分かりました」
仕方ないと思いながら、メイは妊娠した事を口にすれば、院長は驚いたように眼を見開いた。
「っ恋人がいたのかい!?」
「驚くところが、まず其処ですか?」
そう言いつつ、院長は頭を抱えてしまった。
「それなら、辞めるのではなくて産休として休みを……」
「スイマセン。それも個人的事情で……」
「相手の方に、仕事を反対されているのかい?」
「そうではないです。色々とあるんですよ」
未婚の母になる……とは言えないし、ましてやその相手がトラファルガーだなんて、口が裂けても言えやしない。
「とにかく、周りには一身上の都合で辞めると……本当の理由は伏せて下さい」
「めでたい事なのに……」
その言葉に苦笑いしか返せないメイは、院長に辞表を提出しては、頭を下げて院長室を後にした。
「……さて、これからだな」
仕事場にあった私物を片付けて、病院を後にしようとすれば、事情を知った同僚や看護師達が慌てた様子でやってきた。
「ちょっと!何でこんな急に……」
「ゴメン。忙しいのに……」
申し訳なさそうにする中、私を診察した女医師がポケットから封筒を出せば、それをメイに手渡した。
「……どうせ、他で診てもらうんでしょ」
メイにしか聞こえないように小声で言いながら渡してきたのは、どうやら診断書のようだった。
「ありがとう」
「……たまには連絡しなさいよ」
「まぁ、報告ぐらいはするわ」
二人の会話を聞いてた他の者達は、何か訳ありなのだろうと察し、それ以上引き留める言葉が出てくる事はなかった。
メイは、全員に別れの言葉を残し、近くにいたタクシーに乗っては、その場を離れるのだった。
「本当に、急だったわね」
「前以って、何も言わずに……」
自分のデスクに座ってコーヒーを啜っていれば、他の医師達が何やら騒がしくしながら部屋に入ってきたが、特に気にしないままカルテに視線を落とした時、何やら気になる言葉が聞こえてきた。
「メイ先生の患者……担当を振り分けないとね」
「当分は忙しくなるぞ」
「…………メイ先生がどうかしたのか?」
気になったオレが話しかければ、余程オレが話し掛けた事が珍しかったのか、少しだけ驚きの表情を見せる医師達だったが、それでも、先程あった事を話してくれたのだった。
聞いてみれば、突然辞表を出して辞めたとの事だった。
この時のオレは表情に出ていなくとも、相当驚いているのが雰囲気で分かったのだろう。
驚くよなぁ!なんて周りの奴らが言ってくるが、既に周りの声など耳には入らなかった。
(……辞めた?)
もしかしたら、倒れた事と関係があるのかと思ったオレは、直ぐに診察した医師を思い出し、その女医師に視線を向けた。
すると、向こうもオレの視線に気が付いたかと思えば、何やら考え込んでは口元に笑みを浮かべるのだった。
この表情の意味を読み取れないオレは、眉間に皺を寄せた。
そんな時、その女医師はオレの耳元で囁いた。
「あんただったんだねぇ?」
言ってる意味が分からなかったが、その後に言われた言葉で、更にオレは困惑した。
「責任も取れないなら遊ぶんじゃない」
……責任?
どういう意味……なんて考えるまでもない。
直ぐにメイが辞めた理由が浮かび上がった。
そうしてる間にも、女医師は言うだけ言って自分のデスクに座ったかと思えば、大声で言った。
「メイ先生の患者は、全てトラファルガー先生が診てくれるってさ」
その言葉に、他の医師達はオレの方へと視線を向けた。
……あの女……良い根性してるじゃねぇか……なんて思うも、あの女医師の性格からすれば、メイは数少ない女医師の理解者であり、友だったのかもしれない。
だとすれば、これはある意味じゃメイに苦労を背負わせた仕返しなのだろう。
そう判断したオレは、額に青筋を浮かべながら、メイが担当していた患者のカルテを全部自分のデスクに移した。
「……引き受ける」
その一言で、女医師は悪魔のような笑みを浮かべ、他の医師達は困惑の色を隠せないでいるのだった。
あれから数ヶ月。
トラファルガーに万が一でも知られないようにと田舎に戻ってきた私は、既に臨月を迎えていた。
田舎といっても、両親は既に他界している。
残った家に住みついているだけ。
両親が生きていたら、相手は誰だとか……色々と根掘り葉掘り聞かれていただろうけど……言われずに済んでいる。
とりあえず、ギリギリまで働くかと、知り合いに頼んで簡単な仕事を紹介してもらい、つい数日前まで働いていた。
「今月が出産予定かぁ……」
早いものだなぁなんて思いながら、膨らんでいるお腹を擦った。
「……自分が母親になるなんて考えもしなかったわ」
だけど、実感してきてる。
「……今日は天気も良いし、日向ぼっこしてようか」
お腹に語りかけるように言いながら、縁側で横になった。
「ポカポカだなぁ……」
風通しの良い縁側で、日当たりも良い。
これだけの条件があれば、ウトウトと睡魔が襲ってくるのは当然で、メイはその睡魔に逆らう事もなく意識を預けてた時だった。
微かに残った意識の中で、誰かに上着を掛けられた気がしたが……ウトウトと気持ちの良い日差しを優先させてしまった。
ほんの少しだけ肌寒くなったかな?なんて思い、薄らと眼を開けた。
その後、近くに置いておいた携帯で時間を確認すれば、三時間は寝ていたようだった。
「……昼寝にしては、寝過ぎたかしら?」
「まったくだな」
返って来る筈のない返答が聞こえ、メイは不可解そうに辺りを見回すも誰の姿も見えず、幻聴か?なんて思い始めた時……。
「何処を見てる」
何やら、真後ろから聞こえた。
真後ろと言えば……どう考えても、家の中に誰かがいると言う事で……。
泥棒か?なんて直ぐに考えるも、普通に話し掛ける泥棒なんていないだろうと、何故か冷静に考えられた私は、ゆっくりと声のした方へと顔を向けた。
「……一言ぐらい、言ってから病院を辞めろ」
「……トラファルガー先生?」
どうして……?
一番会いたくない人が、何で此処にいるのだろうか?
頭の片隅で思った私は、項垂れるしかなかった。
「それで?」
「何よ?」
「……そいつは誰の子だ?」
「あんたの知らない奴よ」
「へぇ……?」
何やら見透かすような眼で見て来るトラファルガーは、何を思ったか……顔を近付けてきた。
「……もう一度だけ聞いてやる」
誰の子だ?
既にその答えを知っているかのような口ぶりに、メイは舌打ちしたくなった。
診察した女医師にも何も言わなかったが、それでも何かを察して……眼の前にいるトラファルガーに何かしたのかもしれない。
そう思ったメイは、盛大な溜め息を吐いた。
「もし、この子の父親が誰なのか分かったところで……それでどうしたい訳?」
「……あぁ?」
「何も考えずに聞いてる訳?」
「…………」
「図星か?」
「……んな訳ねぇだろ」
「……へぇ?」
トラファルガーは何とも言えない顔をしたかと思えば、微かに頬を染めては口を開いた。
「…………っ……っっ……」
声が小さ過ぎて、何を言っているのか聞き取れずに首を傾げれば、何故か鋭い眼付きで睨まれたかと思えば、凄い形相で言われた。
「オレが父親なんだろ?結婚するぞ!」
「…………何?その強制……」
「あぁ!?文句あるのか!?」
「……怒られながらのプロポーズなんて、聞いた事ないんだけど……」
「知るか!」
ムードも何もないこの状況に、頭を抱えたくなった。
「……別にさぁ、あんたの子だったとしても、責任取れだなんて一言も言ってないけど?」
「…………オレとの結婚が不満か?」
「…………」
何だろうか……。
少しだけ切羽詰まったような、この男の顔は……。
何故か、この年で胸キュンとか……有り得ない。
「オレを欲しがる女は、掃いて捨てる程いるぞ」
「私の胸キュンを返せ、このバカ男」
「んだと……!?」
「はぁ……それよりも、何で此処が分かったのよ?」
「知り合いに頼んだ」
……知り合いに探偵でもいるのか?なんて思いつつ、トラファルガーをジッと見た。
「病院は?休んでまで、わざわざ此処まで来たの?」
「引き継ぎして辞めた」
「……はぁ!?」
「テメェが此処に住むんなら、此処で診療所でもやれば良いだろ」
「……結構ポジティブなんだね」
「だから何だ?」
「私が、あんたのプロポーズを断るかもとか……考えなかった訳?」
「そう言うって事は、既に受けてんじゃねぇか」
「…………」
「それに、お前は断らない」
「何?その自信……」
「お前からの返事は、はい以外は受け取らねぇ」
「……拒否権ないじゃん」
「ある訳ねぇだろ」
何処までも横暴な眼の前の男の中では決定事項なのだろう。
どうやら私達は付き合う以前に、結婚が先に来てしまったらしい。
恋人の前に、パパとママ。
ならば……全て此処から始めようじゃないか!
恋人も……パパもママも!
あとがき
ロー短編を読んで頂き、ありがとうございます。
去年のクリスマス辺りで突発的に思い付いた内容なのですが、書きかけで放置してしまって……(汗)
少し季節外れな内容な上、纏まりがなかったのですが……少しでも楽しんで頂けたでしょうか?
ちなみに、管理人は医療には詳しくないので、間違った事とかあるかもしれませんが、其処はご愛嬌で願います(汗)
一度はロー短編でパロを書いてみたくて……。
それが、この作品となってしまいました。
私の中で、似た者同士……的な感じで書こうと書き始めたのですが……微妙でしたね。
それでも、私なりに楽しんで書けたかと思っております。
読んで下さった皆様、本当にありがとうございました♪
皆様に、素敵な夢との出会いがありますように☆