記憶と霞
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館「わざわざ呼び出してすまなかったね」
煉󠄁「いえ、お館様のお呼びとあればこの煉󠄁獄どこからでも駆けつけます。して今回の任務は?」
館「ありがとう でも今回は任務ではないよ」
煉󠄁「?」
鬼殺隊本部に直々に呼び出しがかかる場合、大抵は十二鬼月の情報を元に任務が下される。
今回もその件だと考えていたが、それでは何用で?
と尋ねようとした時、襖が開いた。
ひ「失礼いたします!父上・・・」
館「ひなき、来客中だよ」
ひ「申し訳ありません。ですが」
急に顔を出したのはひなき様だ。
珍しく慌てた様子を見せている。
ひ「時透様がーーーそれに美桜さんが・・・」
煉󠄁「!お館様」
館「うん」
ただならぬ様子から出た名前に思わず声をあげる。
お館様もゆっくり立ち上がり、ひなき様の後に続いた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
意識はある。
五感もしっかり感じる。
私の身体であることは間違いない。
だけど、私の意思で動いている訳では無い。
ひとつ、違和感があるのは視覚だった。
まるで窓越しの景色と言えばいいのかーーー
自分を俯瞰で見ているような感じだった。
『なんだもう終わりか・・・肩慣らしにもならないな』
“私”は挑発するかのように無一郎くんに木剣の切っ先を向ける。
無一郎くんは肩で息をし、木剣で身体を支えながら何とか立ち上がる。
無「・・・何で僕に構うの。関係ないでしょ」
『強くなりたいんでしょう?』
無「・・・・・・」
『何故、強くなりたい?何故、刀を振るう?』
無「そんなの、僕にだって分からない・・・理由なんかない」
そう言って刀を握り直し向かってくる。
それを簡単にいなしてまた転ばせる。
『行動には理由が伴う。記憶もないのに強くあろうとする理由は何だ?』
ドキッとした。
無一郎くんに向けられた言葉はそのまま私にも向けられている気がした。
無「・・・だから、それが思い出せるなら苦労はしないんだよ」
満身創痍になりながらも、再び立ち上がる無一郎くん。
これ以上やったら、また傷口が開いてしまう。
そんな事お構い無しで“私”は斬りかかる。
ーーーーガキッ!ーーーー
木剣が重なり合った
『ーーーやっぱり筋が良い。余計な力が抜けて動けるようになった』
無「・・・・・・」
無一郎くんが初めて刀で攻撃を防いだ所でフッと笑い、自分の木剣を降ろす。
無「・・・ねぇ」
『続きがやりたいのならまずはその怪我を治してからだ』
今日の所はおしまい。
笑いながら無一郎くんの身体を支えて立ち上がらせる。
無「・・・・・・」
『・・・これ、後で怒られるやつかな?』
そう言って渡り廊下に視線を向けると、
お館様と目を丸くしたあまね様にひなき様。そして煉󠄁獄さんが立っていた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
無一郎くんはあの後怪我の処置の為あまね様とひなき様に連れられ部屋へと戻って行った。
私はまたお館様の部屋に呼ばれ、座っている。
さっきと違うのは煉獄さんが同席していることだ。
館「君は、もうひとりの美桜で良いのかな」
煉「もうひとりの、美桜・・・?」
お館様の問いかけに煉獄さんはオウム返しをしてこちらへ向き直る。
“私”はうーんと少し考える素振りをして
『まぁ、当たらずとも遠からず。という所でしょうか。それより、大事な末裔に怪我を負わせてしまった訳ですが』
館「私は美桜にこの屋敷では自由に過ごすようにと伝えているからね それと私には無一郎にこれ以上自分を傷つけさせないための行動に見えたけれど」
違うかな?
と問われ肩を竦める。
『・・・お叱りではないのなら、ここに呼び戻されたというのは?』
館「うん。杏寿郎」
煉「はい」
館「今日は杏寿郎には無一郎に剣を教えて欲しいと頼もうと呼んだのだけどね」
煉「・・・」
館「良い機会だから2人にお願いしようかな」
煉「美桜と・・・」
煉獄さんが横目でこちらを見る。
久しぶりの煉獄さんからの視線に心臓が跳ねる。
館「杏寿郎は任務を優先するから基本的には美桜が教えてくれると上達も早そうだね」
お館様がふわりと笑う。
館「無一郎があそこまで感情を表に出したのは初めて見たよ。美桜、これは凄い事なんだよ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
煉「・・・・・・」
お館様の部屋を出てから2人で廊下を進んでいるが、煉獄さんはずっと顎に手をかけたまま黙っている。私も何も声を発しない。
・・・気まずい・・・
自分が“表側”にいなくても、その場にいる身としては煉獄さんとの沈黙は非常に居心地が悪かった。
『・・・心配してるのか?』
沈黙を破ったのは私だった。
煉「む?」
声をかけられ煉獄さんが顔を上げると再び目が合う。
『私が今後このままではないかということをだ』
煉「・・・・・・」
そういえばそうだ。この状況、私も理解出来ていない。煉獄さんだって私が別人?になって驚いたはずだ。
ー・・・だって、杏寿郎さんが好きって言ってくれてるのは今の私でしょ・・?ー
ー記憶がない今の私・・・本当の私は、違う人間かもしれないのにー
ーもし、この先全部記憶が戻って、本当の私を知った時・・杏寿郎さんが好きでいてくれる私なのかが分からない・・・ー
いつかのプロポーズの時の不安が押し寄せてくる。
こっちが、本物の私だったら煉獄さんは・・・
煉「うーむ。わからん!!」
『・・・は?』
煉「確かに話し方も雰囲気も美桜とは違う。だが考えてみても答えは出ないな!」
『・・・・・・』
煉「だから教えて欲しい。君はもうひとりの美桜なのかと聞かれ肯定も否定もしなかった。」
『・・・・・・』
煉「まだ言えない事情があるのか?」
私は小さく頷いた。
煉獄さんはそうか、と頷く。
煉「ではこの話は一旦仕舞いだな!」
そう言いながら笑うと再び歩きだす。
初めて“私”の感情が揺れるのを感じた
煉「君の言えることは少しずつでいいから教えて欲しい。俺は、美桜の一番の理解者でありたいのだ」
先を歩きながら煉獄さんがそう続けると、自然と私の手は煉獄さんの羽織を掴んでいた。
『・・・・・・』
聞こえるか聞こえないか程の小さい声でありがとうと呟くと同時に優しく背中を押されるような感覚ーーーー自分が“こちら側”に戻ってきたのが分かった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
煉「美桜?」
『・・あ・・・あの、』
今まで自分の身に起こった事への理解も追いついていないのにこちら側へ引き戻されてしまった。
いくら自分の中へ呼びかけても“私”を感じる事はできなかった。
ていうか、何でこのタイミングで!?
私の手は煉獄さんの羽織を掴んだままだった。
煉「・・・美桜なのか?」
『・・・はい』
そう問いかけられ、返事をするのがやっとだった。
あの事件から、いや悲鳴嶼さんとの任務から煉獄さんと顔を合わせる機会がほとんどなかったからどんな顔をして何を話せばいいのか分からなかった。
煉「少し話をしようか」
煉獄さんからの提案に私は静かに頷いた。
『どうぞ・・・』
この屋敷で私に与えられた部屋でお茶を出す。
煉「うむ、ありがとう」
・・・・・・
一息ついた所で、今日自分の身に起こった一連の流れを煉獄さんに説明した。
煉「・・では、もう1人の自分の存在を知ったのは今日が初めてなのか?」
『いえ、、これまでも“声”は聞こえてました・・・でもそれがもう1人の私だったとは思ってもみませんでした』
煉獄さんはふむ、と考えるような仕草をしてから
煉「このことは胡蝶をはじめとする柱にも伝える事となるがそれは良いか?」
『は、はい!それはもちろん・・・というか、信じてくれますかね』
煉「寧ろ納得するのではないか?これまでの美桜の事を考えると説明もつくだろう」
まだ分からないことも多いがな、と付け加える。
ーーこれから少しずつ分かってくるのかな。
そうしたら記憶も全部戻ってーーー私は・・・
『私は・・・どうなるんだろう・・・』
1つの身体に2人が存在するという事があって良いのだろうか。記憶が戻ったらどちらかの存在がなくなってしまうのでは、、、
新たな不安が押し寄せてきて手が震える。
そこに優しく大きな手が重なった。
顔を上げると煉獄さんが真剣な表情でこちらを見ていた。
煉「俺はどうなろうとも美桜から離れる気は毛頭ないぞ」
『!』
煉「先日は俺が距離を置いたことで危ない目に合わせてしまった・・・本当にすまなかった」
『あれはっ!杏寿郎さんの所為じゃないですよ!私が・・・』
煉「俺はどうも美桜の事となると判断が鈍るらしい。だが先程も言ったように美桜の事を一番知っているのは俺でありたいのだ」
また独占欲が強いと宇髄に言われるかな
フッと笑う表情に、手の温もりに、
不安は消えないけれど、心が少し軽くなる。
『私だって!・・・杏寿郎さんの事を誰よりも知っていたいです』
煉「!そうか」
勢いに任せて、半ば体当たりのように煉獄さんに抱きつくと煉獄さんは少し驚いた様子だったけど優しく手を回して抱きしめてくれた。
別に今まで喧嘩をしていたわけじゃないけれど、ようやく仲直りが出来たような気がした。
これから先どうなっていくのか分からないけど、一番近くで支えてくれる人がいるというのはとても心強く感じた。
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ーー翌日ーー
『おはよう無一郎くん!気分はどう?』
無「・・・」
元気よく毎朝恒例の挨拶をするとジトっと見られる。
『あ、あれ?』
無「朝っぱらから何なの?鬱陶しいんだけど」
『えっ』
これまでの“誰だっけ?”の返事がくると思っていただけに戸惑ってしまう。
無「まだ誰かさんのしごきのせいで身体は本調子じゃないけど」
『あ、ご、ごめん・・・』
やったのは“私”であって私じゃないのだけど。。。
無「剣の前にやれる事があるなら教えてよ」
美桜。
『!』
初めて、名前を呼ばれた・・・!
何か、些細なことがきっかけになるかもしれない
“私”の言っていた通りだ。
小さな事でも、何かは少しずつ変わっていくんだ。
『じゃっ!じゃあ、まずは呼吸をね!』
やれやれ、と
無一郎くんに一生懸命教えている間
私の奥で優しいため息が聞こえた。
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