記憶と霞
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『おはよう、無一郎くん。気分はどう?』
無「・・・誰だっけ?」
『・・・・・・』
無一郎くんに出会ってから3日が経過した。
毎日顔を合わせているが第一声は変わらない。
『美桜です・・・』
無「ふーん」
そう言ってこちらに見向きもせずぼんやりと空を見上げている。
この行為も全く変わらない。
私と同じ。
記憶をなくしてしまった男の子。
だけど私とはなんか違う。
私も物覚えはいい方じゃないけど、流石に毎日顔を合わせる人の顔と名前くらいは覚える。
やっぱりこの子は私よりも記憶の状態が酷いんじゃないかな・・・
こんなに怪我してるし・・・頭に強い衝撃があったとしてもおかしくないよね。
「美桜さん」
『ッはいっ!』
無一郎くんの背中を見つめていると後ろから声をかけられ振り返る。
そこには白髪のおかっぱで右側に赤い紐飾りをしている、お館様の子が立っていた。
「今日も、空いている時間に本を読んでいただきたいのですが・・・」
『もちろんです!では昼食後にいかがでしょうか?えっと・・・』
無「ひなき様でしょ」
ひ「!私の名前を覚えて下さったのですね。ありがとうございます。では美桜さん、楽しみにしています」
『は、はい・・・』
自分の名前を呼ばれたひなき様は嬉しそうに笑い、部屋を後にした。
産屋敷家にはお子様が5人いる。
5つ子で、髪型も顔つきも全く同じだ。
私は髪飾りでしか区別がつかないのに、無一郎くんは背を向けたまま声だけで判別した。
・・・ていうか名前覚えてるし!!
そういえば、お館様やあまね様に対しても「誰だっけ?」なんて失礼な事言ってなかった!!
私だけ覚えられてない!!!
確かに、どこにでもいそうな地味な顔立ちでしょうけど・・・この屋敷で顔を合わせる数少ない人の1人なのに。。。
無「で、何の用?」
『えっ、と・・・一緒にお茶でもどうかなっ、て・・・』
無「・・・好きにすれば」
『・・・ありがとう』
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
『・・・はぁ』
空になった湯呑みの入ったお盆を持ち、溜息をつきながら廊下を歩く。
こちらから色々と働きかけてはみるものの記憶を戻すどころか一々忘れられてしまっては何も進まない。
今だって言葉通り一緒にお茶をしただけで私が一方的に話しかけて無一郎くんは心ここに在らずだった。
お館様は、私と共に過ごす事でお互いに良い方向に向かうと仰っていたけど・・・
『やっぱり私にはそんなこと・・・』
ーーーお前はいつも弱気だなーーー
『ッ!?』
ーーー自分というものが全く理解できてないようだーーー
『えっ?えっ??』
急に頭の中で響いた声に驚き、持っていたお盆をひっくり返しそうになるのを何とか堪える。
・・・良かった。この高そうな茶器を割らずに済んだ事に安堵しつつ、片手でこめかみ辺りを押さえる。
『・・・何で・・・会話、できるの・・・?』
ーーー何を今更。これまでも何度か話しかけていただろうにーーー
『・・・・・・』
そういえば、そうだったかも。。。
いや、まさか私の中に違う人がいるとは思いもつかなかったし、ましてや意思疎通が出来るなんて・・・
頭の中でフフフと笑う声が響く。
とても変な感じだ。
ーーーで、諦める?ーーー
『だって・・・もう3日も経つのに何も・・・』
ーーー“たったの”3日なのにーーー
『・・・たったの?』
ーーー答えを急ぎ過ぎだ。何か些細な事がきっかけになるかもしれないーーー
『・・・ねぇ、あなたは・・・』
「美桜?」
『!・・・宇髄さん』
不意に呼ばれた声に反射的に振り返ると怪訝な顔をした宇髄さんが立っていた。
『何故ここに???』
宇「お館様に呼ばれてな。ついでにお前の顔を見に来たんだが・・・」
『?』
宇「何1人でブツブツ言ってたんだ?」
『!!』
そうか!
周りから見たら大きな独り言に見えるのか・・・
そんな自分の姿を想像すると恥ずかしくなる。
『そ、れは・・・そうそう!お館様のご用事は何だったのですか??』
“私”との会話の事をどう説明したら良いか分からず咄嗟に話を逸らす。
宇「ん?ああ、十二鬼月の可能性がある鬼の情報があってな。それの調査を依頼された訳だ」
『いつからですか?』
宇「まぁ、明日辺りから・・って、何でそんな事聞くんだ?」
『え、だって柱の任務には同行しないと』
宇「あーそんな話だったな。だが今回は無しだ」
『え・・・』
宇「まだ噂程度の情報だし、お前も怪我が完治してる訳じゃねぇだろ?それに・・・」
『?』
宇「そんな所に連れて行ったら煉獄に何言われるか分かったもんじゃねぇからな」
『!』
煉獄さんの名前が出て心臓が跳ねる。
・・・あれから全く音沙汰もなく会えていない。
私はどうやら本気で怒らせてしまったみたいだ。
それはそうだろう。
煉獄さんから散々気をつける様に言われていたのに自ら危険に飛び込んで大事な弟まで巻き込んでしまったのだから。
千ちゃんにだってきちんと謝らないと・・・
ああでも、その前に無一郎くんの記憶の事を何とかしないと・・・・・・
宇「おい、美桜」
『!・・・宇髄さん』
宇「何思い詰めた顔してんだよ。何かあったのか?」
『いえ、ちょっと・・・頭の中が整理出来ていなくて』
宇「焦らずにまずは怪我を治せ。それでも不安なら身体を動かせよ。好きだろ?訓練」
『・・・はい』
これ以上宇髄さんにまで心配かけてはいけない。
顔を上げて返事をすると宇髄さんは一つ頭を撫でてからじゃあなと言って去っていった。
『焦るな・・急ぐな・・諦めるな・・・』
言われてる事は分かってるけど・・・
はぁ、と一つため息をついて再び長い廊下を歩き出す。
頭の中からも大きなため息が聞こえた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おい兄ちゃん、いい加減決めておくれよ」
任務を終えて町まで戻ってきた私は自分へのご褒美に大好きな桜餅を買うため老舗の和菓子屋さんへとやってきたの!
行列の1番後ろに並んだ所で店主のおじさんの困った声が聞こえてきて、ふとそちらの方へ顔を向けると見覚えのある後ろ姿が。
煉「・・・むぅ」
蜜「煉獄さん!」
煉「む。甘露寺か」
どうやら長い行列の原因は煉獄さんだったみたい。
蜜「珍しいですね。注文が決まらないなんて」
煉「うむ・・・お館様に呼ばれたので手土産でも買って行こうと思ったのだが・・・そうだ甘露寺、君が決めてくれ。君の分も一緒に買って構わない」
蜜「えぇっ!いいんですか??じゃあ〜これと、これと〜」
煉「・・・・・・」
蜜「あっ本部なら美桜ちゃんいますよね!じゃあこれも!」
煉「ふむ、甘露寺は美桜の好みを良く分かっているのだな」
蜜「えへへ、親友ですから。でも煉獄さんには負けますよ。美桜ちゃんの一番の理解者ですものね!」
煉「む、そうか・・・」
蜜「煉獄さん?」
煉「理解者・・・そうだな!ありがとう甘露寺!俺は行く!!」
蜜「えっ?ちょ・・・煉獄さーん??」
そう言うと煉獄さんはさっとお支払いを済ませ走り出して行ってしまった。
蜜「・・・私の桜餅・・・」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ひ「美桜さん、具合でも悪いのですか?」
『えっ!?そんな事は・・・』
ひ「そうですか・・・私の思い過ごしでしたね」
『いえ、心配かけてすみません・・・』
ひなき様と約束していた洋書の読み聞かせ中に心配そうに顔を覗き込まれ、慌てて取り繕う。
・・・なんか、本当に心配ばかりかけてるな。
コホン、と一つ咳払いをして気持ちを切り替える。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
バシッ
バシッ
バシッ
読み聞かせを終えひなき様と廊下を歩いていると、何かを叩きつけるような音がどこからか聞こえてくる。
ひ「また・・・」
『?』
ひなき様は暗い顔になる。
音の正体を知っている様だった。
尋ねようと口を開きかけた所に後ろから羽音が聞こえた。
また突付かれる!!
と思って身構えたけれど、予想に反して柘榴は私の肩にとまった。
『・・・柘榴?』
柘「オ館様ガオ呼ビダ」
「お館様が・・・?」
柘「オ館様ヲ待タセルナ!早クシロ!!」
柘榴に叱咤されながら長い廊下を歩きお館様の元へと向かった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ひ「父上、美桜さんをお連れしました」
ひなき様が部屋の前まで一緒に来てくれて部屋まで通してくれた。
館「美桜、わざわざすまないね」
『いえ、とんでもないです』
部屋に入るとすぐにお館様から労いの声がかけられ恐縮する。
座って、と促されおずおずと席につく。
館「美桜、無一郎とは打ち解けられた?」
『そ、それが、、、まだ名前すらも覚えてもらえず・・・すみません』
いきなりの質問にギクリとするが、正直に答える。
館「そうだろうね」
『・・・?』
館「無一郎はね、忘れる事できっと自分を守っているんだよ」
『・・・』
館「程度は違うけれど美桜も同じだと思っているよ」
忘れることで守る・・・
何を?
館「急いで答えを出さなくていいんだよ。無一郎も、美桜もね。その時がきたら必ず思い出すから」
『・・・はい』
言われた事の意味はまだよく分からないけど、お館様の言葉に何故かギクリとした。
館「それはそうと、怪我の方の具合はどうだい?」
『痛みはもう殆どありません』
館「そう、良かった。この屋敷内では遠慮なく好きなことをして過ごして良いからね」
『ありがとうございます・・・』
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
お館様の部屋を出て再び廊下を歩く。
何か、答えを導いてくれるのかと期待してみたけれどそうではなかった。
今私のやるべきことって何なんだろう。。。
ーーー刀を持てーーー
『は?』
ーーー今から心も体も鍛えてやる。無心で刀を振っていれば余計なことを考えないでいいだろうーーー
なんだか乱暴な気もするけど、確かに今はそうしたいかも。。。
『・・わかった』
木剣を持ち中庭へと向かう。
すると先程も聞こえた何かを叩きつける音が近くなる。
『あ・・・』
そこにいたのは無一郎くんだった。
身体中包帯だらけで、まだ傷も癒えていない姿で大木に木剣を打ち付けていた。
『・・・すごい・・・でも』
その太刀筋は滅茶苦茶だった。
きっと自己流なのだろう。あれでは余計な力が入り逆に怪我をしてしまうだろう。
ーーーよし、2人同時に面倒見てやるーーー
代われ。
『え?ーーーーーっ』
頭の中で言われたかと思うと首根っこを思い切り後ろに引っ張られるような感覚に一瞬意識が遠のく。
思わず目を瞑り、次に開いた時にはなんとも不思議な感覚だった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
何も思い出せない。
思い出したくもない。
なのに身体の底から湧き上がってくる憤りが抑えきれず刀を振るい続ける。
息も上がり身体中も悲鳴をあげたくなる程痛むのにこの行為を辞めることはしたくなかった。
無「!?」
不意に後ろから気配を感じ反射的に刀を後ろへ振り払う。
すると硬い物がぶつかり合う感触に思わず振り返る。
無「・・・誰?」
『朝会ったばかりなのに記憶力悪いね』
無「朝のヒトとは違うよね」
『・・・へぇ。そこは分かるんだ』
僕の目の前に立っているのは、確か美桜と呼ばれていた。
だけど刀を手にし立っている姿、雰囲気はまるで別人だ。
無「僕に何か用?」
『1人で無駄なことしてるなと思ってね』
無「そんなこと貴女に関係ないよね。僕に構わないでくれる?」
無駄、という言葉に憤りが強くなる。
背を向けかけた瞬間、衣擦れの音がして再び刀を向けるが押し負けて弾かれてしまった。
『身体の使い方、呼吸の仕方、全てに無駄がある。素質はあるのに勿体無い』
無「・・・・・」
『“私”が一から鍛えてあげる。そうか、名前ね・・・そうだな』
“私”の事は“桐原”でいいよ
『じゃあまぁとりあえず・・・かかっておいでよ』
まずはぶつかり稽古といこうか
そう言って“桐原さん”は不敵に笑った。
無「・・・誰だっけ?」
『・・・・・・』
無一郎くんに出会ってから3日が経過した。
毎日顔を合わせているが第一声は変わらない。
『美桜です・・・』
無「ふーん」
そう言ってこちらに見向きもせずぼんやりと空を見上げている。
この行為も全く変わらない。
私と同じ。
記憶をなくしてしまった男の子。
だけど私とはなんか違う。
私も物覚えはいい方じゃないけど、流石に毎日顔を合わせる人の顔と名前くらいは覚える。
やっぱりこの子は私よりも記憶の状態が酷いんじゃないかな・・・
こんなに怪我してるし・・・頭に強い衝撃があったとしてもおかしくないよね。
「美桜さん」
『ッはいっ!』
無一郎くんの背中を見つめていると後ろから声をかけられ振り返る。
そこには白髪のおかっぱで右側に赤い紐飾りをしている、お館様の子が立っていた。
「今日も、空いている時間に本を読んでいただきたいのですが・・・」
『もちろんです!では昼食後にいかがでしょうか?えっと・・・』
無「ひなき様でしょ」
ひ「!私の名前を覚えて下さったのですね。ありがとうございます。では美桜さん、楽しみにしています」
『は、はい・・・』
自分の名前を呼ばれたひなき様は嬉しそうに笑い、部屋を後にした。
産屋敷家にはお子様が5人いる。
5つ子で、髪型も顔つきも全く同じだ。
私は髪飾りでしか区別がつかないのに、無一郎くんは背を向けたまま声だけで判別した。
・・・ていうか名前覚えてるし!!
そういえば、お館様やあまね様に対しても「誰だっけ?」なんて失礼な事言ってなかった!!
私だけ覚えられてない!!!
確かに、どこにでもいそうな地味な顔立ちでしょうけど・・・この屋敷で顔を合わせる数少ない人の1人なのに。。。
無「で、何の用?」
『えっ、と・・・一緒にお茶でもどうかなっ、て・・・』
無「・・・好きにすれば」
『・・・ありがとう』
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
『・・・はぁ』
空になった湯呑みの入ったお盆を持ち、溜息をつきながら廊下を歩く。
こちらから色々と働きかけてはみるものの記憶を戻すどころか一々忘れられてしまっては何も進まない。
今だって言葉通り一緒にお茶をしただけで私が一方的に話しかけて無一郎くんは心ここに在らずだった。
お館様は、私と共に過ごす事でお互いに良い方向に向かうと仰っていたけど・・・
『やっぱり私にはそんなこと・・・』
ーーーお前はいつも弱気だなーーー
『ッ!?』
ーーー自分というものが全く理解できてないようだーーー
『えっ?えっ??』
急に頭の中で響いた声に驚き、持っていたお盆をひっくり返しそうになるのを何とか堪える。
・・・良かった。この高そうな茶器を割らずに済んだ事に安堵しつつ、片手でこめかみ辺りを押さえる。
『・・・何で・・・会話、できるの・・・?』
ーーー何を今更。これまでも何度か話しかけていただろうにーーー
『・・・・・・』
そういえば、そうだったかも。。。
いや、まさか私の中に違う人がいるとは思いもつかなかったし、ましてや意思疎通が出来るなんて・・・
頭の中でフフフと笑う声が響く。
とても変な感じだ。
ーーーで、諦める?ーーー
『だって・・・もう3日も経つのに何も・・・』
ーーー“たったの”3日なのにーーー
『・・・たったの?』
ーーー答えを急ぎ過ぎだ。何か些細な事がきっかけになるかもしれないーーー
『・・・ねぇ、あなたは・・・』
「美桜?」
『!・・・宇髄さん』
不意に呼ばれた声に反射的に振り返ると怪訝な顔をした宇髄さんが立っていた。
『何故ここに???』
宇「お館様に呼ばれてな。ついでにお前の顔を見に来たんだが・・・」
『?』
宇「何1人でブツブツ言ってたんだ?」
『!!』
そうか!
周りから見たら大きな独り言に見えるのか・・・
そんな自分の姿を想像すると恥ずかしくなる。
『そ、れは・・・そうそう!お館様のご用事は何だったのですか??』
“私”との会話の事をどう説明したら良いか分からず咄嗟に話を逸らす。
宇「ん?ああ、十二鬼月の可能性がある鬼の情報があってな。それの調査を依頼された訳だ」
『いつからですか?』
宇「まぁ、明日辺りから・・って、何でそんな事聞くんだ?」
『え、だって柱の任務には同行しないと』
宇「あーそんな話だったな。だが今回は無しだ」
『え・・・』
宇「まだ噂程度の情報だし、お前も怪我が完治してる訳じゃねぇだろ?それに・・・」
『?』
宇「そんな所に連れて行ったら煉獄に何言われるか分かったもんじゃねぇからな」
『!』
煉獄さんの名前が出て心臓が跳ねる。
・・・あれから全く音沙汰もなく会えていない。
私はどうやら本気で怒らせてしまったみたいだ。
それはそうだろう。
煉獄さんから散々気をつける様に言われていたのに自ら危険に飛び込んで大事な弟まで巻き込んでしまったのだから。
千ちゃんにだってきちんと謝らないと・・・
ああでも、その前に無一郎くんの記憶の事を何とかしないと・・・・・・
宇「おい、美桜」
『!・・・宇髄さん』
宇「何思い詰めた顔してんだよ。何かあったのか?」
『いえ、ちょっと・・・頭の中が整理出来ていなくて』
宇「焦らずにまずは怪我を治せ。それでも不安なら身体を動かせよ。好きだろ?訓練」
『・・・はい』
これ以上宇髄さんにまで心配かけてはいけない。
顔を上げて返事をすると宇髄さんは一つ頭を撫でてからじゃあなと言って去っていった。
『焦るな・・急ぐな・・諦めるな・・・』
言われてる事は分かってるけど・・・
はぁ、と一つため息をついて再び長い廊下を歩き出す。
頭の中からも大きなため息が聞こえた。
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「おい兄ちゃん、いい加減決めておくれよ」
任務を終えて町まで戻ってきた私は自分へのご褒美に大好きな桜餅を買うため老舗の和菓子屋さんへとやってきたの!
行列の1番後ろに並んだ所で店主のおじさんの困った声が聞こえてきて、ふとそちらの方へ顔を向けると見覚えのある後ろ姿が。
煉「・・・むぅ」
蜜「煉獄さん!」
煉「む。甘露寺か」
どうやら長い行列の原因は煉獄さんだったみたい。
蜜「珍しいですね。注文が決まらないなんて」
煉「うむ・・・お館様に呼ばれたので手土産でも買って行こうと思ったのだが・・・そうだ甘露寺、君が決めてくれ。君の分も一緒に買って構わない」
蜜「えぇっ!いいんですか??じゃあ〜これと、これと〜」
煉「・・・・・・」
蜜「あっ本部なら美桜ちゃんいますよね!じゃあこれも!」
煉「ふむ、甘露寺は美桜の好みを良く分かっているのだな」
蜜「えへへ、親友ですから。でも煉獄さんには負けますよ。美桜ちゃんの一番の理解者ですものね!」
煉「む、そうか・・・」
蜜「煉獄さん?」
煉「理解者・・・そうだな!ありがとう甘露寺!俺は行く!!」
蜜「えっ?ちょ・・・煉獄さーん??」
そう言うと煉獄さんはさっとお支払いを済ませ走り出して行ってしまった。
蜜「・・・私の桜餅・・・」
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ひ「美桜さん、具合でも悪いのですか?」
『えっ!?そんな事は・・・』
ひ「そうですか・・・私の思い過ごしでしたね」
『いえ、心配かけてすみません・・・』
ひなき様と約束していた洋書の読み聞かせ中に心配そうに顔を覗き込まれ、慌てて取り繕う。
・・・なんか、本当に心配ばかりかけてるな。
コホン、と一つ咳払いをして気持ちを切り替える。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
バシッ
バシッ
バシッ
読み聞かせを終えひなき様と廊下を歩いていると、何かを叩きつけるような音がどこからか聞こえてくる。
ひ「また・・・」
『?』
ひなき様は暗い顔になる。
音の正体を知っている様だった。
尋ねようと口を開きかけた所に後ろから羽音が聞こえた。
また突付かれる!!
と思って身構えたけれど、予想に反して柘榴は私の肩にとまった。
『・・・柘榴?』
柘「オ館様ガオ呼ビダ」
「お館様が・・・?」
柘「オ館様ヲ待タセルナ!早クシロ!!」
柘榴に叱咤されながら長い廊下を歩きお館様の元へと向かった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ひ「父上、美桜さんをお連れしました」
ひなき様が部屋の前まで一緒に来てくれて部屋まで通してくれた。
館「美桜、わざわざすまないね」
『いえ、とんでもないです』
部屋に入るとすぐにお館様から労いの声がかけられ恐縮する。
座って、と促されおずおずと席につく。
館「美桜、無一郎とは打ち解けられた?」
『そ、それが、、、まだ名前すらも覚えてもらえず・・・すみません』
いきなりの質問にギクリとするが、正直に答える。
館「そうだろうね」
『・・・?』
館「無一郎はね、忘れる事できっと自分を守っているんだよ」
『・・・』
館「程度は違うけれど美桜も同じだと思っているよ」
忘れることで守る・・・
何を?
館「急いで答えを出さなくていいんだよ。無一郎も、美桜もね。その時がきたら必ず思い出すから」
『・・・はい』
言われた事の意味はまだよく分からないけど、お館様の言葉に何故かギクリとした。
館「それはそうと、怪我の方の具合はどうだい?」
『痛みはもう殆どありません』
館「そう、良かった。この屋敷内では遠慮なく好きなことをして過ごして良いからね」
『ありがとうございます・・・』
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
お館様の部屋を出て再び廊下を歩く。
何か、答えを導いてくれるのかと期待してみたけれどそうではなかった。
今私のやるべきことって何なんだろう。。。
ーーー刀を持てーーー
『は?』
ーーー今から心も体も鍛えてやる。無心で刀を振っていれば余計なことを考えないでいいだろうーーー
なんだか乱暴な気もするけど、確かに今はそうしたいかも。。。
『・・わかった』
木剣を持ち中庭へと向かう。
すると先程も聞こえた何かを叩きつける音が近くなる。
『あ・・・』
そこにいたのは無一郎くんだった。
身体中包帯だらけで、まだ傷も癒えていない姿で大木に木剣を打ち付けていた。
『・・・すごい・・・でも』
その太刀筋は滅茶苦茶だった。
きっと自己流なのだろう。あれでは余計な力が入り逆に怪我をしてしまうだろう。
ーーーよし、2人同時に面倒見てやるーーー
代われ。
『え?ーーーーーっ』
頭の中で言われたかと思うと首根っこを思い切り後ろに引っ張られるような感覚に一瞬意識が遠のく。
思わず目を瞑り、次に開いた時にはなんとも不思議な感覚だった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
何も思い出せない。
思い出したくもない。
なのに身体の底から湧き上がってくる憤りが抑えきれず刀を振るい続ける。
息も上がり身体中も悲鳴をあげたくなる程痛むのにこの行為を辞めることはしたくなかった。
無「!?」
不意に後ろから気配を感じ反射的に刀を後ろへ振り払う。
すると硬い物がぶつかり合う感触に思わず振り返る。
無「・・・誰?」
『朝会ったばかりなのに記憶力悪いね』
無「朝のヒトとは違うよね」
『・・・へぇ。そこは分かるんだ』
僕の目の前に立っているのは、確か美桜と呼ばれていた。
だけど刀を手にし立っている姿、雰囲気はまるで別人だ。
無「僕に何か用?」
『1人で無駄なことしてるなと思ってね』
無「そんなこと貴女に関係ないよね。僕に構わないでくれる?」
無駄、という言葉に憤りが強くなる。
背を向けかけた瞬間、衣擦れの音がして再び刀を向けるが押し負けて弾かれてしまった。
『身体の使い方、呼吸の仕方、全てに無駄がある。素質はあるのに勿体無い』
無「・・・・・」
『“私”が一から鍛えてあげる。そうか、名前ね・・・そうだな』
“私”の事は“桐原”でいいよ
『じゃあまぁとりあえず・・・かかっておいでよ』
まずはぶつかり稽古といこうか
そう言って“桐原さん”は不敵に笑った。
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