記憶と霞
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要からの報告を聞き、家路へと向かっていた俺は急いで踵を返す。
美桜・・・
美桜・・・
煉「美桜!」
勢いよく扉を開く。
千「兄上!!」
煉「千寿郎・・・」
まず目に飛び込んできたのは弟の姿だった。
左の頬に綿紗が当てられている。
煉「怪我をしたのか!?具合はどうだ?」
千「俺は大丈夫です・・・」
煉「そうか」
千「・・・ッ」
頭を撫でると下を向いて袴の裾を握りしめる。
そして、改めて部屋の中を見回す。
煉「・・・美桜は、どうした?」
千「あ・・・美桜さんは先程・・・」
煉「!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
宇「・・・伊黒!」
伊「宇髄か」
宇「美桜は!?」
宇髄が珍しくも焦った様子を見せる。
伊「・・・向こうの部屋だ。眠っているがな」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
男を殴り続ける奴を止め、振り返った姿を見た時
伊「!」
『・・・・・・』
伊「お前は・・・誰だ?」
『・・・私は“私”だよ』
伊「!どういう意味だ・・・?」
『・・・・・・』
伊「!?おい!」
奴はフッと笑い、そのまま気を失い倒れ込んだ。
その様子は明らかに普段と違っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーー
ーー
暗闇の中、蹲っていると目の前に人の気配を感じゆるゆると頭を上げる。
明かりのない闇の中では相手の顔も見えなかったが、誰なのかは何となく分かった。
『・・・千ちゃんは?』
「安心しろ、全部終わった。あの男共も二度と近付いては来ないだろう」
『・・・・・・』
「やはり、お前は肝心な所で逃げるな」
『・・・あなたは、私なの?』
「さっきも聞かれたが、私は“私”だ」
『??』
「まぁ“私”に干渉してくる様になったのは進歩だな」
『???』
「今はそれでいい。そろそろ起きろ」
『・・・でも』
私が躊躇していると、ハァという溜息が聞こえ同時に腕を引かれて半ば強引に立ち上がらされた。
「いつまでもここにいられては迷惑だ。それに」
背中をトンと押される。
暗くて気づかなかったが目の前には階段があった。
遥か上にある扉の隙間から薄く光が漏れている。
「皆が心配している」
もう一度振り返るが、そこにもう“私”の姿はなかった。
ーー
ーーーー
ーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
薄らと瞼を開ける。
私は“私”
あの言葉はどういう意味なんだろう・・・
『・・・・・・』
蜜「美桜ちゃん!!」
し「目が覚めましたか?」
『・・・蜜璃ちゃん・・しのぶさん・・・?』
し「気分はいかがですか?」
目を覚ますとすぐに蜜璃ちゃんとしのぶさんに声をかけられた。
ゆっくりと身体を起こすと違和感を覚える。
私・・・布団に寝ている。
部屋を見渡す。
ここは蝶屋敷のベッドではない。
煉獄さんの家でもない。
『ここは・・・?』
「目が覚めましたか?」
疑問を口にした時、先程のしのぶさんと同じ台詞が聞こえた。
その声の主の方を振り向く。
『あ、まね様・・・?えっ!?ここって・・・』
し「鬼殺隊本部。お館様のお屋敷ですよ」
あ「ご気分はいかがですか?」
『・・・大丈夫、です・・・。あの・・私、どうして・・・』
状況がよく飲み込めない中、蜜璃ちゃんが遠慮がちに話しかけてきた。
蜜「美桜ちゃん、大丈夫?その・・・男の人に・・・」
『ッ!!』
蜜璃ちゃんの言葉に、ようやく自分の身に起こった事を思い出した。
呼吸が浅くなり身体が震える。
咄嗟に胸元と裾を手で押さえ込む。
あの気持ち悪い感触が残っている気がした。
蜜「美桜ちゃん!ごめんなさい!私ったら・・・」
『・・・大丈夫、蜜璃ちゃん』
し「辛い事を思い出させてしまうのは心苦しいのですが・・・診察をさせてもらえますか?」
『・・・はい・・・』
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
診察を受けながら、これまでの経緯を聞いた。
『伊黒さんが私を・・・。千ちゃんは!?』
し「千寿郎さんは蝶屋敷で治療をしました。傷は深くないので安心してくださいね」
『・・・』
し「腕に圧迫された痕・・・それに、この両手は・・・」
蜜「・・・・・・」
私の両手は赤く腫れ上がっていた。
全く覚えていないけど、多分“私”がやったのだろうと何となく察しがついた。
し「折れたりはしていない様ですが、冷やしておきましょう。痛みが長引く様なら教えて下さい。」
『はい・・・でも、どうして蝶屋敷じゃなくて鬼殺隊の本部に?』
いつもの様に治療ならば機材の揃っている蝶屋敷に運ぶものではないのだろうか。
し「最初は伊黒さんによって蝶屋敷に運ばれたのですが・・・」
あ「私が此方に来ていただくようお願いをしたのですよ」
『・・・お願い、ですか・・・?』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
宇「おい、何で美桜に会えねぇんだ?」
不「あァ。力を暴走させたんだろォ?なら柱の俺たちも確認するべきだろォ」
冨「・・・・・・」
伊「貴様ら・・・力を暴走させる前に奴がどんな目にあったか聞いているだろう」
宇不「!」
冨「男への恐怖心が残っていると」
悲「うむ・・・美桜が落ち着くまで待つのが筋だな。それにしても、伊黒は美桜を嫌っていたと思っていたが存外そういう事もないのだな」
伊「!!・・・フン」
悲鳴嶼さんの言葉に伊黒は目を見開き、顔を逸らした。こいつも素直じゃねぇな。
暫くすると、息の上がった煉獄が到着した。
煉「・・・美桜はっ!?」
宇「さっき目を覚ましたらしい。中で胡蝶が診察してる」
煉「そうか・・・美桜と千寿郎を襲った者達はどうなった?」
そういいながら部屋へと続く障子を睨み付けるように視線を送っている。
珍しく、怒りを隠す素振りがない。
まぁ、そりゃそうか。
伊「全員意識を飛ばしていたからな。一先ず町医者の元へ運んだ。治療が終わり意識が戻る頃には町の者によって警察に突き出すそうだ」
煉「・・・」
蜜「あの・・・美桜ちゃんが目を覚ましました。皆さんもお部屋へ」
甘露寺が遠慮がちに顔を出し、俺達を部屋へ招き入れる。
胡蝶とあまね様に挟まれる様な形で美桜が座っていた。
美桜は入って来た俺達に対して一瞬視線を向けたがすぐ下に戻す。
その表情は硬い。
俺たちも何も言わずに距離をとって座る。
し「美桜さん、無理はしなくてもいいのですよ」
胡蝶が美桜を気遣うが、首を振り
『・・・大丈夫です。自分の口から言わせてください』
視線は落としたまま、ポツリポツリ話し始めた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「・・・・・・」
部屋の中は静寂に包まれていた。
町で男に声をかけられ、あの場所に行った経緯。
そして起きた出来事・・・
自分の中に存在する“私”の存在。
全てを話せた訳ではない。
あの男達から受けた辱めの詳細なんて言えなかった。
言葉に詰まったり、時折震えて上手く話せなかったりでちゃんと伝わったのかも分からない。
それでも、誰も口を挟まず聞いてくれていた。
一通りの経緯を話し終えた所で、また息を吸い込む。
これだけは、どうしても伝えなければいけない事
『勝手な行動をして・・・迷惑ばかりかけてすみませんでした。どんなお叱りも、罰も受ける所存です』
畳に頭を擦りつける様にして謝罪の言葉を伝える。
蜜「美桜ちゃん!」
し「・・・・・・」
蜜璃ちゃんは泣きそうな声をあげ、しのぶさんは黙って私の背にそっと触れる。
込み上げてくるものをぐっと堪える。
「「・・・・・・」」
悲鳴嶼さん達は誰も言葉を発しない。
きっと幻滅された・・・
怖くて皆の顔が見れない。
頭を下げた状態から動けずにいると
あ「今後しばらくの美桜さんの処遇につきましては産屋敷がすでに決めております」
「「!?」」
これまで静かに見守っていたあまね様が静かに口を開いた。
悲「お館様が・・・」
あ「そうです。暫くはこの産屋敷邸で美桜さんをお預かりいたします」
煉「!」
再びの静寂。
お館様の決めた事に反論する人がいる筈などない。
あ「詳細につきましては後日改めてお話いたします。異存がなければ本日はこれで終了といたします。美桜さんは引き続きこちらの部屋をお使いください。御入用の物があれば此方で用意いたします」
『は、はい・・・ありがとうございます』
そう告げると、あまね様は部屋を出て行く。
他の人達も各々席を立つ。
最後に、煉獄さんが立ち上がる。
『杏寿郎さん!』
無意識に名前を叫んでいた。
特別な用があった訳ではないけど、久しぶりに顔を合わせたのに、何も言葉を交わしていない。
それがとても淋しいことの様に感じてしまった。
『あ・・・』
部屋の入り口で振り返りこちらをジッと見ている。
視線に耐えられず下を向いてしまう。
何か、引き止める口実を必死に考えていると
煉「・・・少し、話をしようか」
煉獄さんが、そう言ってくれた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『・・・・・・』
煉「・・・・・・」
皆が部屋から出ていき煉獄さんと向かい合わせで正座して数十分。
私は相変わらず言葉が出てこなくて下を向いたままでいる。
煉獄さんはきっといつもの様に真っ直ぐ私へ視線を向けているのだろう。
以前もこんな事があったなぁ。
あれは、義勇さんの屋敷だっけ。
自分から引き留めたのだから、何か発しないと・・・
そう考えていると衣擦れの音がして慌てて顔を上げる。
『・・・ッ』
煉獄さんはやはり真っ直ぐとこちらを見ていた。
でも、いつもの様な穏やかな表情ではなく、少し眉根を上げたどこか険しい顔だった。
・・・こんな顔を向けられた事はない。
胸の奥がズキンと嫌な音をたてる。
煉「美桜」
久しぶりに、名前を呼ばれた。
普段ならば嬉しい事なのに、身体がビクッと反応してしまう。
また、視線が下に戻りそうになった所で
煉「・・・すまなかった」
『え・・・?』
突然の謝罪の言葉と頭を下げる煉獄さんに驚きの声をあげる。
『なっ、何で杏寿郎さんが謝るんですか・・・元はと言えば私が・・・』
煉「俺が傍にいて守ることが出来なかった。怪我までさせて・・・怖い思いもしただろう」
『・・・・・・ッ』
違うのに。
煉獄さんは何も悪くない。
全てが私の行いによって起きた結果だ。
私に怒るどころか自分を責めてしまうなんて・・・
他の柱の人達もそうだ。
普段なら自分の意見をズバズバ言うのに、誰も・・・あの伊黒さんですら何も言わなかった。
“私”の話をもっと詳しく聞きたかった筈なのに。
恥ずかしい。
皆に幻滅されただろうと不安になっていたことがとても恥ずかしい。
結局、私は自分の事しか考えていなかった。
恥ずかしさと不甲斐なさで視界が滲む。
煉「・・・辛い事を思い出させてしまったな」
涙の理由を勘違いしたのか、すまない、とまた謝る。
私はぶんぶんと首を横に振る。
煉「お館様の判断は正しいのだろう。このまま俺の元にいるよりも此処にいた方が・・・」
『違います!』
煉「・・・・・・」
『違うんです。ここに呼ばれた理由・・・杏寿郎さんがどうとかではないんです』
あまね様が私をここに呼んだ理由。
私もまだ詳細は聞いてないけど・・・
『えっと・・・違くて・・・その』
煉獄さんのせいじゃない事だけは伝えたかった。
ふと自分に影がかかった事に気づき顔をあげると煉獄さんが近くまで来ていた。
煉「近々説明があるとあまね様もおっしゃっていた。美桜が今気に止む事ではない」
そう言って私の頬に手を伸ばす。
けれど直前で手が止まる。
煉「・・・美桜の顔が見られて安心した。今日の所は失礼する」
また会いに来る。
そう言って部屋を出て行った。
『・・・・・・』
触れられなかった頬に自分の手をあてる。
いつもとは明らかに違う様子と行動に戸惑いを感じ、同時に喉の奥がぎゅっと締め付けられる様な感覚がした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌日、あまね様に連れられ屋敷の中の長い廊下を歩く。
私は黙ったまま、キョロキョロと視線を動かしながら後ろを歩いていた。
ただ着いて行くだけだと、後で自分の部屋に戻れなくなりそうだ。
あ「こちらです」
ある部屋の前で立ち止まり此方を振り返る。
そして中に向かって失礼します、と声をかけ静かに襖を開ける。
『・・・・・・』
部屋の中には布団が一組敷かれていて、その上には人が座っていて庭の方を向いていた。
私達が部屋に入っても気にする素振りもなく、ただ一点を見つめているようだった。
あ「お加減はいかがですか?」
あまね様が声をかけると布団の上の人はようやく此方へと振り返る。
『・・・・・』
身体中に包帯が巻かれていた。
その姿を見て、昨晩のお館様の話を思い出していた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーー
館「美桜、ごめんね」
『?』
館「本当は家に帰りたいよね。此方の都合で留まらせて申し訳ない」
『いえ!そんな・・・でも、私にお願いというのは・・・?』
館「うん。実はね・・・
ーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーー
ーーー始まりの呼吸の剣士の子孫が見つかったんだーーー
「・・・・・・誰?」
ーーー鬼に襲われたけれど奇跡的に助かり、今はここで療養しているーーー
あ「この方は美桜さんと言います。暫くの間共に過ごす事になりました」
『えっと・・・はじめまして。美桜と言います』
「・・・・・・」
ーーーそうなのですね。ですがその人と私に何か関係があるのでしょうか?
ーーー彼も美桜と同じなんだよ
ーーー??
『これから、暫くの間よろしくお願いします』
「・・・ふぅん?どうでもいいけど。だって君のことすぐに忘れるから」
ーーー彼も、記憶をなくしているんだ。
これが、後に脅威の速さで柱まで登り詰める、時透無一郎くんとの出会いだった。
美桜・・・
美桜・・・
煉「美桜!」
勢いよく扉を開く。
千「兄上!!」
煉「千寿郎・・・」
まず目に飛び込んできたのは弟の姿だった。
左の頬に綿紗が当てられている。
煉「怪我をしたのか!?具合はどうだ?」
千「俺は大丈夫です・・・」
煉「そうか」
千「・・・ッ」
頭を撫でると下を向いて袴の裾を握りしめる。
そして、改めて部屋の中を見回す。
煉「・・・美桜は、どうした?」
千「あ・・・美桜さんは先程・・・」
煉「!」
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宇「・・・伊黒!」
伊「宇髄か」
宇「美桜は!?」
宇髄が珍しくも焦った様子を見せる。
伊「・・・向こうの部屋だ。眠っているがな」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
男を殴り続ける奴を止め、振り返った姿を見た時
伊「!」
『・・・・・・』
伊「お前は・・・誰だ?」
『・・・私は“私”だよ』
伊「!どういう意味だ・・・?」
『・・・・・・』
伊「!?おい!」
奴はフッと笑い、そのまま気を失い倒れ込んだ。
その様子は明らかに普段と違っていた。
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暗闇の中、蹲っていると目の前に人の気配を感じゆるゆると頭を上げる。
明かりのない闇の中では相手の顔も見えなかったが、誰なのかは何となく分かった。
『・・・千ちゃんは?』
「安心しろ、全部終わった。あの男共も二度と近付いては来ないだろう」
『・・・・・・』
「やはり、お前は肝心な所で逃げるな」
『・・・あなたは、私なの?』
「さっきも聞かれたが、私は“私”だ」
『??』
「まぁ“私”に干渉してくる様になったのは進歩だな」
『???』
「今はそれでいい。そろそろ起きろ」
『・・・でも』
私が躊躇していると、ハァという溜息が聞こえ同時に腕を引かれて半ば強引に立ち上がらされた。
「いつまでもここにいられては迷惑だ。それに」
背中をトンと押される。
暗くて気づかなかったが目の前には階段があった。
遥か上にある扉の隙間から薄く光が漏れている。
「皆が心配している」
もう一度振り返るが、そこにもう“私”の姿はなかった。
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薄らと瞼を開ける。
私は“私”
あの言葉はどういう意味なんだろう・・・
『・・・・・・』
蜜「美桜ちゃん!!」
し「目が覚めましたか?」
『・・・蜜璃ちゃん・・しのぶさん・・・?』
し「気分はいかがですか?」
目を覚ますとすぐに蜜璃ちゃんとしのぶさんに声をかけられた。
ゆっくりと身体を起こすと違和感を覚える。
私・・・布団に寝ている。
部屋を見渡す。
ここは蝶屋敷のベッドではない。
煉獄さんの家でもない。
『ここは・・・?』
「目が覚めましたか?」
疑問を口にした時、先程のしのぶさんと同じ台詞が聞こえた。
その声の主の方を振り向く。
『あ、まね様・・・?えっ!?ここって・・・』
し「鬼殺隊本部。お館様のお屋敷ですよ」
あ「ご気分はいかがですか?」
『・・・大丈夫、です・・・。あの・・私、どうして・・・』
状況がよく飲み込めない中、蜜璃ちゃんが遠慮がちに話しかけてきた。
蜜「美桜ちゃん、大丈夫?その・・・男の人に・・・」
『ッ!!』
蜜璃ちゃんの言葉に、ようやく自分の身に起こった事を思い出した。
呼吸が浅くなり身体が震える。
咄嗟に胸元と裾を手で押さえ込む。
あの気持ち悪い感触が残っている気がした。
蜜「美桜ちゃん!ごめんなさい!私ったら・・・」
『・・・大丈夫、蜜璃ちゃん』
し「辛い事を思い出させてしまうのは心苦しいのですが・・・診察をさせてもらえますか?」
『・・・はい・・・』
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
診察を受けながら、これまでの経緯を聞いた。
『伊黒さんが私を・・・。千ちゃんは!?』
し「千寿郎さんは蝶屋敷で治療をしました。傷は深くないので安心してくださいね」
『・・・』
し「腕に圧迫された痕・・・それに、この両手は・・・」
蜜「・・・・・・」
私の両手は赤く腫れ上がっていた。
全く覚えていないけど、多分“私”がやったのだろうと何となく察しがついた。
し「折れたりはしていない様ですが、冷やしておきましょう。痛みが長引く様なら教えて下さい。」
『はい・・・でも、どうして蝶屋敷じゃなくて鬼殺隊の本部に?』
いつもの様に治療ならば機材の揃っている蝶屋敷に運ぶものではないのだろうか。
し「最初は伊黒さんによって蝶屋敷に運ばれたのですが・・・」
あ「私が此方に来ていただくようお願いをしたのですよ」
『・・・お願い、ですか・・・?』
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宇「おい、何で美桜に会えねぇんだ?」
不「あァ。力を暴走させたんだろォ?なら柱の俺たちも確認するべきだろォ」
冨「・・・・・・」
伊「貴様ら・・・力を暴走させる前に奴がどんな目にあったか聞いているだろう」
宇不「!」
冨「男への恐怖心が残っていると」
悲「うむ・・・美桜が落ち着くまで待つのが筋だな。それにしても、伊黒は美桜を嫌っていたと思っていたが存外そういう事もないのだな」
伊「!!・・・フン」
悲鳴嶼さんの言葉に伊黒は目を見開き、顔を逸らした。こいつも素直じゃねぇな。
暫くすると、息の上がった煉獄が到着した。
煉「・・・美桜はっ!?」
宇「さっき目を覚ましたらしい。中で胡蝶が診察してる」
煉「そうか・・・美桜と千寿郎を襲った者達はどうなった?」
そういいながら部屋へと続く障子を睨み付けるように視線を送っている。
珍しく、怒りを隠す素振りがない。
まぁ、そりゃそうか。
伊「全員意識を飛ばしていたからな。一先ず町医者の元へ運んだ。治療が終わり意識が戻る頃には町の者によって警察に突き出すそうだ」
煉「・・・」
蜜「あの・・・美桜ちゃんが目を覚ましました。皆さんもお部屋へ」
甘露寺が遠慮がちに顔を出し、俺達を部屋へ招き入れる。
胡蝶とあまね様に挟まれる様な形で美桜が座っていた。
美桜は入って来た俺達に対して一瞬視線を向けたがすぐ下に戻す。
その表情は硬い。
俺たちも何も言わずに距離をとって座る。
し「美桜さん、無理はしなくてもいいのですよ」
胡蝶が美桜を気遣うが、首を振り
『・・・大丈夫です。自分の口から言わせてください』
視線は落としたまま、ポツリポツリ話し始めた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「・・・・・・」
部屋の中は静寂に包まれていた。
町で男に声をかけられ、あの場所に行った経緯。
そして起きた出来事・・・
自分の中に存在する“私”の存在。
全てを話せた訳ではない。
あの男達から受けた辱めの詳細なんて言えなかった。
言葉に詰まったり、時折震えて上手く話せなかったりでちゃんと伝わったのかも分からない。
それでも、誰も口を挟まず聞いてくれていた。
一通りの経緯を話し終えた所で、また息を吸い込む。
これだけは、どうしても伝えなければいけない事
『勝手な行動をして・・・迷惑ばかりかけてすみませんでした。どんなお叱りも、罰も受ける所存です』
畳に頭を擦りつける様にして謝罪の言葉を伝える。
蜜「美桜ちゃん!」
し「・・・・・・」
蜜璃ちゃんは泣きそうな声をあげ、しのぶさんは黙って私の背にそっと触れる。
込み上げてくるものをぐっと堪える。
「「・・・・・・」」
悲鳴嶼さん達は誰も言葉を発しない。
きっと幻滅された・・・
怖くて皆の顔が見れない。
頭を下げた状態から動けずにいると
あ「今後しばらくの美桜さんの処遇につきましては産屋敷がすでに決めております」
「「!?」」
これまで静かに見守っていたあまね様が静かに口を開いた。
悲「お館様が・・・」
あ「そうです。暫くはこの産屋敷邸で美桜さんをお預かりいたします」
煉「!」
再びの静寂。
お館様の決めた事に反論する人がいる筈などない。
あ「詳細につきましては後日改めてお話いたします。異存がなければ本日はこれで終了といたします。美桜さんは引き続きこちらの部屋をお使いください。御入用の物があれば此方で用意いたします」
『は、はい・・・ありがとうございます』
そう告げると、あまね様は部屋を出て行く。
他の人達も各々席を立つ。
最後に、煉獄さんが立ち上がる。
『杏寿郎さん!』
無意識に名前を叫んでいた。
特別な用があった訳ではないけど、久しぶりに顔を合わせたのに、何も言葉を交わしていない。
それがとても淋しいことの様に感じてしまった。
『あ・・・』
部屋の入り口で振り返りこちらをジッと見ている。
視線に耐えられず下を向いてしまう。
何か、引き止める口実を必死に考えていると
煉「・・・少し、話をしようか」
煉獄さんが、そう言ってくれた。
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『・・・・・・』
煉「・・・・・・」
皆が部屋から出ていき煉獄さんと向かい合わせで正座して数十分。
私は相変わらず言葉が出てこなくて下を向いたままでいる。
煉獄さんはきっといつもの様に真っ直ぐ私へ視線を向けているのだろう。
以前もこんな事があったなぁ。
あれは、義勇さんの屋敷だっけ。
自分から引き留めたのだから、何か発しないと・・・
そう考えていると衣擦れの音がして慌てて顔を上げる。
『・・・ッ』
煉獄さんはやはり真っ直ぐとこちらを見ていた。
でも、いつもの様な穏やかな表情ではなく、少し眉根を上げたどこか険しい顔だった。
・・・こんな顔を向けられた事はない。
胸の奥がズキンと嫌な音をたてる。
煉「美桜」
久しぶりに、名前を呼ばれた。
普段ならば嬉しい事なのに、身体がビクッと反応してしまう。
また、視線が下に戻りそうになった所で
煉「・・・すまなかった」
『え・・・?』
突然の謝罪の言葉と頭を下げる煉獄さんに驚きの声をあげる。
『なっ、何で杏寿郎さんが謝るんですか・・・元はと言えば私が・・・』
煉「俺が傍にいて守ることが出来なかった。怪我までさせて・・・怖い思いもしただろう」
『・・・・・・ッ』
違うのに。
煉獄さんは何も悪くない。
全てが私の行いによって起きた結果だ。
私に怒るどころか自分を責めてしまうなんて・・・
他の柱の人達もそうだ。
普段なら自分の意見をズバズバ言うのに、誰も・・・あの伊黒さんですら何も言わなかった。
“私”の話をもっと詳しく聞きたかった筈なのに。
恥ずかしい。
皆に幻滅されただろうと不安になっていたことがとても恥ずかしい。
結局、私は自分の事しか考えていなかった。
恥ずかしさと不甲斐なさで視界が滲む。
煉「・・・辛い事を思い出させてしまったな」
涙の理由を勘違いしたのか、すまない、とまた謝る。
私はぶんぶんと首を横に振る。
煉「お館様の判断は正しいのだろう。このまま俺の元にいるよりも此処にいた方が・・・」
『違います!』
煉「・・・・・・」
『違うんです。ここに呼ばれた理由・・・杏寿郎さんがどうとかではないんです』
あまね様が私をここに呼んだ理由。
私もまだ詳細は聞いてないけど・・・
『えっと・・・違くて・・・その』
煉獄さんのせいじゃない事だけは伝えたかった。
ふと自分に影がかかった事に気づき顔をあげると煉獄さんが近くまで来ていた。
煉「近々説明があるとあまね様もおっしゃっていた。美桜が今気に止む事ではない」
そう言って私の頬に手を伸ばす。
けれど直前で手が止まる。
煉「・・・美桜の顔が見られて安心した。今日の所は失礼する」
また会いに来る。
そう言って部屋を出て行った。
『・・・・・・』
触れられなかった頬に自分の手をあてる。
いつもとは明らかに違う様子と行動に戸惑いを感じ、同時に喉の奥がぎゅっと締め付けられる様な感覚がした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌日、あまね様に連れられ屋敷の中の長い廊下を歩く。
私は黙ったまま、キョロキョロと視線を動かしながら後ろを歩いていた。
ただ着いて行くだけだと、後で自分の部屋に戻れなくなりそうだ。
あ「こちらです」
ある部屋の前で立ち止まり此方を振り返る。
そして中に向かって失礼します、と声をかけ静かに襖を開ける。
『・・・・・・』
部屋の中には布団が一組敷かれていて、その上には人が座っていて庭の方を向いていた。
私達が部屋に入っても気にする素振りもなく、ただ一点を見つめているようだった。
あ「お加減はいかがですか?」
あまね様が声をかけると布団の上の人はようやく此方へと振り返る。
『・・・・・』
身体中に包帯が巻かれていた。
その姿を見て、昨晩のお館様の話を思い出していた。
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館「美桜、ごめんね」
『?』
館「本当は家に帰りたいよね。此方の都合で留まらせて申し訳ない」
『いえ!そんな・・・でも、私にお願いというのは・・・?』
館「うん。実はね・・・
ーーーーーーーーー
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ーーー始まりの呼吸の剣士の子孫が見つかったんだーーー
「・・・・・・誰?」
ーーー鬼に襲われたけれど奇跡的に助かり、今はここで療養しているーーー
あ「この方は美桜さんと言います。暫くの間共に過ごす事になりました」
『えっと・・・はじめまして。美桜と言います』
「・・・・・・」
ーーーそうなのですね。ですがその人と私に何か関係があるのでしょうか?
ーーー彼も美桜と同じなんだよ
ーーー??
『これから、暫くの間よろしくお願いします』
「・・・ふぅん?どうでもいいけど。だって君のことすぐに忘れるから」
ーーー彼も、記憶をなくしているんだ。
これが、後に脅威の速さで柱まで登り詰める、時透無一郎くんとの出会いだった。