記憶と霞
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目を開けるとぼやけた視界の先に天井が見えた。
『・・・・・・』
少しずつ、覚醒していくと共に五感も冴えてくる。
柔らかいシーツの感触。身体には暖かい毛布が掛けられている。
目を覚ます前、最後に見た景色は何だったっけ?
寝起きの気怠さの中で思考を巡らせる。
・・・そうだ
あの夜、山の中で鬼の術に苦戦して・・・
やっと倒したと思ったらまた攻撃されてーーー
玄弥くんは
悲鳴嶼さんは
皆はどうなったんだっけ
『・・・ッ!!』
最後に見た光景を思い出し、勢いよく起き上がると腕に激痛が走る。
『〜〜〜ッ!!!』
声にならない声をあげ悶絶しているとあっという小さい声が部屋の入り口から聞こえた。
目を向けると驚いた顔のカナヲちゃんの姿
そのままパタパタと廊下を走って行ってしまった。
『やっぱり蝶屋敷か・・・』
ここに運ばれたのは一体何度目だろうか。
暫くすると、しのぶさんではなくアオイちゃんがやってきた。
ア「良かった、目が覚めて。利き腕を痛めているので安静にしててくださいね。」
そう言いながらテキパキと処置を施してくれた。
しのぶさんは所用で留守にしているとの事だった。
『他の皆は・・・』
アオイちゃんは落ち着いた声で教えてくれた。
悲鳴嶼さん、玄弥くんは目立った怪我もなかった。
柘榴、東城さん、後藤さんも軽傷で済んだと。
『中西さんはっ!?』
ア「・・・こちらです」
部屋を出て行くアオイちゃんの後を慌てて追いかける。
そう、私が最後に見た光景ーーー
無数の枝が襲い掛かり、中西さんの腕を・・・
『うっ』
光景を思い出し、咄嗟に口を押さえる。
胃の奥から込み上げてくるものを必死で堪える。
ア「大丈夫ですか!?」
『うん・・・平気』
吐気を堪え返事をする。
アオイちゃんが扉を開くと、ベッドに寝そべる中西さんの姿が見えた。
左の腕にはしっかりと包帯が巻かれ添え木で固定されている。
中「・・・美桜さん!目が覚めたんですね!!」
こちらに気付くといつもの調子で笑いかけてくれた。
『中西さん・・・私・・・私・・・』
中「美桜さん、なんて顔してるんですか!美桜さんがいたからこれ位の怪我で済んだんですよ」
じゃなきゃ今頃3人ともこの世にいなかったです!
と、上手く言葉が出てこない私を気遣ってくれる。
ア「・・・傷は深いですが、完治すれば生活に支障は出ないとしのぶ様はおっしゃってました」
『そっ、か・・・良゛か゛っ゛た゛ぁ゛〜』
アオイちゃんの言葉に安堵し、身体も心も緩んでその場にしゃがみ込む。
東「おーい、見舞いに来たよ・・・ってオイ!何美桜さん泣かせてんの!?」
中「俺!?・・・え?泣・・・笑っ・・!?」
部屋に入ってきた東城さんが鼻水垂れ流しの私を見てギョッとする。
東城さんの言葉に焦る中西さん。
あの時、もう駄目なんだと思った。取り返しのつかない事が起こったと・・・
今目の前で繰り広げられるいつも通りのやりとりに安心して泣き笑いの様になってしまった。
『・・・皆生きてて良かった』
ズビ、と鼻を啜りながらそう洩らすとアオイちゃんが支えて立たせてくれる。
東「ええ。本当に良かったです・・・」
中「“俺ら”はな・・・」
『・・・へ??』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
無事で良かった。
あの時は本気でそう思ってた。
(俺が大怪我を負っていれば今ここにいなくて済んだかも・・・)
不謹慎なのは重々承知している。
しかし今の俺の立場になればきっと誰もがそう考える筈だ。
俺はある屋敷の一室で待機を命じられている。
柱の何人かが集まるから、あの夜の事を説明してほしいと蟲柱様に呼びつけられたのだ。
(怖い・・・帰りたい・・・)
柱1人でも恐ろしいのに数人を相手に上手く話せるのか。下手な事を言ってしまえば無事に帰れるか分かったものではない。
(いや流石に暴力はないと思うが・・・精神が殺られるッ!)
何もしていないのに息苦しく手汗をかき額には脂汗が滲む。
きっと隣にいる“彼”もそうだろう。
あの夜、同じ現場にいた隊士ーーー
不死川玄弥も。
彼も無言を貫いているが、少しソワソワと落ち着きの無さを感じる。
普段いきがっていた所で彼も一般隊士だ。
柱には緊張するだろう。
案外かわいい所があるじゃないか。そんな事を考えているとガラッと戸が開き、反射的に肩が上下する。
蜜「あの〜、お待たせしちゃってごめんなさい。みんな揃ったのでこちらの部屋へどうぞ!」
後「はっ、はい!」
顔を覗かせたのは恋柱様だった。
良かった。
彼女は俺たちにも優しく接してくれる貴重な存在だ。
救われたような気持ちで彼女に着いて行く。
が、それも部屋へ足を踏み入れた瞬間吹き飛んでしまう。
部屋には蟲柱様、岩柱様、風柱様、蛇柱様が鎮座していた。
蟲柱様はともかく、顔面凶器の柱が揃ってしまわれた。
し「では、早速ですがあの夜の事を改めて教えてください。悲鳴嶼さんと離れた後何があったのかーー」
後「っ!はっ、はい・・・」
玄「・・・・・・ッ」
隣の玄弥をチラと伺うが、俺以上に駄目そうだ。身体中の毛穴という穴から汗が吹き出し目も充血してしまっている。
ここは、歳上の俺がしっかりするべきか・・・
不「おい。どっちでもいいからとっとと喋れぇ」
伊「全くだ。時間は有限、一瞬たりとも無駄にするな」
後「ヒッ!はっはい!!では私の方から・・・ッ」
2人の圧力に心が潰されそうになりながらも必死で思い出し、出来る限り俺の見た詳細な出来事を説明した。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
し「・・・そうですか」
蜜「美桜ちゃん、がんばったのねぇ」
説明が終わると、蟲柱様は神妙な顔をして考え込まれている様子。
恋柱様は涙ぐんでいる。
悲「元はと言えば、私が美桜から離れなければこのような事態にまでなっていなかった。今回の件は私の責任だ」
不「起きちまった事はどうしようもねぇ。それより美桜だ。これからどうする?」
伊「これ以上勝手な行動をして事態がややこしくなる前に縛り上げて家にでも閉じ込めておけばいい」
し「それは些か乱暴ですが・・・ひとまず、この事は任務で来られなかった他の柱にも共有しましょう。お二方、ご足労いただきありがとうございました」
後「いっ、いえ・・・では、私共はこれで失礼いたします」
蟲柱様からのお言葉で頭を下げ立ち上がる。
しかし、横の玄弥は座ったまま動かない。
後「おい、終わったんだ。部屋を出るぞ」
玄「・・・・・・ッ」
小声で伝えるが、正面を向き口を金魚のようにぱくぱくさせている。
後「おいって!」
それでも尚動かない玄弥の肩を掴む。
不「おい。そこの隊士ィ」
玄「ッ!!!」
風柱様に声をかけられ玄弥の身体がビクッと硬直する。
不「お前、呼吸使えないんだってなァ・・・鬼殺隊向いてねぇから無駄死にする前にとっとと辞めろォ」
玄「・・・そんな・・・俺・・・兄ちゃ・・」
不「おい!そいつ連れてさっさと出て行け!!」
後「はっ!!!はいぃ!!!!!ほら!行くぞ!立つんだよぉ!!!!」
玄「・・・・・・ッ」
風柱様の迫力にいてもたってもいられず無理矢理引き摺るようにして部屋を出た。
柱、マジ怖えよ!!!
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
蜜「もしかして、今のって不死川さんの弟さんですか??」
2人が出て行って暫くして甘露寺さんが尋ねる。
苗字が一緒だし、顔つきが似てますね、と無邪気に続けている
不「ああ!?俺に弟なんかいねぇよ」
蜜「えっ!・・・すみません・・・私ったら余計な事を・・・」
伊「甘露寺は悪くないだろう。気になったから尋ねただけの事だ」
し悲「・・・・・・」
不死川さんにピシャリと言われ肩を落とす甘露寺さんを伊黒さんが励ます。
私と悲鳴嶼さんはそれには触れず
し「まぁ、とにかくです。暫く美桜さんの動向に注視していきましょう。これまで以上に・・・」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌日、しのぶさんから診察を受けた私はベッドの上でやる事もなくボーッとしていた。
『・・・暇ぁ〜。もう元気なのに家にも帰れないなんて』
腕が多少痛むくらいで特に重症という訳でもない。
これくらいなら他の怪我人にベッドを空けた方がいいと思うのだけど
し「十二鬼月から攻撃を受けたのですから、もう少し様子を見なくてはなりません」
との事だった。
血鬼術の心配をしているのかな・・・鬼は悲鳴嶼さんが倒したのに・・・
『体が鈍っちゃうよ〜・・・』
き「でしたら、機能回復訓練に参加されてみてはいかがですか?」
『機能回復訓練??』
頬を膨らませぼやいた私にきよちゃんが提案をしてくれた。
機能回復訓練とは怪我を負った隊士が元の体力に戻るよう感覚を取り戻すために行われるものらしい。
しのぶさんにお伺いを立てると
し「いいですよ〜。蝶屋敷の中では自由に過ごしていただいてかまいません」
無理をしなければ、と付け加え快諾してくれた。
訓練は早速明日から行うことになった。
『訓練かぁ、どんな事するんだろ』
窓に西日がかかり始めた。
カーテンをしようと窓辺に近づいた時ーーー
柘「ケェーーーッ!!」
『っだ!!』
柘榴が勢いよく部屋に飛び込んできて、ついでに私の頭を蹴飛ばした。
『もう!普通に入ってきてよ!!』
痛いなぁと文句をつけると更に突いてくる。
『ちょっ・・・やめてったら』
柘「ウルサイ!コノ命知ラズガ!!」
『!・・・ごめん』
柘榴の言葉にハッとした。
柘榴は私が謝ると突くのを辞めて肩の上に止まった。
『柘榴にも怪我させて、怖い思いもさせちゃったね』
柘「・・・フン」
頭を撫でると向かいの棚に飛び移り、足を向けてくる。その足には紙がくくりつけられている。
『手紙?誰から・・・!杏寿郎さん・・・』
手紙を開くと綺麗な文字が並んでいた。
美桜
目を覚ましたと聞き筆をとる事にした
まずは命があった事、心から安心している
直ぐにでも顔を見に行きたい所だが今俺は遠い勤務地に赴いているためそれが叶わない
だが必ず美桜の元へ戻ると約束する
美桜も充分に休息しまた元気な顔を見せて欲しい
・・・・・
『・・・杏寿郎さん』
ぎゅっと手紙を抱きしめる。
また心配をかけちゃった・・・
私っていつも無茶をして、心配をかけて、後悔して・・・
全然成長してない。
今すぐに煉獄さんに会いたい。
会ってちゃんと心配かけてごめんなさいって謝りたい。
柘「・・・・・・返事ハ書カナイノカ?」
『えっ』
柘「・・・・・・」
『届けてくれるの・・・?』
柘「気ガ変ワラナイ内ニサッサトシロ」
『うんっ!』
慌てて便箋と筆を借りに走り出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーー
ーーーーー
ーー
要「杏寿郎サマ!!」
煉「要。ーー手紙か」
藤の花の家紋の家で休息をとっていると縁側に要が降り立つ。
美桜との手紙のやりとりが始まってこれで3通目だ。
前回は蝶屋敷での機能回復訓練に苦戦しているという内容だった。
要「杏寿郎サマ・・・マダオ戻リニハナラレナイノデスカ?」
手紙を開こうとした時、要が遠慮がちに問いてきた。
煉「うむ・・・またこの辺りで新たに鬼の情報が入ったからな」
要「・・・・・・」
要が何を言わんとしているかは分かっている。
美桜が目覚めてもうすぐひと月が経とうとしているが任務を理由に一度も戻っていないからだ。
今回の鬼の情報も柱として要請があった訳ではない。
これまでも帰ろうと思えば帰れる機会はあった。
美桜に会いたい気持ちはある。
しかしそれ以上に、顔を合わせたら美桜が望まない言葉を口にしそうでそれを先送りにしてしまっている。
つまりは逃げているのだ
美桜の事で逃げるのはこれで2回目になる
煉「まったく、情けないな」
要「・・・杏寿郎サマ」
自虐的に呟きながら手紙を開く。
いつもの、俺の身を案ずる内容と近況が書かれている。
そろそろ、蝶屋敷での療養も終わり家に戻れるようになると。
ーーお家で、杏寿郎さんの帰りを待っています
煉「・・・そうか。要、伝言を頼めるか?」
要「ハイ!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あれからひと月が経った。
『ッ!ッ!ッ!!』
蝶屋敷の離れにある道場で私とカナヲちゃんが間にある湯呑みを取り合っている。
因みに私は何度も湯呑みの中の薬湯をかけられて全身ずぶ濡れだ。
カナヲちゃんは裾も濡れていない。
し「機能回復訓練で一度でもカナヲに勝つ事が出来たら退院です!」
がんばってくださいね。
と言われたのが半月前。それまではアオイちゃんが相手だった。
カナヲちゃんは何でもないような顔をして全集中の呼吸・常中を使いこなしている。
最初は手も足も出なかった。
だけど半月もやっていれば感覚は掴んでくるもので、なんとかカナヲちゃんの速さについて行けるようになっていた。
今日こそ・・・!
カ「・・・・・・!」
動きに一定のリズムをつけた所で変化をつけ揺動させる。
一瞬の揺らぎーーーそこを見逃さない。
『てぇいっ!!』
カ「ッ!・・・・」
湯呑みをガッと掴んでカナヲちゃんに向けて傾けた。
ごめんねカナヲちゃん!これ臭いのに!!
カ「・・・・・・」
『・・・あれ?』
顔を上げると目を見開いたカナヲちゃん。
だけど濡れてない。なんで??
よく見ると、私が掴んだ湯呑みはさっき私がかけられたもので中身は空だった。
『あぁ〜今度こそ勝てたと思ったのに・・・』
し「ええ。美桜さんの勝ちですよ」
『えっ?しのぶさん!』
し「カナヲの速さについてこられるとは思ってもみませんでした。頑張りましたね、美桜さん」
いつから見られていたのか全く気がつかなかった・・・!
でもこれで約束通り退院することが決まった。
ただし条件つきで。
し「普段通りの生活をする分には問題ありません。しかし、出かける時や普段と変わった行動をとる時は鴉を使って必ず報告すること。良いですね?」
『はい・・・』
いつにも増して厳しい口調だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
家に戻って数日が経ったある日。
柘榴から、今度の任務が終わったら煉獄さんが帰ってくると報せがあった。
『そっか・・・久しぶりだし、美味しいもの作って食べてもらおうっと』
さっそく、食材を買うため町に出かけることにした。
玄関を出た所で柘榴が肩に乗る。
柘「コンナ時間カラドコヘ行ク!」
『ちょっと夕飯の買い物するだけだよ』
こんな時間って夕刻に差し掛かってはいるけどまだ陽は高い。
明るいうちに戻って来られるから問題はないでしょと歩き出す。
柘榴はそのままどこかへ飛び立って行った。
多分、報告だ。
こんな、少し外出するだけで大袈裟な、と思うが首を振る。
事を大きくしてしまったのは自分の行いのせいだ。私はそれを受け入れるほかない。
町の入り口に到着し、献立を頭の中で組み立てながら店先の商品を眺めていた時だった。
男「よぉ、また会ったなぁ」
『!』
路地に差し掛かった所で肩を掴まれる。
振り返ると何時ぞやの食い逃げ犯の1人が睨んでいた。
『・・・離してください』
男「釣れない事言うなよ。ちょっと俺らに付き合えや」
ぐっ、と拳に力が入る。
肩を振り解いて鳩尾に一発・・・
・・・いや、駄目だ。
ここで騒ぎを起こすのは良くない。
これ以上、煉獄さん・・・皆に心配かけちゃいけない。
力以外の方法で解決させないとーーー
『離して。大声出しますよ』
男「おいおい、そんな事して困るのはアンタだぜ」
『は?何を言ってーーー』
男「弟がどうなってもいいのかい?」
『弟・・・?』
男「俺に付いてくるしか方法はねぇぞ?」
『・・・・・・』
耳元で脅しをきかせてくる。
弟・・・桜介?
この男は元々私達を知ってたの?
ーーーやめて!桜介には何もしないで!!
ーーー姉ちゃん・・・逃げろ・・・早く・・
ーーーいやあああっ!!桜介!桜介!!!
『ッ!?』
ズキリと頭が痛む。
これは・・・私の記憶?
『・・・・・・』
この男のハッタリかもしれない。
でももし、そうじゃなかったら・・・
男「おい、どうする?見捨てるか?」
『・・・弟は無事なの?』
男「・・・それはアンタの行い次第だろ」
男はニヤリと笑い踵を返して歩き始めた。
『・・・・・・』
辺りを見渡すが柘榴の姿はない。
報告に行ったまま戻ってきていないようだ。
ーー普段と変わった行動をとる時は鴉を使って必ず報告すること。良いですね?ーー
男「おい、来ないなら置いてくからな!!」
暫く行った場所で男が声をかけてくる。
『・・・しのぶさん、すみません』
少し間を置いて、私も歩き始める。
どうか、どうか無事でいてーーー
ーーー今度こそ、助けるからーーー
『・・・・・・』
少しずつ、覚醒していくと共に五感も冴えてくる。
柔らかいシーツの感触。身体には暖かい毛布が掛けられている。
目を覚ます前、最後に見た景色は何だったっけ?
寝起きの気怠さの中で思考を巡らせる。
・・・そうだ
あの夜、山の中で鬼の術に苦戦して・・・
やっと倒したと思ったらまた攻撃されてーーー
玄弥くんは
悲鳴嶼さんは
皆はどうなったんだっけ
『・・・ッ!!』
最後に見た光景を思い出し、勢いよく起き上がると腕に激痛が走る。
『〜〜〜ッ!!!』
声にならない声をあげ悶絶しているとあっという小さい声が部屋の入り口から聞こえた。
目を向けると驚いた顔のカナヲちゃんの姿
そのままパタパタと廊下を走って行ってしまった。
『やっぱり蝶屋敷か・・・』
ここに運ばれたのは一体何度目だろうか。
暫くすると、しのぶさんではなくアオイちゃんがやってきた。
ア「良かった、目が覚めて。利き腕を痛めているので安静にしててくださいね。」
そう言いながらテキパキと処置を施してくれた。
しのぶさんは所用で留守にしているとの事だった。
『他の皆は・・・』
アオイちゃんは落ち着いた声で教えてくれた。
悲鳴嶼さん、玄弥くんは目立った怪我もなかった。
柘榴、東城さん、後藤さんも軽傷で済んだと。
『中西さんはっ!?』
ア「・・・こちらです」
部屋を出て行くアオイちゃんの後を慌てて追いかける。
そう、私が最後に見た光景ーーー
無数の枝が襲い掛かり、中西さんの腕を・・・
『うっ』
光景を思い出し、咄嗟に口を押さえる。
胃の奥から込み上げてくるものを必死で堪える。
ア「大丈夫ですか!?」
『うん・・・平気』
吐気を堪え返事をする。
アオイちゃんが扉を開くと、ベッドに寝そべる中西さんの姿が見えた。
左の腕にはしっかりと包帯が巻かれ添え木で固定されている。
中「・・・美桜さん!目が覚めたんですね!!」
こちらに気付くといつもの調子で笑いかけてくれた。
『中西さん・・・私・・・私・・・』
中「美桜さん、なんて顔してるんですか!美桜さんがいたからこれ位の怪我で済んだんですよ」
じゃなきゃ今頃3人ともこの世にいなかったです!
と、上手く言葉が出てこない私を気遣ってくれる。
ア「・・・傷は深いですが、完治すれば生活に支障は出ないとしのぶ様はおっしゃってました」
『そっ、か・・・良゛か゛っ゛た゛ぁ゛〜』
アオイちゃんの言葉に安堵し、身体も心も緩んでその場にしゃがみ込む。
東「おーい、見舞いに来たよ・・・ってオイ!何美桜さん泣かせてんの!?」
中「俺!?・・・え?泣・・・笑っ・・!?」
部屋に入ってきた東城さんが鼻水垂れ流しの私を見てギョッとする。
東城さんの言葉に焦る中西さん。
あの時、もう駄目なんだと思った。取り返しのつかない事が起こったと・・・
今目の前で繰り広げられるいつも通りのやりとりに安心して泣き笑いの様になってしまった。
『・・・皆生きてて良かった』
ズビ、と鼻を啜りながらそう洩らすとアオイちゃんが支えて立たせてくれる。
東「ええ。本当に良かったです・・・」
中「“俺ら”はな・・・」
『・・・へ??』
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無事で良かった。
あの時は本気でそう思ってた。
(俺が大怪我を負っていれば今ここにいなくて済んだかも・・・)
不謹慎なのは重々承知している。
しかし今の俺の立場になればきっと誰もがそう考える筈だ。
俺はある屋敷の一室で待機を命じられている。
柱の何人かが集まるから、あの夜の事を説明してほしいと蟲柱様に呼びつけられたのだ。
(怖い・・・帰りたい・・・)
柱1人でも恐ろしいのに数人を相手に上手く話せるのか。下手な事を言ってしまえば無事に帰れるか分かったものではない。
(いや流石に暴力はないと思うが・・・精神が殺られるッ!)
何もしていないのに息苦しく手汗をかき額には脂汗が滲む。
きっと隣にいる“彼”もそうだろう。
あの夜、同じ現場にいた隊士ーーー
不死川玄弥も。
彼も無言を貫いているが、少しソワソワと落ち着きの無さを感じる。
普段いきがっていた所で彼も一般隊士だ。
柱には緊張するだろう。
案外かわいい所があるじゃないか。そんな事を考えているとガラッと戸が開き、反射的に肩が上下する。
蜜「あの〜、お待たせしちゃってごめんなさい。みんな揃ったのでこちらの部屋へどうぞ!」
後「はっ、はい!」
顔を覗かせたのは恋柱様だった。
良かった。
彼女は俺たちにも優しく接してくれる貴重な存在だ。
救われたような気持ちで彼女に着いて行く。
が、それも部屋へ足を踏み入れた瞬間吹き飛んでしまう。
部屋には蟲柱様、岩柱様、風柱様、蛇柱様が鎮座していた。
蟲柱様はともかく、顔面凶器の柱が揃ってしまわれた。
し「では、早速ですがあの夜の事を改めて教えてください。悲鳴嶼さんと離れた後何があったのかーー」
後「っ!はっ、はい・・・」
玄「・・・・・・ッ」
隣の玄弥をチラと伺うが、俺以上に駄目そうだ。身体中の毛穴という穴から汗が吹き出し目も充血してしまっている。
ここは、歳上の俺がしっかりするべきか・・・
不「おい。どっちでもいいからとっとと喋れぇ」
伊「全くだ。時間は有限、一瞬たりとも無駄にするな」
後「ヒッ!はっはい!!では私の方から・・・ッ」
2人の圧力に心が潰されそうになりながらも必死で思い出し、出来る限り俺の見た詳細な出来事を説明した。
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し「・・・そうですか」
蜜「美桜ちゃん、がんばったのねぇ」
説明が終わると、蟲柱様は神妙な顔をして考え込まれている様子。
恋柱様は涙ぐんでいる。
悲「元はと言えば、私が美桜から離れなければこのような事態にまでなっていなかった。今回の件は私の責任だ」
不「起きちまった事はどうしようもねぇ。それより美桜だ。これからどうする?」
伊「これ以上勝手な行動をして事態がややこしくなる前に縛り上げて家にでも閉じ込めておけばいい」
し「それは些か乱暴ですが・・・ひとまず、この事は任務で来られなかった他の柱にも共有しましょう。お二方、ご足労いただきありがとうございました」
後「いっ、いえ・・・では、私共はこれで失礼いたします」
蟲柱様からのお言葉で頭を下げ立ち上がる。
しかし、横の玄弥は座ったまま動かない。
後「おい、終わったんだ。部屋を出るぞ」
玄「・・・・・・ッ」
小声で伝えるが、正面を向き口を金魚のようにぱくぱくさせている。
後「おいって!」
それでも尚動かない玄弥の肩を掴む。
不「おい。そこの隊士ィ」
玄「ッ!!!」
風柱様に声をかけられ玄弥の身体がビクッと硬直する。
不「お前、呼吸使えないんだってなァ・・・鬼殺隊向いてねぇから無駄死にする前にとっとと辞めろォ」
玄「・・・そんな・・・俺・・・兄ちゃ・・」
不「おい!そいつ連れてさっさと出て行け!!」
後「はっ!!!はいぃ!!!!!ほら!行くぞ!立つんだよぉ!!!!」
玄「・・・・・・ッ」
風柱様の迫力にいてもたってもいられず無理矢理引き摺るようにして部屋を出た。
柱、マジ怖えよ!!!
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
蜜「もしかして、今のって不死川さんの弟さんですか??」
2人が出て行って暫くして甘露寺さんが尋ねる。
苗字が一緒だし、顔つきが似てますね、と無邪気に続けている
不「ああ!?俺に弟なんかいねぇよ」
蜜「えっ!・・・すみません・・・私ったら余計な事を・・・」
伊「甘露寺は悪くないだろう。気になったから尋ねただけの事だ」
し悲「・・・・・・」
不死川さんにピシャリと言われ肩を落とす甘露寺さんを伊黒さんが励ます。
私と悲鳴嶼さんはそれには触れず
し「まぁ、とにかくです。暫く美桜さんの動向に注視していきましょう。これまで以上に・・・」
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翌日、しのぶさんから診察を受けた私はベッドの上でやる事もなくボーッとしていた。
『・・・暇ぁ〜。もう元気なのに家にも帰れないなんて』
腕が多少痛むくらいで特に重症という訳でもない。
これくらいなら他の怪我人にベッドを空けた方がいいと思うのだけど
し「十二鬼月から攻撃を受けたのですから、もう少し様子を見なくてはなりません」
との事だった。
血鬼術の心配をしているのかな・・・鬼は悲鳴嶼さんが倒したのに・・・
『体が鈍っちゃうよ〜・・・』
き「でしたら、機能回復訓練に参加されてみてはいかがですか?」
『機能回復訓練??』
頬を膨らませぼやいた私にきよちゃんが提案をしてくれた。
機能回復訓練とは怪我を負った隊士が元の体力に戻るよう感覚を取り戻すために行われるものらしい。
しのぶさんにお伺いを立てると
し「いいですよ〜。蝶屋敷の中では自由に過ごしていただいてかまいません」
無理をしなければ、と付け加え快諾してくれた。
訓練は早速明日から行うことになった。
『訓練かぁ、どんな事するんだろ』
窓に西日がかかり始めた。
カーテンをしようと窓辺に近づいた時ーーー
柘「ケェーーーッ!!」
『っだ!!』
柘榴が勢いよく部屋に飛び込んできて、ついでに私の頭を蹴飛ばした。
『もう!普通に入ってきてよ!!』
痛いなぁと文句をつけると更に突いてくる。
『ちょっ・・・やめてったら』
柘「ウルサイ!コノ命知ラズガ!!」
『!・・・ごめん』
柘榴の言葉にハッとした。
柘榴は私が謝ると突くのを辞めて肩の上に止まった。
『柘榴にも怪我させて、怖い思いもさせちゃったね』
柘「・・・フン」
頭を撫でると向かいの棚に飛び移り、足を向けてくる。その足には紙がくくりつけられている。
『手紙?誰から・・・!杏寿郎さん・・・』
手紙を開くと綺麗な文字が並んでいた。
美桜
目を覚ましたと聞き筆をとる事にした
まずは命があった事、心から安心している
直ぐにでも顔を見に行きたい所だが今俺は遠い勤務地に赴いているためそれが叶わない
だが必ず美桜の元へ戻ると約束する
美桜も充分に休息しまた元気な顔を見せて欲しい
・・・・・
『・・・杏寿郎さん』
ぎゅっと手紙を抱きしめる。
また心配をかけちゃった・・・
私っていつも無茶をして、心配をかけて、後悔して・・・
全然成長してない。
今すぐに煉獄さんに会いたい。
会ってちゃんと心配かけてごめんなさいって謝りたい。
柘「・・・・・・返事ハ書カナイノカ?」
『えっ』
柘「・・・・・・」
『届けてくれるの・・・?』
柘「気ガ変ワラナイ内ニサッサトシロ」
『うんっ!』
慌てて便箋と筆を借りに走り出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーー
ーーーーー
ーー
要「杏寿郎サマ!!」
煉「要。ーー手紙か」
藤の花の家紋の家で休息をとっていると縁側に要が降り立つ。
美桜との手紙のやりとりが始まってこれで3通目だ。
前回は蝶屋敷での機能回復訓練に苦戦しているという内容だった。
要「杏寿郎サマ・・・マダオ戻リニハナラレナイノデスカ?」
手紙を開こうとした時、要が遠慮がちに問いてきた。
煉「うむ・・・またこの辺りで新たに鬼の情報が入ったからな」
要「・・・・・・」
要が何を言わんとしているかは分かっている。
美桜が目覚めてもうすぐひと月が経とうとしているが任務を理由に一度も戻っていないからだ。
今回の鬼の情報も柱として要請があった訳ではない。
これまでも帰ろうと思えば帰れる機会はあった。
美桜に会いたい気持ちはある。
しかしそれ以上に、顔を合わせたら美桜が望まない言葉を口にしそうでそれを先送りにしてしまっている。
つまりは逃げているのだ
美桜の事で逃げるのはこれで2回目になる
煉「まったく、情けないな」
要「・・・杏寿郎サマ」
自虐的に呟きながら手紙を開く。
いつもの、俺の身を案ずる内容と近況が書かれている。
そろそろ、蝶屋敷での療養も終わり家に戻れるようになると。
ーーお家で、杏寿郎さんの帰りを待っています
煉「・・・そうか。要、伝言を頼めるか?」
要「ハイ!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あれからひと月が経った。
『ッ!ッ!ッ!!』
蝶屋敷の離れにある道場で私とカナヲちゃんが間にある湯呑みを取り合っている。
因みに私は何度も湯呑みの中の薬湯をかけられて全身ずぶ濡れだ。
カナヲちゃんは裾も濡れていない。
し「機能回復訓練で一度でもカナヲに勝つ事が出来たら退院です!」
がんばってくださいね。
と言われたのが半月前。それまではアオイちゃんが相手だった。
カナヲちゃんは何でもないような顔をして全集中の呼吸・常中を使いこなしている。
最初は手も足も出なかった。
だけど半月もやっていれば感覚は掴んでくるもので、なんとかカナヲちゃんの速さについて行けるようになっていた。
今日こそ・・・!
カ「・・・・・・!」
動きに一定のリズムをつけた所で変化をつけ揺動させる。
一瞬の揺らぎーーーそこを見逃さない。
『てぇいっ!!』
カ「ッ!・・・・」
湯呑みをガッと掴んでカナヲちゃんに向けて傾けた。
ごめんねカナヲちゃん!これ臭いのに!!
カ「・・・・・・」
『・・・あれ?』
顔を上げると目を見開いたカナヲちゃん。
だけど濡れてない。なんで??
よく見ると、私が掴んだ湯呑みはさっき私がかけられたもので中身は空だった。
『あぁ〜今度こそ勝てたと思ったのに・・・』
し「ええ。美桜さんの勝ちですよ」
『えっ?しのぶさん!』
し「カナヲの速さについてこられるとは思ってもみませんでした。頑張りましたね、美桜さん」
いつから見られていたのか全く気がつかなかった・・・!
でもこれで約束通り退院することが決まった。
ただし条件つきで。
し「普段通りの生活をする分には問題ありません。しかし、出かける時や普段と変わった行動をとる時は鴉を使って必ず報告すること。良いですね?」
『はい・・・』
いつにも増して厳しい口調だった。
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家に戻って数日が経ったある日。
柘榴から、今度の任務が終わったら煉獄さんが帰ってくると報せがあった。
『そっか・・・久しぶりだし、美味しいもの作って食べてもらおうっと』
さっそく、食材を買うため町に出かけることにした。
玄関を出た所で柘榴が肩に乗る。
柘「コンナ時間カラドコヘ行ク!」
『ちょっと夕飯の買い物するだけだよ』
こんな時間って夕刻に差し掛かってはいるけどまだ陽は高い。
明るいうちに戻って来られるから問題はないでしょと歩き出す。
柘榴はそのままどこかへ飛び立って行った。
多分、報告だ。
こんな、少し外出するだけで大袈裟な、と思うが首を振る。
事を大きくしてしまったのは自分の行いのせいだ。私はそれを受け入れるほかない。
町の入り口に到着し、献立を頭の中で組み立てながら店先の商品を眺めていた時だった。
男「よぉ、また会ったなぁ」
『!』
路地に差し掛かった所で肩を掴まれる。
振り返ると何時ぞやの食い逃げ犯の1人が睨んでいた。
『・・・離してください』
男「釣れない事言うなよ。ちょっと俺らに付き合えや」
ぐっ、と拳に力が入る。
肩を振り解いて鳩尾に一発・・・
・・・いや、駄目だ。
ここで騒ぎを起こすのは良くない。
これ以上、煉獄さん・・・皆に心配かけちゃいけない。
力以外の方法で解決させないとーーー
『離して。大声出しますよ』
男「おいおい、そんな事して困るのはアンタだぜ」
『は?何を言ってーーー』
男「弟がどうなってもいいのかい?」
『弟・・・?』
男「俺に付いてくるしか方法はねぇぞ?」
『・・・・・・』
耳元で脅しをきかせてくる。
弟・・・桜介?
この男は元々私達を知ってたの?
ーーーやめて!桜介には何もしないで!!
ーーー姉ちゃん・・・逃げろ・・・早く・・
ーーーいやあああっ!!桜介!桜介!!!
『ッ!?』
ズキリと頭が痛む。
これは・・・私の記憶?
『・・・・・・』
この男のハッタリかもしれない。
でももし、そうじゃなかったら・・・
男「おい、どうする?見捨てるか?」
『・・・弟は無事なの?』
男「・・・それはアンタの行い次第だろ」
男はニヤリと笑い踵を返して歩き始めた。
『・・・・・・』
辺りを見渡すが柘榴の姿はない。
報告に行ったまま戻ってきていないようだ。
ーー普段と変わった行動をとる時は鴉を使って必ず報告すること。良いですね?ーー
男「おい、来ないなら置いてくからな!!」
暫く行った場所で男が声をかけてくる。
『・・・しのぶさん、すみません』
少し間を置いて、私も歩き始める。
どうか、どうか無事でいてーーー
ーーー今度こそ、助けるからーーー