記憶と霞
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悲「色が・・・無い?」
『はい・・・』
あれから数日経った頃、柘榴経由で悲鳴嶼さんから任務同行の報せが入り今は玄弥君と3人で現場へ向かっている。
悲「変わらないでは無く?」
『はい・・・』
そう言って鞘を抜いて刀身を見せる。
玄「本当だ・・・硝子みてぇだ」
玄弥君が覗き込んで感想を漏らす。彼の言う通り、波紋の部分が硝子の様に透けて反対側が見えていた。
見るからに脆そうで、果たして刀としての役割を果たすのか疑問だった。
悲「・・・・・・」
『あの、これって前例は・・・』
悲「ないな。少なくとも俺は聞いた事はない。」
『やっぱり、そうですか・・・』
あれから、他の柱の人たちにも聞いたけど皆同じ答えだった。
ーー色変わりの刀で色がなくなるとはよもやよもやだ!!俺は見たことも聞いたこともないな!ーー
ーー何だこりゃ・・・また地味だな・・・いや逆に派手なのか??ーー
ーーう〜ん、色が無いのは初めて見ました。私が解剖学に精通していれば美桜さんの身体を調べることも出来たでしょうが・・・ーー
目を丸くして驚いたり、混乱したり、恐ろしい事を口走ったり反応は様々だったが心当たりのある人はいなかった。
悲「その刀を使うのは?」
『今日が初めてです』
悲「そうか・・・しかし、刀に変化が起きた事は間違いないのだ。美桜の力と関係しているのかもしれないな。引き続き精進を怠らぬことだ」
『・・・はいっ!』
悲鳴嶼さんが前向きな言葉をかけてくれる。
そうだ。まだこの刀が駄目だと決まった訳じゃないんだ。
今まで見せてきた人たちの反応から良くないものと思い込んでいた。
特に、鋼塚さんの取り乱し方は凄かった。
ーーーやっと、赤い刀が見られると思ったのにイィィ!黒だの透明だのとふざけやがってェ!!!ーーー
キイィィ!!と畳の上を転がりながら悔しがっていた。
雛鶴さんたちが宥めてくれ、須磨さんが買ってきてくれたみたらし団子でようやく落ち着いたのだ。
『私が、ちゃんと使いこなせる様にならないと』
私の刀なのだから。
しっかりと握り直す。
玄「・・・・・・」
気持ちを切り替えたのも束の間、木の根に足を取られ盛大に転びそうになる。
『わっ!?』
咄嗟に玄弥くんが支えてくれたので転倒は免れた。
・・・なんとも締まらない私・・・かっこ悪
『ごめんね、玄弥くん・・・ありがとう』
玄「いや・・・ていうか、荷物多くないですか?」
『ああ、これね・・・』
ご指摘の通り、私は中々の重荷物だ。
腰には刀を差し背中には銃を背負い、懐には傷薬が入っている。
それぞれの武器はそれなりに重量もある上にバランスが取りにくい。
ここまで呼吸でごまかしながら何とか山道を進んでいた。
『杏寿郎さんが、持っていけって』
今日が柱の任務へ同行する最初の日だからか、煉獄さんは私以上に心配してくれた。
ーー自分の身を守ることが第一だ!遠くから攻撃できる武器は持って行くべきだ!!後、これも持って行くといい!胡蝶が作った傷薬だ!!多少の怪我ならばすぐに治る!ーー
と半ば無理矢理持たされた。
銃は重かったから本当は置いてきたかったけど断ると自分の任務もあるのに私に着いてきそうな勢いだったので渋々持ってきたのだ。
『正直、私には重くて上手く扱える自信がないんだけど・・・』
玄「俺、持ってようか?」
『え、でも・・・重いものを持たせる訳には』
玄「いいって。大して重くないし」
そう言ってヒョイと取られてしまった。
本当に軽々と持つなぁ・・・
『ありがとう』
玄「っ!・・・こんなん、大した事じゃねぇから」
笑顔でお礼を言うと顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。
玄弥くんってば、本当かわいいな!
悲「・・・それは、あの取引の時の銃と同じものか?」
『はい。弾丸の方は対鬼用に加工してあるみたいですよ?』
確かトーマスさんの話だと弾頭に猩猩緋砂鉄が使われているとか・・・
玄「俺、南蛮銃とか初めて見た。美桜さんは銃も使えるのか?スゲェな・・・」
『わっ!弾が入ってるから銃口覗いちゃ駄目!!コツがあるんだよ。って言っても私もそんな上手くないと思うけど・・・』
繁々と銃を観察する玄弥くんに銃の構え方や撃ち方のコツを教える。
玄弥くんは興味深そうに聞いてくれた。
悲「・・・」
暫く歩いていると悲鳴嶼さんが急に立ち止まる。
『・・・?どうかしましたか?』
悲「・・・鬼が近くにいる」
玄「!」
『!!』
急に緊張が走る。
・・・だけど、私達が向かっている目的地はまだまだ先の筈
悲「気配の消し方も知らぬ低級の鬼だ。玄弥、行ってきなさい」
玄「!はいっ!!」
『えっ?玄弥くんだけで・・・』
悲「これも修行だ」
『・・・・・・』
玄「では、いってきます!」
悲「“能力”は使わないように」
玄「っ!はい!!」
玄弥くんは駆け出して行ってしまった。
悲鳴嶼さんはその場に座り込み、南無阿弥陀仏・・・と念仏を唱え始める。
私は、悲鳴嶼さんと玄弥くんが走り去って行った方向を交互に見る。
悲「・・・心配か?」
『!そりゃあ、心配ですよ・・・折角、柱の悲鳴嶼さんがいるのに、1人でなんて』
悲「・・・あいつは1日でも早く柱になりたいそうだ」
『え・・・』
悲「その為にはより多くの、強い鬼を倒していかねばならない。自らの力でな」
『で、でも・・・玄弥くんは・・・』
悲「気付いていたか。そうだ、玄弥は全集中の呼吸が使えない。刀の色も変わらなかった」
『刀も・・・』
悲「あいつには無理だと思うか?」
『それは・・・』
それ以上、何も言えなかった。
悲鳴嶼さんもそれ以上何も言わなかった。
暫くして、鬼を斬った玄弥くんが戻ってきた。
玄「お待たせしました・・・」
『玄弥くん!大丈夫だった!?』
玄「はい。悲鳴嶼さんの言う通り雑魚でしたよ」
悲「では、先を急ぐぞ」
怪我もしていない姿に一安心する。
そうして再び進み出す。
更に歩くと開けた場所に出た。そこで待機していた隠たちと合流する。
先に出発していた隊士達と連絡が取れなくなっているという。
中「先発隊は昨晩に到着している筈なのですが・・・」
『え・・・どこかで怪我をして動けなくなってるのかも・・・早く助けにいかないとですね』
悲「・・・」
玄「・・・」
『?・・・私、何か変な事言いました??』
悲「いや・・・先を急ぐぞ」
心配の言葉を口にするとその場にいた全員が黙りこんでしまう。
何かの違和感を覚えながら、先導する悲鳴嶼さんの後をついて行った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺は、ここに来て迷いが出てきてしまった。
美桜の、行方知らずとなった隊士に対する発言で初めて気付いた。
ーああ、この娘は“まだ何も知らない”のだー
そうだ
そもそも、最初に鬼と遭遇さえしなければこの娘には普通の暮らしがあった筈なのだ。
記憶を失う事も、我々鬼殺隊に能力を使われる事もなかった。
今になって漸く、胡蝶や宇髄、煉獄が反対していた事に合点がいく。
『悲鳴嶼さん??』
美桜から遠慮がちに名を呼ばれ、顔を向ける。
俺には見えないが、声音と空気感で表情を読み取る。
きっと、眉を下げ困った顔をしているのだろう。
『あの・・・私、気に触る事言ってしまいましたか・・・?』
悲「!」
考え事をしていた為に無言になってしまったのを勘違いした様だ。
フッと力を抜いて笑いかける。
悲「いや・・・美桜は何も悪くない」
『そう、ですか・・・?』
悲「美桜はここで暫く待っていなさい。隠と玄弥もここに残れ。この先は俺一人で行く」
『え?』
玄「! 待ってください!!俺も・・・」
悲「玄弥」
玄「ッ!」
悲「何かあった時、必ず美桜を守りなさい」
そう言い残し、鬼と血の気配がする方へ一人足を進めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
悲鳴嶼さんが一人で行ってしまった・・・
私と、隠の3人、そして玄弥くんが無言で立ち尽くす。
玄「くそっ!」
玄弥くんが悔しそうに木の幹に拳を打ち付ける。
『玄弥くん・・・ごめんね。私の所為でここに残る事になっちゃって』
玄「!・・・いや、美桜さんの所為じゃ・・・」
玄弥くんはそう言ってくれるけど、悲鳴嶼さんの態度が急に変わったのは私に原因があったのだと思う。
ここで待機なんて、今までの任務同行と何も変わらないじゃないか。
ーー覚悟ーー
その言葉が心に重くのしかかる。
後「いや、俺は正直ほっとしましたよ」
『え・・・』
後藤さんの言葉に顔を上げる。
後「だって、いくら不思議な力を持っていたとしても隊士じゃない美桜さんを柱の任務に連れて行くって聞いた時は肝を冷やしましたから」
東「私もです。万が一美桜さんが傷付く事になったら・・・耐えられそうもありません」
『後藤さん・・・東城さん・・・』
玄「隠の分際で意見すんじゃねぇよ。上の人間が決めた事だろうが」
後東「ッ!!すみませんっ!!」
玄弥くんがチッと舌打ちしながら低い声で隠の人達を脅す。
『玄弥くん、そんな言い方しないで』
玄「ッ!・・・・・・」
嗜めると罰が悪そうにそっぽを向いてしまった。
『・・・ねぇ、玄弥くんはどうして早く柱になりたいの?』
玄「!・・・悲鳴嶼さんか」
『うん・・・あっ、言いたくないなら別にいいんだけど』
玄「・・・・・・」
暫く黙っていた玄弥くんは大きく息を吐き出すとポツリポツリと話出す。
隠の3人は気を遣って離れた場所へ移動して行った。
ーー今から数年前の夜、母親を迎えに行った兄が不在の所にいきなり襲ってきた鬼に兄弟達が次々に殺されたこと。
自分も殺されると思った時、兄ちゃん・・・実弥さんが間に入り助けてくれたこと。
実弥さんを追いかけ外に出ると、朝日に照らされる中鬼と化した自分達の母親を実弥さんが殺したのを見てしまったと・・・
心と頭の整理が追いつかず気が動転した玄弥くんは実弥さんに酷い言葉を浴びせてしまった事を未だに後悔している、とーー
玄「ーだから、俺も柱になって、あの日の事を謝りたい・・・兄ちゃんと一緒に戦いたいんだ・・・だけど、俺は呼吸が使えない・・・刀の色も・・・」
『玄弥くん・・・』
彼は鬼殺隊に必死に食らいついているんだ。
自分の限界に気がつきながらも目的の為に、兄の為に一生懸命に・・・
玄「なっ!?なっ、なっ、何を・・・!!」
気がつけば玄弥くんを抱き締めていた。
玄弥くんは顔を真っ赤にしている。
『辛いこと聞いてごめん・・・』
軽率な気持ちで質問した自分が恥ずかしい。
それと同時に玄弥くんと、桜介を重ねていた。
弟もまた、自分の限界に打ちひしがれながらも目標の為に必死に訓練に励んでいた。
目標が何だったのか、思い出せないけど・・・
必死に剣を振るう後ろ姿が脳裏に浮かんでいた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
こんな事、言うつもりなんかなかった。
自分の生い立ちなんて悲鳴嶼さんにしか打ち明けた事はない。
身体を診てもらっている胡蝶さんにだって話していない。
自分の弱さを見せるようで・・・自分には才能がないと突きつけられるのが怖かった。
ーどうして柱になりたいの?ー
普段ならそんな事訊かれたら問答無用で殴っていた。女も子供も関係なく。
だけど、美桜さんには何故だか出来なかった。
鬼殺隊の重要人物だからとか、そんなんじゃなく、この人にはできない・・・したくないと思わせる何かがあったんだと思う。
そして、今・・・
背中に手を回し抱擁されているこの状況に限界が近づいていた。
玄「美桜、さん・・・そろそろ・・・」
『!・・・ごめん、嫌だったね』
美桜さんが我に返ったように離れて行く。
『じゃあやっぱり私、玄弥くんの足を引っ張ってばっかりだね』
玄「そんな事ねぇよ!」
ごめんね、と頭を下げる美桜さんに自分でも驚く程大きな声で否定していた。
美桜さんは目を丸くして、それから柔らかく笑った。
玄「・・・やっぱ、変わってんな。」
『え、私、変かな』
玄「俺みたいな奴にそんな笑顔向けるの美桜さんしかいねぇよ。さっきだって・・・」
『さっき?』
玄「隊士と連絡が取れないって時の。美桜さんだけ俺たちと違う受け取り方をしてた」
『・・・?』
本人は心当たりがないようで首を傾げている。
あの時、隊士と連絡が取れないと聞いた時
俺たちは死を想像していた。
いや、確信に近い・・・もう助かる事はないのだろうと。
だけど目の前の女の人は、生存を信じて疑っていない。
嫌だな・・・
こんな心の綺麗な人に、こんな汚れた世界に足を踏み入れて欲しくない
そう思った時、初めて気づく。
そうか、悲鳴嶼さんも・・・
だから・・・
自分は置いて行かれたのではない。
託されたのだと。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
血の匂いが濃くなると共に、鬼の気配も強くなる。
気配から察するに、ここに巣食っているのは十二鬼月に間違いないようだ。
更に近づくと、バキボキと骨を噛み砕く音が聞こえて来る。
・・・犠牲になったのは昨日到着した隊士達だろう。
美桜をこの場に連れて来ないで正解だった。
悲「・・・岩の呼吸、弐の型、天面砕き!」
離れた場所から技を放つ。
木や枝の折れる音の後、己の投げた鉄球が地面に沈む鈍い音が響く。
悲「・・・そう簡単にはいかんか」
危険を察知する能力に長けているらしい。
間一髪の所で頸に届かなかった。
しかし、胴から下は潰した。
悲「次で終わりだ」
武器を構え直した所で異変に気づく。
周囲の木々がザワザワと揺れ動く・・・風ではない。
これはーーー
悲「血鬼術か」
鬼「その強さ・・・柱か。それも、相当の手練れとみた」
悲「!」
潰した筈の体を再生したのか・・・早いな。
十二鬼月の中でも上弦に近いようだ。
鬼「だが先程の攻撃で儂を殺せなかったのは残念じゃったなぁ」
悲「・・・何も問題などない」
鬼「そうかのう?・・・西に約6町行った場所・・・仲間が5人いるな」
悲「!」
鬼「鶏冠の様な頭をした男の餓鬼に、頭巾を被った人間が4人・・・内2人は女か?」
悲「・・・適当な事を・・・」
鬼「そう思うか?儂ならこの場所からも彼等を捉える事が可能・・・」
悲「岩の呼吸、参ノ型、岩軀の膚!」
下手な動きをさせるまいと周りの木々を薙ぎ倒す。
気配から察するに、この鬼は木を操ると見た。
「うわああああああっ!!」
「キャアア!!」
悲「!!」
離れた場所から悲鳴が聞こえる。
馬鹿な・・・
鬼はこの場にいる。
一体、何が起きているのだ
鬼「話の途中で攻撃してくるとは随分焦っている様子・・・助けに行くか?間に合えばいいがのう」
悲「俺がお前を滅殺する方が早いだろう」
俺が鬼から離れるのは得策ではない。
柱が来た事を知られたからには姿を眩ますだろう。
今、この場で蹴りをつけるしかない。
・・・玄弥・・・
美桜を守るのだ・・・
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「うわああああああっ!!」
「キャアア!!」
2人の悲鳴にバッと振り返る。
さっきまでそこにいた筈の後藤さんと東城さんの姿が見えない。
駆け寄ると、中西さんが腰を抜かして上を見上げていた。
『中西さんっ!2人は!?』
中「あ・・あそこに・・・」
『ッ!!?』
震える指で指し示す方・・・頭上へと目を向けると木の枝が体に巻き付いて身動きが取れないでいる2人の姿があった。
後「何だ何だ急に!」
東「・・・・・ッ」
後藤さんはパニック状態、東城さんはあまりの出来事に声が出せずにいる。
見たところ大きな怪我はしていない様だった。
『これって・・・鬼の術・・?』
近くに鬼がいるのだろうか。
悲鳴嶼さんは・・・
玄「危ねぇッ!」
『ッ!!』
頭の中で考えていると突然玄弥くんに突き飛ばされる。
倒れると同時に頭上を枝が勢いよく通り過ぎていく。
捕われそうになった所を間一髪でかわしてくれたのだ。
更にその枝を玄弥くんが刀で斬り落とす。
『あっ・・ありがとう、玄弥くん・・わぁっ!』
玄「・・・・・・ッ」
安心したのも束の間、また別の方向から枝が伸びてくる。
これも間一髪で避ける。
四方からの攻撃だと避けるのに精一杯だ。
どうしたら・・・
『・・・うわっ!?玄弥くんっ!?』
玄「早く走るぞ!!遠くへ逃げるんだ!!」
どう切り抜けようか考えていると急に手を掴まれ山道を駆け出す。
『えっ!ちょっ、ちょっと待ってッ』
まだ、隠の3人が・・・
玄「無理だ!アイツらの事はもう諦めろ!」
『ッ!!』
玄「美桜さんは自分の命のことだけ考えてればいい!俺が何とか守るからっ!!」
『玄弥くん・・・』
玄弥くんの性格、そして目的の為には鬼から逃げる行為は意に反している筈。
自分の力量を知っているからこそ、私を生かす為に逃げの判断をしたんだろう。
でも・・・
『・・・ごめん』
手を振り解き、身を翻す。
そして、隠の3人の元へと走り出す。
玄「美桜さんっ!くそっ!!」
悲鳴嶼さん・・・
玄弥くん・・・
ごめんなさい
私は、彼等を助けたいーーー
『はい・・・』
あれから数日経った頃、柘榴経由で悲鳴嶼さんから任務同行の報せが入り今は玄弥君と3人で現場へ向かっている。
悲「変わらないでは無く?」
『はい・・・』
そう言って鞘を抜いて刀身を見せる。
玄「本当だ・・・硝子みてぇだ」
玄弥君が覗き込んで感想を漏らす。彼の言う通り、波紋の部分が硝子の様に透けて反対側が見えていた。
見るからに脆そうで、果たして刀としての役割を果たすのか疑問だった。
悲「・・・・・・」
『あの、これって前例は・・・』
悲「ないな。少なくとも俺は聞いた事はない。」
『やっぱり、そうですか・・・』
あれから、他の柱の人たちにも聞いたけど皆同じ答えだった。
ーー色変わりの刀で色がなくなるとはよもやよもやだ!!俺は見たことも聞いたこともないな!ーー
ーー何だこりゃ・・・また地味だな・・・いや逆に派手なのか??ーー
ーーう〜ん、色が無いのは初めて見ました。私が解剖学に精通していれば美桜さんの身体を調べることも出来たでしょうが・・・ーー
目を丸くして驚いたり、混乱したり、恐ろしい事を口走ったり反応は様々だったが心当たりのある人はいなかった。
悲「その刀を使うのは?」
『今日が初めてです』
悲「そうか・・・しかし、刀に変化が起きた事は間違いないのだ。美桜の力と関係しているのかもしれないな。引き続き精進を怠らぬことだ」
『・・・はいっ!』
悲鳴嶼さんが前向きな言葉をかけてくれる。
そうだ。まだこの刀が駄目だと決まった訳じゃないんだ。
今まで見せてきた人たちの反応から良くないものと思い込んでいた。
特に、鋼塚さんの取り乱し方は凄かった。
ーーーやっと、赤い刀が見られると思ったのにイィィ!黒だの透明だのとふざけやがってェ!!!ーーー
キイィィ!!と畳の上を転がりながら悔しがっていた。
雛鶴さんたちが宥めてくれ、須磨さんが買ってきてくれたみたらし団子でようやく落ち着いたのだ。
『私が、ちゃんと使いこなせる様にならないと』
私の刀なのだから。
しっかりと握り直す。
玄「・・・・・・」
気持ちを切り替えたのも束の間、木の根に足を取られ盛大に転びそうになる。
『わっ!?』
咄嗟に玄弥くんが支えてくれたので転倒は免れた。
・・・なんとも締まらない私・・・かっこ悪
『ごめんね、玄弥くん・・・ありがとう』
玄「いや・・・ていうか、荷物多くないですか?」
『ああ、これね・・・』
ご指摘の通り、私は中々の重荷物だ。
腰には刀を差し背中には銃を背負い、懐には傷薬が入っている。
それぞれの武器はそれなりに重量もある上にバランスが取りにくい。
ここまで呼吸でごまかしながら何とか山道を進んでいた。
『杏寿郎さんが、持っていけって』
今日が柱の任務へ同行する最初の日だからか、煉獄さんは私以上に心配してくれた。
ーー自分の身を守ることが第一だ!遠くから攻撃できる武器は持って行くべきだ!!後、これも持って行くといい!胡蝶が作った傷薬だ!!多少の怪我ならばすぐに治る!ーー
と半ば無理矢理持たされた。
銃は重かったから本当は置いてきたかったけど断ると自分の任務もあるのに私に着いてきそうな勢いだったので渋々持ってきたのだ。
『正直、私には重くて上手く扱える自信がないんだけど・・・』
玄「俺、持ってようか?」
『え、でも・・・重いものを持たせる訳には』
玄「いいって。大して重くないし」
そう言ってヒョイと取られてしまった。
本当に軽々と持つなぁ・・・
『ありがとう』
玄「っ!・・・こんなん、大した事じゃねぇから」
笑顔でお礼を言うと顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。
玄弥くんってば、本当かわいいな!
悲「・・・それは、あの取引の時の銃と同じものか?」
『はい。弾丸の方は対鬼用に加工してあるみたいですよ?』
確かトーマスさんの話だと弾頭に猩猩緋砂鉄が使われているとか・・・
玄「俺、南蛮銃とか初めて見た。美桜さんは銃も使えるのか?スゲェな・・・」
『わっ!弾が入ってるから銃口覗いちゃ駄目!!コツがあるんだよ。って言っても私もそんな上手くないと思うけど・・・』
繁々と銃を観察する玄弥くんに銃の構え方や撃ち方のコツを教える。
玄弥くんは興味深そうに聞いてくれた。
悲「・・・」
暫く歩いていると悲鳴嶼さんが急に立ち止まる。
『・・・?どうかしましたか?』
悲「・・・鬼が近くにいる」
玄「!」
『!!』
急に緊張が走る。
・・・だけど、私達が向かっている目的地はまだまだ先の筈
悲「気配の消し方も知らぬ低級の鬼だ。玄弥、行ってきなさい」
玄「!はいっ!!」
『えっ?玄弥くんだけで・・・』
悲「これも修行だ」
『・・・・・・』
玄「では、いってきます!」
悲「“能力”は使わないように」
玄「っ!はい!!」
玄弥くんは駆け出して行ってしまった。
悲鳴嶼さんはその場に座り込み、南無阿弥陀仏・・・と念仏を唱え始める。
私は、悲鳴嶼さんと玄弥くんが走り去って行った方向を交互に見る。
悲「・・・心配か?」
『!そりゃあ、心配ですよ・・・折角、柱の悲鳴嶼さんがいるのに、1人でなんて』
悲「・・・あいつは1日でも早く柱になりたいそうだ」
『え・・・』
悲「その為にはより多くの、強い鬼を倒していかねばならない。自らの力でな」
『で、でも・・・玄弥くんは・・・』
悲「気付いていたか。そうだ、玄弥は全集中の呼吸が使えない。刀の色も変わらなかった」
『刀も・・・』
悲「あいつには無理だと思うか?」
『それは・・・』
それ以上、何も言えなかった。
悲鳴嶼さんもそれ以上何も言わなかった。
暫くして、鬼を斬った玄弥くんが戻ってきた。
玄「お待たせしました・・・」
『玄弥くん!大丈夫だった!?』
玄「はい。悲鳴嶼さんの言う通り雑魚でしたよ」
悲「では、先を急ぐぞ」
怪我もしていない姿に一安心する。
そうして再び進み出す。
更に歩くと開けた場所に出た。そこで待機していた隠たちと合流する。
先に出発していた隊士達と連絡が取れなくなっているという。
中「先発隊は昨晩に到着している筈なのですが・・・」
『え・・・どこかで怪我をして動けなくなってるのかも・・・早く助けにいかないとですね』
悲「・・・」
玄「・・・」
『?・・・私、何か変な事言いました??』
悲「いや・・・先を急ぐぞ」
心配の言葉を口にするとその場にいた全員が黙りこんでしまう。
何かの違和感を覚えながら、先導する悲鳴嶼さんの後をついて行った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺は、ここに来て迷いが出てきてしまった。
美桜の、行方知らずとなった隊士に対する発言で初めて気付いた。
ーああ、この娘は“まだ何も知らない”のだー
そうだ
そもそも、最初に鬼と遭遇さえしなければこの娘には普通の暮らしがあった筈なのだ。
記憶を失う事も、我々鬼殺隊に能力を使われる事もなかった。
今になって漸く、胡蝶や宇髄、煉獄が反対していた事に合点がいく。
『悲鳴嶼さん??』
美桜から遠慮がちに名を呼ばれ、顔を向ける。
俺には見えないが、声音と空気感で表情を読み取る。
きっと、眉を下げ困った顔をしているのだろう。
『あの・・・私、気に触る事言ってしまいましたか・・・?』
悲「!」
考え事をしていた為に無言になってしまったのを勘違いした様だ。
フッと力を抜いて笑いかける。
悲「いや・・・美桜は何も悪くない」
『そう、ですか・・・?』
悲「美桜はここで暫く待っていなさい。隠と玄弥もここに残れ。この先は俺一人で行く」
『え?』
玄「! 待ってください!!俺も・・・」
悲「玄弥」
玄「ッ!」
悲「何かあった時、必ず美桜を守りなさい」
そう言い残し、鬼と血の気配がする方へ一人足を進めた。
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悲鳴嶼さんが一人で行ってしまった・・・
私と、隠の3人、そして玄弥くんが無言で立ち尽くす。
玄「くそっ!」
玄弥くんが悔しそうに木の幹に拳を打ち付ける。
『玄弥くん・・・ごめんね。私の所為でここに残る事になっちゃって』
玄「!・・・いや、美桜さんの所為じゃ・・・」
玄弥くんはそう言ってくれるけど、悲鳴嶼さんの態度が急に変わったのは私に原因があったのだと思う。
ここで待機なんて、今までの任務同行と何も変わらないじゃないか。
ーー覚悟ーー
その言葉が心に重くのしかかる。
後「いや、俺は正直ほっとしましたよ」
『え・・・』
後藤さんの言葉に顔を上げる。
後「だって、いくら不思議な力を持っていたとしても隊士じゃない美桜さんを柱の任務に連れて行くって聞いた時は肝を冷やしましたから」
東「私もです。万が一美桜さんが傷付く事になったら・・・耐えられそうもありません」
『後藤さん・・・東城さん・・・』
玄「隠の分際で意見すんじゃねぇよ。上の人間が決めた事だろうが」
後東「ッ!!すみませんっ!!」
玄弥くんがチッと舌打ちしながら低い声で隠の人達を脅す。
『玄弥くん、そんな言い方しないで』
玄「ッ!・・・・・・」
嗜めると罰が悪そうにそっぽを向いてしまった。
『・・・ねぇ、玄弥くんはどうして早く柱になりたいの?』
玄「!・・・悲鳴嶼さんか」
『うん・・・あっ、言いたくないなら別にいいんだけど』
玄「・・・・・・」
暫く黙っていた玄弥くんは大きく息を吐き出すとポツリポツリと話出す。
隠の3人は気を遣って離れた場所へ移動して行った。
ーー今から数年前の夜、母親を迎えに行った兄が不在の所にいきなり襲ってきた鬼に兄弟達が次々に殺されたこと。
自分も殺されると思った時、兄ちゃん・・・実弥さんが間に入り助けてくれたこと。
実弥さんを追いかけ外に出ると、朝日に照らされる中鬼と化した自分達の母親を実弥さんが殺したのを見てしまったと・・・
心と頭の整理が追いつかず気が動転した玄弥くんは実弥さんに酷い言葉を浴びせてしまった事を未だに後悔している、とーー
玄「ーだから、俺も柱になって、あの日の事を謝りたい・・・兄ちゃんと一緒に戦いたいんだ・・・だけど、俺は呼吸が使えない・・・刀の色も・・・」
『玄弥くん・・・』
彼は鬼殺隊に必死に食らいついているんだ。
自分の限界に気がつきながらも目的の為に、兄の為に一生懸命に・・・
玄「なっ!?なっ、なっ、何を・・・!!」
気がつけば玄弥くんを抱き締めていた。
玄弥くんは顔を真っ赤にしている。
『辛いこと聞いてごめん・・・』
軽率な気持ちで質問した自分が恥ずかしい。
それと同時に玄弥くんと、桜介を重ねていた。
弟もまた、自分の限界に打ちひしがれながらも目標の為に必死に訓練に励んでいた。
目標が何だったのか、思い出せないけど・・・
必死に剣を振るう後ろ姿が脳裏に浮かんでいた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
こんな事、言うつもりなんかなかった。
自分の生い立ちなんて悲鳴嶼さんにしか打ち明けた事はない。
身体を診てもらっている胡蝶さんにだって話していない。
自分の弱さを見せるようで・・・自分には才能がないと突きつけられるのが怖かった。
ーどうして柱になりたいの?ー
普段ならそんな事訊かれたら問答無用で殴っていた。女も子供も関係なく。
だけど、美桜さんには何故だか出来なかった。
鬼殺隊の重要人物だからとか、そんなんじゃなく、この人にはできない・・・したくないと思わせる何かがあったんだと思う。
そして、今・・・
背中に手を回し抱擁されているこの状況に限界が近づいていた。
玄「美桜、さん・・・そろそろ・・・」
『!・・・ごめん、嫌だったね』
美桜さんが我に返ったように離れて行く。
『じゃあやっぱり私、玄弥くんの足を引っ張ってばっかりだね』
玄「そんな事ねぇよ!」
ごめんね、と頭を下げる美桜さんに自分でも驚く程大きな声で否定していた。
美桜さんは目を丸くして、それから柔らかく笑った。
玄「・・・やっぱ、変わってんな。」
『え、私、変かな』
玄「俺みたいな奴にそんな笑顔向けるの美桜さんしかいねぇよ。さっきだって・・・」
『さっき?』
玄「隊士と連絡が取れないって時の。美桜さんだけ俺たちと違う受け取り方をしてた」
『・・・?』
本人は心当たりがないようで首を傾げている。
あの時、隊士と連絡が取れないと聞いた時
俺たちは死を想像していた。
いや、確信に近い・・・もう助かる事はないのだろうと。
だけど目の前の女の人は、生存を信じて疑っていない。
嫌だな・・・
こんな心の綺麗な人に、こんな汚れた世界に足を踏み入れて欲しくない
そう思った時、初めて気づく。
そうか、悲鳴嶼さんも・・・
だから・・・
自分は置いて行かれたのではない。
託されたのだと。
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血の匂いが濃くなると共に、鬼の気配も強くなる。
気配から察するに、ここに巣食っているのは十二鬼月に間違いないようだ。
更に近づくと、バキボキと骨を噛み砕く音が聞こえて来る。
・・・犠牲になったのは昨日到着した隊士達だろう。
美桜をこの場に連れて来ないで正解だった。
悲「・・・岩の呼吸、弐の型、天面砕き!」
離れた場所から技を放つ。
木や枝の折れる音の後、己の投げた鉄球が地面に沈む鈍い音が響く。
悲「・・・そう簡単にはいかんか」
危険を察知する能力に長けているらしい。
間一髪の所で頸に届かなかった。
しかし、胴から下は潰した。
悲「次で終わりだ」
武器を構え直した所で異変に気づく。
周囲の木々がザワザワと揺れ動く・・・風ではない。
これはーーー
悲「血鬼術か」
鬼「その強さ・・・柱か。それも、相当の手練れとみた」
悲「!」
潰した筈の体を再生したのか・・・早いな。
十二鬼月の中でも上弦に近いようだ。
鬼「だが先程の攻撃で儂を殺せなかったのは残念じゃったなぁ」
悲「・・・何も問題などない」
鬼「そうかのう?・・・西に約6町行った場所・・・仲間が5人いるな」
悲「!」
鬼「鶏冠の様な頭をした男の餓鬼に、頭巾を被った人間が4人・・・内2人は女か?」
悲「・・・適当な事を・・・」
鬼「そう思うか?儂ならこの場所からも彼等を捉える事が可能・・・」
悲「岩の呼吸、参ノ型、岩軀の膚!」
下手な動きをさせるまいと周りの木々を薙ぎ倒す。
気配から察するに、この鬼は木を操ると見た。
「うわああああああっ!!」
「キャアア!!」
悲「!!」
離れた場所から悲鳴が聞こえる。
馬鹿な・・・
鬼はこの場にいる。
一体、何が起きているのだ
鬼「話の途中で攻撃してくるとは随分焦っている様子・・・助けに行くか?間に合えばいいがのう」
悲「俺がお前を滅殺する方が早いだろう」
俺が鬼から離れるのは得策ではない。
柱が来た事を知られたからには姿を眩ますだろう。
今、この場で蹴りをつけるしかない。
・・・玄弥・・・
美桜を守るのだ・・・
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「うわああああああっ!!」
「キャアア!!」
2人の悲鳴にバッと振り返る。
さっきまでそこにいた筈の後藤さんと東城さんの姿が見えない。
駆け寄ると、中西さんが腰を抜かして上を見上げていた。
『中西さんっ!2人は!?』
中「あ・・あそこに・・・」
『ッ!!?』
震える指で指し示す方・・・頭上へと目を向けると木の枝が体に巻き付いて身動きが取れないでいる2人の姿があった。
後「何だ何だ急に!」
東「・・・・・ッ」
後藤さんはパニック状態、東城さんはあまりの出来事に声が出せずにいる。
見たところ大きな怪我はしていない様だった。
『これって・・・鬼の術・・?』
近くに鬼がいるのだろうか。
悲鳴嶼さんは・・・
玄「危ねぇッ!」
『ッ!!』
頭の中で考えていると突然玄弥くんに突き飛ばされる。
倒れると同時に頭上を枝が勢いよく通り過ぎていく。
捕われそうになった所を間一髪でかわしてくれたのだ。
更にその枝を玄弥くんが刀で斬り落とす。
『あっ・・ありがとう、玄弥くん・・わぁっ!』
玄「・・・・・・ッ」
安心したのも束の間、また別の方向から枝が伸びてくる。
これも間一髪で避ける。
四方からの攻撃だと避けるのに精一杯だ。
どうしたら・・・
『・・・うわっ!?玄弥くんっ!?』
玄「早く走るぞ!!遠くへ逃げるんだ!!」
どう切り抜けようか考えていると急に手を掴まれ山道を駆け出す。
『えっ!ちょっ、ちょっと待ってッ』
まだ、隠の3人が・・・
玄「無理だ!アイツらの事はもう諦めろ!」
『ッ!!』
玄「美桜さんは自分の命のことだけ考えてればいい!俺が何とか守るからっ!!」
『玄弥くん・・・』
玄弥くんの性格、そして目的の為には鬼から逃げる行為は意に反している筈。
自分の力量を知っているからこそ、私を生かす為に逃げの判断をしたんだろう。
でも・・・
『・・・ごめん』
手を振り解き、身を翻す。
そして、隠の3人の元へと走り出す。
玄「美桜さんっ!くそっ!!」
悲鳴嶼さん・・・
玄弥くん・・・
ごめんなさい
私は、彼等を助けたいーーー