独占欲と蛇
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私は翌日から早速体を鍛え始めた。
鍛えると言っても町内を走ったり腹筋や腕立てなどの筋トレが殆どで、初日なんて町内を2周した所で息が切れ、腹筋、腕立ても50回も出来なかった。
・・・私ってこんなに体力なかったの!?
よくよく考えてみれば家事くらいしか体を動かして来ていなかったのだから当然かもしれない。
今日で3日目。
私は激しい筋肉痛と闘っていた。
『うぅ・・・』
少し腕や足を動かすだけで痛みが走る。
やっとの思いで全ての掃除を終えた。
『ハァ、ハァ・・・まだ・・・洗濯をしないと・・・』
もうお昼前だ。
早い所洗濯をして干さないと夕方に乾かなくなっちゃう!
煉獄さんは昨日から任務に出ているので私1人。
昼食は適当に済ませちゃおう。
・・・来週から雛鶴さん達が交代で鍛えてくれる事になっているけど、このままだとガッカリされちゃうかな・・・
とりあえず、この痛みを何とかしないと・・・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
洗濯を死ぬ気で終えた私は町に出ていた。
以前、千ちゃんを診てもらい、槇寿郎さんのお薬をもらったお医者様の所までやってきた。
『ごめんくださーい』
扉を開くとカランカラン、と来訪の旨を伝える
木のドアベルが鳴る。
看護婦さんに案内されて待合室の椅子に腰掛ける。こじんまりとした待合室は木の温もりが感じられる落ち着いた雰囲気だ。
しばらくすると診察室の扉が開き反射的に顔を上げる。
『!』
槇「!!」
なんと診察室から出てきたのは槇寿郎さん。
まさかこんな所で再会するなんて!
槇寿郎さんも驚いた表情をする。
『槇寿郎さん、ご無沙汰しております。・・・またお加減が良ろしくないのですか??』
槇「違う!定期的に来ないとここの医者が五月蝿いから来てやってるだけだ!」
医「煉獄様、何を騒いでいらっしゃるのです?・・・おや、貴女は」
『あ、こんにちは』
医「貴女が医者にかかるのは初めてですね。さぁ、診察室へどうぞ」
『はい。すみません、槇寿郎さん失礼します』
せっかく会えたからもう少しお話したい所だったけどお医者様を待たせる訳にもいかないのでその場を後にした。
槇「・・・・・・」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
医「・・・成る程。それは間違いなく筋肉痛ですね」
『はい・・・』
痛みの理由を伝えると案の定の診断を受けた。塗り薬を塗ってもらった所がスースーする。
心なしか痛みが和らいだような気が・・・
医「今塗ったものと同じ塗り薬と、飲み薬も処方しておきますね。体を鍛えるのは良い事ですが無理は禁物ですよ?」
『はい・・・ありがとうございました』
お会計を済ませ、薬を受け取った私は診療所を出る。
すると、槇寿郎さんが壁にもたれる様にして立っていた。
とっくに帰っているものだと思っていたので驚く。
『槇寿郎さん!』
槇「・・・お前は何故ここに来た?」
『えっ?何故って・・・』
槇「その、なんだ・・・アレだ・・・」
どれ?
槇寿郎さんが何を聞いているのかいまいち分からず首を傾げる私にイラッとした顔をする。
槇「だから・・・杏寿郎との間にだな・・・」
『!!』
顔を背けながら言いにくそうな槇寿郎さんの様子にやっと何を聞かれているのか理解する。
私は顔を真っ赤にして
『でっ!デキてません!!筋肉痛です!!』
そもそもデキる様な事もしてませんから!!
思わず声を上げてしまった私の口を槇寿郎さんに塞がれる。
槇「馬鹿者!声がでかい!!」
『・・・・・・ふみまふぇん』
いや半分は槇寿郎さんのせいだよ?
私の口から手を離した槇寿郎さんはスタスタ歩き始める。あら、帰ってしまうのね。
槇「・・・何突っ立っている?いくぞ」
『!! はい!』
まさか槇寿郎さんから誘ってもらえるなんて!初めての事に喜びを感じ後に着いて行く。
歩いてしばらくの所にあるお茶屋さんに入った。
私は色々迷った結果、抹茶と栗羊羹を注文して舌鼓を打つ。
お昼を適当に済ませてしまったからか、いつもより美味しく感じる。
槇「・・・お前は旨そうに食うんだな」
『はい!とっても美味しいですよ。あ、槇寿郎さんも食べます?』
槇「いらん。お前が食え。」
栗羊羹を差し出すが断られてしまう。
煉獄さんならありがとう!って言って食べてるのに。
槇「杏寿郎は不在か」
『はい。昨日から任務で・・・今回は遠いので帰りは来週になるみたいです・・・』
そう。
遠方の任務は久しぶりで、無事に帰って来てくれるか不安だし、寂しい。
自然と眉が下がってしまう。
槇「・・・。お前は何故筋肉痛なんかになっているんだ?」
『あ・・・それは・・・』
経緯を掻い摘んで話す。
槇寿郎さんは途中呆れた様な顔をしながらも最後まで話を聞いてくれた。
槇「そうか・・・小芭内が柱になったか」
『!!』
そっか!子供の頃に一緒に住んでたんだよね。
『・・・伊黒さんってどんな人なんですか?』
槇「あいつは・・・・・・いや、俺が話す事などない。知りたければ本人から聞け」
『・・・はぁい』
多分聞いたって教えてくれないよ。
まぁ、勝手に他人の過去に触れるのも良くないか。
槇「・・・お前はしばらく家にいろ」
『??』
外に出るなってこと?
何で??
槇「・・・しばらくの間家で千寿郎にでも体を鍛えてもらえ。あいつも、お前程度の奴の指導は出来るだろう」
プイとそっぽを向きながら言う。
家って、煉獄家のこと!?
『え・・・行ってもいいんですか?』
槇「どうせ杏寿郎は帰って来ないのだろう。小娘1人では不用心だ・・・いや、いい!好きにしろ!」
『いっ、行きます!行きたいです!・・・ありがとうございます。』
私の心配までしてくれるなんて・・・
さっきからツンとデレを交互に繰り返す槇寿郎さんに感動を覚える。
茶屋を出た私は一旦槇寿郎さんと別れ、洗濯物を取り込み数日の着替えを持ってから煉獄家に向かった。
到着した頃には門に夕日が差し込んでいた。
『こんばんは。しばらくお世話になります』
玄関で挨拶をすると千ちゃんが廊下の向こうから駆けて来た。
千「美桜さん!お久しぶりです!!」
マイエンジェル!!
会いたかった!!!
千ちゃんは勢いよく私に飛びついてくる。
嬉し・・・
『いった!!』
千「あっ、すみません!嬉しくて思わず・・・怪我でもされたのですか??」
『ううん、違うの。ちょっと筋肉痛で・・・。私も久しぶりに会えて嬉しいよ』
千「わわっ!」
慌てて離れようとする千ちゃんを両手でギュッと抱きしめる。
千ちゃんは顔を真っ赤にして恥ずかしがってる。可愛い。連れて帰りたくなるやつ!!
千「兄上には手紙を出しておきますから、美桜さんは安心して家にいてくださいね」
『ありがとう・・・って、手紙出せるの!?』
どうやって!?
千「はい。鴉が届けてくれますから」
煉獄家の鴉は元々は槇寿郎さんの鴉だったらしい。引退をすると鴉も他の隊士に就けられるそうだけど歴代炎柱のお家はどうも特別みたい。
千ちゃんは良く鴉を使って任務地にいる煉獄さんと連絡を取り合っていたと教えてくれた。
『へぇ〜!!知らなかった・・・』
任務地にいる煉獄さんと連絡が取れるんだ!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
任務に出て5日が経った。
麓の町で手分けして情報を探ってはいるが鬼の新情報が得られず苦戦している。
これは・・・予定より長引きそうだ。
また美桜に心配をかけてしまうな・・・
今は夜を待って藤の家紋の家で待機していた。
鴉「カアッ」
煉「!!」
窓から一羽の鴉が入ってきた。
足には文が括り付けてある。
千寿郎からだな。
鴉から文を受け取り開いてみると、いつもより量が多い。
・・・家に何かあったのだろうか・・・
煉「・・・!!美桜が・・・そうか」
千寿郎の手紙には、俺が帰るまでの間美桜が煉獄家で過ごす事になったと。しかも父上からの提案で驚いたという内容だった。
そうか!
父上や千寿郎と共にいるのならば安心だ。
そう思いながら紙を捲る。
煉「!!」
煉「・・・・・・」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
伊「・・・この分だと今夜も成果はなさそうだな」
煉「ああ!そうだな!!」
伊「・・・?何やら機嫌が良いな」
鬼も見つからず任務が長引いているというのに。
現にこの男は昨晩まで鬼の手がかりが掴めない事に焦っていた筈。
煉「うむ!家の者から手紙が届いてな」
伊「あぁ、」
成る程。
伊「千寿郎か」
煉「ああ!千寿郎も小芭内が柱になった事を知って喜んでいたぞ!君に会いたいとも書いてあった!時間がある時に会ってやってくれないか?」
伊「勿論だ」
煉獄家で世話になっていた頃はやっと歩き始めた位の赤子だったな・・・。
さぞかし立派に成長した事だろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
煉獄家にお邪魔して5日目。
酷かった筋肉痛も薬が効いたようですっかり治っていた。
以前お世話になっていた時のように千ちゃんと午前中に家事を終わらせる。
以前と違うのはー
千「美桜さん、大丈夫ですか?」
『ハァッハァッ・・だいっ、じょうぶ・・・』
千「あと1周したら休憩をとりましょう!がんばって下さい!」
私は千ちゃんと共に体を鍛えていた。
前はひたすら稽古をしている千ちゃんを見ていたけど、今は一緒に体を動かしている。
『ハァッハァッハァッ・・・・』
千「美桜さん、お水です。どうぞ」
『ハァッ、あ、りが、と・・・』
千ちゃんからお水を受け取り一気に飲み干す。
身体中に水が染み渡っていく感覚が心地良い。
同じ運動をしていたのに、千ちゃんは全く息が切れていない。
この差は大きいな・・・
千「俺はこの後素振りを行いますが、美桜さんもやりますか?」
『あ・・・私はまだ出来ないんだ』
千「??」
『今週はひたすら体力づくり。くノ一の雛鶴さん達に私の体力を見てもらって、それから訓練内容を決めるから、それまでは勝手に訓練しないようにって言われてて・・・』
千「そうなのですね。わかりました。では美桜さんはこの後しっかり柔軟をして体をほぐしてくださいね」
『うん。夕飯の支度始めとくね。付き合ってくれてありがとう、千ちゃん』
千ちゃんに言われたように、運動の前と後に柔軟運動をして体をほぐす様にしてからは翌日の負担が減った気がする。
縁側に上がろうとした時、生暖かい風が吹く。
ふと、西の空を見上げると黒雲が見えた。
『夜は天気が荒れそうだね』
千「・・・・・・」
千ちゃんは浮かない顔をして黒雲を見上げていた。
煉獄さんのいる場所は大丈夫かなぁ。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
あの後黒雲はどんどん広がっていき、夕食時には雨が降り始めた。
強風が吹く度に戸板が音を立てていた。
遠くで雷の音も聞こえる。
厨房で洗い物をしながら雷鳴を聞いていると、千ちゃんが入ってくる。
千「美桜さん、手伝います」
『ありがとう、千ちゃん。でももうすぐ終わるから大丈夫。先にお風呂入っちゃっていいよ』
千「そうですか・・・わかりました。ではお先に」
それからしばらくして洗い物を終え、厨房を出るとお風呂から上がった千ちゃんに会う。
ん?お風呂から出るの早くない??
千「美桜さん、お風呂空きましたよ。どうぞ」
『あ、ありがと』
身体を洗い流し、湯船に浸かりながら今日使った筋肉を揉みほぐす。
お風呂場の窓にあたる雨の音が強くなってきている。
雷も近づいてきてるなぁ。
記憶をなくしてからここまで荒れた天気になるのは初めてだ。
お風呂から上がって部屋に向かっている最中に一際大きい雷鳴が響く。
『ひゃっ!!』
余りの大きい音につい口から悲鳴が漏れる。
すると、部屋の戸が開き千ちゃんが顔を出す。
千「美桜さん、大丈夫ですか??」
『うん・・・大きい音に吃驚しちゃって・・・ごめんね。起こしちゃった?』
千「いえ・・・美桜さんは、怖くないですか?」
『? うん・・・大丈夫・・・』
千「・・・そうですか。では、俺は部屋に戻ります。おやすみなさい」
『おやすみ、千ちゃん』
部屋に戻って布団の中に入る。
暴風雨も雷も音には吃驚したけど怖くはなかった。
ゆっくりお湯に浸かれて暖かいお布団の中にいられるし、お家の中は安全だ。
・・・今頃煉獄さんは任務中だよね。
鬼殺隊の人達は、こんな天気の日でも任務があれば外に出て鬼と戦っているんだなぁ。
それに引き換え私は・・・
たった数日体を動かしただけ。
体力も全然ない。
一朝一夕で劇的に変わるとは思ってないけどさ。
やっぱり焦るなぁ。
千ちゃんも自分の鍛錬もあるのに私に付き合ってくれたり、さっきも雷が怖くないか私の事心配してくれたり・・・
私の方がお姉さんなのにまるで立場が逆だ。
ー・・・美桜さんは、怖くないですか?
・・・美桜さん「は」?
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
雨風が窓に叩きつけられる音が暗い部屋に響いている。
雷鳴もどんどん大きくなり、間隔も短くなってきた。
・・・幼い頃から、雷が恐ろしくて仕方がなかった。
昔は、こんな夜は兄上が布団で一緒に寝てくれた。
兄上がいればどんな夜も怖くなかった。
でも、俺ももう子供じゃない・・・
いつまでも、甘えていてはいけない。
俺だって煉獄家の男なのだから。
美桜さんの事を心配している様に振る舞っていたけれど、
・・・本当は美桜さんに甘えようとしていたなんて・・・
なんと情けないのだろう。
俺はもう子供じゃないんだ。
一人でも、大丈夫・・・
そう心の中で何度も唱えながら、布団を頭まで被って一晩やり過ごそうと思った時
今までで一番大きな雷鳴が地響きと共に聞こえた。
千「・・・ッ!!!」
どこかに落ちたのかな・・・
怖い・・・
千「兄上・・・」
ポツリと小さく呟いた時
『千ちゃん、まだ起きてる?』
部屋の外で美桜さんの声がした。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
部屋の戸が静かに開く。
千「美桜さん・・・ど、どうかしましたか?」
千ちゃんが控えめに顔を覗かせる。
『千ちゃん・・・ごめん』
千「え?」
『さっきは大丈夫って言ったけど、やっぱり雷が怖いの。一緒に寝てもいいかな?』
千「えっ!」
驚き、戸惑いの表情をする。
『・・・駄目かな・・・?』
千「いっいえ!駄目じゃ、ないです・・・」
どうぞ、と部屋に招き入れられる。
千ちゃんの寝床の隣に布団を敷いて横になる。
千「・・・・・・ッ!」
しばらく無言の状態が続いたけど、雷鳴が響く度に千ちゃんの体がピクッと動く。
やっぱり
雷が嫌いなんだね。
『・・・・・・』
背を向けて耐えている千ちゃんを見つめる。
なんか・・・
前にもこんな事あったような・・・
あれはいつの事だっけ・・・?
ーーお姉ちゃん、一緒に寝てよーー
ーー・・・は怖がりだね。いいよ、こっちにおいでーー
『・・・千ちゃん』
千「?」
『こっちにおいで』
千「えっ・・・でも」
『いいから』
千「・・・・・・」
優しく呼びかけると、おずおずと近づいてくる千ちゃんを自分の腕と布団で包み込む。
千「美桜さん・・・」
恥ずかしそうに焦った声を出す千ちゃんの背を優しくさする。
『大丈夫だよ』
千「・・・・・・」
しばらくそうしていると、段々力が抜けていくのが分かる。
『・・・懐かしいなぁ』
千「?」
『子供の頃、良くこうやって弟を寝かしつけてた気がする』
千「美桜さん・・・もしかして記憶が・・・」
『ううん。思い出せないけど・・・懐かしい感じがする。弟が、いたんだろうね。』
千「・・・俺も、小さい頃兄上にこの様に寝かしつけてもらいました。・・・その、雷が、怖くて・・・」
『そっか。すぐに気づいてあげられなくてごめんね』
それから、千ちゃんと煉獄さんの子供の頃の話を聞いていた。
相変わらず雷の音も、窓に叩きつける雨風も強かったけど、千ちゃんは怖がる様子もなくいつしか寝息を立てていた。
『・・・・・・』
あどけない寝顔を見届けてから、私もゆっくり瞼を閉じた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーお姉ちゃん!
俺、昇級試験に合格したよ!
学年で3級取れたの俺だけなんだ!凄いだろ?
父さんにもっと鍛えてもらって、いつかお姉ちゃんよりも強くなるから!!
そしたらさ・・・
『・・・お・・・すけ・・・』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
千寿郎から手紙が届いた日の夜、漸く鬼の情報が得られ翌晩に退治する事ができた。
お館様への報告を終え、悪天候の中帰ろうとする俺に一晩留まる様あまね様から提案を受けたが丁重にお断りし、実家である煉獄家へと舞い戻ってきた。
まだ夜明け前の為皆眠っているだろう。
音を立てぬ様廊下を歩いていると、外で雷鳴が響く。
そういえば千寿郎は雷が嫌いだったな・・・
幼い頃は泣きながら俺の布団に入ってきたものだ。
懐かしい記憶が蘇り、千寿郎が眠っている部屋の戸を静かに開く。
煉「!」
2つ敷かれた布団で、美桜と千寿郎が頭を寄せ合って眠っていた。
美桜の腕は千寿郎を守るかの様に背中へ回されている。
煉「・・・」
千寿郎は同年代の子供たちに比べたら表面上では大人びている。
幼い頃に母を失い、父は気力を失った事で甘えたくとも甘えられぬ環境に育ってしまった。
俺も、鬼殺隊に入る為、柱になる為と鍛錬に打ち込みろくに構ってやる事も出来なかった。
千寿郎は幼いながらもそれを理解し、我が儘を言うこともなかったし泣き言も言わなかった。
ただ一つ、嵐の夜や雷の夜だけは一人で眠る事が出来ず部屋で泣いていた。
怖くて堪らないのに、俺に遠慮して中々俺の部屋に入って来られず困っていたな・・・
布団に招き入れてやった時の安心したような顔に、必ずや守ってやらねばと強く誓った事も思い出す。
そんな事を思い出しながら美桜の隣に腰を下ろし、2人の寝顔を見ていた。
・・・まるで本当の姉弟のようだ・・・
『う・・・』
美桜が顔を顰める。
夢でも見ているのか・・・
『・・・お・・・すけ・・・』
煉「・・・・・・」
『・・・ごめん、ね・・・』
謝罪の言葉と共に涙を零す。
その辛そうな顔に、言葉に、良い夢ではない事が分かる。
煉「美桜・・・」
汗で額に張り付いた前髪をそっと掬い上げる。
『ん・・・?』
美桜が薄らと目を開いた。
まだ微睡みから抜け切れていない瞳をこちらに向ける。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
暗くて深い、沼の中にいた。
抜け出そうともがけばもがくほど、どんどん体が沈んでいく。
もう、駄目だと思った所で目が覚める。
記憶を失ってから、良く見る夢だ。
『ん・・・?』
夢から覚める。
まだ視界が定まらずぼんやりする。
?
誰かが見てる・・・?
視線を感じて首を動かす。
『っ!?』
杏寿郎さん!?
思いもよらない人が目の前にいて、声を出しそうになる私の口に煉獄さんの人差し指があてられる。
煉「静かに。隣の千寿郎が起きてしまうぞ」
『あ・・・』
そうだった。
千ちゃんと一緒に眠ったんだ・・・
隣を見ると、千ちゃんは気持ちよさそうに寝入っている。
私は千ちゃんを起こさないようにそっと起き上がり、小声で
『杏寿郎さん・・・いつ戻られたのですか?』
煉「つい今し方だ。千寿郎の様子を見に部屋に入ったら美桜が眠っていて驚いたぞ」
『あ・・・その、雷が怖くて・・・千ちゃんに一緒に寝てもらったんです』
煉「・・・ふむ。そうか」
『杏寿郎さんもお疲れでしょう?お布団をご用意しますね。あっ、その前にお風呂に入りますか?雨に濡れたでしょう・・・!』
立ち上がって準備をしようとすると腕を引かれる。
そのまま座っている煉獄さんの膝の上に倒れ込む。
『っ!?』
煉「今は美桜としばらくこうしていたい」
胡座をかいて座る煉獄さんの足の間に私の体がおさまっている。
いつものハグよりも密着度が凄いです・・・
『千ちゃんが、起きちゃいます・・・』
煉「美桜が静かにしていれば起きない」
『!!・・・』
煉「美桜、手紙をくれて嬉しかった。ありがとう」
『! そんな・・・』
任務地にいる煉獄さんに手紙を出せる事を知って、千ちゃんにお願いして同封して貰った。
伝えたい言葉は山ほどあったのに、いざ書くとなると何を書いて良いのか分からず可愛げもなく素っ気ない文字しか書けなかった。
ー杏寿郎さんの帰りを待っていますー
『・・・あんなの、手紙にするまでもないですよね・・・』
煉「そんな事はない。美桜が俺の帰りを待ってくれているから、俺は必ず生きて帰ろうと心を強く保っていられるのだ」
そう言って、隊服の詰襟を外して首から下げた御守りを取り出す。
『・・・?』
御守りを首から下げてたの、知らなかった。
煉「これは千寿郎がくれた物だ」
そして、御守りの袋を開く。
『あっ・・・』
御守りの中からは、私の手紙が綺麗に折り畳まれ出てきた。
煉「千寿郎の御守りと、美桜の手紙。これ以上俺の力になる物はない。」
きっと今の俺はどんな鬼でも倒せるだろう。
そう呟く煉獄さん。
『杏寿郎さん・・・』
顔を上げ煉獄さんを見る。
『っ!?』
煉「!」
そうだった!
お互い座っているから顔が近い!!
すぐ目の前に煉獄さんの顔がある。
反射的に下を向きそうになる私の顎に煉獄さんの手が添えられ止められてしまう。
真剣な表情・・・
煉「・・・・・・」
『・・・・・・』
顎にかかっている煉獄さんの親指で顔の角度が上がる。
ゆっくり、ゆっくり、
煉獄さんの顔が近づいてくる・・・
私は、ゆっくり目を閉じる
煉「・・・・・・」
『・・・・・・』
千「兄上・・・美桜さん・・・」
煉「!!」
『!!』
バッと2人同時に千ちゃんを見る。
千「・・・・・・」
『・・・寝て、る・・・?』
煉「・・・様だな・・・」
・・・・・・
私は!!
寝ているとはいえ千ちゃんの前で何を!!
今にも叫び出したくなるのを必死に堪える。
『わわわ私、お、お、お風呂を沸かしてきますね・・・』
煉獄さんから素早く離れ、部屋を出ていく。
煉「・・・・・・むぅ。先に進むというのは中々、難しいものだな・・・」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ギャーーーー!!!!
ギャワーーーー!!!!
心の中で何度も叫ぶ。
震える手でお風呂を沸かす。
あの時、千ちゃんの寝言がなかったら
・・・煉獄さんの唇が・・・
『・・・・・・』
ていうか、
私、期待してた・・・
あんなに、死ぬほど恥ずかしいと思っていたハグも
今は嬉しいと感じている。
もっと、煉獄さんに触れたい。
私は、どんどん欲深い人間になっていく
でも不思議と、そんな自分は嫌いじゃなかった。
お風呂の準備を終え、千ちゃんのお部屋に戻る。
『杏寿郎さん、お風呂の準備が・・・あ・・・』
煉獄さんは、さっきまで私が寝ていた布団の上で千ちゃんを抱く様に眠っていた。
『フフッ。寝顔そっくり』
そっと、煉獄さんの体に布団を掛ける。
千ちゃん、隣で寝ているのが私から煉獄さんになってて起きたら吃驚するだろうな。
まだ少し早いけど、朝食の支度でも始めよう。
私は立ち上がって部屋を出ようと戸の前まで行って、もう一度振り返る。
『・・・・・・』
・ ・ ・ ・ ・ ・
部屋を出て、厨房へ向かう。
ふと、窓の外を見るとポツンポツンと木の葉っぱから雨の雫が落ちる音が聞こえる。
雨も、風も、雷もどこかへ行ってしまった様だ。
『今日は晴れるね』
煉獄さんが太陽を連れて帰ってきたみたい。
『よし!今日はさつまいものお味噌汁にしよう』
幸せそうな顔を想像しながら、幸せな気持ちで準備に取り掛かった。
鍛えると言っても町内を走ったり腹筋や腕立てなどの筋トレが殆どで、初日なんて町内を2周した所で息が切れ、腹筋、腕立ても50回も出来なかった。
・・・私ってこんなに体力なかったの!?
よくよく考えてみれば家事くらいしか体を動かして来ていなかったのだから当然かもしれない。
今日で3日目。
私は激しい筋肉痛と闘っていた。
『うぅ・・・』
少し腕や足を動かすだけで痛みが走る。
やっとの思いで全ての掃除を終えた。
『ハァ、ハァ・・・まだ・・・洗濯をしないと・・・』
もうお昼前だ。
早い所洗濯をして干さないと夕方に乾かなくなっちゃう!
煉獄さんは昨日から任務に出ているので私1人。
昼食は適当に済ませちゃおう。
・・・来週から雛鶴さん達が交代で鍛えてくれる事になっているけど、このままだとガッカリされちゃうかな・・・
とりあえず、この痛みを何とかしないと・・・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
洗濯を死ぬ気で終えた私は町に出ていた。
以前、千ちゃんを診てもらい、槇寿郎さんのお薬をもらったお医者様の所までやってきた。
『ごめんくださーい』
扉を開くとカランカラン、と来訪の旨を伝える
木のドアベルが鳴る。
看護婦さんに案内されて待合室の椅子に腰掛ける。こじんまりとした待合室は木の温もりが感じられる落ち着いた雰囲気だ。
しばらくすると診察室の扉が開き反射的に顔を上げる。
『!』
槇「!!」
なんと診察室から出てきたのは槇寿郎さん。
まさかこんな所で再会するなんて!
槇寿郎さんも驚いた表情をする。
『槇寿郎さん、ご無沙汰しております。・・・またお加減が良ろしくないのですか??』
槇「違う!定期的に来ないとここの医者が五月蝿いから来てやってるだけだ!」
医「煉獄様、何を騒いでいらっしゃるのです?・・・おや、貴女は」
『あ、こんにちは』
医「貴女が医者にかかるのは初めてですね。さぁ、診察室へどうぞ」
『はい。すみません、槇寿郎さん失礼します』
せっかく会えたからもう少しお話したい所だったけどお医者様を待たせる訳にもいかないのでその場を後にした。
槇「・・・・・・」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
医「・・・成る程。それは間違いなく筋肉痛ですね」
『はい・・・』
痛みの理由を伝えると案の定の診断を受けた。塗り薬を塗ってもらった所がスースーする。
心なしか痛みが和らいだような気が・・・
医「今塗ったものと同じ塗り薬と、飲み薬も処方しておきますね。体を鍛えるのは良い事ですが無理は禁物ですよ?」
『はい・・・ありがとうございました』
お会計を済ませ、薬を受け取った私は診療所を出る。
すると、槇寿郎さんが壁にもたれる様にして立っていた。
とっくに帰っているものだと思っていたので驚く。
『槇寿郎さん!』
槇「・・・お前は何故ここに来た?」
『えっ?何故って・・・』
槇「その、なんだ・・・アレだ・・・」
どれ?
槇寿郎さんが何を聞いているのかいまいち分からず首を傾げる私にイラッとした顔をする。
槇「だから・・・杏寿郎との間にだな・・・」
『!!』
顔を背けながら言いにくそうな槇寿郎さんの様子にやっと何を聞かれているのか理解する。
私は顔を真っ赤にして
『でっ!デキてません!!筋肉痛です!!』
そもそもデキる様な事もしてませんから!!
思わず声を上げてしまった私の口を槇寿郎さんに塞がれる。
槇「馬鹿者!声がでかい!!」
『・・・・・・ふみまふぇん』
いや半分は槇寿郎さんのせいだよ?
私の口から手を離した槇寿郎さんはスタスタ歩き始める。あら、帰ってしまうのね。
槇「・・・何突っ立っている?いくぞ」
『!! はい!』
まさか槇寿郎さんから誘ってもらえるなんて!初めての事に喜びを感じ後に着いて行く。
歩いてしばらくの所にあるお茶屋さんに入った。
私は色々迷った結果、抹茶と栗羊羹を注文して舌鼓を打つ。
お昼を適当に済ませてしまったからか、いつもより美味しく感じる。
槇「・・・お前は旨そうに食うんだな」
『はい!とっても美味しいですよ。あ、槇寿郎さんも食べます?』
槇「いらん。お前が食え。」
栗羊羹を差し出すが断られてしまう。
煉獄さんならありがとう!って言って食べてるのに。
槇「杏寿郎は不在か」
『はい。昨日から任務で・・・今回は遠いので帰りは来週になるみたいです・・・』
そう。
遠方の任務は久しぶりで、無事に帰って来てくれるか不安だし、寂しい。
自然と眉が下がってしまう。
槇「・・・。お前は何故筋肉痛なんかになっているんだ?」
『あ・・・それは・・・』
経緯を掻い摘んで話す。
槇寿郎さんは途中呆れた様な顔をしながらも最後まで話を聞いてくれた。
槇「そうか・・・小芭内が柱になったか」
『!!』
そっか!子供の頃に一緒に住んでたんだよね。
『・・・伊黒さんってどんな人なんですか?』
槇「あいつは・・・・・・いや、俺が話す事などない。知りたければ本人から聞け」
『・・・はぁい』
多分聞いたって教えてくれないよ。
まぁ、勝手に他人の過去に触れるのも良くないか。
槇「・・・お前はしばらく家にいろ」
『??』
外に出るなってこと?
何で??
槇「・・・しばらくの間家で千寿郎にでも体を鍛えてもらえ。あいつも、お前程度の奴の指導は出来るだろう」
プイとそっぽを向きながら言う。
家って、煉獄家のこと!?
『え・・・行ってもいいんですか?』
槇「どうせ杏寿郎は帰って来ないのだろう。小娘1人では不用心だ・・・いや、いい!好きにしろ!」
『いっ、行きます!行きたいです!・・・ありがとうございます。』
私の心配までしてくれるなんて・・・
さっきからツンとデレを交互に繰り返す槇寿郎さんに感動を覚える。
茶屋を出た私は一旦槇寿郎さんと別れ、洗濯物を取り込み数日の着替えを持ってから煉獄家に向かった。
到着した頃には門に夕日が差し込んでいた。
『こんばんは。しばらくお世話になります』
玄関で挨拶をすると千ちゃんが廊下の向こうから駆けて来た。
千「美桜さん!お久しぶりです!!」
マイエンジェル!!
会いたかった!!!
千ちゃんは勢いよく私に飛びついてくる。
嬉し・・・
『いった!!』
千「あっ、すみません!嬉しくて思わず・・・怪我でもされたのですか??」
『ううん、違うの。ちょっと筋肉痛で・・・。私も久しぶりに会えて嬉しいよ』
千「わわっ!」
慌てて離れようとする千ちゃんを両手でギュッと抱きしめる。
千ちゃんは顔を真っ赤にして恥ずかしがってる。可愛い。連れて帰りたくなるやつ!!
千「兄上には手紙を出しておきますから、美桜さんは安心して家にいてくださいね」
『ありがとう・・・って、手紙出せるの!?』
どうやって!?
千「はい。鴉が届けてくれますから」
煉獄家の鴉は元々は槇寿郎さんの鴉だったらしい。引退をすると鴉も他の隊士に就けられるそうだけど歴代炎柱のお家はどうも特別みたい。
千ちゃんは良く鴉を使って任務地にいる煉獄さんと連絡を取り合っていたと教えてくれた。
『へぇ〜!!知らなかった・・・』
任務地にいる煉獄さんと連絡が取れるんだ!
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任務に出て5日が経った。
麓の町で手分けして情報を探ってはいるが鬼の新情報が得られず苦戦している。
これは・・・予定より長引きそうだ。
また美桜に心配をかけてしまうな・・・
今は夜を待って藤の家紋の家で待機していた。
鴉「カアッ」
煉「!!」
窓から一羽の鴉が入ってきた。
足には文が括り付けてある。
千寿郎からだな。
鴉から文を受け取り開いてみると、いつもより量が多い。
・・・家に何かあったのだろうか・・・
煉「・・・!!美桜が・・・そうか」
千寿郎の手紙には、俺が帰るまでの間美桜が煉獄家で過ごす事になったと。しかも父上からの提案で驚いたという内容だった。
そうか!
父上や千寿郎と共にいるのならば安心だ。
そう思いながら紙を捲る。
煉「!!」
煉「・・・・・・」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
伊「・・・この分だと今夜も成果はなさそうだな」
煉「ああ!そうだな!!」
伊「・・・?何やら機嫌が良いな」
鬼も見つからず任務が長引いているというのに。
現にこの男は昨晩まで鬼の手がかりが掴めない事に焦っていた筈。
煉「うむ!家の者から手紙が届いてな」
伊「あぁ、」
成る程。
伊「千寿郎か」
煉「ああ!千寿郎も小芭内が柱になった事を知って喜んでいたぞ!君に会いたいとも書いてあった!時間がある時に会ってやってくれないか?」
伊「勿論だ」
煉獄家で世話になっていた頃はやっと歩き始めた位の赤子だったな・・・。
さぞかし立派に成長した事だろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
煉獄家にお邪魔して5日目。
酷かった筋肉痛も薬が効いたようですっかり治っていた。
以前お世話になっていた時のように千ちゃんと午前中に家事を終わらせる。
以前と違うのはー
千「美桜さん、大丈夫ですか?」
『ハァッハァッ・・だいっ、じょうぶ・・・』
千「あと1周したら休憩をとりましょう!がんばって下さい!」
私は千ちゃんと共に体を鍛えていた。
前はひたすら稽古をしている千ちゃんを見ていたけど、今は一緒に体を動かしている。
『ハァッハァッハァッ・・・・』
千「美桜さん、お水です。どうぞ」
『ハァッ、あ、りが、と・・・』
千ちゃんからお水を受け取り一気に飲み干す。
身体中に水が染み渡っていく感覚が心地良い。
同じ運動をしていたのに、千ちゃんは全く息が切れていない。
この差は大きいな・・・
千「俺はこの後素振りを行いますが、美桜さんもやりますか?」
『あ・・・私はまだ出来ないんだ』
千「??」
『今週はひたすら体力づくり。くノ一の雛鶴さん達に私の体力を見てもらって、それから訓練内容を決めるから、それまでは勝手に訓練しないようにって言われてて・・・』
千「そうなのですね。わかりました。では美桜さんはこの後しっかり柔軟をして体をほぐしてくださいね」
『うん。夕飯の支度始めとくね。付き合ってくれてありがとう、千ちゃん』
千ちゃんに言われたように、運動の前と後に柔軟運動をして体をほぐす様にしてからは翌日の負担が減った気がする。
縁側に上がろうとした時、生暖かい風が吹く。
ふと、西の空を見上げると黒雲が見えた。
『夜は天気が荒れそうだね』
千「・・・・・・」
千ちゃんは浮かない顔をして黒雲を見上げていた。
煉獄さんのいる場所は大丈夫かなぁ。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
あの後黒雲はどんどん広がっていき、夕食時には雨が降り始めた。
強風が吹く度に戸板が音を立てていた。
遠くで雷の音も聞こえる。
厨房で洗い物をしながら雷鳴を聞いていると、千ちゃんが入ってくる。
千「美桜さん、手伝います」
『ありがとう、千ちゃん。でももうすぐ終わるから大丈夫。先にお風呂入っちゃっていいよ』
千「そうですか・・・わかりました。ではお先に」
それからしばらくして洗い物を終え、厨房を出るとお風呂から上がった千ちゃんに会う。
ん?お風呂から出るの早くない??
千「美桜さん、お風呂空きましたよ。どうぞ」
『あ、ありがと』
身体を洗い流し、湯船に浸かりながら今日使った筋肉を揉みほぐす。
お風呂場の窓にあたる雨の音が強くなってきている。
雷も近づいてきてるなぁ。
記憶をなくしてからここまで荒れた天気になるのは初めてだ。
お風呂から上がって部屋に向かっている最中に一際大きい雷鳴が響く。
『ひゃっ!!』
余りの大きい音につい口から悲鳴が漏れる。
すると、部屋の戸が開き千ちゃんが顔を出す。
千「美桜さん、大丈夫ですか??」
『うん・・・大きい音に吃驚しちゃって・・・ごめんね。起こしちゃった?』
千「いえ・・・美桜さんは、怖くないですか?」
『? うん・・・大丈夫・・・』
千「・・・そうですか。では、俺は部屋に戻ります。おやすみなさい」
『おやすみ、千ちゃん』
部屋に戻って布団の中に入る。
暴風雨も雷も音には吃驚したけど怖くはなかった。
ゆっくりお湯に浸かれて暖かいお布団の中にいられるし、お家の中は安全だ。
・・・今頃煉獄さんは任務中だよね。
鬼殺隊の人達は、こんな天気の日でも任務があれば外に出て鬼と戦っているんだなぁ。
それに引き換え私は・・・
たった数日体を動かしただけ。
体力も全然ない。
一朝一夕で劇的に変わるとは思ってないけどさ。
やっぱり焦るなぁ。
千ちゃんも自分の鍛錬もあるのに私に付き合ってくれたり、さっきも雷が怖くないか私の事心配してくれたり・・・
私の方がお姉さんなのにまるで立場が逆だ。
ー・・・美桜さんは、怖くないですか?
・・・美桜さん「は」?
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
雨風が窓に叩きつけられる音が暗い部屋に響いている。
雷鳴もどんどん大きくなり、間隔も短くなってきた。
・・・幼い頃から、雷が恐ろしくて仕方がなかった。
昔は、こんな夜は兄上が布団で一緒に寝てくれた。
兄上がいればどんな夜も怖くなかった。
でも、俺ももう子供じゃない・・・
いつまでも、甘えていてはいけない。
俺だって煉獄家の男なのだから。
美桜さんの事を心配している様に振る舞っていたけれど、
・・・本当は美桜さんに甘えようとしていたなんて・・・
なんと情けないのだろう。
俺はもう子供じゃないんだ。
一人でも、大丈夫・・・
そう心の中で何度も唱えながら、布団を頭まで被って一晩やり過ごそうと思った時
今までで一番大きな雷鳴が地響きと共に聞こえた。
千「・・・ッ!!!」
どこかに落ちたのかな・・・
怖い・・・
千「兄上・・・」
ポツリと小さく呟いた時
『千ちゃん、まだ起きてる?』
部屋の外で美桜さんの声がした。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
部屋の戸が静かに開く。
千「美桜さん・・・ど、どうかしましたか?」
千ちゃんが控えめに顔を覗かせる。
『千ちゃん・・・ごめん』
千「え?」
『さっきは大丈夫って言ったけど、やっぱり雷が怖いの。一緒に寝てもいいかな?』
千「えっ!」
驚き、戸惑いの表情をする。
『・・・駄目かな・・・?』
千「いっいえ!駄目じゃ、ないです・・・」
どうぞ、と部屋に招き入れられる。
千ちゃんの寝床の隣に布団を敷いて横になる。
千「・・・・・・ッ!」
しばらく無言の状態が続いたけど、雷鳴が響く度に千ちゃんの体がピクッと動く。
やっぱり
雷が嫌いなんだね。
『・・・・・・』
背を向けて耐えている千ちゃんを見つめる。
なんか・・・
前にもこんな事あったような・・・
あれはいつの事だっけ・・・?
ーーお姉ちゃん、一緒に寝てよーー
ーー・・・は怖がりだね。いいよ、こっちにおいでーー
『・・・千ちゃん』
千「?」
『こっちにおいで』
千「えっ・・・でも」
『いいから』
千「・・・・・・」
優しく呼びかけると、おずおずと近づいてくる千ちゃんを自分の腕と布団で包み込む。
千「美桜さん・・・」
恥ずかしそうに焦った声を出す千ちゃんの背を優しくさする。
『大丈夫だよ』
千「・・・・・・」
しばらくそうしていると、段々力が抜けていくのが分かる。
『・・・懐かしいなぁ』
千「?」
『子供の頃、良くこうやって弟を寝かしつけてた気がする』
千「美桜さん・・・もしかして記憶が・・・」
『ううん。思い出せないけど・・・懐かしい感じがする。弟が、いたんだろうね。』
千「・・・俺も、小さい頃兄上にこの様に寝かしつけてもらいました。・・・その、雷が、怖くて・・・」
『そっか。すぐに気づいてあげられなくてごめんね』
それから、千ちゃんと煉獄さんの子供の頃の話を聞いていた。
相変わらず雷の音も、窓に叩きつける雨風も強かったけど、千ちゃんは怖がる様子もなくいつしか寝息を立てていた。
『・・・・・・』
あどけない寝顔を見届けてから、私もゆっくり瞼を閉じた。
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ーーお姉ちゃん!
俺、昇級試験に合格したよ!
学年で3級取れたの俺だけなんだ!凄いだろ?
父さんにもっと鍛えてもらって、いつかお姉ちゃんよりも強くなるから!!
そしたらさ・・・
『・・・お・・・すけ・・・』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
千寿郎から手紙が届いた日の夜、漸く鬼の情報が得られ翌晩に退治する事ができた。
お館様への報告を終え、悪天候の中帰ろうとする俺に一晩留まる様あまね様から提案を受けたが丁重にお断りし、実家である煉獄家へと舞い戻ってきた。
まだ夜明け前の為皆眠っているだろう。
音を立てぬ様廊下を歩いていると、外で雷鳴が響く。
そういえば千寿郎は雷が嫌いだったな・・・
幼い頃は泣きながら俺の布団に入ってきたものだ。
懐かしい記憶が蘇り、千寿郎が眠っている部屋の戸を静かに開く。
煉「!」
2つ敷かれた布団で、美桜と千寿郎が頭を寄せ合って眠っていた。
美桜の腕は千寿郎を守るかの様に背中へ回されている。
煉「・・・」
千寿郎は同年代の子供たちに比べたら表面上では大人びている。
幼い頃に母を失い、父は気力を失った事で甘えたくとも甘えられぬ環境に育ってしまった。
俺も、鬼殺隊に入る為、柱になる為と鍛錬に打ち込みろくに構ってやる事も出来なかった。
千寿郎は幼いながらもそれを理解し、我が儘を言うこともなかったし泣き言も言わなかった。
ただ一つ、嵐の夜や雷の夜だけは一人で眠る事が出来ず部屋で泣いていた。
怖くて堪らないのに、俺に遠慮して中々俺の部屋に入って来られず困っていたな・・・
布団に招き入れてやった時の安心したような顔に、必ずや守ってやらねばと強く誓った事も思い出す。
そんな事を思い出しながら美桜の隣に腰を下ろし、2人の寝顔を見ていた。
・・・まるで本当の姉弟のようだ・・・
『う・・・』
美桜が顔を顰める。
夢でも見ているのか・・・
『・・・お・・・すけ・・・』
煉「・・・・・・」
『・・・ごめん、ね・・・』
謝罪の言葉と共に涙を零す。
その辛そうな顔に、言葉に、良い夢ではない事が分かる。
煉「美桜・・・」
汗で額に張り付いた前髪をそっと掬い上げる。
『ん・・・?』
美桜が薄らと目を開いた。
まだ微睡みから抜け切れていない瞳をこちらに向ける。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
暗くて深い、沼の中にいた。
抜け出そうともがけばもがくほど、どんどん体が沈んでいく。
もう、駄目だと思った所で目が覚める。
記憶を失ってから、良く見る夢だ。
『ん・・・?』
夢から覚める。
まだ視界が定まらずぼんやりする。
?
誰かが見てる・・・?
視線を感じて首を動かす。
『っ!?』
杏寿郎さん!?
思いもよらない人が目の前にいて、声を出しそうになる私の口に煉獄さんの人差し指があてられる。
煉「静かに。隣の千寿郎が起きてしまうぞ」
『あ・・・』
そうだった。
千ちゃんと一緒に眠ったんだ・・・
隣を見ると、千ちゃんは気持ちよさそうに寝入っている。
私は千ちゃんを起こさないようにそっと起き上がり、小声で
『杏寿郎さん・・・いつ戻られたのですか?』
煉「つい今し方だ。千寿郎の様子を見に部屋に入ったら美桜が眠っていて驚いたぞ」
『あ・・・その、雷が怖くて・・・千ちゃんに一緒に寝てもらったんです』
煉「・・・ふむ。そうか」
『杏寿郎さんもお疲れでしょう?お布団をご用意しますね。あっ、その前にお風呂に入りますか?雨に濡れたでしょう・・・!』
立ち上がって準備をしようとすると腕を引かれる。
そのまま座っている煉獄さんの膝の上に倒れ込む。
『っ!?』
煉「今は美桜としばらくこうしていたい」
胡座をかいて座る煉獄さんの足の間に私の体がおさまっている。
いつものハグよりも密着度が凄いです・・・
『千ちゃんが、起きちゃいます・・・』
煉「美桜が静かにしていれば起きない」
『!!・・・』
煉「美桜、手紙をくれて嬉しかった。ありがとう」
『! そんな・・・』
任務地にいる煉獄さんに手紙を出せる事を知って、千ちゃんにお願いして同封して貰った。
伝えたい言葉は山ほどあったのに、いざ書くとなると何を書いて良いのか分からず可愛げもなく素っ気ない文字しか書けなかった。
ー杏寿郎さんの帰りを待っていますー
『・・・あんなの、手紙にするまでもないですよね・・・』
煉「そんな事はない。美桜が俺の帰りを待ってくれているから、俺は必ず生きて帰ろうと心を強く保っていられるのだ」
そう言って、隊服の詰襟を外して首から下げた御守りを取り出す。
『・・・?』
御守りを首から下げてたの、知らなかった。
煉「これは千寿郎がくれた物だ」
そして、御守りの袋を開く。
『あっ・・・』
御守りの中からは、私の手紙が綺麗に折り畳まれ出てきた。
煉「千寿郎の御守りと、美桜の手紙。これ以上俺の力になる物はない。」
きっと今の俺はどんな鬼でも倒せるだろう。
そう呟く煉獄さん。
『杏寿郎さん・・・』
顔を上げ煉獄さんを見る。
『っ!?』
煉「!」
そうだった!
お互い座っているから顔が近い!!
すぐ目の前に煉獄さんの顔がある。
反射的に下を向きそうになる私の顎に煉獄さんの手が添えられ止められてしまう。
真剣な表情・・・
煉「・・・・・・」
『・・・・・・』
顎にかかっている煉獄さんの親指で顔の角度が上がる。
ゆっくり、ゆっくり、
煉獄さんの顔が近づいてくる・・・
私は、ゆっくり目を閉じる
煉「・・・・・・」
『・・・・・・』
千「兄上・・・美桜さん・・・」
煉「!!」
『!!』
バッと2人同時に千ちゃんを見る。
千「・・・・・・」
『・・・寝て、る・・・?』
煉「・・・様だな・・・」
・・・・・・
私は!!
寝ているとはいえ千ちゃんの前で何を!!
今にも叫び出したくなるのを必死に堪える。
『わわわ私、お、お、お風呂を沸かしてきますね・・・』
煉獄さんから素早く離れ、部屋を出ていく。
煉「・・・・・・むぅ。先に進むというのは中々、難しいものだな・・・」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ギャーーーー!!!!
ギャワーーーー!!!!
心の中で何度も叫ぶ。
震える手でお風呂を沸かす。
あの時、千ちゃんの寝言がなかったら
・・・煉獄さんの唇が・・・
『・・・・・・』
ていうか、
私、期待してた・・・
あんなに、死ぬほど恥ずかしいと思っていたハグも
今は嬉しいと感じている。
もっと、煉獄さんに触れたい。
私は、どんどん欲深い人間になっていく
でも不思議と、そんな自分は嫌いじゃなかった。
お風呂の準備を終え、千ちゃんのお部屋に戻る。
『杏寿郎さん、お風呂の準備が・・・あ・・・』
煉獄さんは、さっきまで私が寝ていた布団の上で千ちゃんを抱く様に眠っていた。
『フフッ。寝顔そっくり』
そっと、煉獄さんの体に布団を掛ける。
千ちゃん、隣で寝ているのが私から煉獄さんになってて起きたら吃驚するだろうな。
まだ少し早いけど、朝食の支度でも始めよう。
私は立ち上がって部屋を出ようと戸の前まで行って、もう一度振り返る。
『・・・・・・』
・ ・ ・ ・ ・ ・
部屋を出て、厨房へ向かう。
ふと、窓の外を見るとポツンポツンと木の葉っぱから雨の雫が落ちる音が聞こえる。
雨も、風も、雷もどこかへ行ってしまった様だ。
『今日は晴れるね』
煉獄さんが太陽を連れて帰ってきたみたい。
『よし!今日はさつまいものお味噌汁にしよう』
幸せそうな顔を想像しながら、幸せな気持ちで準備に取り掛かった。