寒さで近づく


「ん‥あれは」

会社を出ると冷たい風が頬を掠めた。自動ドアの先に見慣れた後ろ姿を見つける。

「食満先輩?」
「お、今帰りか?お疲れ」
「お疲れ様です」

こちらを見て笑う先輩の頬は少し赤い。どのくらい外に居たのだろう?
会社を出たすぐ近くのベンチに先輩は缶コーヒーを持って一人で座っていた。

「何してるんですか?」
「何となくぼおっと」
「え!?熱でもあるんじゃないですか!?」
「あはは違う、お前を待ってた」
「へ‥?」

食満先輩は別部署の先輩である。私の所属する部署、経理部の長である潮江先輩と仲が良い(?)ため私は食満先輩と知り合いだった。偶に社内や食堂で会った際に挨拶をしたり少し話したりするくらいだ。
先輩は座っていたベンチから腰を上げると持っていたコーヒーから視線を上げてこちらを見つめた。
優しい瞳がゆっくりと細まる。

「疲れてる?」
「え‥?どうしてです‥」
「今日怒られたんだろ?」
「うっ‥」

その言葉に胸が詰まって次の言葉が出て来なかった。確かに今日はあまり良い一日ではなかった。書類の作成をミスしてそのことで潮江先輩に叱られたのだ。でも落ち込んでいるのは叱られたからではない。確認を怠って簡単なミスを犯した自分の甘さに苛立っていた。

「暗い顔してるな」
「見ないでください‥!」
「もう見たな」
「うぅ‥何で怒られたこと知ってるんですか‥」
「文次郎が言ってたから」
「潮江先輩‥!」
「はは、文次郎は心配してたんだよ」
「し、心配‥?」
「叱り過ぎたかもって」
「‥」

仕事が終わり、ビルから出ていく人達が私達の横を早足で過ぎ去って行く。薄暗い空はそんな私達の姿を見て笑うかのようにこれから暗い闇の中へと包み込もうとしている。
食満先輩の瞳が私の瞳を捉えた。芯が強くも柔らかな瞳はこちらの胸のモヤモヤと痛みを簡単に見透かしているようですぐに溶かしていく。
先輩はずるい。いつもそうやって誰にでも優しくて、良い人で、お人好しだ。

「また喫煙所ですか」
「‥」
「煙草やめた方がいいと思います」
「‥慰めに来たのに怒られるんだな」
「気遣ってるんです若い内に死んで欲しくないから‥」
「おいおい早死させるな‥!」

揶揄うと食満先輩に頭をくしゃくしゃされた。犬みたいな扱いだと思うが嫌な気はしないので何も言わないでおく。
私は先輩を見つめて微笑んだ。部署が違うのに心配してくれるのはどうしてだろう。やっぱり、先輩はずるい。
私の顔を見た彼は「何だよ?」と不思議そうに首を傾げた。

「食満先輩ってモテるんですか?」
「何でそれを俺に聞く‥知らん」
「だって今みたいに優しくされたら好きになりますもん」
「そうか?」
「ハイ、部署違うのに待っててくれるなんて‥」
「‥意味深な目で俺を見るな」
「先輩明日休みですよね?」
「それが何‥」
「わたしも休みなので一緒ですね!」
「だから意味深な目で俺を見るなっ‥!!」




おわり




その後二人で居酒屋に行って酔っ払った。

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