2 - ルーレ
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Ⅶ組に合流すべくルーレへ向かう導力車の中。
「浮かない顔だね」
「…そう見えますか?」
「少なくとも私には。」
人の表情のことを指摘しておきながらルーファスの視線は窓の外に向いたままなことにアリアは驚いた。どこか別のところに第三、第四の目があるのかと疑ったが、ルーファスの些か揶揄を含んだ瞳がこちらを向きアリアは思わず硬直する。
「残念ながら目は二つだけだ。これを渡しておこう。」
何故心の内がわかったのか聞く間も無く薬の入った小瓶を手渡され、アリアの口からは情けないうめき声のようなものしかでなかった。
「睡眠薬だ。1人で眠れないのは困るだろう」
確かにそうだ。そうなのだが。
ルーファスの行動はあまりに端的すぎてアリアは不服だった。
「ありがとうございます…」
確かに眠れないことは怖い。悪夢を見て飛び起きるのはできれば避けたいのだ。その手っ取り早い解決法が睡眠薬だということもわかる。それでもアリアはこの数日ルーファスと寝所を共にして彼に与えられてきた温もりがとても心地が良く、それが今日からないことに不安を覚えているのだ。
「それでも不安かね?」
ルーファスの抑揚のない声色から感情が読めずアリアは慌てて首を横に振った。踏み越えてはいけない線がまだ見定まっておらず、あまり踏み込みすぎないに越したことはない。しかし、ルーファスが部下と寝所を共にしている事は彼を知る人が知ったら大層驚く事なのだろうとアリアは薄らと察していた。それほどにルーファスとの距離感は絶妙で、許容されているとも、甘受されているとも、どちらとも付かない曖昧な態度。それでも拒絶されるわけでもないのでアリアはルーファスのことが分からないでいたし、考えることもやめていた。
「大丈夫です。」
「ならいい。」
相変わらず薄い笑みを浮かべるルーファス。きっとこの顔がこの男の無表情なのだとアリアは思った。
徐に伸びてきた手が薄くなりつつある目元の隈をなぞる理由も感情も汲みあぐね、アリアはルーファスから施される“何か”をただ受容する。まあ、享受なのかもしれなかったが。
「到着まで暫く掛かる。休んでいなさい」
ルーファスはそういうと取り出した書籍に視線を落としたので、取り立ててすることのないアリアは言われた通りシートに身体を預け瞼を閉じた。試しにルーファスの肩に頭を寄せて寄りかかってみると特に何の反応もなくアリアはつまらないと思ったが、車の揺れとルーファスの仄かなシダーウッドのような香水の香りが心地よく気がつけば眠りについていた。
「起きたまえ。」
「ん……」
ルーファスの声でアリアは意識を覚醒させた。
車のシートに座ったままで体制も悪く、おまけに枕はルーファスの肩という悪環境の割にはよく眠れたとアリアは欠伸をしながら軽く伸びをした。やれやれと言ったように息を吐いたルーファスが肩を解す仕草をするのに彼が気を遣って動かないでいてくれたことに気がつきアリアは慌ててしまう。
「す、すみません…疲れちゃいましたよね」
「いや。君の貴重な睡眠時間だからね」
アリアは恐縮してしまったが、ルーファスの言うことはごもっともでこれから寮生活が始まるとこの数日間のようなしっかりとした睡眠を取れる保証は、いくら睡眠薬があるといえども正直あまりない。人間寝溜めができれば良いのに、とアリアは無いものねだりをしながらもう一度「すみません」と謝っておく。
「間もなくルーレに到着だ。準備をしなさい」
気にした様子を見せないルーファスが淡々と言うのに、この人は本当に物事に興味がないのだと脱力してしまう。嫌とか嫌じゃないとかではなく、本当に何でもいいのだろう。淡白なだけなのか、それともそんな些細なことを気にする必要もないほどに大きな何かを見据えているのか。
アリアはルーファスの横顔を見ながらわからないやと首を振る。大貴族の次期当主と言っても良い優秀な人間の考えることなど理解できるはずがないのだ。アリアとはまるっきり生まれも育ちもちがう。今隣に座り、同じ空間の空気を共有していることすらおかしいのだ。
アリアは笑えてきた。
だから、ルーファスがアリアが眠れないのを気にしてベッドを共にしたり、薬を誂えてくれるのもきっと深い意味はないのだろうと考えることを放棄した。
「手早く目を通しておきなさい」
ポンと膝の上に乗せられる資料。
なにか、と目を通せばどうやらⅦ組所属生徒の個人情報のようだった。ざっと11人分、そして割と詳細な情報量にアリアは目を剥いた。さっき自分の口で間もなく到着だと準備を急かした人間の台詞とは思えずつい不服を漏らす。
「ええっ、どうしてもっと早く…」
「一応個人情報という機密事項だからね。なかなか許可が下りず、こうして、秘密裏に、君に見せている」
ルーファスの強調通り確かに資料の各人のページにはデカデカと朱印で【極秘】と押されている。
これを頭に叩き込んで抜かりのないようにしろということなのか、それとも編入なのでクラスに馴染みやすいように気を遣ってくれているのか、恐らく前者だろうなとアリアは「分かりましたよ」と口を尖らせると起き抜けの脳みそををフル稼働し資料を読み込んでいく。
帝国の知識は少なくそれぞれの出身や両親の記述を見てもあまり驚きはなかったが、きっとすごい家庭に生まれた子供達なのだろうとページを捲っていく。この帝都都知事の息子がすごいと言うことくらいはアリアにも分かり、眼鏡の深緑の髪をした少年の写真を見て真面目そうだなとぼんやりと思う。
「美人が多い……」
何枚か続いた女子のページ、アリサ、ラウラ、エマ。皆それぞれ違った雰囲気の美人でアリアは感嘆した。
エリィもティオもリーシャもノエルもみんな可愛く、そして美しかったが、帝国の女の子たちも負けず劣らずだ。
アリサは金色の髪の溌溂そうな雰囲気で、ラウラは鮮やかなブルーの長髪が美しく凛とした雰囲気だ。エマは眼鏡の大人しめの見た目をしているが眼鏡を取ったら化けるな、と口元を緩めた。
「君もそこに名を連ねるのだがね」
「ウワー、恐れ多いですね」
お互いに鼻で笑い合う。
アリアは自分自身の容姿を卑下もしないが、自信過剰にもならないのである。他人より容姿が優れているだなんて露ほども思わないので『恐れ多い』と言うのは本心に近かった。
こんな小さな子も居るのかと、フィーという銀髪とミリアムという水色髪の子のページを眺める。元猟兵だなんてこんな子供みたいな子にすごい経歴がと感心していると、次のミリアムという子の所属に《情報局》そして《鉄血の子供達》とあり、アリアは思わず資料を持つ手がピクリと反応する。
オズボーン宰相直属の部下がⅦ組にいるとは予想外すぎてアリアは一瞬思考が停止した。スパイだろうか、一体何の、まさか自分を監視するため。色々なことを考えアリアは大きく息を吐くと考えても仕方がないと思考に蓋をする。
会ってみないことにはその意図を図ることはできないだろう。さて、次が最後のページだと気を取り直したところでルーファスの「タイムリミットだ」という無慈悲な宣告と共に車が停止し、資料が手から奪われる。
「ああっ、ルーファスさんの弟、何も見れなかった!」
「それは残念だな。速読も身につけることだ」
「きっ厳しい…」
相変わらずのルーファスにアリアは唇を噛みながらそそくさと身なりを整えていると、ふとルーファスがこちらをじっと見ていることに気がつき首を傾げる。
「どうしました?あ、もしかして寂し」
「アリア、君はレーヴァテイル、そうだね?」
ルーファスの指が、アリアの胸の刻印にワイシャツ越しに触れ、アリアは冗談を言いかけた笑顔のまま硬直した。
「あ……っ、と」
誤魔化そうか、そう考えたが、ルーファスの指があまりに的確にその証を指していることにアリアは背筋がヒヤリとした。
「どこで、それを」
「大変だった、とだけ言っておこう。肯定と取っても?」
「……そ、うです…」
別に隠していたわけではないが、知られて都合の良いものでもない。アリアは訳もわからず帝国に連れてこられたが、きっとその理由は自分の存在、レーヴァテイルにあると思っていたから、あまり明るみにしない方が良いと感じていた。
それにレーヴァテイルだからといって何ができるわけでもなく、ただ少し人より歌が上手いくらいである。胸に変な模様があるしで、アリアはあまり自分のこの種族が好きではなかった。
「そうか」
しかしルーファスはそれ以上何か言うこともなく、扉の前で待機していた執事に顎で指示をすると車の扉を開けさせると外に出ていってしまう。
「ええっ……?」
アリアは困惑しながらもルーファスの後に続いて車を降りる。
「それだけ?」
「ああ、それだけだ」
ますます意味がわからないとアリアは眉を顰めたが、眼前に広がる無機質なビルの街並みに目を奪われる。これがルーレかと呆けているとルーファスがスタスタと行ってしまうのをアリアは慌てて追いかけた。
◆
2024/09/04 加筆修正
「浮かない顔だね」
「…そう見えますか?」
「少なくとも私には。」
人の表情のことを指摘しておきながらルーファスの視線は窓の外に向いたままなことにアリアは驚いた。どこか別のところに第三、第四の目があるのかと疑ったが、ルーファスの些か揶揄を含んだ瞳がこちらを向きアリアは思わず硬直する。
「残念ながら目は二つだけだ。これを渡しておこう。」
何故心の内がわかったのか聞く間も無く薬の入った小瓶を手渡され、アリアの口からは情けないうめき声のようなものしかでなかった。
「睡眠薬だ。1人で眠れないのは困るだろう」
確かにそうだ。そうなのだが。
ルーファスの行動はあまりに端的すぎてアリアは不服だった。
「ありがとうございます…」
確かに眠れないことは怖い。悪夢を見て飛び起きるのはできれば避けたいのだ。その手っ取り早い解決法が睡眠薬だということもわかる。それでもアリアはこの数日ルーファスと寝所を共にして彼に与えられてきた温もりがとても心地が良く、それが今日からないことに不安を覚えているのだ。
「それでも不安かね?」
ルーファスの抑揚のない声色から感情が読めずアリアは慌てて首を横に振った。踏み越えてはいけない線がまだ見定まっておらず、あまり踏み込みすぎないに越したことはない。しかし、ルーファスが部下と寝所を共にしている事は彼を知る人が知ったら大層驚く事なのだろうとアリアは薄らと察していた。それほどにルーファスとの距離感は絶妙で、許容されているとも、甘受されているとも、どちらとも付かない曖昧な態度。それでも拒絶されるわけでもないのでアリアはルーファスのことが分からないでいたし、考えることもやめていた。
「大丈夫です。」
「ならいい。」
相変わらず薄い笑みを浮かべるルーファス。きっとこの顔がこの男の無表情なのだとアリアは思った。
徐に伸びてきた手が薄くなりつつある目元の隈をなぞる理由も感情も汲みあぐね、アリアはルーファスから施される“何か”をただ受容する。まあ、享受なのかもしれなかったが。
「到着まで暫く掛かる。休んでいなさい」
ルーファスはそういうと取り出した書籍に視線を落としたので、取り立ててすることのないアリアは言われた通りシートに身体を預け瞼を閉じた。試しにルーファスの肩に頭を寄せて寄りかかってみると特に何の反応もなくアリアはつまらないと思ったが、車の揺れとルーファスの仄かなシダーウッドのような香水の香りが心地よく気がつけば眠りについていた。
「起きたまえ。」
「ん……」
ルーファスの声でアリアは意識を覚醒させた。
車のシートに座ったままで体制も悪く、おまけに枕はルーファスの肩という悪環境の割にはよく眠れたとアリアは欠伸をしながら軽く伸びをした。やれやれと言ったように息を吐いたルーファスが肩を解す仕草をするのに彼が気を遣って動かないでいてくれたことに気がつきアリアは慌ててしまう。
「す、すみません…疲れちゃいましたよね」
「いや。君の貴重な睡眠時間だからね」
アリアは恐縮してしまったが、ルーファスの言うことはごもっともでこれから寮生活が始まるとこの数日間のようなしっかりとした睡眠を取れる保証は、いくら睡眠薬があるといえども正直あまりない。人間寝溜めができれば良いのに、とアリアは無いものねだりをしながらもう一度「すみません」と謝っておく。
「間もなくルーレに到着だ。準備をしなさい」
気にした様子を見せないルーファスが淡々と言うのに、この人は本当に物事に興味がないのだと脱力してしまう。嫌とか嫌じゃないとかではなく、本当に何でもいいのだろう。淡白なだけなのか、それともそんな些細なことを気にする必要もないほどに大きな何かを見据えているのか。
アリアはルーファスの横顔を見ながらわからないやと首を振る。大貴族の次期当主と言っても良い優秀な人間の考えることなど理解できるはずがないのだ。アリアとはまるっきり生まれも育ちもちがう。今隣に座り、同じ空間の空気を共有していることすらおかしいのだ。
アリアは笑えてきた。
だから、ルーファスがアリアが眠れないのを気にしてベッドを共にしたり、薬を誂えてくれるのもきっと深い意味はないのだろうと考えることを放棄した。
「手早く目を通しておきなさい」
ポンと膝の上に乗せられる資料。
なにか、と目を通せばどうやらⅦ組所属生徒の個人情報のようだった。ざっと11人分、そして割と詳細な情報量にアリアは目を剥いた。さっき自分の口で間もなく到着だと準備を急かした人間の台詞とは思えずつい不服を漏らす。
「ええっ、どうしてもっと早く…」
「一応個人情報という機密事項だからね。なかなか許可が下りず、こうして、秘密裏に、君に見せている」
ルーファスの強調通り確かに資料の各人のページにはデカデカと朱印で【極秘】と押されている。
これを頭に叩き込んで抜かりのないようにしろということなのか、それとも編入なのでクラスに馴染みやすいように気を遣ってくれているのか、恐らく前者だろうなとアリアは「分かりましたよ」と口を尖らせると起き抜けの脳みそををフル稼働し資料を読み込んでいく。
帝国の知識は少なくそれぞれの出身や両親の記述を見てもあまり驚きはなかったが、きっとすごい家庭に生まれた子供達なのだろうとページを捲っていく。この帝都都知事の息子がすごいと言うことくらいはアリアにも分かり、眼鏡の深緑の髪をした少年の写真を見て真面目そうだなとぼんやりと思う。
「美人が多い……」
何枚か続いた女子のページ、アリサ、ラウラ、エマ。皆それぞれ違った雰囲気の美人でアリアは感嘆した。
エリィもティオもリーシャもノエルもみんな可愛く、そして美しかったが、帝国の女の子たちも負けず劣らずだ。
アリサは金色の髪の溌溂そうな雰囲気で、ラウラは鮮やかなブルーの長髪が美しく凛とした雰囲気だ。エマは眼鏡の大人しめの見た目をしているが眼鏡を取ったら化けるな、と口元を緩めた。
「君もそこに名を連ねるのだがね」
「ウワー、恐れ多いですね」
お互いに鼻で笑い合う。
アリアは自分自身の容姿を卑下もしないが、自信過剰にもならないのである。他人より容姿が優れているだなんて露ほども思わないので『恐れ多い』と言うのは本心に近かった。
こんな小さな子も居るのかと、フィーという銀髪とミリアムという水色髪の子のページを眺める。元猟兵だなんてこんな子供みたいな子にすごい経歴がと感心していると、次のミリアムという子の所属に《情報局》そして《鉄血の子供達》とあり、アリアは思わず資料を持つ手がピクリと反応する。
オズボーン宰相直属の部下がⅦ組にいるとは予想外すぎてアリアは一瞬思考が停止した。スパイだろうか、一体何の、まさか自分を監視するため。色々なことを考えアリアは大きく息を吐くと考えても仕方がないと思考に蓋をする。
会ってみないことにはその意図を図ることはできないだろう。さて、次が最後のページだと気を取り直したところでルーファスの「タイムリミットだ」という無慈悲な宣告と共に車が停止し、資料が手から奪われる。
「ああっ、ルーファスさんの弟、何も見れなかった!」
「それは残念だな。速読も身につけることだ」
「きっ厳しい…」
相変わらずのルーファスにアリアは唇を噛みながらそそくさと身なりを整えていると、ふとルーファスがこちらをじっと見ていることに気がつき首を傾げる。
「どうしました?あ、もしかして寂し」
「アリア、君はレーヴァテイル、そうだね?」
ルーファスの指が、アリアの胸の刻印にワイシャツ越しに触れ、アリアは冗談を言いかけた笑顔のまま硬直した。
「あ……っ、と」
誤魔化そうか、そう考えたが、ルーファスの指があまりに的確にその証を指していることにアリアは背筋がヒヤリとした。
「どこで、それを」
「大変だった、とだけ言っておこう。肯定と取っても?」
「……そ、うです…」
別に隠していたわけではないが、知られて都合の良いものでもない。アリアは訳もわからず帝国に連れてこられたが、きっとその理由は自分の存在、レーヴァテイルにあると思っていたから、あまり明るみにしない方が良いと感じていた。
それにレーヴァテイルだからといって何ができるわけでもなく、ただ少し人より歌が上手いくらいである。胸に変な模様があるしで、アリアはあまり自分のこの種族が好きではなかった。
「そうか」
しかしルーファスはそれ以上何か言うこともなく、扉の前で待機していた執事に顎で指示をすると車の扉を開けさせると外に出ていってしまう。
「ええっ……?」
アリアは困惑しながらもルーファスの後に続いて車を降りる。
「それだけ?」
「ああ、それだけだ」
ますます意味がわからないとアリアは眉を顰めたが、眼前に広がる無機質なビルの街並みに目を奪われる。これがルーレかと呆けているとルーファスがスタスタと行ってしまうのをアリアは慌てて追いかけた。
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2024/09/04 加筆修正