1 - アルバレア邸(全4話)
お名前変更
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
執務の合間に稽古をつけたり、授業風景を遠巻きに見たり、中にはアルバレア公爵家当主でありルーファスの戸籍上の父であるヘルムートへの挨拶の場が設けられるなどビッグイベントもあったが数日が経ち、集まってくる情報も頭打ちして目減りしてきた頃ルーファスの元に斜め上の報告が上がってくる。
アリアが夜な夜な城館を抜け出しているという報告だ。
「ふむ、またか」
しかも2日連続でだ。ルーファスは顎を撫で思案する。
報告と言ってもひどく中途半端なもので尾行中に見失ったとのこと。しかし1日目は偶然だったようで、今日2日目の報告で男に腰を抱かれて建物に消えたとありルーファスはふむなるほど、とアリアの夜遊びの理由を理解するのであった。
「勉強は順調かね?」
1日に最低一回はアリアの元に顔を出す。公爵家に仕えるための必要最低限の教養と礼儀作法を学ぶアリアは淡々黙々とそれらを習得し、こういった部分でも能力の高さが垣間見えた。
「ルーファスさん…!」
やや眠たげだった瞳が大きく開かれ、嬉しさが滲み出ている表情にルーファスも笑みを返す。連邦軍詰所での手合わせの一件があってからどうなることかと思ったが、思いの外懐かれているようだ。
「今日は帝国の地理について学んでいます」
見ればクロイツェン州の地図が開かれており、地理の授業は始まったばかりのようだった。
「終わったらアフタヌーンティーでもどうかな?」
「え…!いいんですか?」
気まぐれに茶に誘うと嬉しそうに顔を綻ばせるアリア。弟よりも幾分も幼さを感じさせる彼女が夜抜け出し男と床を共にしていると考えるとルーファスは人間の胎の中とは到底他人には理解し得ないものなのだと改めて思うのであった。それは自分も然りであるが。
アフタヌーンティーでルーファスはアリアの胎を割るつもりだったが、うまく話しを逸らされ通ずる内容の会話に至らず、普通に2人で談笑しティーブアリアクしただけの時間となった。偶然かとも思ったが、人の感情に敏感な様子なのでルーファスの僅かな勘繰るような態度を感じ取ったのかもしれないとルーファスは自分の話術の至らぬ点を思いがけず実感するのであった。
しかし、胎を割らずとも彼女からは悪い感情を感じないのは事実である。例えばクロスベルに戻ったり、オズボーンを出し抜こうとしたり、ルーファスに手をかけたりなどといった反旗を翻すような意思は全くと言っていいほど感じない。ルーファスは敵意や悪意には敏感なので、その辺りは間違いないだろう。
ルーファスにはよく懐き、必要な知識や教養を身につけようと勤勉に取り組んでいる。そして、密かに公爵家、特にヘルムート周りを探って回りオズボーンから与えられた職務をこなそうともしているようだった。ルーファスもヘルムートの腹の内など分かっていなかったのでアリアが何を嗅ぎつけてくるのか気になっていたが、まあ、そんな従順とも純朴ともいえる彼女の夜遊びをルーファスはシンプルに興味深いと思い、それとなく探りを入れつつ監視を続けようとした。
しかし、不思議なことに夜遊びはたった2日で止んだ。ルーファスがアフタヌーンティーに誘った日からアリアは夜は外出自体をしていないようで、たまたま間隔が空いた可能性もあったが、本当に何もなかったかのようにアリアが平常に戻ったので報告の際、監視役が首を捻っていた。
さて、いい加減アリアの扱いの方向性くらい定めたいものだとルーファスはなんともなしに深夜城館内を歩いていた。
散歩というほどのものではないが、軽い考え事をする時にルーファスは良く静まり返った我が家を回っていた。その静謐さの中に何かを見出すことはなかったが、思考が研ぎ澄まされ良い結論が導き出されることはままあった。
ふと風が通り、ルーファスは足を止めた。
近くの窓は閉め切られており、この風の行方を探して見回すとバルコニーの扉が薄く開いていることに気がつく。秋の夜の涼やかな風が頬を撫で、嗅いだことのない香りが風に乗って鼻腔をくすぐるのにルーファスは気がつけばバルコニーに足を踏み出していた。
澄んだ空気と開けた空に控えめに光る星々とその中一際眩い月が美しいと思う夜だった。それでもルーファスは月の明るさから逃げるように視線を滑らせ細々と光る星を見上げる。一つ一つに名前がついているはずなのにルーファスはその名を知らない。
『 星屑の広い海
特別輝いているわけでもない
その中から君を見つけるよ 』
ひっそりとした歌声。
アリアが囁くように歌っているようだった。ルーファスはその声と歌詞に既視感を覚える。それは遠い記憶で酷く曖昧だったが悪い心地はしない。
『 見つけてと
あなたの声 聞こえているの
どうか この手を取って 』
やがて歌声は鼻歌に変わり、鼻歌は鼻を啜る音になる。押し殺した泣き声が漏れ、中庭の木々たちが皆息を潜めその様子を見守っているかのようだった。
「こんなところにいたのか。」
「――!」
驚き息を呑んだアリアが勢いよく振り返った。
夜遊びをやめたアリアはこのバルコニーで1人夜を明かしていたらしい。見開かれた瞳には涙が溜まり、夜露のようにアリアの頬を滑り落ちた。
「何を泣いているのかね。」
「よ、夜が……怖くて……」
そう震え泣くアリアの姿が月明かりに照らされ、皮肉にも怖いと言った夜がよく似合い美しいとルーファスは思った。
――夜が怖い。
確かに《赤い星座》の奇襲は日が暮れてからだった。そうか、それで孤独から逃れるために夜な夜な抜け出していたわけかとルーファスは納得する。
そしてあまり他人への感情を持ち合わせないルーファスが珍しくも彼女を気の毒だと思った。
「私の部屋にくるかい?」
手合わせと昼間の茶の席と同様、気まぐれに声をかけた。
ルーファスの誘いに目を見開いたアリアは小さく返事を溢した。
「……はい」
「おいで。外は冷える。」
手を差し伸べると控えめに手が重なる。
ルーファスは宿望を遂げるまでは人との寄り添いなど必要としていない。だからこそ寂しさを紛らわすためなら誰でも良いアリアなら後腐れがないと思ったのだ。
部屋に通し、ベッドで向かい合う。
カーテンの隙間から差し込む月明かりに照らされた薄ピンクの瞳が宝石のように甘く光り、恍惚とルーファスを見つめていた。
「唇は?」
髪を耳にかけ、頬を撫で問う。
感情の伴わない交わりならば、唇を許さない人もいるだろう。そう考えながらもルーファスはアリアの熱のこもった視線に答えは分かりきっていた。
「……ルーファスさんになら」
「悪い子だ」
本心なのか男を悦ばせるための口上なのか。まあどちらでもルーファスにとってはどうでもよかった。
唇を重ねると息が震え、瞼が閉じられる。
身体が脱力し完全にルーファスに委ねているところを見るに、慣れていて抵抗がないのか、それともルーファスだから許しているのか。これもまたルーファスにとってはどちらでもよかった。
別に女を抱きたいと思ったわけではない。
目の前の突然孤独になり、1人寂しく震える少女に慈悲を与えたくなっただけのこと。そこに感情などはありはしない。
強いて言えば慈悲への対価が利用できると考えたのだ。
ただそれだけのことだったのだ。
『 見つけてと あなたの声 聞こえているの 』
あの歌が嫌に耳に残っていた。
◆
「…身体は大事ないかね?」
ぐったりと脱力した白い体躯。思うままに散らせた痕が生々しく映え、達して冷静になったルーファスに現実を突きつけた。全く後悔していないと言えば嘘になる。
「はい…ルーファスさん、優しいから」
薄く笑ったアリアに、日頃から男に弄ばれた身体だと思い抱いたという本音が流石に罪悪感を掻き立てた。
「…そのお顔は、あの男の人と関係を持ったとお思いでしたね?」
「――――。」
アリアの細い指がルーファスの頬に触れた。
心情を言い当てられ思わず目を見開いてしまい、アリアのピンクダイヤが楽しげに細まる。
「ごめんなさい、気付いていました。あなたの監視。」
1日目の尾行の失敗は偶然などではなかったのだ。1日目は振り切り、2日目で再び尾行されていることに気がつき態と姿を見せ、3日目にルーファスがコンタクトを取ってきたのに彼女はルーファスが監視していると確信を得た。
少女だと侮り、策を早計に進めすぎたとルーファスは衝撃を受ける。
まさかバルコニーで涙を流し、同情心を煽りルーファスに抱かれる。この一連も彼女の描いたストーリーなのか?
ルーファスの鼓動が少しずつ早まる。
「ああいった行動はあなたのご迷惑になるのだと思い、やめました。けれど……独りはとても怖くて」
ルーファスの懸念とは裏腹にアリアは自虐的に笑うと温もりを求めるようにルーファスの体に頬を寄せる。
「そんな時、あなたが私を見つけてくださいました。とても……嬉しかった。救われた心地でした。」
少しの間の後、名残惜しそうにアリアは身体を離し微笑んだ。
打算を全く感じさせない甘い視線に無意識に釘付けになる。
「ついあなたの気まぐれに甘えてしまいました。」
「……やれやれ」
今日の情事が気まぐれということさえも彼女にはお見通しだったようでルーファスはアリアの能力の認識を改める必要があるとため息を吐いた。
「夜出歩きたくなったら、私の部屋に来なさい」
髪を撫でそう言うと、ピンクダイヤがじっと見つめてきて困ったように笑う。
「それも気まぐれですか?」
そのはにかみにルーファスは生まれて初めてピンク色を麻薬のような色だと思った。
「…お気持ちだけ頂いておきますね。私はもう…大丈夫です。」
「…それはよかった。」
そう笑ったアリアの横顔が儚く消えそうだと伸ばしかけた手に意味が見出せず静かに降ろす。
「部屋に帰ります。お邪魔しました。」
「ああ、おやすみ」
音もなくアリアが立ち去り、元々静かだったが部屋が更に静寂に包まれる。シャワーを浴びに立ち上がると色濃く花の香りが漂いルーファスは思わずガウンに鼻を近づけた。
「……。」
この分だとベッドのシーツにも強く香りが残っているだろう。嗜みなのか余計な置き土産だと辟易しながらガウンをランドリーボックスに放り投げ、使用人にシーツを変えさせる。こんな夜更けのベッドメイクの訳なんて一つしかなく、使用人には変な想像をされるだろうが、あの花の香りの中で眠るよりよっぽどマシだとルーファスは思うのだった。
――
アリアが夜な夜な城館を抜け出しているという報告だ。
「ふむ、またか」
しかも2日連続でだ。ルーファスは顎を撫で思案する。
報告と言ってもひどく中途半端なもので尾行中に見失ったとのこと。しかし1日目は偶然だったようで、今日2日目の報告で男に腰を抱かれて建物に消えたとありルーファスはふむなるほど、とアリアの夜遊びの理由を理解するのであった。
「勉強は順調かね?」
1日に最低一回はアリアの元に顔を出す。公爵家に仕えるための必要最低限の教養と礼儀作法を学ぶアリアは淡々黙々とそれらを習得し、こういった部分でも能力の高さが垣間見えた。
「ルーファスさん…!」
やや眠たげだった瞳が大きく開かれ、嬉しさが滲み出ている表情にルーファスも笑みを返す。連邦軍詰所での手合わせの一件があってからどうなることかと思ったが、思いの外懐かれているようだ。
「今日は帝国の地理について学んでいます」
見ればクロイツェン州の地図が開かれており、地理の授業は始まったばかりのようだった。
「終わったらアフタヌーンティーでもどうかな?」
「え…!いいんですか?」
気まぐれに茶に誘うと嬉しそうに顔を綻ばせるアリア。弟よりも幾分も幼さを感じさせる彼女が夜抜け出し男と床を共にしていると考えるとルーファスは人間の胎の中とは到底他人には理解し得ないものなのだと改めて思うのであった。それは自分も然りであるが。
アフタヌーンティーでルーファスはアリアの胎を割るつもりだったが、うまく話しを逸らされ通ずる内容の会話に至らず、普通に2人で談笑しティーブアリアクしただけの時間となった。偶然かとも思ったが、人の感情に敏感な様子なのでルーファスの僅かな勘繰るような態度を感じ取ったのかもしれないとルーファスは自分の話術の至らぬ点を思いがけず実感するのであった。
しかし、胎を割らずとも彼女からは悪い感情を感じないのは事実である。例えばクロスベルに戻ったり、オズボーンを出し抜こうとしたり、ルーファスに手をかけたりなどといった反旗を翻すような意思は全くと言っていいほど感じない。ルーファスは敵意や悪意には敏感なので、その辺りは間違いないだろう。
ルーファスにはよく懐き、必要な知識や教養を身につけようと勤勉に取り組んでいる。そして、密かに公爵家、特にヘルムート周りを探って回りオズボーンから与えられた職務をこなそうともしているようだった。ルーファスもヘルムートの腹の内など分かっていなかったのでアリアが何を嗅ぎつけてくるのか気になっていたが、まあ、そんな従順とも純朴ともいえる彼女の夜遊びをルーファスはシンプルに興味深いと思い、それとなく探りを入れつつ監視を続けようとした。
しかし、不思議なことに夜遊びはたった2日で止んだ。ルーファスがアフタヌーンティーに誘った日からアリアは夜は外出自体をしていないようで、たまたま間隔が空いた可能性もあったが、本当に何もなかったかのようにアリアが平常に戻ったので報告の際、監視役が首を捻っていた。
さて、いい加減アリアの扱いの方向性くらい定めたいものだとルーファスはなんともなしに深夜城館内を歩いていた。
散歩というほどのものではないが、軽い考え事をする時にルーファスは良く静まり返った我が家を回っていた。その静謐さの中に何かを見出すことはなかったが、思考が研ぎ澄まされ良い結論が導き出されることはままあった。
ふと風が通り、ルーファスは足を止めた。
近くの窓は閉め切られており、この風の行方を探して見回すとバルコニーの扉が薄く開いていることに気がつく。秋の夜の涼やかな風が頬を撫で、嗅いだことのない香りが風に乗って鼻腔をくすぐるのにルーファスは気がつけばバルコニーに足を踏み出していた。
澄んだ空気と開けた空に控えめに光る星々とその中一際眩い月が美しいと思う夜だった。それでもルーファスは月の明るさから逃げるように視線を滑らせ細々と光る星を見上げる。一つ一つに名前がついているはずなのにルーファスはその名を知らない。
『 星屑の広い海
特別輝いているわけでもない
その中から君を見つけるよ 』
ひっそりとした歌声。
アリアが囁くように歌っているようだった。ルーファスはその声と歌詞に既視感を覚える。それは遠い記憶で酷く曖昧だったが悪い心地はしない。
『 見つけてと
あなたの声 聞こえているの
どうか この手を取って 』
やがて歌声は鼻歌に変わり、鼻歌は鼻を啜る音になる。押し殺した泣き声が漏れ、中庭の木々たちが皆息を潜めその様子を見守っているかのようだった。
「こんなところにいたのか。」
「――!」
驚き息を呑んだアリアが勢いよく振り返った。
夜遊びをやめたアリアはこのバルコニーで1人夜を明かしていたらしい。見開かれた瞳には涙が溜まり、夜露のようにアリアの頬を滑り落ちた。
「何を泣いているのかね。」
「よ、夜が……怖くて……」
そう震え泣くアリアの姿が月明かりに照らされ、皮肉にも怖いと言った夜がよく似合い美しいとルーファスは思った。
――夜が怖い。
確かに《赤い星座》の奇襲は日が暮れてからだった。そうか、それで孤独から逃れるために夜な夜な抜け出していたわけかとルーファスは納得する。
そしてあまり他人への感情を持ち合わせないルーファスが珍しくも彼女を気の毒だと思った。
「私の部屋にくるかい?」
手合わせと昼間の茶の席と同様、気まぐれに声をかけた。
ルーファスの誘いに目を見開いたアリアは小さく返事を溢した。
「……はい」
「おいで。外は冷える。」
手を差し伸べると控えめに手が重なる。
ルーファスは宿望を遂げるまでは人との寄り添いなど必要としていない。だからこそ寂しさを紛らわすためなら誰でも良いアリアなら後腐れがないと思ったのだ。
部屋に通し、ベッドで向かい合う。
カーテンの隙間から差し込む月明かりに照らされた薄ピンクの瞳が宝石のように甘く光り、恍惚とルーファスを見つめていた。
「唇は?」
髪を耳にかけ、頬を撫で問う。
感情の伴わない交わりならば、唇を許さない人もいるだろう。そう考えながらもルーファスはアリアの熱のこもった視線に答えは分かりきっていた。
「……ルーファスさんになら」
「悪い子だ」
本心なのか男を悦ばせるための口上なのか。まあどちらでもルーファスにとってはどうでもよかった。
唇を重ねると息が震え、瞼が閉じられる。
身体が脱力し完全にルーファスに委ねているところを見るに、慣れていて抵抗がないのか、それともルーファスだから許しているのか。これもまたルーファスにとってはどちらでもよかった。
別に女を抱きたいと思ったわけではない。
目の前の突然孤独になり、1人寂しく震える少女に慈悲を与えたくなっただけのこと。そこに感情などはありはしない。
強いて言えば慈悲への対価が利用できると考えたのだ。
ただそれだけのことだったのだ。
『 見つけてと あなたの声 聞こえているの 』
あの歌が嫌に耳に残っていた。
◆
「…身体は大事ないかね?」
ぐったりと脱力した白い体躯。思うままに散らせた痕が生々しく映え、達して冷静になったルーファスに現実を突きつけた。全く後悔していないと言えば嘘になる。
「はい…ルーファスさん、優しいから」
薄く笑ったアリアに、日頃から男に弄ばれた身体だと思い抱いたという本音が流石に罪悪感を掻き立てた。
「…そのお顔は、あの男の人と関係を持ったとお思いでしたね?」
「――――。」
アリアの細い指がルーファスの頬に触れた。
心情を言い当てられ思わず目を見開いてしまい、アリアのピンクダイヤが楽しげに細まる。
「ごめんなさい、気付いていました。あなたの監視。」
1日目の尾行の失敗は偶然などではなかったのだ。1日目は振り切り、2日目で再び尾行されていることに気がつき態と姿を見せ、3日目にルーファスがコンタクトを取ってきたのに彼女はルーファスが監視していると確信を得た。
少女だと侮り、策を早計に進めすぎたとルーファスは衝撃を受ける。
まさかバルコニーで涙を流し、同情心を煽りルーファスに抱かれる。この一連も彼女の描いたストーリーなのか?
ルーファスの鼓動が少しずつ早まる。
「ああいった行動はあなたのご迷惑になるのだと思い、やめました。けれど……独りはとても怖くて」
ルーファスの懸念とは裏腹にアリアは自虐的に笑うと温もりを求めるようにルーファスの体に頬を寄せる。
「そんな時、あなたが私を見つけてくださいました。とても……嬉しかった。救われた心地でした。」
少しの間の後、名残惜しそうにアリアは身体を離し微笑んだ。
打算を全く感じさせない甘い視線に無意識に釘付けになる。
「ついあなたの気まぐれに甘えてしまいました。」
「……やれやれ」
今日の情事が気まぐれということさえも彼女にはお見通しだったようでルーファスはアリアの能力の認識を改める必要があるとため息を吐いた。
「夜出歩きたくなったら、私の部屋に来なさい」
髪を撫でそう言うと、ピンクダイヤがじっと見つめてきて困ったように笑う。
「それも気まぐれですか?」
そのはにかみにルーファスは生まれて初めてピンク色を麻薬のような色だと思った。
「…お気持ちだけ頂いておきますね。私はもう…大丈夫です。」
「…それはよかった。」
そう笑ったアリアの横顔が儚く消えそうだと伸ばしかけた手に意味が見出せず静かに降ろす。
「部屋に帰ります。お邪魔しました。」
「ああ、おやすみ」
音もなくアリアが立ち去り、元々静かだったが部屋が更に静寂に包まれる。シャワーを浴びに立ち上がると色濃く花の香りが漂いルーファスは思わずガウンに鼻を近づけた。
「……。」
この分だとベッドのシーツにも強く香りが残っているだろう。嗜みなのか余計な置き土産だと辟易しながらガウンをランドリーボックスに放り投げ、使用人にシーツを変えさせる。こんな夜更けのベッドメイクの訳なんて一つしかなく、使用人には変な想像をされるだろうが、あの花の香りの中で眠るよりよっぽどマシだとルーファスは思うのだった。
――