3 - トールズ
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「今日はこの後部活に行く。」
今日の授業を終え、教科書やノートをまとめているとぶっきらぼうにユーシスがそういうのにアリアは思わず聞き返した。
「え?」
「何度も言わせるな。今日は部活だ。」
2度同じことを言われてもアリアは変わらずその言葉の意味を理解できないでいた。
部活に行く?そんな事は知っている。それがどうしたというのだ。
「う、うん?」
「ユーシス、ちゃんと言わないと伝わらないぞ」
「む……」
通り過ぎ様にリィンが苦笑いを浮かべながらユーシスの肩を叩いた。気まずそうに眉を寄せたユーシスがコホンとひとつ咳払いをしてアリアを改めて見据えるのにアリアは何故だか緊張した。
「以前のように遠くに潜む必要はない。予定も共有しよう。その方がお前も行動しやすいだろう?」
再びきょとんとしかけたアリアだったが、ユーシスに言われた言葉を高速で反芻し何を言いたいのか理解する。
「あっ、なるほど。」
護衛として同行を許可されているのかという結論に辿り着きアリアは納得する。先日の和解を経て、気を使ってくれたのだろう。実に殊勝なことだと思いながらもアリアは笑顔を浮かべた。
「ありがとう。もう行く?」
「ああ、遠出前に終わらせたいことがあるからな。」
「そっか、わかった」
見ればユーシスはすでに身支度を終えているようで、アリアは手早く荷物をまとめ立ち上がった。ユーシスがフンと鼻を鳴らし特に何を言うでもなく教室を出ていくのを慌てて追いかけ、むしろ逆に距離感が難しいなと小さくため息を漏らす。
「部活中とか図書館にいる時はそばにいない時もあるかも」
「好きにしろ」
「行き帰りは一緒にしましょう?」
「それも好きにするといい」
そうか、同行を許されただけでユーシスはこちらに合わせる気は無いようだ。それなら前の方がやりやすかったと正直思ったが、ある程度の信頼関係は必要なのでアリアは仕方ないと良い方に考える。
グラウンドに着くなりユーシスは「ではな」と素っ気なく言い残して階段を降りていってしまい、取り残されたアリアは途方に暮れたが考えてみれば、何時に終わるとかそういった詳細な事は今までも知らないまま護衛をしていたので、特段変わりはないのである。じゃあ今までと同じでいいか、とアリアは気楽に考えいつも通り旧校舎へと向かう。
学生生活というのは非常に平和である。士官学院とは言えまるでぬるま湯のようだとアリアは思っていた。このままでは腕が鈍る。仕事を全うするためにも、いずれクロスベルに戻る日の為にも鍛錬を積まなければならない。
旧校舎の扉はいつも通り重く、開けたホールもどんよりと暗い。同じ学園の敷地内のはずなのに、まるで隔離されたかのように外の音が遮断され、自分の立てた音だけが無限に響くような気がしてくる。
自ずと早歩きになってしまうのに気がつかないままアリアは地下に潜り、チリチリと胸を焦がす何かを散らすようにナイフを振りかぶった。
◆
(…寝ているのか)
グラウンドの階段を上がった広場のベンチ。
そこに腰掛けたアリアは小さく寝息を立てているようだった。仕事だろう、という小言が過ったがあどけない寝顔に肩の力が抜けてゆく。普段の澄ました様子とは打って変わったような幼さに長いまつ毛と形の良い唇がユーシスの胸を刺激する。
ああ、本当に。
まるで見てはいけないものを見てしまったような心地に陥る。
こんなに異性の容姿に翻弄されるだなんて思ってもおらずユーシスはついため息を吐いた。アリアの寝顔を見たというだけの些細な事象で胸が騒つくだなんて精神力をもっと鍛えなければいけない。これからアリアの所作に一々反応していたらキリがないのである。
さて、このまま寝顔を眺め続けるわけにもいかないのでユーシスはアリアを起こそうとベンチに近づく。すると、途端に眉間に寄る眉にユーシスは反射的に立ち止まった。苦痛に耐えるかのような険しい表情、まさか自分が近づいたのに嫌悪したのかとも思ったがそんな訳はなく、魘されている様子を見るに悪夢を見ているようだった。
「…やめ……ごめ……なさ…」
夢の中で彼女を苦しめる何かがきっと彼女の秘めたる昏さの理由なのだろう。ユーシスには当然だがそれが何かもわからないし、知る手筈もない。この苦悶に満ちた表情をどうにかするには起こすしかないのだが、それは根本的なことではないし、もしかしたらアリアはユーシスに心配をかけたと負担に思うかもしれない。
とは言え今のユーシスにはどうすることもできないし放って帰るわけにもいかないのでアリアの前に立ち、一先ず声をかけてみることにする。
「……アリア」
夢の中で踠き苦しむアリアに届けと、ユーシスは名前を呼んだ。
「ッ!だめ…!」
身体を震わせ目覚めたアリアは縋り付くようにユーシスの腕を掴んだ。焦点が定まっていなさそうなピンクダイヤの瞳が見上げてきて震える唇が「いかないで」と小さく呟いた。
「アリア」
「…あ……ゆー…しす……?」
「……ああ」
だんだんと覚醒してきた瞳がはっきりとユーシスを写した。
ユーシスはアリアが驚き焦る姿を想像していたが、彼女は予想に反して心の底から安堵したような表情を見せたかと思えば、すぐにくしゃりと泣き出しそうに顔を歪めユーシスの脇腹あたりに顔を埋め黙り込んでしまった。
寄りかかるアリアの重みが彼女の抱える闇の一部のように感じてユーシスは一瞬息が詰まったが、アリアに悟られないようにそっと静かに髪をひと撫でした。
「…ごめんね、帰ろっか」
「……そうだな」
顔を上げて何事もなかったかのように笑顔を浮かべたアリアの声は鼻声で、ユーシスはなんと声をかけて良いのかわからなかったが、きっと今はわからないことが正解なのだろう。そしてまたアリアもユーシスにどうされたいのかわからないのだろう。
ユーシスの腕に縋り付いたままのアリアの手は震えていて、それさえも見て見ぬ振りをするのが良いのかもしれないと、震えに気が付いていないふりをしてアリアの手を引っ張り立ち上がらせた。
「ッあ」
「軽いな、ちゃんと食べているのか?」
細い手首に巻かれた包帯も今はまだユーシスは見えないふりをする。
「あまり食欲が、なくて」
「いつか倒れるぞ、それで仕事が務まるのか?」
「仕事に支障は来たさないわ。」
「ならいいが。もう夕食だ、帰るぞ」
ユーシスが身体を翻し背を向けると、小さくこぼされるため息。たとえ呆れでも悲しみの感情よりいいだろう。その証拠に肩越しに振り返ると無理に笑ったり思い詰めたような様子はなく、口をへの字に曲げ自分の腹を摩っている。大方軽いと言われたことを気にしているのだろう。
今はきっとこのままで良いのだろう。ユーシスも深く踏み込むつもりはない。本来、人と馴れ合うのは好まないのだから。彼女がずっと護衛である可能性もさほど高くないだろう。卒業か、もっと早くか。《反帝国戦線》残党の動きが少なくなり危険が無くなれば兄も彼女を手元に戻すだろう。
「…何も聞かないの?」
だから、彼女の方から言及してくるとはユーシスはつゆ程も思っていなかった。過剰反応しそうになるのをなんとか抑えて、努めて冷静に答える。
「聞いたところでお前からまともな返答が返ってくるのか?」
「…失言だったわ。ごめんなさい、忘れて。」
「ふん」
やはり彼女も胸の内を明かすつもりなどさらさらないようだ。わかっていたとは言え複雑な気持ちになるが、きっと今の感じが今の2人のちょうど良い距離感なのだろう。
食事の席も隣同士だったが2人の間に特別会話はない。
けれど、ユーシスはせっかく垣間見たアリアの闇を見なかったことにはしたくなかった。
表面上はこの距離感を保ちつつ、ユーシスの心の中ではほんの少し、ほんの一歩だけ、彼女に近づいてみる。
「やはり食べる量が少ないな」
「うーん、いつも通りだよ」
「好きなものはなんだ?」
向かいの席のクロウとフィーの視線が気になるが構わずユーシスは問いかける。するとアリアは少し考える素振りを見せて小さく「あまいもの」と呟いた。クロウがクッと吹き出すのにアリアは視線を鋭くしてクロウの脛を蹴り上げたようでガタンとテーブルが揺れる。
「いっ?!」
「「クロウうるさい」」
フィーとアリアの声が重なりクロウを責める。ユーシスも何か言うべきか迷ったが、まあクロウのことは放っておくに越したことはないだろうと気にせずシャロンを呼びつける。
「はい、何かお持ちしますか?」
「今日はデザートはあるか?」
「もちろんです。本日はぶどうのタルトとクレームブリュレをご用意しておりますよ。」
えらい本格的なデザートにどこかの有名パティシエでも連れてきたのかと勘繰ったが、おそらくこのRFのスーパーメイド手ずから用意したのだろう。全く恐れ入るとユーシスは脱帽しながら両方のデザートを自分の分とアリアの分とを合わせて持ってきてもらえるように頼む。快諾したシャロンの美しい笑みの中に生ぬるいものを感じ、目の前で珍しいものを見るかのようなクロウとフィーの視線と相まってユーシスは不快で堪らなかった。
「わあ、すごい、シャロちゃんプロ!」
「ふふ、真心を込めてお作りしました」
運ばれてきたデザートプレートを見たアリアが顔を綻ばせる。
「んー!おいしー…!」
早速クレームブリュレを堪能するアリアが今日一番と言えるほどの笑顔を見せるのに、シャロンとフィーが同じように笑みを漏らす。
「シャロン、わたしも欲しい。」
「かしこまりました。」
シャロンがすぐにフィーにデザートを用意するのを見ながらアリアがおずおずとユーシスに問いかけてくる。
「ユーシスはいらないの?」
「ああ、気にせず食べると良い」
「こんなに美味しいのに」
残念そうに眉を寄せるアリア。
そうだった、彼女は美味しさを共有したいタイプだったとユーシスは思い出し、ユーシスが合わせるのは癪だったが歩み寄ると決めたからには貫き通そうとぶどうのタルトを自分の皿に移し、一口口に運ぶ。
「悪くない」
「でしょ、とってもおいしいよね」
「お褒めいただき光栄ですわ」
ニコニコとユーシスの分のクレームブリュレを頬張るアリアを見ていると表情筋が緩んでいくのを感じユーシスは慌てて気を引き締める。気恥ずかしさを誤魔化すために自分のフォークを進めタルトを味わっていく。改めてシャロンのタルトは店のものと遜色のないほどに完成度が高い。ぶどうというチョイスも季節感を感じてとても良い。当たり前のように用意された紅茶も相変わらず美味でユーシスは充実したデザートタイムにかなり気を緩めていた。
しかし、暫くして右側から感じる視線が気になりそちらに目を向けると、一通り食事を終えた様子のアリアがじっとユーシスを見ていた。何か言ってくるのかと思ったが、痛いくらいの視線にユーシスは耐えかね声をかける。
「なんだ」
「え!あっ、いや、ユーシス、かっこいいなあって」
ユーシスはギョッとした。確かにかっこいいやら美しいやら容姿に関する賛辞は聞き慣れていたが、まさかアリアに面と向かって言われるとはあまりに予想外で思わず瞠目してしまう。クロウが再びクッと吹き出すのにアリアが脛を蹴り上げた。
「ほら、ルーファスさんも超美形だし、兄弟揃ってすごいなあって」
「…そうか」
にこやかに兄を引き合いに出されたので、なるほど世辞の類かと驚きを鎮める。若干の落胆も感じるが気のせいだろうとユーシスはシャロンに食事の終わりを告げ席を立った。
「アリア、散歩、脛のお詫びに付き合えよ」
「クロウが悪いんじゃん…ふう…いいよ」
背中で2人の控えめなトーンでの会話を聞きながら、自分がクロウと同じように気軽に外出を誘っても応じてくれるのだろうかと疑問に思うが、らしくないなと考えを打ち消しユーシスは食堂を後にした。
今日の授業を終え、教科書やノートをまとめているとぶっきらぼうにユーシスがそういうのにアリアは思わず聞き返した。
「え?」
「何度も言わせるな。今日は部活だ。」
2度同じことを言われてもアリアは変わらずその言葉の意味を理解できないでいた。
部活に行く?そんな事は知っている。それがどうしたというのだ。
「う、うん?」
「ユーシス、ちゃんと言わないと伝わらないぞ」
「む……」
通り過ぎ様にリィンが苦笑いを浮かべながらユーシスの肩を叩いた。気まずそうに眉を寄せたユーシスがコホンとひとつ咳払いをしてアリアを改めて見据えるのにアリアは何故だか緊張した。
「以前のように遠くに潜む必要はない。予定も共有しよう。その方がお前も行動しやすいだろう?」
再びきょとんとしかけたアリアだったが、ユーシスに言われた言葉を高速で反芻し何を言いたいのか理解する。
「あっ、なるほど。」
護衛として同行を許可されているのかという結論に辿り着きアリアは納得する。先日の和解を経て、気を使ってくれたのだろう。実に殊勝なことだと思いながらもアリアは笑顔を浮かべた。
「ありがとう。もう行く?」
「ああ、遠出前に終わらせたいことがあるからな。」
「そっか、わかった」
見ればユーシスはすでに身支度を終えているようで、アリアは手早く荷物をまとめ立ち上がった。ユーシスがフンと鼻を鳴らし特に何を言うでもなく教室を出ていくのを慌てて追いかけ、むしろ逆に距離感が難しいなと小さくため息を漏らす。
「部活中とか図書館にいる時はそばにいない時もあるかも」
「好きにしろ」
「行き帰りは一緒にしましょう?」
「それも好きにするといい」
そうか、同行を許されただけでユーシスはこちらに合わせる気は無いようだ。それなら前の方がやりやすかったと正直思ったが、ある程度の信頼関係は必要なのでアリアは仕方ないと良い方に考える。
グラウンドに着くなりユーシスは「ではな」と素っ気なく言い残して階段を降りていってしまい、取り残されたアリアは途方に暮れたが考えてみれば、何時に終わるとかそういった詳細な事は今までも知らないまま護衛をしていたので、特段変わりはないのである。じゃあ今までと同じでいいか、とアリアは気楽に考えいつも通り旧校舎へと向かう。
学生生活というのは非常に平和である。士官学院とは言えまるでぬるま湯のようだとアリアは思っていた。このままでは腕が鈍る。仕事を全うするためにも、いずれクロスベルに戻る日の為にも鍛錬を積まなければならない。
旧校舎の扉はいつも通り重く、開けたホールもどんよりと暗い。同じ学園の敷地内のはずなのに、まるで隔離されたかのように外の音が遮断され、自分の立てた音だけが無限に響くような気がしてくる。
自ずと早歩きになってしまうのに気がつかないままアリアは地下に潜り、チリチリと胸を焦がす何かを散らすようにナイフを振りかぶった。
◆
(…寝ているのか)
グラウンドの階段を上がった広場のベンチ。
そこに腰掛けたアリアは小さく寝息を立てているようだった。仕事だろう、という小言が過ったがあどけない寝顔に肩の力が抜けてゆく。普段の澄ました様子とは打って変わったような幼さに長いまつ毛と形の良い唇がユーシスの胸を刺激する。
ああ、本当に。
まるで見てはいけないものを見てしまったような心地に陥る。
こんなに異性の容姿に翻弄されるだなんて思ってもおらずユーシスはついため息を吐いた。アリアの寝顔を見たというだけの些細な事象で胸が騒つくだなんて精神力をもっと鍛えなければいけない。これからアリアの所作に一々反応していたらキリがないのである。
さて、このまま寝顔を眺め続けるわけにもいかないのでユーシスはアリアを起こそうとベンチに近づく。すると、途端に眉間に寄る眉にユーシスは反射的に立ち止まった。苦痛に耐えるかのような険しい表情、まさか自分が近づいたのに嫌悪したのかとも思ったがそんな訳はなく、魘されている様子を見るに悪夢を見ているようだった。
「…やめ……ごめ……なさ…」
夢の中で彼女を苦しめる何かがきっと彼女の秘めたる昏さの理由なのだろう。ユーシスには当然だがそれが何かもわからないし、知る手筈もない。この苦悶に満ちた表情をどうにかするには起こすしかないのだが、それは根本的なことではないし、もしかしたらアリアはユーシスに心配をかけたと負担に思うかもしれない。
とは言え今のユーシスにはどうすることもできないし放って帰るわけにもいかないのでアリアの前に立ち、一先ず声をかけてみることにする。
「……アリア」
夢の中で踠き苦しむアリアに届けと、ユーシスは名前を呼んだ。
「ッ!だめ…!」
身体を震わせ目覚めたアリアは縋り付くようにユーシスの腕を掴んだ。焦点が定まっていなさそうなピンクダイヤの瞳が見上げてきて震える唇が「いかないで」と小さく呟いた。
「アリア」
「…あ……ゆー…しす……?」
「……ああ」
だんだんと覚醒してきた瞳がはっきりとユーシスを写した。
ユーシスはアリアが驚き焦る姿を想像していたが、彼女は予想に反して心の底から安堵したような表情を見せたかと思えば、すぐにくしゃりと泣き出しそうに顔を歪めユーシスの脇腹あたりに顔を埋め黙り込んでしまった。
寄りかかるアリアの重みが彼女の抱える闇の一部のように感じてユーシスは一瞬息が詰まったが、アリアに悟られないようにそっと静かに髪をひと撫でした。
「…ごめんね、帰ろっか」
「……そうだな」
顔を上げて何事もなかったかのように笑顔を浮かべたアリアの声は鼻声で、ユーシスはなんと声をかけて良いのかわからなかったが、きっと今はわからないことが正解なのだろう。そしてまたアリアもユーシスにどうされたいのかわからないのだろう。
ユーシスの腕に縋り付いたままのアリアの手は震えていて、それさえも見て見ぬ振りをするのが良いのかもしれないと、震えに気が付いていないふりをしてアリアの手を引っ張り立ち上がらせた。
「ッあ」
「軽いな、ちゃんと食べているのか?」
細い手首に巻かれた包帯も今はまだユーシスは見えないふりをする。
「あまり食欲が、なくて」
「いつか倒れるぞ、それで仕事が務まるのか?」
「仕事に支障は来たさないわ。」
「ならいいが。もう夕食だ、帰るぞ」
ユーシスが身体を翻し背を向けると、小さくこぼされるため息。たとえ呆れでも悲しみの感情よりいいだろう。その証拠に肩越しに振り返ると無理に笑ったり思い詰めたような様子はなく、口をへの字に曲げ自分の腹を摩っている。大方軽いと言われたことを気にしているのだろう。
今はきっとこのままで良いのだろう。ユーシスも深く踏み込むつもりはない。本来、人と馴れ合うのは好まないのだから。彼女がずっと護衛である可能性もさほど高くないだろう。卒業か、もっと早くか。《反帝国戦線》残党の動きが少なくなり危険が無くなれば兄も彼女を手元に戻すだろう。
「…何も聞かないの?」
だから、彼女の方から言及してくるとはユーシスはつゆ程も思っていなかった。過剰反応しそうになるのをなんとか抑えて、努めて冷静に答える。
「聞いたところでお前からまともな返答が返ってくるのか?」
「…失言だったわ。ごめんなさい、忘れて。」
「ふん」
やはり彼女も胸の内を明かすつもりなどさらさらないようだ。わかっていたとは言え複雑な気持ちになるが、きっと今の感じが今の2人のちょうど良い距離感なのだろう。
食事の席も隣同士だったが2人の間に特別会話はない。
けれど、ユーシスはせっかく垣間見たアリアの闇を見なかったことにはしたくなかった。
表面上はこの距離感を保ちつつ、ユーシスの心の中ではほんの少し、ほんの一歩だけ、彼女に近づいてみる。
「やはり食べる量が少ないな」
「うーん、いつも通りだよ」
「好きなものはなんだ?」
向かいの席のクロウとフィーの視線が気になるが構わずユーシスは問いかける。するとアリアは少し考える素振りを見せて小さく「あまいもの」と呟いた。クロウがクッと吹き出すのにアリアは視線を鋭くしてクロウの脛を蹴り上げたようでガタンとテーブルが揺れる。
「いっ?!」
「「クロウうるさい」」
フィーとアリアの声が重なりクロウを責める。ユーシスも何か言うべきか迷ったが、まあクロウのことは放っておくに越したことはないだろうと気にせずシャロンを呼びつける。
「はい、何かお持ちしますか?」
「今日はデザートはあるか?」
「もちろんです。本日はぶどうのタルトとクレームブリュレをご用意しておりますよ。」
えらい本格的なデザートにどこかの有名パティシエでも連れてきたのかと勘繰ったが、おそらくこのRFのスーパーメイド手ずから用意したのだろう。全く恐れ入るとユーシスは脱帽しながら両方のデザートを自分の分とアリアの分とを合わせて持ってきてもらえるように頼む。快諾したシャロンの美しい笑みの中に生ぬるいものを感じ、目の前で珍しいものを見るかのようなクロウとフィーの視線と相まってユーシスは不快で堪らなかった。
「わあ、すごい、シャロちゃんプロ!」
「ふふ、真心を込めてお作りしました」
運ばれてきたデザートプレートを見たアリアが顔を綻ばせる。
「んー!おいしー…!」
早速クレームブリュレを堪能するアリアが今日一番と言えるほどの笑顔を見せるのに、シャロンとフィーが同じように笑みを漏らす。
「シャロン、わたしも欲しい。」
「かしこまりました。」
シャロンがすぐにフィーにデザートを用意するのを見ながらアリアがおずおずとユーシスに問いかけてくる。
「ユーシスはいらないの?」
「ああ、気にせず食べると良い」
「こんなに美味しいのに」
残念そうに眉を寄せるアリア。
そうだった、彼女は美味しさを共有したいタイプだったとユーシスは思い出し、ユーシスが合わせるのは癪だったが歩み寄ると決めたからには貫き通そうとぶどうのタルトを自分の皿に移し、一口口に運ぶ。
「悪くない」
「でしょ、とってもおいしいよね」
「お褒めいただき光栄ですわ」
ニコニコとユーシスの分のクレームブリュレを頬張るアリアを見ていると表情筋が緩んでいくのを感じユーシスは慌てて気を引き締める。気恥ずかしさを誤魔化すために自分のフォークを進めタルトを味わっていく。改めてシャロンのタルトは店のものと遜色のないほどに完成度が高い。ぶどうというチョイスも季節感を感じてとても良い。当たり前のように用意された紅茶も相変わらず美味でユーシスは充実したデザートタイムにかなり気を緩めていた。
しかし、暫くして右側から感じる視線が気になりそちらに目を向けると、一通り食事を終えた様子のアリアがじっとユーシスを見ていた。何か言ってくるのかと思ったが、痛いくらいの視線にユーシスは耐えかね声をかける。
「なんだ」
「え!あっ、いや、ユーシス、かっこいいなあって」
ユーシスはギョッとした。確かにかっこいいやら美しいやら容姿に関する賛辞は聞き慣れていたが、まさかアリアに面と向かって言われるとはあまりに予想外で思わず瞠目してしまう。クロウが再びクッと吹き出すのにアリアが脛を蹴り上げた。
「ほら、ルーファスさんも超美形だし、兄弟揃ってすごいなあって」
「…そうか」
にこやかに兄を引き合いに出されたので、なるほど世辞の類かと驚きを鎮める。若干の落胆も感じるが気のせいだろうとユーシスはシャロンに食事の終わりを告げ席を立った。
「アリア、散歩、脛のお詫びに付き合えよ」
「クロウが悪いんじゃん…ふう…いいよ」
背中で2人の控えめなトーンでの会話を聞きながら、自分がクロウと同じように気軽に外出を誘っても応じてくれるのだろうかと疑問に思うが、らしくないなと考えを打ち消しユーシスは食堂を後にした。