3 - トールズ
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「アリアさん、ここ、教えて欲しいんですが」
「マキくん、アリアちゃん」
またあるときは
「マキくんもクッキー食べる?」
「いいんですか?もしかしてアリアさんの手作り?」
「やっぱりあげない。アリアちゃん、ね?」
こんなやりとりが殆ど日常的な風景になりつつあったⅦ組
最初こそみんな面白がって見ていたが、あまりに順応しないマキアスの様子に呆れの眼差しになり、やがては誰も興味を持たなくなっていった。
アリアも諦めれば良いのだが、有無を言わさぬ笑顔でマキアスに「アリアちゃん呼び」を強制する姿勢をトコトン変えないつもりの様だった。
「粘るねえ、アリアちゃん」
「クロウは呼ばなくていいんだよ」
「ひどっ、何それ差別?」
「区別と言ってもらっていい?」
放課後の教室、今日も「アリアちゃん」と呼べず同じやり取りをして肩を落としながら部活へ向かうマキアスの背中を見送るアリアとクロウ。
ブレードを嗜みながら部活に入っていない二人は特にやることもなく自由な時間を遊んで過ごしていた。
「なーんでそんなに呼び方にこだわる訳?」
「別にこだわってるわけじゃないよ?」
クロウの出したボルトのカードに顔を顰めながら言うアリア。
毎日見せられるやり取りに全く説得力のない言葉だと、クロウは思わず大きな声で遺憾の声を出してしまう。
「はあ?あれで?」
「マキくんだからだよ。」
そんなクロウの反応も予測済みだと言った様に即答が返ってくる。それでもクロウには意味が分かりかねてミラーを出すつもりだったのを間違えて意味もなく1を出してしまう。
「ああいう真面目な子に意地悪するのって楽しいよね」
「……」
男なら誰でも惚れてしまいそうなほど可憐な笑顔でアリアは魔性の言葉を放った。ブレードもその笑顔で出されたボルトでクロウの負けが確定する。
「…え?お前、悪いやつだな」
「というのは冗談で、気遣われたくないだけ。アリアちゃんマキくんって呼び合えれば蟠り、少し減るかなって。」
確かに年上プラス貴族の護衛プラス異性ということで、マキアスのアリアに対する心の距離はどこか遠く感じるのは否めなかった。現にクロウでさえも先輩呼び敬語は直っていない。
しかし、側から見ているクロウからすると単に理由はそれだけではないと思えたが、アリアは気づいていない様だったので黙っていることに。
「マキアスにはこのアプローチがいいかなって。じゃないといざという時信頼がないと守ってあげられない」
ブレードの札を揃えながらアリアが伏目がちに言う。
長いまつ毛から覗くピンクダイヤの瞳が少しだけ悲しそうに揺らいだ。
「ふうん。お前って意外と真面目なのな」
毎日のあのくだらないやり取りがアリアにとっては深い意味があったことに、クロウは素直に感心する。
さすが護衛という名目でⅦ組に編入しただけある。
「さてと、なんか食いにいくか、負けちまったし奢ってやるよ」
「え!やったぁ」
クロウが伸びをしながら提案すると、パッと顔が上がりピンクダイヤが嬉しそうに細まり顔が綻んだ。
これは、マキアスがアリアちゃんと呼べる日はもう少し後だろうなぁとクロウは苦笑いを禁じ得なかった。
この笑顔で一目惚れした女に話しかけられたら、そりゃあしどろもどろするよな、とマキアスへ同情するクロウ。
「キルシェでいいか?学食?」
「キルシェのプリンがいいなあ」
「はいよお姫さん、いくとすっか」
荷物持ちまで申し出てくれて、ブレードで勝った甲斐があったなぁと上機嫌のアリアと放課後の教室を後にするクロウだった。
◆
それから何日か経った後、ひょんなことからマキアスとユーシスが久々に大きな喧嘩をしていた。
アークス運用の戦術理論だかなんだかの意見の食い違いだったようだが、近くで聞いていたアリアとクロウにはとても些細な違いのように思えて仕方がなかった。
「埒が明かんな、実戦で説き伏せてもいいのだぞ?」
「フン、望むところだ!」
マキアスがテーブルを叩き立ち上がった。
ユーシスも競り合う様に立ち上がり一発触発の雰囲気が流れる。
「おいおいおい、お二人さん冷静になれや」
慌ててクロウが間に入るが、二人の啀み合いは続く。
「じゃあ、サラ教官に許可取って2対2でやろっか。」
「ああ、そうだな…ってアリアちゃーん?!」
名案!と言った様に人差し指を立てて楽しそうに言うアリアに、クロウは味方を無くし、なんなら勝手に頭数に入れられて愕然とする。
サラは二つ返事でグランドの一画の使用許可を楽しそうに出してくれた。アリアとクロウに結果報告だけ約束させて、自分は別の作業へと戻っていく。実に放任主義だ。
ラクロス部と馬術部の奇怪なものを見る視線が気になりながらも、4者はグランドで対峙する。
「えーっと?アリアとユーシスコンビでいいか?」
「ううん。わたし、マキくんと一緒。」
3人がアリアの言葉に耳を疑っていると、当の本人はマキアスの横に来て「よろしくね」と柔らかく微笑んだ。
そしてクロウとユーシスに目配せをすると、不敵に口の端を釣り上げる。
その視線は本気で来いと言っている様だった。
「うっわ、なるほど」
「ふむ…?」
クロウは瞬時に悟る、彼女がこの戦いを利用してマキアスとの信頼関係を確立させようとしていることを。
やや強引ではあるが、本来の主であるユーシスに刃を向けることになる上で、マキアスを二人の猛攻から完全に守りきれれば心を許してくれるだろうという算段のようだ。
「なーんか舐められてるくさいが、乗ってやるか」
「大名目は理論の証明なんだがな…まあいいだろう」
二人は呆れながらも作戦会議に入るのであった。
「アリアさん…僕と一緒でいいんですか?」
「大丈夫だよ。マキくんのこと守るから好きにやってね。一応概要だけ教えてもらってもいい?」
「あ、はい…この時このアーツで…戦術リンクが…」
マキアスはアリアの横顔を見ながら、どうしたもんかと狼狽えていた。まさか自分の相方にアリアが名乗りをあげてくるなんて夢にも思ってなかったからだ。
自分の話を真剣に聞く宝石の様な薄桃の瞳(※マキアスフィルター)作戦について質問してくる形の良い愛らしいピンク色の唇(※マキアスフィルター)奏でられる耳心地の良い鈴の様な声(※マキアスフィルター)と言った様にアリアの全てがマキアスにとって眩しいほどの輝きを放ち、情緒を揺るがせる。気も漫ろに作戦会議を終わらせアリアを前衛にしてそれぞれ得物を構えた。
「「アークス駆動」」
程なくしてユーシスとマキアスが同時に駆動に入り戦闘開始の合図となった。
クロウの弾丸が放たれるが、アリアが何発かナイフで弾き返し大きく前へ踏み込む。アリアの侵攻を止めるべくクロウが銃撃で迎撃するが軽く往なされ、目前に薄桃色が迫った。
「はやっ」
振りかぶられたナイフにすぐさま防御体制にはいり、斬撃を避けていく。
「ソウルブラー!」
何度か躱し合いが続くとユーシスのアーツが放たれアリアの気が少し逸れた。その隙をついてグリップで殴り掛かる。
「おら、お前も本気で来い!」
「ハッ」
アリアの手抜きを見抜いたクロウの煽りにアリアは鼻で笑う。妖しい光を放ち細まるピンクダイヤにクロウはゾワリと肌が粟立つのを感じた。グリップは掌底打ちで弾かれ、お返しだと言わんばかりにナイフのグリップがクロウの頭目掛けて迫り来る。咄嗟に避けようとしてバランスを崩したクロウを抜き、後衛で控えているユーシス目掛けてレイが跳躍する。
「やべっ」「くっ」
ユーシスの背後に回り切り掛かるが、剣で応戦し金属のぶつかり合う音がグラウンドに響く。
クロウも銃撃で援護するが、両手に握られたナイフで弾きながら猛攻が仕掛けられ、ユーシスは少しずつ後退せざるを得なかった。
「マキくん」
「ああ!ゴルトスフィア!」
突然アリアが飛び退き、微笑を浮かべマキアスの名を呼ぶと、クロウとユーシスの足元が眩い光に包まれ衝撃が襲いくる。
いつの間にやらアリアの攻撃を凌いでいる間にユーシスとクロウがマキアスのアーツの範囲に上手く誘導されてしまっていたようだった。
「っうお」「小癪な…」
二人の体制が同時に崩れ、アリアとマキアスの怒涛のラッシュが入る。
「いい感じ!」
「…!はい!」
一度場を直して、アリアがマキアスに手を掲げる。一瞬戸惑いを見せたマキアスだったが、遠慮がちに手を合わせた。
「なーにハイタッチしてんだよ!」
「まだ終わりではないぞ!」
武器を握り直した二人がやっかむ。
「いいね。」
アリアは手慰みに回していたナイフを逆手持ちに構えると、今度は前衛となったユーシスに切り掛かる。マキアスとクロウがアークスの駆動を始めた。
しばらく斬り合いと往なし合いが交わされ、ユーシスがじりじりと少しずつ後退を始めるとクロウのアーツが発動する。
しかしそれは攻撃ではなく、クロウが自分自身に掛けたクロノドライブのアーツだった。
「食らえ!カオストリガー!」
すぐさま繰り出されたクラフトの狙いはマキアスだった。
「クッ!」
「大丈夫!守るよ!」
アリアが飛び退きマキアスを庇う姿勢に入るが、当のマキアスが被弾を恐れて動いてしまいカオストリガーの軌道がずらされる。
(あっ、間に合うかしら)
横目でマキアスの動きを見ながら位置修正をかけ、カオストリガーから庇うことに成功するがアリアのナイフが弾かれ宙を舞った。
「隙あり!」
アリアの武装がナイフ一本になったところをユーシスが好機と見て剣技を繰り出す。クロウが勝利の可能性に期待を膨らませたが、どこから出てきたのか3本目のナイフが姿を見せユーシスの剣を受け止めた。
「何本でもでてくるよ?」
ナイフの出現に目を見張るユーシスとクロウに笑い掛けるアリア。しかし、その手からは流血が滴り、ユーシスの剣を受けたナイフも弾かれグラウンドに突き刺さった。
「アリアさん…!」
「マキくん、駆動!」
焦るマキアスの声を背に、アリアが肩越しに振り返り集中力が散漫になっていることを窘める視線が送られる。
「信じて!」
アリアの強い言葉がマキアスの頭を冷静にさせた。
深呼吸をして戦況を見てみると、相手は二人とも肩で息をしている反面自分は傷一つ負わず立っている。
駆動解除のクラフトも一つも掠りもしない。
ここで取るべき戦術は――――
「アークス駆動!」
マキアスは心を決め、威力Sのアーツ駆動に入る。
発動時間もディレイも長めだが、アリアが絶対に守ってくれる、マキアスの心に確信が生まれた。
「ユーシス!あれ妨害!」
「わかってる!クイックスラスト!」
「させないよ」
焦って出したクラフトは簡単に見抜かれ、繰り出す前に牽制され不発に終わる。
負傷した右手は諦めたようで、左手のナイフ一本と体術を織り交ぜたスタイルに変わり、アウトローな動きに翻弄されるユーシスとクロウ。
「待たせた!ユグドラシエル!」
マキアスの声が響き、広範囲のアーツが発動する。巨大な大樹が生成され地属性のダメージがユーシスとクロウを襲い、二人は敢え無くダウンする。
「わあい、やったあ」
「やった!」
アリアとマキアスが自然に笑い合い、手を合わせた。
先ほどのぎこちなさは無くなったように思え、アリアは強引な方法に賭けてよかったと安堵する。
「はー、負けちまったー」
「やれやれ、途中から普通に戦ってしまった」
敗北に喫した二人が身体をよろめかせながら合流する。そもそもの目的を達成できなかったので、ユーシスは小言の一つでも言おうかと思ったが、アリアの目論見は無事達成されたようで、2人の間に流れる空気が今までよりかずっと良いものになっていて静かに口を閉じた。
マキアスが少し興奮気味に先ほどの戦闘を振り返り喋るのをニコニコと相槌を打ちながら聞いているアリア。その様子をユーシスは少し離れたところでなんとも無しに見ていたが、アリアの右手から滴る血を隠すようにスカートにすりつけているのを目撃し、考えるよりも先に足が動いてアリアの腕に手を伸ばしていた。
「マキくんのあのアーツの選択も良かったね。」
「あ…ああ!それはアリアちゃ…」
「アリア!」
「ッ…! ユーシス?どうしたの?」
後ろから腕を引くと振り返ったアリアの瞳と目が合う。その瞳が一瞬歪んだのをユーシスは怪訝に思ったがすぐにアリアが小首を傾げて微笑むのに気を取り直して言う。
「傷を隠すんじゃない。医務室に行くぞ」
「なんのこと?」
「阿呆が、来い。」
「ちょっと!離してよ!大丈夫だから!」
医務室に連れて行こうとアリアの腕を引きながら進もうとすると抵抗をされる。語気の割には弱い抵抗。再び歪む瞳にユーシスが「まただ」と思っていると、今度はユーシスの手が別の誰かに掴まれた。
「坊ちゃん、強引なのはよくねえなあ」
クロウの赤の瞳が咎めるようにユーシスを見ていた。そこでユーシスはアリアの瞳が痛みで歪んでいたことに気がつき、無神経だった自分を恥じた。アリアに視線を向けると焦ったマキアスにハンカチで介抱されている。口元は笑っていたがその伏せられた薄桃の瞳が酷く冷めていて諦観の念さえ感じてユーシスは再び怪訝に思い眉を顰めた。
「悪かった。だが、坊ちゃんはやめてくれ。」
「はいはい、アリアも……な?」
「そだね、ごめん。ユーシス連れてって?」
冷め切った薄桃の瞳は幻だったのかと思うほどもう跡形もなく消え、申し訳なさそうに笑ういつものアリアの瞳だった。
そんなことより、ユーシスはクロウとアリアの“お互いにわかってる感”への苛立ちが勝りアリアが差し出した左手を取ると足早に医務室へ向かう。
2人を物理的に引き離すために。
ユーシスが手を握っても、アリアが握り返してくる事が無いのが自分と彼女との心理的な距離を実感させた。
「…アリアちゃん!」
マキアスの上擦った声にアリアが振り返った。
「ありがとう!怪我のお詫びは必ず…!」
「…ん、気にしないで」
満足そうに笑っているアリアにユーシスはやはり先ほどの冷たいピンクダイヤは見間違いか何かなのだと思った。
「良かったな、アリアちゃん」
「ユーシスもそう呼んでくれるの?」
「いや、やめておこう。」
「残念。」
その声音は相変わらずこれっぽっちも残念そうに思っていないようだった。
すっかり日が傾き始め、西陽が学園全体に差し込み戦闘の疲労もあり空腹を感じ始める頃だった。
「お腹空いたね。」
「ああ…そうだな。」
まるでユーシスの心と同調したかのようなアリアの言葉に手を握る力を強める。
すると、少しだけ、ほんの少しだけアリアが握り返すのにユーシスは自分でも驚くほど心が跳ねるのであった。
◆
「マキくん?今大丈夫?」
「アリアちゃん!も、もちろん!」
「ふふ、そう呼んでくれるの、うれしい」
「〜〜ッ!僕もうれしい……」
「あはは、どうして?変なの。あ、マキくん、これ。」
「あ、ハンカチ…わざわざ洗ってくれたのか」
「当たり前だよ!お陰で助かったよ、ありがとね」
「どっ、どういたしまして!」
◆
マキアスの一目惚れのシーンをかけていないなぁと思いながら……
2人が揉めていたアークス運用の戦術理論がなんとやらは私にはよくわかっていません。
「マキくん、アリアちゃん」
またあるときは
「マキくんもクッキー食べる?」
「いいんですか?もしかしてアリアさんの手作り?」
「やっぱりあげない。アリアちゃん、ね?」
こんなやりとりが殆ど日常的な風景になりつつあったⅦ組
最初こそみんな面白がって見ていたが、あまりに順応しないマキアスの様子に呆れの眼差しになり、やがては誰も興味を持たなくなっていった。
アリアも諦めれば良いのだが、有無を言わさぬ笑顔でマキアスに「アリアちゃん呼び」を強制する姿勢をトコトン変えないつもりの様だった。
「粘るねえ、アリアちゃん」
「クロウは呼ばなくていいんだよ」
「ひどっ、何それ差別?」
「区別と言ってもらっていい?」
放課後の教室、今日も「アリアちゃん」と呼べず同じやり取りをして肩を落としながら部活へ向かうマキアスの背中を見送るアリアとクロウ。
ブレードを嗜みながら部活に入っていない二人は特にやることもなく自由な時間を遊んで過ごしていた。
「なーんでそんなに呼び方にこだわる訳?」
「別にこだわってるわけじゃないよ?」
クロウの出したボルトのカードに顔を顰めながら言うアリア。
毎日見せられるやり取りに全く説得力のない言葉だと、クロウは思わず大きな声で遺憾の声を出してしまう。
「はあ?あれで?」
「マキくんだからだよ。」
そんなクロウの反応も予測済みだと言った様に即答が返ってくる。それでもクロウには意味が分かりかねてミラーを出すつもりだったのを間違えて意味もなく1を出してしまう。
「ああいう真面目な子に意地悪するのって楽しいよね」
「……」
男なら誰でも惚れてしまいそうなほど可憐な笑顔でアリアは魔性の言葉を放った。ブレードもその笑顔で出されたボルトでクロウの負けが確定する。
「…え?お前、悪いやつだな」
「というのは冗談で、気遣われたくないだけ。アリアちゃんマキくんって呼び合えれば蟠り、少し減るかなって。」
確かに年上プラス貴族の護衛プラス異性ということで、マキアスのアリアに対する心の距離はどこか遠く感じるのは否めなかった。現にクロウでさえも先輩呼び敬語は直っていない。
しかし、側から見ているクロウからすると単に理由はそれだけではないと思えたが、アリアは気づいていない様だったので黙っていることに。
「マキアスにはこのアプローチがいいかなって。じゃないといざという時信頼がないと守ってあげられない」
ブレードの札を揃えながらアリアが伏目がちに言う。
長いまつ毛から覗くピンクダイヤの瞳が少しだけ悲しそうに揺らいだ。
「ふうん。お前って意外と真面目なのな」
毎日のあのくだらないやり取りがアリアにとっては深い意味があったことに、クロウは素直に感心する。
さすが護衛という名目でⅦ組に編入しただけある。
「さてと、なんか食いにいくか、負けちまったし奢ってやるよ」
「え!やったぁ」
クロウが伸びをしながら提案すると、パッと顔が上がりピンクダイヤが嬉しそうに細まり顔が綻んだ。
これは、マキアスがアリアちゃんと呼べる日はもう少し後だろうなぁとクロウは苦笑いを禁じ得なかった。
この笑顔で一目惚れした女に話しかけられたら、そりゃあしどろもどろするよな、とマキアスへ同情するクロウ。
「キルシェでいいか?学食?」
「キルシェのプリンがいいなあ」
「はいよお姫さん、いくとすっか」
荷物持ちまで申し出てくれて、ブレードで勝った甲斐があったなぁと上機嫌のアリアと放課後の教室を後にするクロウだった。
◆
それから何日か経った後、ひょんなことからマキアスとユーシスが久々に大きな喧嘩をしていた。
アークス運用の戦術理論だかなんだかの意見の食い違いだったようだが、近くで聞いていたアリアとクロウにはとても些細な違いのように思えて仕方がなかった。
「埒が明かんな、実戦で説き伏せてもいいのだぞ?」
「フン、望むところだ!」
マキアスがテーブルを叩き立ち上がった。
ユーシスも競り合う様に立ち上がり一発触発の雰囲気が流れる。
「おいおいおい、お二人さん冷静になれや」
慌ててクロウが間に入るが、二人の啀み合いは続く。
「じゃあ、サラ教官に許可取って2対2でやろっか。」
「ああ、そうだな…ってアリアちゃーん?!」
名案!と言った様に人差し指を立てて楽しそうに言うアリアに、クロウは味方を無くし、なんなら勝手に頭数に入れられて愕然とする。
サラは二つ返事でグランドの一画の使用許可を楽しそうに出してくれた。アリアとクロウに結果報告だけ約束させて、自分は別の作業へと戻っていく。実に放任主義だ。
ラクロス部と馬術部の奇怪なものを見る視線が気になりながらも、4者はグランドで対峙する。
「えーっと?アリアとユーシスコンビでいいか?」
「ううん。わたし、マキくんと一緒。」
3人がアリアの言葉に耳を疑っていると、当の本人はマキアスの横に来て「よろしくね」と柔らかく微笑んだ。
そしてクロウとユーシスに目配せをすると、不敵に口の端を釣り上げる。
その視線は本気で来いと言っている様だった。
「うっわ、なるほど」
「ふむ…?」
クロウは瞬時に悟る、彼女がこの戦いを利用してマキアスとの信頼関係を確立させようとしていることを。
やや強引ではあるが、本来の主であるユーシスに刃を向けることになる上で、マキアスを二人の猛攻から完全に守りきれれば心を許してくれるだろうという算段のようだ。
「なーんか舐められてるくさいが、乗ってやるか」
「大名目は理論の証明なんだがな…まあいいだろう」
二人は呆れながらも作戦会議に入るのであった。
「アリアさん…僕と一緒でいいんですか?」
「大丈夫だよ。マキくんのこと守るから好きにやってね。一応概要だけ教えてもらってもいい?」
「あ、はい…この時このアーツで…戦術リンクが…」
マキアスはアリアの横顔を見ながら、どうしたもんかと狼狽えていた。まさか自分の相方にアリアが名乗りをあげてくるなんて夢にも思ってなかったからだ。
自分の話を真剣に聞く宝石の様な薄桃の瞳(※マキアスフィルター)作戦について質問してくる形の良い愛らしいピンク色の唇(※マキアスフィルター)奏でられる耳心地の良い鈴の様な声(※マキアスフィルター)と言った様にアリアの全てがマキアスにとって眩しいほどの輝きを放ち、情緒を揺るがせる。気も漫ろに作戦会議を終わらせアリアを前衛にしてそれぞれ得物を構えた。
「「アークス駆動」」
程なくしてユーシスとマキアスが同時に駆動に入り戦闘開始の合図となった。
クロウの弾丸が放たれるが、アリアが何発かナイフで弾き返し大きく前へ踏み込む。アリアの侵攻を止めるべくクロウが銃撃で迎撃するが軽く往なされ、目前に薄桃色が迫った。
「はやっ」
振りかぶられたナイフにすぐさま防御体制にはいり、斬撃を避けていく。
「ソウルブラー!」
何度か躱し合いが続くとユーシスのアーツが放たれアリアの気が少し逸れた。その隙をついてグリップで殴り掛かる。
「おら、お前も本気で来い!」
「ハッ」
アリアの手抜きを見抜いたクロウの煽りにアリアは鼻で笑う。妖しい光を放ち細まるピンクダイヤにクロウはゾワリと肌が粟立つのを感じた。グリップは掌底打ちで弾かれ、お返しだと言わんばかりにナイフのグリップがクロウの頭目掛けて迫り来る。咄嗟に避けようとしてバランスを崩したクロウを抜き、後衛で控えているユーシス目掛けてレイが跳躍する。
「やべっ」「くっ」
ユーシスの背後に回り切り掛かるが、剣で応戦し金属のぶつかり合う音がグラウンドに響く。
クロウも銃撃で援護するが、両手に握られたナイフで弾きながら猛攻が仕掛けられ、ユーシスは少しずつ後退せざるを得なかった。
「マキくん」
「ああ!ゴルトスフィア!」
突然アリアが飛び退き、微笑を浮かべマキアスの名を呼ぶと、クロウとユーシスの足元が眩い光に包まれ衝撃が襲いくる。
いつの間にやらアリアの攻撃を凌いでいる間にユーシスとクロウがマキアスのアーツの範囲に上手く誘導されてしまっていたようだった。
「っうお」「小癪な…」
二人の体制が同時に崩れ、アリアとマキアスの怒涛のラッシュが入る。
「いい感じ!」
「…!はい!」
一度場を直して、アリアがマキアスに手を掲げる。一瞬戸惑いを見せたマキアスだったが、遠慮がちに手を合わせた。
「なーにハイタッチしてんだよ!」
「まだ終わりではないぞ!」
武器を握り直した二人がやっかむ。
「いいね。」
アリアは手慰みに回していたナイフを逆手持ちに構えると、今度は前衛となったユーシスに切り掛かる。マキアスとクロウがアークスの駆動を始めた。
しばらく斬り合いと往なし合いが交わされ、ユーシスがじりじりと少しずつ後退を始めるとクロウのアーツが発動する。
しかしそれは攻撃ではなく、クロウが自分自身に掛けたクロノドライブのアーツだった。
「食らえ!カオストリガー!」
すぐさま繰り出されたクラフトの狙いはマキアスだった。
「クッ!」
「大丈夫!守るよ!」
アリアが飛び退きマキアスを庇う姿勢に入るが、当のマキアスが被弾を恐れて動いてしまいカオストリガーの軌道がずらされる。
(あっ、間に合うかしら)
横目でマキアスの動きを見ながら位置修正をかけ、カオストリガーから庇うことに成功するがアリアのナイフが弾かれ宙を舞った。
「隙あり!」
アリアの武装がナイフ一本になったところをユーシスが好機と見て剣技を繰り出す。クロウが勝利の可能性に期待を膨らませたが、どこから出てきたのか3本目のナイフが姿を見せユーシスの剣を受け止めた。
「何本でもでてくるよ?」
ナイフの出現に目を見張るユーシスとクロウに笑い掛けるアリア。しかし、その手からは流血が滴り、ユーシスの剣を受けたナイフも弾かれグラウンドに突き刺さった。
「アリアさん…!」
「マキくん、駆動!」
焦るマキアスの声を背に、アリアが肩越しに振り返り集中力が散漫になっていることを窘める視線が送られる。
「信じて!」
アリアの強い言葉がマキアスの頭を冷静にさせた。
深呼吸をして戦況を見てみると、相手は二人とも肩で息をしている反面自分は傷一つ負わず立っている。
駆動解除のクラフトも一つも掠りもしない。
ここで取るべき戦術は――――
「アークス駆動!」
マキアスは心を決め、威力Sのアーツ駆動に入る。
発動時間もディレイも長めだが、アリアが絶対に守ってくれる、マキアスの心に確信が生まれた。
「ユーシス!あれ妨害!」
「わかってる!クイックスラスト!」
「させないよ」
焦って出したクラフトは簡単に見抜かれ、繰り出す前に牽制され不発に終わる。
負傷した右手は諦めたようで、左手のナイフ一本と体術を織り交ぜたスタイルに変わり、アウトローな動きに翻弄されるユーシスとクロウ。
「待たせた!ユグドラシエル!」
マキアスの声が響き、広範囲のアーツが発動する。巨大な大樹が生成され地属性のダメージがユーシスとクロウを襲い、二人は敢え無くダウンする。
「わあい、やったあ」
「やった!」
アリアとマキアスが自然に笑い合い、手を合わせた。
先ほどのぎこちなさは無くなったように思え、アリアは強引な方法に賭けてよかったと安堵する。
「はー、負けちまったー」
「やれやれ、途中から普通に戦ってしまった」
敗北に喫した二人が身体をよろめかせながら合流する。そもそもの目的を達成できなかったので、ユーシスは小言の一つでも言おうかと思ったが、アリアの目論見は無事達成されたようで、2人の間に流れる空気が今までよりかずっと良いものになっていて静かに口を閉じた。
マキアスが少し興奮気味に先ほどの戦闘を振り返り喋るのをニコニコと相槌を打ちながら聞いているアリア。その様子をユーシスは少し離れたところでなんとも無しに見ていたが、アリアの右手から滴る血を隠すようにスカートにすりつけているのを目撃し、考えるよりも先に足が動いてアリアの腕に手を伸ばしていた。
「マキくんのあのアーツの選択も良かったね。」
「あ…ああ!それはアリアちゃ…」
「アリア!」
「ッ…! ユーシス?どうしたの?」
後ろから腕を引くと振り返ったアリアの瞳と目が合う。その瞳が一瞬歪んだのをユーシスは怪訝に思ったがすぐにアリアが小首を傾げて微笑むのに気を取り直して言う。
「傷を隠すんじゃない。医務室に行くぞ」
「なんのこと?」
「阿呆が、来い。」
「ちょっと!離してよ!大丈夫だから!」
医務室に連れて行こうとアリアの腕を引きながら進もうとすると抵抗をされる。語気の割には弱い抵抗。再び歪む瞳にユーシスが「まただ」と思っていると、今度はユーシスの手が別の誰かに掴まれた。
「坊ちゃん、強引なのはよくねえなあ」
クロウの赤の瞳が咎めるようにユーシスを見ていた。そこでユーシスはアリアの瞳が痛みで歪んでいたことに気がつき、無神経だった自分を恥じた。アリアに視線を向けると焦ったマキアスにハンカチで介抱されている。口元は笑っていたがその伏せられた薄桃の瞳が酷く冷めていて諦観の念さえ感じてユーシスは再び怪訝に思い眉を顰めた。
「悪かった。だが、坊ちゃんはやめてくれ。」
「はいはい、アリアも……な?」
「そだね、ごめん。ユーシス連れてって?」
冷め切った薄桃の瞳は幻だったのかと思うほどもう跡形もなく消え、申し訳なさそうに笑ういつものアリアの瞳だった。
そんなことより、ユーシスはクロウとアリアの“お互いにわかってる感”への苛立ちが勝りアリアが差し出した左手を取ると足早に医務室へ向かう。
2人を物理的に引き離すために。
ユーシスが手を握っても、アリアが握り返してくる事が無いのが自分と彼女との心理的な距離を実感させた。
「…アリアちゃん!」
マキアスの上擦った声にアリアが振り返った。
「ありがとう!怪我のお詫びは必ず…!」
「…ん、気にしないで」
満足そうに笑っているアリアにユーシスはやはり先ほどの冷たいピンクダイヤは見間違いか何かなのだと思った。
「良かったな、アリアちゃん」
「ユーシスもそう呼んでくれるの?」
「いや、やめておこう。」
「残念。」
その声音は相変わらずこれっぽっちも残念そうに思っていないようだった。
すっかり日が傾き始め、西陽が学園全体に差し込み戦闘の疲労もあり空腹を感じ始める頃だった。
「お腹空いたね。」
「ああ…そうだな。」
まるでユーシスの心と同調したかのようなアリアの言葉に手を握る力を強める。
すると、少しだけ、ほんの少しだけアリアが握り返すのにユーシスは自分でも驚くほど心が跳ねるのであった。
◆
「マキくん?今大丈夫?」
「アリアちゃん!も、もちろん!」
「ふふ、そう呼んでくれるの、うれしい」
「〜〜ッ!僕もうれしい……」
「あはは、どうして?変なの。あ、マキくん、これ。」
「あ、ハンカチ…わざわざ洗ってくれたのか」
「当たり前だよ!お陰で助かったよ、ありがとね」
「どっ、どういたしまして!」
◆
マキアスの一目惚れのシーンをかけていないなぁと思いながら……
2人が揉めていたアークス運用の戦術理論がなんとやらは私にはよくわかっていません。