3 - トールズ
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ユーシスは厩舎へ向かいながらアリアに手渡された封筒を眺めていた。つい受け取ってしまったが見知らぬ封筒だ。
宛名や差出人の表記は一切なく、表面に【Aセット】との表記のみ。厚さは2.3センチほどで手紙というには分厚い。
持ち主の元に返したくとも中身を見ないことにはあまりに情報量が少なく、ユーシスは仕方なしに封筒を開け中身を確認した。中は写真のようで何枚か入っている。
「……ッ?!」
ユーシスはその写真を確認するなり驚き慌てて写真を封筒に戻し周りを窺った。そして、誰も周りにいないことを確認して、もう一度改めて写真をソロソロと出し確認する。
それは全てアリアの写真だった。
学食で食事を取る様子、花壇で花を愛でている様子、隣にユーシスが写っているものもあった。そのどれもがカメラ目線ではなく、明らかに盗撮したと思われるものだった。階段下からの際どいアングルのものもあり、ユーシスは焦って見ないようにその写真を一番下に隠した。
【Aセット】ということはBもCもあるということか?
いや、それよりセットってなんなんだ。
ユーシスは頭を悩ませた。クラスメイトの写真が秘密裏に売買されているということなのだろう。少し前にリィンが生徒会の手伝いの一環でそんなことを取り締まったという話をしていたのが思い出される。まだ水面下で続いていたようだ。
頭を悶々と悩ませながら馬の世話をしていく。ポーラに横からなんやかんや言われたが、今のユーシスには右から左で、逆に「熱でもあるの?」と心配される始末だ。
アリアに教えてあげるべきか、いや最近彼女は何かから逃げているようだった。それは今思えば不特定多数からの視線なんだったと思い当たる。ユーシスもアリアといる時に不可解な視線は時たま感じていたのだった。だからこそ自習は図書館の2階の隅の隅でしているのだろう。
のであれば写真のことを教えるともっと不安がってしまうだろう。ユーシスはアリアにはどことない脆さを感じていて、教えることを躊躇ってしまう。
では、リィンに言い生徒会案件として解決してもらうか。
それだと大々的になりすぎて、知らない生徒にまでアリアへの注目が浴びる可能性がある。それもまたアリアは望んでいないだろう。
そう言ったことに詳しい人はいないだろうか、と考えて真っ先にクロウの顔が浮かんだユーシスは手早く馬の世話を終え、戸惑うポーラに適当に挨拶をするとクロウを探しに放課後の校舎へと戻っていく。
「よ、ユーシス。忘れもんかあ?」
2階に上がるとなんと幸運なことに探さなくともクロウと鉢合わせるユーシス。
「クロウ、これに心当たりはあるか?」
「なんだ?」
件の封筒を差し出すと、クロウの手がピクリと反応する。しかし表情はひとつも変えずに中の写真を確認するとニヤリと意地の悪い笑みを見せた。
「お前もこういう趣味あんだな」
「違う。そんなものは無い。」
「はいはい、これをどこで?」
おそらく図書館にあったということを伝えると「なるほど」と言いながらアリアの写真を一枚一枚眺めるクロウ。
「おっ、いい写真。これ見たか?」
「フン、そんな下劣なものに興味はない。実物が近くに…」
ユーシスが慌てて咳払いをして誤魔化すとクロウが含み笑いを浮かべる。
「でもパンツは見れねえだろ?ほら、これ」
「パッ?!ええい、やめろ!これがなんなのか聞いているんだ!」
「ちぇ、面白くねえの。」
ユーシスの怒鳴り声にクロウは口を尖らせながら写真を封筒にしまう。ユーシスは別に面白がる為にクロウに会いにきたわけではないので苛立ちが募っていく。自分が見ないように努めた際どい写真をクロウがまじまじと眺めていたことも面白くなくユーシスはクロウに話の先を促した。
「これな、アリアを悩ませてる視線の原因だ」
「どこかの不届者がこれを流布させているのか」
「ああ、だがこれのおかげで大体目星がついたぜ」
クロウがヒラヒラと封筒を振る。
聞けば数日前からクロウは視線の理由を探っており、アリアの写真が出回っていることまでは突き止めたが、写真の流出元はなかなか尻尾を掴めないでいた。1番の容疑者候補だったレックスは前回の注意からそう言った写真はもうやめたらしく、どうやら模倣犯がいるらしい。
「レックスの件の裏で実は細々と写真を売りばら撒いてる奴がいたんだ。【Aセット】だなんてセット販売するなんてまんまそいつの手口だ」
「よく同時に公にならなかったな」
「それはな……男の夢はみんな一緒ってことだ、少年」
「はあ?」
クロウの意味を分かりかねる発言にユーシスは眉を顰めた。男の夢?話が突飛している気がしてならないがクロウが苦笑いしながら言葉を続けるのにユーシスは絶句してしまう。
「際どい写真あっただろ?そいつの写真はそういったのが多くてな、男どもはみーんな揃ってその写真のために口を噤んだんだ。」
「……なんと馬鹿らしい……一口に男と一括りにしないでもらいたい。」
いくら際どい写真を見たいからと言って盗撮が許されるわけないし、女子に不快な思いをさせていい理由にもならない。
ユーシスはそんな道徳心のかけらもないような人間たちと同列に扱われるのは非常に不愉快だった。
それと同じくらいアリアの際どい写真が不特定多数の男の目に触れているのも不愉快でありユーシスは胃がムカムカとしてくる。
「それで?その大馬鹿者はどこのどいつなんだ?」
「それは行ってのお楽しみだ…多分この写真の“買い手”が接触するはずだ。そこを狙おう」
何故か返される封筒を持て余しながら先を行くクロウを追いかけるユーシス。一先ず封筒はポケットにしまって置いて後でどうにかしようととにかく今は盗撮犯を捕まえることに集中しようと頭を切り替える。
クロウが向かった先は旧校舎の前だった。
ここは確かに人通りが少なく、密かなやり取りをするのに適している。そこに2人の人影がありクロウが小声で「ビンゴだ」と呟いた。
足音を殺し2人に近づき会話を盗み聞く。
それにしてもユーシスは目の前の銀髪の男の身のこなしが普通ではないと思っていた。アリアまでとは言わないが、他のクラスの人間の誰よりも軽やかに場慣れしたような動きを見せる。それはひとつ上の先輩だからという言葉で易々と結論づけられないほどに洗礼されたものだとユーシスは感じていた。
そんなことを考えているうちに密会をしている2人の会話が聞こえてきてユーシスは耳を澄ませた。
『指定された場所になかったぞ?!しかも本人がいるなんてサプライズのつもりだったのか?』
『いやぁ、僕はちゃんと図書館の2階の荷棚に置いたし、本人がそこにいることも想定外のことだよ』
『ま、まあ、おかげで話しかけられて悪い気分ではないが…彼女に咄嗟に嘘をついてしまったよ…』
図書館の2階、写真、この二つのワードが聞こえてきて、この2人が秘密裏にアリアの写真を売買している人物だと確信を得る。
「なるほどなぁ、実際の写真は隠し場所を指定して受け渡していたわけか、どうりで尻尾が掴めねえわけだ」
納得しているクロウの横でユーシスはどこと無く聞き覚えのある声に首を傾げていた。つい最近聞いた気のする声。
揉める声を聞きながらユーシスは記憶を掘り起こしていくとああっと思い当たり、改めて顔を見て見覚えもあることを確認して途端に憤りが増していく。
「あいつ、この間アリアに告白したという男ではないか…」
「ほう?どっちだ」
「売り手の方だ」
「…あいつか。おっ、現物も持ってるじゃねえかラッキー」
そう言ったクロウが指差す先、アリアに告白した男子生徒がしぶしぶと言った様子で封筒を手渡している。物的証拠があれば言い逃れはできないだろう。
クロウが足音を殺し、2人の方へと歩いていく。
「よお、お二人さん。楽しそうな話してるじゃん。」
背後から忍び寄り2人と肩を組む形で確保する。
2人は突然の第三者の襲来に驚いた顔をしていたが、クロウが赤の制服を身に纏うのに顔面を蒼白とさせていった。
「なっ、なにかようか?」
「いやぁ、俺それにすっげえ興味あんだよね、教えてくれねえ?」
そう微笑んだクロウの手が1人の持っている封筒を掴んだ。しまったと察して逃げようとするが肩を組まれているのでそれも適わず、後ろにユーシスも控えているのを確認して観念したように頭をがっくしと項垂れた。
「それで?これの説明を自分たちの口でしてもらおうか?」
クロウが2人の目の前で件の封筒をフリフリと振る。
「……」
「……」
しかし、2人が黙りを決め込んでしまうのにクロウの顔が引き攣った。物的証拠もあり言い逃れはできないはずなのに口を噤む犯人たちにユーシスは甚だ疑問だった。
「出るとこ出てもいいんだぜ。生徒会、教官室、お前らに好きな方選ばせてやる。」
「ぐっ……」
「わ、わかった。話すから公にはしないで…!」
先に口を開いたのは売り手の方の男だった。
他人で金銭的欲求と性的欲求を満たしておきながら罰を逃れようとするだなんて、なんと自分本位な男だろうかとユーシスは絶句した。アリアに告白したのも純粋な好意ではなく邪な気持ちからなのだと言うことも察せて、それも相まりユーシスは胃がムカムカとするのであった。
「お察しの通り僕が女の子達を撮って、欲しい人に秘密裏に売っていました…」
「俺たちはそれを売ってもらっていました…」
2人が同時に「すみませんでした」と頭を下げるのに本人でもない自分たちに謝られてもと顔を見合わせるクロウとユーシス。謝罪はアリアや他の女子たちにして欲しいものだがユーシスは盗撮犯をアリアに会わせたくないとも思うのだった。
「俺“たち”か。一体どれだけの人間に売り捌いたんだ?」
「……ざっくり30人くらいだと思う…」
「さ、30……」
「おーおー、他人様でよーく稼いだねえ」
それもそうだが、30人もの人間の手に渡ってしまった写真の回収は非常に困難を極めそうである。
「さあ、誰の写真を誰に売ったのか。洗いざらい吐いてもらおうか」
「ええっ?!誰のか、はともかく、誰に、はプライバシーが……!」
「おい、貴様がプライバシーを説こうなど図々しいにもほどがあるだろう」
図々しさに反感の声を漏らすと苦い表情をして視線を逸らしてしまう盗撮犯、もといクリス。盗撮された女子達のプライバシーはそっちのけで自分たちの権利ばかり主張する図々しさにユーシスは頭が痛くなってくる。そして、クリスに告白され断ったが友人になったというアリアの行動を知っていたユーシスはその厚意を無碍にされた気がして腹立たしくもなってきてしまい、気がつけば文句が口をついて出ていた。
「それに貴様、先日アリアに告白したと言うではないか。一体どう言うつもりだ?純粋な好意とはとても思えん。友人として近づき不埒な写真を撮るつもり……」
「はいはい!ユーシス、お前が怒ってることはよーくわかったから、ちょっと黙ってな」
何故かクロウが割って入ってきて文句が遮られる。ユーシスはムッとしたが、まあ確かに話が進んでいないと反省するのであった。
それからクロウが渾々と脅迫まがいな説教を続け、クリスから誰の写真を誰に売ったのかという情報と写真の返金回収を約束させることに成功したのであった。
「アリアちゃんを好きなのは本当だよ…けど付き合えなくても友達になれればもっと色んな写真が撮れると思ったのも事実かな…売り上げは副産物で、僕自身が一番彼女の写真が欲しかったんだ」
クリスがそう言い訳を漏らすのに、ユーシスは相変わらず理解ができなかった。写真なら盗撮などせず本人に直接言って撮れば良いし、他人に売って副産物など得ようとするなど浅ましいと嫌悪の念を抱く。
それにアリアを好きだと言っておきながら、回収した写真は他の女子のものも大量にあり、ユーシスはクリスを理解しようとするのをやめたのであった。
途中でアリアを図書館で待たせていることを思い出し、あとのことはクロウと途中で助っ人として合流したリィンに任せてユーシスは図書館へと急ぐ。
「やっときたぁ…」
戸惑った表情のアリアが図書館の前の花壇に座っていた。
「何かあったの?大丈夫?」
かなり長い時間待たせた気がしたが、アリアは怒るわけではなくむしろユーシスが遅れたことを心配している様子だった。
「実は厩舎まで行ったんだけど、もう帰ったよって言われて…」
しゅんと肩を落とすアリアに、ユーシスは流石に申し訳なくなりアリアの横に座ると「待たせてすまなかった」と謝罪をする。それに対しアリアは何故か驚いた顔を見せるのにユーシスはムッとする。
「なんだ」
「う、ううん…何があったの?」
アリアの問いかけにユーシスはなんと答えようか迷った。
実はアリアが盗撮されていてその犯人を捕まえて来た?
あまりに突飛だし、いくら写真を回収したとしても不安にさせてしまうことには変わらないだろう。
「…遠乗りしたくなって、軽く走らせて来ただけだ。」
迷った挙句ユーシスはそれっぽい嘘をつくことにしたのだった。
「あ……そう、それならよかった」
アリアは一瞬怪訝そうに眉を寄せたが深くは追求してこないようで鞄を肩にかけると立ち上がった。
「もう遅いわ、帰りましょう」
「そうだな、課題は明日確認するとしよう」
「ふふん、ちゃんと解いたわよ」
「当然だ、あれだけ時間があったのだからな」
アリアが顔を顰めるのに今度こそ文句を言ってくるかと思ったが、すぐに身体を翻し歩みを進める。
これでアリアを悩ませていた謎の視線は解消されるだろうとユーシスは静かに安堵の息を吐く。きっとその理由をアリア自身が知ることは無いだろうが、ユーシスはまあそれでいいだろうと思っていた。
寮に帰りしばらくすると、リィンが完了報告をしに部屋を訪ねてきて、盗撮された女子の写真たちは把握可能な範囲で無事全て回収が済んだようだった。
「にしても、ユーシスがこう言った件に関わるだなんて珍しいな。」
「…それはやむを得なかっただけだ。該当の写真を発見してしまった上に、公爵家の関係者が関わっているとなったら……あ…」
ユーシスが何かを思い出したように徐に胸ポケットに触れるのにリィンが首を傾げた。
「どうかしたか?」
「いや、なんでもない」
すぐに表情を正して首を振ると、リィンは不思議そうにしながらも話を戻した。
「これで徐々に視線も和らいでアリアも安心して過ごせるな」
「ああ、そうだな」
「もう伝えたのか?」
「いや。言うつもりはないが」
「え……言わないのか?」
リィンが怪訝そうに眉を寄せるのにユーシスは改めて伝えた方が良いのかと考えるが、やはり何も知らないアリアに態々知らせて、変に怖がらせる必要はないと思い首を縦に振った。
「ああ、もう解決したんだ、知る必要はないだろう。」
「そう、か。まあユーシスがそう言うならそうなんだろう」
リィンはそう言うと「じゃあ」と自分の部屋へと戻っていく。ユーシスはその背中を見送りながら共用スペースのソファへと移動し腰掛ける。そして胸ポケットから一枚の封筒を取り出しため息を吐いた。
先ほどクロウに手渡され、流れでポケットに入れたままだったアリアの写真。
部屋で1人で見るのはなんだか悪いことをしている気持ちになる気がして、ユーシスは敢えて誰に会うかもわからない共用スペースで封筒を取り出した。
これはちゃんと然るべき所に預けようと決めながら、改めてアリアの写真を眺める。もちろん、際どい写真は一番後ろに隠してだ。
確かに写真はよく撮れていたが、金を出すやつの気持ちはやはり分からないユーシス。アリアの笑顔の写真を見ながら実際はこんな笑顔でいる時間の方が短いのにと。また、まるで写真を撮られるのが分かっていたかのようにアリアの写真は整った笑みを浮かべているのが不思議だった。ムッとした顔も良くしている、と考えているところで突然横から掛けられる声にユーシスは柄にも無く肩を震わせ驚いてしまう。
「あっ、ユーシス、こんなところでどうしたの?」
ニコニコと笑みを浮かべた赤毛の小柄な男子、エリオットだ。ペリドットの大きな双眸がユーシスを見て、そして手元の写真に移り、ユーシスはドキッとして慌てて写真をしまおうとした。しかし、それでは本当にやましい事をしている人になってしまうと思い、むしろ興味を持ってもらって弁明した方が良いだろうと敢えて平静を保っていた。
「それは?写真?」
思った通りエリオットが写真に言及してここぞとばかりにユーシスは事の顛末を説明する。エリオットは大きな目をさらに大きくして驚き「大変だったね」と労ってくれながらユーシスの隣に腰掛ける。
「どんな写真なの?」
「なんてことのない写真だ」
「ふうん、見てもいい?」
ユーシスは勝手に見せていいものか悩んだが、変な写真は無いしどうせすぐに生徒会に預けるものなので下心とは無縁そうなエリオットになら良いかと写真を手渡す。
もちろん際どいやつは除いてだ。
「よく撮れてるねー。でもカメラ目線じゃ無いのがやっばり残念だね」
エリオットが一枚一枚見ながら、その都度見終わったものをユーシスに返してくる。
「わ、これ珍しい表情だね」
小さく「かわいい」と笑って手渡された写真はユーシスの見た事のないものだった。まだ増えるのか、と呆れたが、その写真のアリアがエリオットの言う様に珍しく、というか見たこともないほど気の抜けた笑みを浮かべているのにユーシスはその写真から目が離せなかった。
ユーシスは写真の中の年相応の砕けた笑顔を見せるアリアに視線を落としながら、一体この写真はいつ撮られたのだろうか、この笑顔の先には誰がいるのだろうかと考えた。形の無いモヤが心にかかったように、ユーシスはこれまでの人生で感じたことのない漠然とした不快感に苛まれていた。
「それさ。」
エリオットが写真を覗き込みながら笑う。
「この間ユーシスとマキアスが勘違いで言い合いしてた時のやつじゃない?」
勘違いの言い合い。確かにそんなこともあったな、と。
些細な齟齬で言い争いになったが、お互い大真面目に同じことを主張していて珍しく顔を見合わせてしまったのだった。
「あの時の2人の顔見て、アリア、すごい楽しそうだったんだよ、その時の写真じゃないかな」
ユーシスはエリオットの言葉を聞いてだんだんと気持ちが軽くなる心地がしていた。モヤが晴れていったかのようだ。
そうか、この笑顔は自分たちといる時のものだったのか。
他の誰でも無い自分に向けられたものだったのだと分かりユーシスの心が弾む。
「……?」
不思議な感覚に無意識に胸に手を当てるユーシス。
それを見たエリオットが意外そうに「へえ」と呟き、それからニコリと優しい笑みを浮かべてユーシスの手に写真を強く持ち直しさせた。
「一枚くらいなくなっても平気だろうから持ってたら?」
「…何故俺が」
「いいからいいから」
「フン…あいつを揶揄うネタにでも使ってやろう」
そう、断じてこの笑顔が気に入ったからでは無い。ユーシスはそう自分に言い訳をしながら胸ポケットに写真を仕舞い込む。折れないように丁寧に仕舞い込むのは物を大切にしろと言う教養なだけである。決してこの写真が大切なわけではないと、ユーシスはぶっきらぼうに鼻を鳴らしエリオットの笑顔を適当にあしらうのであった。
宛名や差出人の表記は一切なく、表面に【Aセット】との表記のみ。厚さは2.3センチほどで手紙というには分厚い。
持ち主の元に返したくとも中身を見ないことにはあまりに情報量が少なく、ユーシスは仕方なしに封筒を開け中身を確認した。中は写真のようで何枚か入っている。
「……ッ?!」
ユーシスはその写真を確認するなり驚き慌てて写真を封筒に戻し周りを窺った。そして、誰も周りにいないことを確認して、もう一度改めて写真をソロソロと出し確認する。
それは全てアリアの写真だった。
学食で食事を取る様子、花壇で花を愛でている様子、隣にユーシスが写っているものもあった。そのどれもがカメラ目線ではなく、明らかに盗撮したと思われるものだった。階段下からの際どいアングルのものもあり、ユーシスは焦って見ないようにその写真を一番下に隠した。
【Aセット】ということはBもCもあるということか?
いや、それよりセットってなんなんだ。
ユーシスは頭を悩ませた。クラスメイトの写真が秘密裏に売買されているということなのだろう。少し前にリィンが生徒会の手伝いの一環でそんなことを取り締まったという話をしていたのが思い出される。まだ水面下で続いていたようだ。
頭を悶々と悩ませながら馬の世話をしていく。ポーラに横からなんやかんや言われたが、今のユーシスには右から左で、逆に「熱でもあるの?」と心配される始末だ。
アリアに教えてあげるべきか、いや最近彼女は何かから逃げているようだった。それは今思えば不特定多数からの視線なんだったと思い当たる。ユーシスもアリアといる時に不可解な視線は時たま感じていたのだった。だからこそ自習は図書館の2階の隅の隅でしているのだろう。
のであれば写真のことを教えるともっと不安がってしまうだろう。ユーシスはアリアにはどことない脆さを感じていて、教えることを躊躇ってしまう。
では、リィンに言い生徒会案件として解決してもらうか。
それだと大々的になりすぎて、知らない生徒にまでアリアへの注目が浴びる可能性がある。それもまたアリアは望んでいないだろう。
そう言ったことに詳しい人はいないだろうか、と考えて真っ先にクロウの顔が浮かんだユーシスは手早く馬の世話を終え、戸惑うポーラに適当に挨拶をするとクロウを探しに放課後の校舎へと戻っていく。
「よ、ユーシス。忘れもんかあ?」
2階に上がるとなんと幸運なことに探さなくともクロウと鉢合わせるユーシス。
「クロウ、これに心当たりはあるか?」
「なんだ?」
件の封筒を差し出すと、クロウの手がピクリと反応する。しかし表情はひとつも変えずに中の写真を確認するとニヤリと意地の悪い笑みを見せた。
「お前もこういう趣味あんだな」
「違う。そんなものは無い。」
「はいはい、これをどこで?」
おそらく図書館にあったということを伝えると「なるほど」と言いながらアリアの写真を一枚一枚眺めるクロウ。
「おっ、いい写真。これ見たか?」
「フン、そんな下劣なものに興味はない。実物が近くに…」
ユーシスが慌てて咳払いをして誤魔化すとクロウが含み笑いを浮かべる。
「でもパンツは見れねえだろ?ほら、これ」
「パッ?!ええい、やめろ!これがなんなのか聞いているんだ!」
「ちぇ、面白くねえの。」
ユーシスの怒鳴り声にクロウは口を尖らせながら写真を封筒にしまう。ユーシスは別に面白がる為にクロウに会いにきたわけではないので苛立ちが募っていく。自分が見ないように努めた際どい写真をクロウがまじまじと眺めていたことも面白くなくユーシスはクロウに話の先を促した。
「これな、アリアを悩ませてる視線の原因だ」
「どこかの不届者がこれを流布させているのか」
「ああ、だがこれのおかげで大体目星がついたぜ」
クロウがヒラヒラと封筒を振る。
聞けば数日前からクロウは視線の理由を探っており、アリアの写真が出回っていることまでは突き止めたが、写真の流出元はなかなか尻尾を掴めないでいた。1番の容疑者候補だったレックスは前回の注意からそう言った写真はもうやめたらしく、どうやら模倣犯がいるらしい。
「レックスの件の裏で実は細々と写真を売りばら撒いてる奴がいたんだ。【Aセット】だなんてセット販売するなんてまんまそいつの手口だ」
「よく同時に公にならなかったな」
「それはな……男の夢はみんな一緒ってことだ、少年」
「はあ?」
クロウの意味を分かりかねる発言にユーシスは眉を顰めた。男の夢?話が突飛している気がしてならないがクロウが苦笑いしながら言葉を続けるのにユーシスは絶句してしまう。
「際どい写真あっただろ?そいつの写真はそういったのが多くてな、男どもはみーんな揃ってその写真のために口を噤んだんだ。」
「……なんと馬鹿らしい……一口に男と一括りにしないでもらいたい。」
いくら際どい写真を見たいからと言って盗撮が許されるわけないし、女子に不快な思いをさせていい理由にもならない。
ユーシスはそんな道徳心のかけらもないような人間たちと同列に扱われるのは非常に不愉快だった。
それと同じくらいアリアの際どい写真が不特定多数の男の目に触れているのも不愉快でありユーシスは胃がムカムカとしてくる。
「それで?その大馬鹿者はどこのどいつなんだ?」
「それは行ってのお楽しみだ…多分この写真の“買い手”が接触するはずだ。そこを狙おう」
何故か返される封筒を持て余しながら先を行くクロウを追いかけるユーシス。一先ず封筒はポケットにしまって置いて後でどうにかしようととにかく今は盗撮犯を捕まえることに集中しようと頭を切り替える。
クロウが向かった先は旧校舎の前だった。
ここは確かに人通りが少なく、密かなやり取りをするのに適している。そこに2人の人影がありクロウが小声で「ビンゴだ」と呟いた。
足音を殺し2人に近づき会話を盗み聞く。
それにしてもユーシスは目の前の銀髪の男の身のこなしが普通ではないと思っていた。アリアまでとは言わないが、他のクラスの人間の誰よりも軽やかに場慣れしたような動きを見せる。それはひとつ上の先輩だからという言葉で易々と結論づけられないほどに洗礼されたものだとユーシスは感じていた。
そんなことを考えているうちに密会をしている2人の会話が聞こえてきてユーシスは耳を澄ませた。
『指定された場所になかったぞ?!しかも本人がいるなんてサプライズのつもりだったのか?』
『いやぁ、僕はちゃんと図書館の2階の荷棚に置いたし、本人がそこにいることも想定外のことだよ』
『ま、まあ、おかげで話しかけられて悪い気分ではないが…彼女に咄嗟に嘘をついてしまったよ…』
図書館の2階、写真、この二つのワードが聞こえてきて、この2人が秘密裏にアリアの写真を売買している人物だと確信を得る。
「なるほどなぁ、実際の写真は隠し場所を指定して受け渡していたわけか、どうりで尻尾が掴めねえわけだ」
納得しているクロウの横でユーシスはどこと無く聞き覚えのある声に首を傾げていた。つい最近聞いた気のする声。
揉める声を聞きながらユーシスは記憶を掘り起こしていくとああっと思い当たり、改めて顔を見て見覚えもあることを確認して途端に憤りが増していく。
「あいつ、この間アリアに告白したという男ではないか…」
「ほう?どっちだ」
「売り手の方だ」
「…あいつか。おっ、現物も持ってるじゃねえかラッキー」
そう言ったクロウが指差す先、アリアに告白した男子生徒がしぶしぶと言った様子で封筒を手渡している。物的証拠があれば言い逃れはできないだろう。
クロウが足音を殺し、2人の方へと歩いていく。
「よお、お二人さん。楽しそうな話してるじゃん。」
背後から忍び寄り2人と肩を組む形で確保する。
2人は突然の第三者の襲来に驚いた顔をしていたが、クロウが赤の制服を身に纏うのに顔面を蒼白とさせていった。
「なっ、なにかようか?」
「いやぁ、俺それにすっげえ興味あんだよね、教えてくれねえ?」
そう微笑んだクロウの手が1人の持っている封筒を掴んだ。しまったと察して逃げようとするが肩を組まれているのでそれも適わず、後ろにユーシスも控えているのを確認して観念したように頭をがっくしと項垂れた。
「それで?これの説明を自分たちの口でしてもらおうか?」
クロウが2人の目の前で件の封筒をフリフリと振る。
「……」
「……」
しかし、2人が黙りを決め込んでしまうのにクロウの顔が引き攣った。物的証拠もあり言い逃れはできないはずなのに口を噤む犯人たちにユーシスは甚だ疑問だった。
「出るとこ出てもいいんだぜ。生徒会、教官室、お前らに好きな方選ばせてやる。」
「ぐっ……」
「わ、わかった。話すから公にはしないで…!」
先に口を開いたのは売り手の方の男だった。
他人で金銭的欲求と性的欲求を満たしておきながら罰を逃れようとするだなんて、なんと自分本位な男だろうかとユーシスは絶句した。アリアに告白したのも純粋な好意ではなく邪な気持ちからなのだと言うことも察せて、それも相まりユーシスは胃がムカムカとするのであった。
「お察しの通り僕が女の子達を撮って、欲しい人に秘密裏に売っていました…」
「俺たちはそれを売ってもらっていました…」
2人が同時に「すみませんでした」と頭を下げるのに本人でもない自分たちに謝られてもと顔を見合わせるクロウとユーシス。謝罪はアリアや他の女子たちにして欲しいものだがユーシスは盗撮犯をアリアに会わせたくないとも思うのだった。
「俺“たち”か。一体どれだけの人間に売り捌いたんだ?」
「……ざっくり30人くらいだと思う…」
「さ、30……」
「おーおー、他人様でよーく稼いだねえ」
それもそうだが、30人もの人間の手に渡ってしまった写真の回収は非常に困難を極めそうである。
「さあ、誰の写真を誰に売ったのか。洗いざらい吐いてもらおうか」
「ええっ?!誰のか、はともかく、誰に、はプライバシーが……!」
「おい、貴様がプライバシーを説こうなど図々しいにもほどがあるだろう」
図々しさに反感の声を漏らすと苦い表情をして視線を逸らしてしまう盗撮犯、もといクリス。盗撮された女子達のプライバシーはそっちのけで自分たちの権利ばかり主張する図々しさにユーシスは頭が痛くなってくる。そして、クリスに告白され断ったが友人になったというアリアの行動を知っていたユーシスはその厚意を無碍にされた気がして腹立たしくもなってきてしまい、気がつけば文句が口をついて出ていた。
「それに貴様、先日アリアに告白したと言うではないか。一体どう言うつもりだ?純粋な好意とはとても思えん。友人として近づき不埒な写真を撮るつもり……」
「はいはい!ユーシス、お前が怒ってることはよーくわかったから、ちょっと黙ってな」
何故かクロウが割って入ってきて文句が遮られる。ユーシスはムッとしたが、まあ確かに話が進んでいないと反省するのであった。
それからクロウが渾々と脅迫まがいな説教を続け、クリスから誰の写真を誰に売ったのかという情報と写真の返金回収を約束させることに成功したのであった。
「アリアちゃんを好きなのは本当だよ…けど付き合えなくても友達になれればもっと色んな写真が撮れると思ったのも事実かな…売り上げは副産物で、僕自身が一番彼女の写真が欲しかったんだ」
クリスがそう言い訳を漏らすのに、ユーシスは相変わらず理解ができなかった。写真なら盗撮などせず本人に直接言って撮れば良いし、他人に売って副産物など得ようとするなど浅ましいと嫌悪の念を抱く。
それにアリアを好きだと言っておきながら、回収した写真は他の女子のものも大量にあり、ユーシスはクリスを理解しようとするのをやめたのであった。
途中でアリアを図書館で待たせていることを思い出し、あとのことはクロウと途中で助っ人として合流したリィンに任せてユーシスは図書館へと急ぐ。
「やっときたぁ…」
戸惑った表情のアリアが図書館の前の花壇に座っていた。
「何かあったの?大丈夫?」
かなり長い時間待たせた気がしたが、アリアは怒るわけではなくむしろユーシスが遅れたことを心配している様子だった。
「実は厩舎まで行ったんだけど、もう帰ったよって言われて…」
しゅんと肩を落とすアリアに、ユーシスは流石に申し訳なくなりアリアの横に座ると「待たせてすまなかった」と謝罪をする。それに対しアリアは何故か驚いた顔を見せるのにユーシスはムッとする。
「なんだ」
「う、ううん…何があったの?」
アリアの問いかけにユーシスはなんと答えようか迷った。
実はアリアが盗撮されていてその犯人を捕まえて来た?
あまりに突飛だし、いくら写真を回収したとしても不安にさせてしまうことには変わらないだろう。
「…遠乗りしたくなって、軽く走らせて来ただけだ。」
迷った挙句ユーシスはそれっぽい嘘をつくことにしたのだった。
「あ……そう、それならよかった」
アリアは一瞬怪訝そうに眉を寄せたが深くは追求してこないようで鞄を肩にかけると立ち上がった。
「もう遅いわ、帰りましょう」
「そうだな、課題は明日確認するとしよう」
「ふふん、ちゃんと解いたわよ」
「当然だ、あれだけ時間があったのだからな」
アリアが顔を顰めるのに今度こそ文句を言ってくるかと思ったが、すぐに身体を翻し歩みを進める。
これでアリアを悩ませていた謎の視線は解消されるだろうとユーシスは静かに安堵の息を吐く。きっとその理由をアリア自身が知ることは無いだろうが、ユーシスはまあそれでいいだろうと思っていた。
寮に帰りしばらくすると、リィンが完了報告をしに部屋を訪ねてきて、盗撮された女子の写真たちは把握可能な範囲で無事全て回収が済んだようだった。
「にしても、ユーシスがこう言った件に関わるだなんて珍しいな。」
「…それはやむを得なかっただけだ。該当の写真を発見してしまった上に、公爵家の関係者が関わっているとなったら……あ…」
ユーシスが何かを思い出したように徐に胸ポケットに触れるのにリィンが首を傾げた。
「どうかしたか?」
「いや、なんでもない」
すぐに表情を正して首を振ると、リィンは不思議そうにしながらも話を戻した。
「これで徐々に視線も和らいでアリアも安心して過ごせるな」
「ああ、そうだな」
「もう伝えたのか?」
「いや。言うつもりはないが」
「え……言わないのか?」
リィンが怪訝そうに眉を寄せるのにユーシスは改めて伝えた方が良いのかと考えるが、やはり何も知らないアリアに態々知らせて、変に怖がらせる必要はないと思い首を縦に振った。
「ああ、もう解決したんだ、知る必要はないだろう。」
「そう、か。まあユーシスがそう言うならそうなんだろう」
リィンはそう言うと「じゃあ」と自分の部屋へと戻っていく。ユーシスはその背中を見送りながら共用スペースのソファへと移動し腰掛ける。そして胸ポケットから一枚の封筒を取り出しため息を吐いた。
先ほどクロウに手渡され、流れでポケットに入れたままだったアリアの写真。
部屋で1人で見るのはなんだか悪いことをしている気持ちになる気がして、ユーシスは敢えて誰に会うかもわからない共用スペースで封筒を取り出した。
これはちゃんと然るべき所に預けようと決めながら、改めてアリアの写真を眺める。もちろん、際どい写真は一番後ろに隠してだ。
確かに写真はよく撮れていたが、金を出すやつの気持ちはやはり分からないユーシス。アリアの笑顔の写真を見ながら実際はこんな笑顔でいる時間の方が短いのにと。また、まるで写真を撮られるのが分かっていたかのようにアリアの写真は整った笑みを浮かべているのが不思議だった。ムッとした顔も良くしている、と考えているところで突然横から掛けられる声にユーシスは柄にも無く肩を震わせ驚いてしまう。
「あっ、ユーシス、こんなところでどうしたの?」
ニコニコと笑みを浮かべた赤毛の小柄な男子、エリオットだ。ペリドットの大きな双眸がユーシスを見て、そして手元の写真に移り、ユーシスはドキッとして慌てて写真をしまおうとした。しかし、それでは本当にやましい事をしている人になってしまうと思い、むしろ興味を持ってもらって弁明した方が良いだろうと敢えて平静を保っていた。
「それは?写真?」
思った通りエリオットが写真に言及してここぞとばかりにユーシスは事の顛末を説明する。エリオットは大きな目をさらに大きくして驚き「大変だったね」と労ってくれながらユーシスの隣に腰掛ける。
「どんな写真なの?」
「なんてことのない写真だ」
「ふうん、見てもいい?」
ユーシスは勝手に見せていいものか悩んだが、変な写真は無いしどうせすぐに生徒会に預けるものなので下心とは無縁そうなエリオットになら良いかと写真を手渡す。
もちろん際どいやつは除いてだ。
「よく撮れてるねー。でもカメラ目線じゃ無いのがやっばり残念だね」
エリオットが一枚一枚見ながら、その都度見終わったものをユーシスに返してくる。
「わ、これ珍しい表情だね」
小さく「かわいい」と笑って手渡された写真はユーシスの見た事のないものだった。まだ増えるのか、と呆れたが、その写真のアリアがエリオットの言う様に珍しく、というか見たこともないほど気の抜けた笑みを浮かべているのにユーシスはその写真から目が離せなかった。
ユーシスは写真の中の年相応の砕けた笑顔を見せるアリアに視線を落としながら、一体この写真はいつ撮られたのだろうか、この笑顔の先には誰がいるのだろうかと考えた。形の無いモヤが心にかかったように、ユーシスはこれまでの人生で感じたことのない漠然とした不快感に苛まれていた。
「それさ。」
エリオットが写真を覗き込みながら笑う。
「この間ユーシスとマキアスが勘違いで言い合いしてた時のやつじゃない?」
勘違いの言い合い。確かにそんなこともあったな、と。
些細な齟齬で言い争いになったが、お互い大真面目に同じことを主張していて珍しく顔を見合わせてしまったのだった。
「あの時の2人の顔見て、アリア、すごい楽しそうだったんだよ、その時の写真じゃないかな」
ユーシスはエリオットの言葉を聞いてだんだんと気持ちが軽くなる心地がしていた。モヤが晴れていったかのようだ。
そうか、この笑顔は自分たちといる時のものだったのか。
他の誰でも無い自分に向けられたものだったのだと分かりユーシスの心が弾む。
「……?」
不思議な感覚に無意識に胸に手を当てるユーシス。
それを見たエリオットが意外そうに「へえ」と呟き、それからニコリと優しい笑みを浮かべてユーシスの手に写真を強く持ち直しさせた。
「一枚くらいなくなっても平気だろうから持ってたら?」
「…何故俺が」
「いいからいいから」
「フン…あいつを揶揄うネタにでも使ってやろう」
そう、断じてこの笑顔が気に入ったからでは無い。ユーシスはそう自分に言い訳をしながら胸ポケットに写真を仕舞い込む。折れないように丁寧に仕舞い込むのは物を大切にしろと言う教養なだけである。決してこの写真が大切なわけではないと、ユーシスはぶっきらぼうに鼻を鳴らしエリオットの笑顔を適当にあしらうのであった。