1 - アルバレア邸(全4話)
お名前変更
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
叩き慣れていないのだろうなというノックの音が響く。手筈通りの人物であろう来訪だったが特別出迎えるでもなくルーファスはいつも通り、使用人にするような返事で入室を許可した。
「…失礼します」
おや、とルーファスは思った。想像よりはるかに細く美しい声だと感じ興味が湧いた。そして何故か聞いたことのある気がして注意深く入り口の方に視線をやる。
ぶん投げと言っていいほど来訪者の予定は唐突だった。簡素な資料と要点だけの暗号通信。
ルーファスの父、ギリアス・オズボーンからの直々の要請だった。
最も2人の間に血縁関係はなく、帝国では名の知れた《鉄血の子供達》という集団にルーファスは名を連ねている。この名で呼ばれる人物は鉄血宰相ギリアス・オズボーンの薫陶を受け、みな彼を父と仰ぎ、帝国内外でエージェントとして活躍する。ルーファスは《翡翠の城将》の渾名をもらい《鉄血の子供達》の筆頭として君臨していた。
だが、それは周知の事実ではない。
ルーファスと鉄血宰相の関係は、対外的には簡単に言えば敵同士である。
貴族と庶民の対立。
まさにお互いにそれぞれのトップと言えよう。鉄血宰相は言わずもがな。そしてルーファスは貴族の四大名門の一つアルバレア公爵家の長男である。
そんな2人が兼ねてより交流があり、ひいては貴族の名門の長子が《鉄血の子供達》とは。貴族側からしたら裏切りも甚だしい。
まぁ、長子というのもやや語弊があるが、この話は置いておくとしよう。
さて、ルーファスは部屋に入ってきた傷だらけの薄桃色の小さな少女をしげしげと見た。父からの言伝ではこの少女は特殊な存在であり、これからの帝国における戦や災いにおいて重要な役割を担うそうだ。それが何故ルーファスの元に送られるのかは謎だが、いつも通りこちらを試しているのかもしれないと頭、腕、足、と包帯を至る所に巻き、髪と同じ色の瞳を暗澹とさせた少女を観察する。
「どうも、初めまして。帝都から来ました。アリアです。あ、アリア・ラプランカ…です。」
ぺこりと会釈が一つ。ふむ、どうやら彼女には身分という認識が薄いようだ。言伝にはクロスベル人とあったので、まあ確かにここ帝国に比べればその辺りの文化が弱いだろう。
ルーファスはその辺りの礼儀になど拘りはないので特段気にするでもないが、相手がルーファスの戸籍上の父、アルバレア公爵家当主でなくてよかったなとは思うのであった。あれは地位を重んじ、礼儀に煩い。頭のてっぺんから足の爪先まで、そして体内をめぐる血液の一滴残らず生まれながらの貴族なのである。そんな彼が礼儀の“れ”の字もないような小娘の相手などするわけがない。一言も言葉を発することなくバリアハートを追い出されるだろう。
戸籍上の父の話は良い。ルーファスは細く息を吐き、人好きする笑みを浮かべる。
「初めまして。ようこそ、我がアルバレア公爵家へ。私はルーファス・アルバレア。今日から君の雇い主だ。」
そう、彼女はこれからルーファスの部下となる。
父はそういう程にしたらしい。
直前に読んだ資料によると、目の前の少女アリア・ラプランカはクロスベルで知られるところの《薄桃の唄鳥 》そして、クロスベル警察特務支援課所属という経歴の持ち主だそうだ。
その実力については記載が無く未知数であるが、人体実験が施された過去もあるようで人並外れた身体能力があるそうな。
しかし、真の目的はそこではないのだろう。
簡略な言伝ではほとんど触れられていなかったが、経歴以上の特殊な存在なことを感じさせた。
そんな見ようによっては有能かつ重要ともいえる少女をオズボーンはクロスベルから“連れてきた”と表現した。
ルーファスは思わず表面上の笑みに隠しながら笑ってしまう。
“連れてきた”? 頭に“無理やり”が抜けているだろう。
世間はそれを“拉致”と呼ぶのである。
でなければ少女の身体がこんなにも包帯に巻かれているはずはないのだ。そしてまた、仮にも貴族に仕えるのであれば最低限の礼儀は持ち合わせてくるだろう。
ソファをすすめると、おずおずと腰掛けその小さな体をソファに沈める薄桃色の少女はその弾みに密やかに心までもを弾ませているようだった。しかし、暗澹とした瞳は依然変わらず、何処か諦観の念も感じる。いや、決意なのか。
そんな彼女を観察しながら、アリア・ラプランカにとってはアルバレア公爵家どころか、エレボニア帝国に連れてこられたことすら不本意であり、不足の事態なのだろうと思った。
「紅茶は好きかね?」
呼びベルで使用人を呼ぶ行為に大層驚いたようにルーファスと使用人とベルとを順に見て、少女は小さく頷いた。
すぐに紅茶が用意されルーファスにとっては普段通りの茶器を少女は緊張した面持ちで触れ、茶を口にした。
「…わ、おーしい」
思わず出た一言といったところか。
少女が咄嗟に口を手で覆いルーファスの様子を窺った。礼儀作法は知らないが、行儀よく居ようという気はあるようで、慎重に茶器を置きソファに背筋を正して座る姿が不覚にも愛らしいと感じルーファスは笑いを漏らした。
「そんなに緊張しなくとも良い。楽にしてくれ。」
その一言に少女がフッと身体の力を抜いた。
兎にも角にも彼女を見極めなくては。父の意図を掴むにも彼女を知らないことには始まらないだろう。
自分を評価しているのか、はたまた体良く扱われているだけなのか。相変わらずの前振りなしの無理難題を振ってくる《鉄血宰相》にルーファスはこんなことで躓いてなどいられないと勝気に微笑んだのだった。
___
「…失礼します」
おや、とルーファスは思った。想像よりはるかに細く美しい声だと感じ興味が湧いた。そして何故か聞いたことのある気がして注意深く入り口の方に視線をやる。
ぶん投げと言っていいほど来訪者の予定は唐突だった。簡素な資料と要点だけの暗号通信。
ルーファスの父、ギリアス・オズボーンからの直々の要請だった。
最も2人の間に血縁関係はなく、帝国では名の知れた《鉄血の子供達》という集団にルーファスは名を連ねている。この名で呼ばれる人物は鉄血宰相ギリアス・オズボーンの薫陶を受け、みな彼を父と仰ぎ、帝国内外でエージェントとして活躍する。ルーファスは《翡翠の城将》の渾名をもらい《鉄血の子供達》の筆頭として君臨していた。
だが、それは周知の事実ではない。
ルーファスと鉄血宰相の関係は、対外的には簡単に言えば敵同士である。
貴族と庶民の対立。
まさにお互いにそれぞれのトップと言えよう。鉄血宰相は言わずもがな。そしてルーファスは貴族の四大名門の一つアルバレア公爵家の長男である。
そんな2人が兼ねてより交流があり、ひいては貴族の名門の長子が《鉄血の子供達》とは。貴族側からしたら裏切りも甚だしい。
まぁ、長子というのもやや語弊があるが、この話は置いておくとしよう。
さて、ルーファスは部屋に入ってきた傷だらけの薄桃色の小さな少女をしげしげと見た。父からの言伝ではこの少女は特殊な存在であり、これからの帝国における戦や災いにおいて重要な役割を担うそうだ。それが何故ルーファスの元に送られるのかは謎だが、いつも通りこちらを試しているのかもしれないと頭、腕、足、と包帯を至る所に巻き、髪と同じ色の瞳を暗澹とさせた少女を観察する。
「どうも、初めまして。帝都から来ました。アリアです。あ、アリア・ラプランカ…です。」
ぺこりと会釈が一つ。ふむ、どうやら彼女には身分という認識が薄いようだ。言伝にはクロスベル人とあったので、まあ確かにここ帝国に比べればその辺りの文化が弱いだろう。
ルーファスはその辺りの礼儀になど拘りはないので特段気にするでもないが、相手がルーファスの戸籍上の父、アルバレア公爵家当主でなくてよかったなとは思うのであった。あれは地位を重んじ、礼儀に煩い。頭のてっぺんから足の爪先まで、そして体内をめぐる血液の一滴残らず生まれながらの貴族なのである。そんな彼が礼儀の“れ”の字もないような小娘の相手などするわけがない。一言も言葉を発することなくバリアハートを追い出されるだろう。
戸籍上の父の話は良い。ルーファスは細く息を吐き、人好きする笑みを浮かべる。
「初めまして。ようこそ、我がアルバレア公爵家へ。私はルーファス・アルバレア。今日から君の雇い主だ。」
そう、彼女はこれからルーファスの部下となる。
父はそういう程にしたらしい。
直前に読んだ資料によると、目の前の少女アリア・ラプランカはクロスベルで知られるところの《薄桃の
その実力については記載が無く未知数であるが、人体実験が施された過去もあるようで人並外れた身体能力があるそうな。
しかし、真の目的はそこではないのだろう。
簡略な言伝ではほとんど触れられていなかったが、経歴以上の特殊な存在なことを感じさせた。
そんな見ようによっては有能かつ重要ともいえる少女をオズボーンはクロスベルから“連れてきた”と表現した。
ルーファスは思わず表面上の笑みに隠しながら笑ってしまう。
“連れてきた”? 頭に“無理やり”が抜けているだろう。
世間はそれを“拉致”と呼ぶのである。
でなければ少女の身体がこんなにも包帯に巻かれているはずはないのだ。そしてまた、仮にも貴族に仕えるのであれば最低限の礼儀は持ち合わせてくるだろう。
ソファをすすめると、おずおずと腰掛けその小さな体をソファに沈める薄桃色の少女はその弾みに密やかに心までもを弾ませているようだった。しかし、暗澹とした瞳は依然変わらず、何処か諦観の念も感じる。いや、決意なのか。
そんな彼女を観察しながら、アリア・ラプランカにとってはアルバレア公爵家どころか、エレボニア帝国に連れてこられたことすら不本意であり、不足の事態なのだろうと思った。
「紅茶は好きかね?」
呼びベルで使用人を呼ぶ行為に大層驚いたようにルーファスと使用人とベルとを順に見て、少女は小さく頷いた。
すぐに紅茶が用意されルーファスにとっては普段通りの茶器を少女は緊張した面持ちで触れ、茶を口にした。
「…わ、おーしい」
思わず出た一言といったところか。
少女が咄嗟に口を手で覆いルーファスの様子を窺った。礼儀作法は知らないが、行儀よく居ようという気はあるようで、慎重に茶器を置きソファに背筋を正して座る姿が不覚にも愛らしいと感じルーファスは笑いを漏らした。
「そんなに緊張しなくとも良い。楽にしてくれ。」
その一言に少女がフッと身体の力を抜いた。
兎にも角にも彼女を見極めなくては。父の意図を掴むにも彼女を知らないことには始まらないだろう。
自分を評価しているのか、はたまた体良く扱われているだけなのか。相変わらずの前振りなしの無理難題を振ってくる《鉄血宰相》にルーファスはこんなことで躓いてなどいられないと勝気に微笑んだのだった。
___
1/5ページ