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13月の君

ナイフから血が滴り落ちる
刺した時の感触と血の匂い、生暖かさが
これは現実だと語りかけくる。
ああ、これは夢なんかじゃない
本当に、やったんだ
これは、自分が一生背負う罪だ。
亜希はそう思った。
血溜まりの中で眠る彼女はどこか幸せそうで
穏やかな顔をしていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

12月、某日。
長い銀の髪、宝石のような青い瞳の少年
春野亜希は、いつものようにベットで目覚めた。
飾り気のない、最低限の物しか置かれていない殺風景な見慣れた部屋、
なんの変哲もない今日が始まろうとしていた。
鳴り響くアラームを止めて、ベットから身を起こす。
いつものように歯磨きをして、洗顔して、母が作ってくれた朝ご飯を食べて、着替えて、登校する。いつも通りのなんの変哲もない今日。
最初はそう思っていた。春野亜希のみならず、世界中、きっとそうだ。
なんてことない当たり前の日常は、そこにあった。

登校して、いつも通りの授業が始まる。
国語の授業で出てきた話が、少し印象的だった。
何度も何度も同じ出来事を繰り返し体験する、ちょっと変わったお話。主人公は最後には狂ってしまい、悲惨な結末を迎えるお話だった。現実にはなかなか起こり得ないような、どこか現実になってもおかしくないような、不思議な印象を亜希は覚えた。

「今日のお話、興味深かったね。」

昼休み、いつものような屋上でサンドイッチを食べていた亜希に、黒髪ショートヘアの少女が話かけて来た。幼馴染の瞳子だった。

「ねえ、実際にさ、この世界がループしてたらどうする?」



「そうだなあ…どうしたら普通に戻るのか、探るかな。気づいたらの話だけど。本当にループしているとしても、気がつかない気がする。」

「…そうだよね、私も気が付かない気がする。」

そんな他愛もない話をしながら、昼休みが終わった。
特に取り立てて何かがあるわけでもなく時は過ぎ、放課後となった。
部活に入っているわけではないので、亜希はいつものように帰ろうとしていた。そこに瞳子が声をかけてきた。


「一緒に帰らない?」

それは珍しい誘いだった。彼女は美術部に入っているのでだが、部活が休みの日でも遅くまで絵を描いていたりするのに。うん、と短く答えて、一緒に帰路につくことにした。
何気ない話をしながら歩いていた時だ、ふと瞳子は声を上げた。

「あ、猫…」

瞳子の目線の先には黒猫が一匹。こちらに気がついたのか、目があった矢先に走り始めた。歩道にいたが車道に飛び出す形になった。しかも車がかなりのスピードを出して近づいて来ていた。
危ない!とっさの行動だった。亜希は黒猫を助けるために咄嗟に飛び出した。素早く猫を抱える。その時、後ろから何かに押された。間一髪、車は避けられた。
通行人の悲鳴が聞こえる。
車の急ブレーキの音が鳴り響く。
後ろを振り返ると、瞳子が車に轢かれ、地面に倒れていた。
夥しい出血だった。とても助かりそうにない。頭から血を流して、息をしていないのが遠目からでも分かった。血の匂いがやけにリアルで、これが現実である事を突きつけてきた。
どうして、どうして
猫と亜希を助けるための咄嗟の行動だったのだろう。現実が受け入れられず。呆然としているしかなかった。パトカー、救急車のサイレン。それらが遠くから聞こえてくるようで、現実味がなかった。黒猫を抱えたまま、呆然としていると、遠くからこちらを見つめる長い黒髪の少女と目があった。まるでこの世のものではないような、どこか浮世離れした少女。目があった瞬間、少女の口は何かを紡いだ。何を言ったかは分からない。
急に世界が暗転した。
亜希は自室のベッドで目覚めた。いつも通りの朝。がばりと起きる。さっきまでやけに現実的だった夢をみていた。あれは夢だったのか。血の匂いまでやけにリアルだった。時計を見れば、夢の中と同じ日付だった。予知夢にならなければいい、そう思いながら学校に行く準備を開始した。

「大丈夫?やけにボーっとしてるけど」

休み時間、瞳子は亜希に心配そうに話しかけてきた。今日見たあまりにリアルな夢が頭から離れず、亜希は今日は授業に集中できずにいたので、それを心配しているのだろう。なんとなく夢の話を伝えるのは憚れて、亜希は大丈夫だと返すしか出来なかった。
気もそぞろなまま授業を受け、放課後となった。

「ねえ、今日は一緒に帰らない?」

瞳子が亜希にそう声をかけた。夢の中と一緒だ。なんとなく嫌な予感がしたが、断る理由もなく、亜希はそれを承諾した。
夢の内容を、話した方がいいだろうか。いや、瞳子自身が死ぬ夢を見たなんて話をするのは憚られる。頭の中で思考がぐるぐる巡る。
突然、叫び声が上がった。
何事かと前を見れば、複数の人がこちらに向かって走っていた。何かから逃げるようだった。前方に通行人に向かってナイフを振りかざす男がいた。すでに何人か刺しているようで、路上に倒れ込んでいる人と、ナイフについて血がそれを物語っていた。

「瞳子、逃げよう!」

そう言って瞳子の手を亜希は掴んだ。引っ張ろうとするが、瞳子は動かなかった。

「何してるんだ、早く!」

「大丈夫だよ、亜希だけ逃げて。さあ、早く」

何を言っているのだろう。逃げなかったら刺されてしまうのに。何が大丈夫なのか分からなかった。瞳子は早く逃げて、と微笑みながら背中を押してきた。

「ここから先には進ませない。」

瞳子は通せんぼをするように、両腕を伸ばしてそこに立っていた。通り魔が彼女に向かってくる。ナイフを振りかざして、振り下ろす。それを間一髪で避ける。しかし、二度目の攻撃は避けられなかった。ナイフが深々を突き刺さる。先程の発言に激昂していた通り魔は執拗に瞳子を刺し続けた。これが狙いだったのだろうか。その隙に、幾人もの人が逃げていく。
やめろ、やめてくれ…! 声に出せない。
亜希は恐怖のあまり固まって、それを眺めていることしか出来なかった。

「また死ぬのね」

そう、冷たい声が聞こえた。夢の中で見た黒髪の少女が、側に立って瞳子の死に様を眺めていた。酷く無機質なその瞳が、彼女を捕らえていた。
暗転
また、亜希はベットの上で目を覚ました。殺風景な見慣れた部屋。また夢だったのか?またやけにリアルだった。時計に表示されている日付を確認する。夢の中と同じ日付だった。またか、夢見が悪いな、夢の中でも悪夢をみていたのに。亜希は深いため息をつきながらベッドから降り立った。

いや、おかしい。

違和感があった。同じような、酷似した夢を何度も見るというのはどこかおかしいのではないだろうか。何かが起きているのだろうか、あの小説のように。動かないといけない。
そうだ、あの少女は何か知っているかもしれない。いつもそばでこちらを見ている、黒髪の少女。
会ってみよう。亜希は決心した。
会ってみようとは思ったものの、普段彼女がどこにいるのかなんてまるで分からなかった。
仕方がないので、学校を休んで街を歩いてみることにした。
住宅街を歩いてみても、繁華街を歩いてみても、公園に行ってみても、彼女が見つかることはなかった。日も陰ってきた。最後の望みをかけて、海まで来てみた。
夕日が沈みかけていて、海がオレンジ色に染まっていた。
そこに、彼女はいた。夕日に照らされて、いつもの無機質な顔でそこに立っていた。

「来たのね。」

こちらを一瞥して、彼女は言った。

「君は、何か知っているのか。知っているなら教えて欲しい、何が起きているのか。」

「答える義理はないわ。」
聞いてみたが簡単に答えてくれるわけもなく、切り捨てられてしまった。

「自分で答えを見つけてみなさい。じゃないと意味がない。」

「…そうか」

それはそうだよな、教えてもらってはい終了、そんなわけはなかった。亜希は落胆しつつそう納得した。

「じゃあ、私は行くわ。」

「最後に、名前だけ教えてくれないか。」

「名乗る名前なんてないわ、私は単なる端末だもの。」

そう言うと、少女は歩き出して行ってしまった。引き止める理由もなく、その背中を見ているしかなかった。
帰り道、突然電話がかかってきた。瞳子の母親からだった、小さい頃からの付き合いだから、親御さんも連絡先を知っている。どうしたのかと電話に出ると、瞳子が交通事故にあったという知らせだった。
まただ、また彼女が死んでしまった。
これはもしかして、彼女が死んでしまう日を繰り返すループなのか?
また、世界は暗転した。
まただ、がばりとベットの上で起きて確信した。
この世界では、確実にループしている。同じ日を繰り返している。
どうしたらどうしたらいい?このループから抜け出さないと、きっと何も変わらない。ひたすらに彼女の死を繰り返すだけだ。それは駄目だと亜希は思う。
彼女が死を繰り返すというのならば、答えは一つしかないと思う。

「うん…うん…そうだよな。」

行動を起こさなければ何も変わらない。亜希はベッドから抜け出し、変わらない朝を過ごした。
授業もこなし、放課後を迎えた。肝心なのはここからだ。
瞳子が一緒に帰ろうと誘ってくる。了承して一緒に帰路につく。
特に何を話していいのか分からず、亜希も瞳子も無言のままだ。


「あ…」

瞳子が不意に上を見上げた。釣られて亜希も上を見上げる。鉄骨だ、差し掛かった工事現場の上から鉄骨が降ってきた。ちょうど瞳子の真上。これではまた瞳子が死んでしまう。それでは何も変わらない。力いっぱい亜希は瞳子を突き飛ばして、自分に鉄骨が直撃するよう仕向けた。
声にならない悲鳴をあげて、亜希は死んだ。

死んだ
死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
嫌だ

亜希は目覚めた。
そこはいつもの見慣れた自分の部屋ではなかった。
ただただ白い、どこまでも白い、世界の果てまで続いているかと錯覚するような空間だった。
ここが天国なのか、亜希はそう思った。

「おや、やっとお目覚めかい?」

上から声が降り注いできた。亜希は声の主を探した。
すると上から黒いマントに身を包んだ何かが降りてきた。

「初めまして、春野亜希。」

「お前は誰だ、なんで名前を知っている?」

「ずっと見てたからね。僕はこの世界を俯瞰する者だから。」

答えになっているようで答えになっていない答えが返ってきて、亜希は混乱する。
世界を俯瞰するとはどういうことだろうか。

「僕はね、君に力を与えにきたんだ。」

「力?」

「君はこの世界の輪廻に気がついた。それを断ち切る力を得る資格が君にはある。」

「この世界を、変えられる…?」

この瞳子が死ぬことを繰り返す世界を変えられるなら、それは願ったり叶ったりだった。しかしどういった力なのかが分からない。

「力、とは?」

「うーん分かりやすく表現するなら、世界を変える力なんだよね。」

「どういう風に?」

「その世界にとって1番良いものをもたらすことが出来る力だ。」
どこか漠然としていて、明確な回答ではない。それでも、それでも、この世界を変えられる力を得る資格があるというのなら、手を伸ばしてみたかった。

「さあ、そろそろ現実でも目を覚さなくてはいけない時間だ。
最後にこれを君に渡そう。」

そう言って彼が差し出したのは小型のナイフだった。
しかし、ただのナイフではないことがそのナイフから溢れ出る禍々しい空気で分かった。
これを手にすれば、確実に何かが変わる。それが痛いほど分かった。
少しのためらいを飲み込んで、亜希はそれを受けとった。
ああ、もう引き返せない。
この世界を変えられるなら、瞳子を救えるなら、それでよかった。
彼女はそれぐらい亜希にとって大切な存在だった。

「君の旅路に、幸多からんことを。」

暗転

目を覚ますと、そこはいつもの殺風景な見慣れた自分の部屋だった。
けたたましい目覚ましを止めて、今日の日付を確認する。
時計に表示されていた日付は、13月1日だった。
13月?
そんな月は存在しないはずだった。
きっと、自分の行動で何かが変わったのだ、亜希はそう確信する。
ベッドの上に、見知らぬ誰かから受け取ったナイフが転がっていた。
それを取って、ポケットに押し込む。
誰もいない家を抜け出して、亜希は街へと出かけて行った。
どう行動を起こせばいいのかなんとなくは分かったいたしかしそれに抗いたくて、もしかしたらまたあの少女に出会えるかもと町外れの海に足を向けた。
長い黒髪を風に靡かせて、黒いワンピースを纏った少女はあの日と変わらずそこにいた。

「時が動いたようね」

少女は亜希を一瞥してそうつぶやいた。自分と亜希が接触したことで時が動いた。少しの責任を彼女は感じていた。

「どうしたらいいいのか、分からない…」

「嘘、なんとなく分かってるんじゃないの」

図星だった。ナイフを渡された時からなんとなくそんな予感はしていた。やっぱり、やっぱりなのか。

「答えを確かめに行ったらどう?多分、いつもの場所にいるわよ。」
「俺は…俺は…瞳子を救いたいだけなんだ。」

「彼女にとって何が救いか、よく考えることね。」

「やっぱり…どうしてもやらないといけないのか。それ以外の道はないのか?」

「それ以外方法がないなら、きっとそれが正解ね。私も、それ以外の道を知らない。」

少女はそれだけ言うと、あの日のように踵を返して歩き出した。その背をずっと見つめていた亜希は、深呼吸をしたのち、ナイフを見つめて、もう一度深呼吸をした。
ナイフをポケットにしまうと、亜希は学校に向けて歩き出した。

いつもの見慣れた校舎。いつもと違う点を言えば全く人がおらず、静まり変えていると言う点だけだった。誰もいない学校を、亜希は自分達の教室に向かった歩いた。
2-Aと表記されている教室、そこに瞳子はいた。短い黒髪を風に揺らし、いつものセーラー服姿で、いつもの席に座って外を眺めていた。

「来たのね。」

瞳子はそう言って亜希に微笑みかけた。

「ここに来たってことは気がついているのよね。」

「ああ、この世界はループしてる。延々と、瞳子が死ぬ日を繰り返している。」

「そうね。」

「瞳子はそれでいいのか?俺は、それが嫌だ。だから止めに来た。」
それを聞いた瞳子は、悲しげな表情をして俯いた。

「それは…無理だよ。」

「何故だ?」

「私が死なないなら、亜希が死なないといけない。本当は、亜希が死なないといけないから。それを変えたくて、私は自分が死ぬ世界線を作ったの。」

「…俺のために?」

「そうだよ。」
瞳子は、亜希が死ななくてはいいけない、本来の世界に絶望した。そして自分自身が世界の核となることで、亜希の代わりに自分自身が死に続ける世界を作り上げたのだ。亜希に生きていて欲しいから、どんな形だってよかった。亜希が死ぬことがない、それが1番重要だったからだ。

「瞳子」

「何、亜希。」

「俺はそれを否定する。今から瞳子の理想の世界を、否定する。」

亜希はポケットとからナイフを取り出した。震える手でそれを掴んで、瞳子に向ける。

「やっぱり、こうなるんだね。
でも、亜希で良かった。この世界を終わらせるのなら、亜希の手でって思っていたから。」

瞳子はいつものように穏やかだった。これから殺されるというのに、いたって平常で、平穏で、穏やかな顔をしていた。もう自分が死んでこの世界が終わることに、なんの未練もないようだった。

「ここはね、存在してはいけない世界だから。さあ、早く。」

瞳子はそう亜希は促した。亜希は手にしたナイフを振りかぶって、泣きながら瞳子に突き刺した。
血が、広がっていく。倒れ込んだ瞳子は穏やかな顔で血の海に沈んでいた。どこか幸せそうで、嬉しそうで、痛みなどないようだった。

「ありが…とう…」

瞳子はそう呟くと、静かに息を引き取った。
亜希は、ただただ泣いた。本当はこんなことしたくなった。瞳子を死なせたくなった。しかし、このループを終わらせるには、自分が瞳子のこのナイフで刺すしかなかったのだ。
瞳子の身体から、クリスタルのようなものが浮かび上がり、パリンと音をたてて割れた。これが世界の核だったものだ。この世界は、本当に終わったのだ。

「おめでとう、世界の破壊者よ。」

音もなくこの前あって黒服の男がそこにいた。拍手をしながら、亜希に歩み寄る。

「これで君は本当に、世界を破壊する力を手に入れた。他にも本来の世界から分岐した、分史世界は存在するからね、君にはその世界を壊す義務が発生した。
さあ、行きたまえ、この世界を次期に崩壊する。」

男はそれだけ言うと、去っていってしまった。亜希は、崩壊していく世界を、泣きながら離れていった。涙を拭う。ああ、そうか。もう悲しんでいる暇はない、力を手にした以上、きっとその義務から離れることは叶わない。望んだことではなかったが、きっとこれが運命とかいうやつなのだろうから。だったら、やるしかないのだから。

「さようなら、13月の君。」
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