ゲーム作品
「フロイド・リーチ!」
図書館で発することができる最大のボリュームで、リドルは怒鳴った。運悪く目の前の同級生に目をつけられたからである。フロイドはバスケ部でも重宝されるその長身を活かして、リドルが目当てにしている本を高く掲げる。リドルは腕をめいっぱい伸ばして取り返そうとして、無理だと分かるともう一度フロイドの名前を鋭く呼んで抗議した。リドルが彼を怖がらないこと、また律儀に叱ることでフロイドに面白がられているのを、本人ばかりが理解していない。
フロイドが馬鹿にしたように笑う(少なくともリドルにはそういう風に思えた)ので、リドルは怒りでぶるぶる震えはじめた。そういうおもちゃあったな、とフロイドは思う。きっ、とリドルが自分よりもずいぶん上にあるフロイドの顔を睨みつけたところで、フロイドの手から一人でに本が浮き上がった。
「はぁ?」
フロイドが捕まえようとするが、本は意思があるかのようにそれをあっさりとかわし、ぽかんとした顔のリドルの手に収まった。
「図書室では静かに」
本棚と本棚の間で揉めていたリドルとフロイドに、通路側から女が声をかけた。彼女は今しがた使ったマジカルペンを、手に持った分厚い冊子の裏表紙にクリップで挟む。冊子の表紙には「図書目録」と書かれたラベルが貼られている。
「あっ、アメフラシせんせぇ。やっほー」
フロイドが悪びれもせず、邪魔をされたことに怒りもせずリドルの頭ごしに挨拶をした。彼女は学園の図書館司書である。就任三年目で、彼女が来てからNRCの図書館でのカツアゲやら暴行事件が減ったことをリドルは知っていた。今回はこの程度で済んでいるが、とにかく実力行使までが早い。サバナクロ―生とポムフィオーレ寮の喧嘩を仲裁するため、図書に傷をつけることなく、揉めている生徒二人をメインストリートのほうまで吹き飛ばした話は最早伝説と化していた。当人はまったく気にしていないが。
「他の生徒の邪魔をするな」
「だって金魚ちゃん面白いんだもん」
そう言い返しながらも、フロイドの興味はすでに彼女に移っている。彼女はフロイドが陸の女で初めて気に入った人間だった。
フロイドが彼女と初めて出会ったのは新入生の頃、興味の赴くままに学園内を探検していた時のことだ。森を抜けて図書館の裏手に出たフロイドがは、枯れた草とスパイスが混ざったような甘い匂いがすることに気が付いた。その馴染みがない匂いに引き寄せられるまま歩いた先にいたのが、彼女だったのだ。彼女が細い紙巻たばこを吸い、気だるげに息を吐くたびに文字通りの紫煙が立ち上る。その煙の匂いだったのだ。
「おもしれぇ、なにそれ? 俺にもちょーだい」
喫煙しているところを生徒に見られた彼女は顔をしかめた。
「煙草だよ。生徒にあげられるわけないだろ」
ふぅ、と彼女は大きく息を吐いた。すると吐いた煙がにわかに周辺に広がり、フロイドの視界を隠す。煙が晴れた頃には彼女はもういなかった。一人残されたフロイドは目を輝かせる。
「アメフラシみてぇ!」
その後、新入生全体に向けて行われた図書館のガイダンスで彼女が司書であることをフロイドは知った。それ以来、気が向くと図書館に来ては彼女を探してはちょっかいをかけている。大体適当にいなされるが、たまにメインストリートの方まで魔法で吹き飛ばされることもある。それはそれでスリルとスピード感をフロイドは楽しんでいた。彼女が好んで吸っているマイナーな煙草のにおいも、自分をかわいがってくれない若い年上の女もフロイドには新鮮だったのだ。
今のフロイドは、リドルに加えて彼女にも会えたので機嫌がいい。背中をまげてフロイドは彼女と目線を合わせた。大抵の生徒は裸足で逃げたくなるような展開だが、彼女は動じない。しばらくまっすぐにフロイドを見つめ返していたが、突然、冊子を小脇に抱えて彼の右手をつかんだ。さしものフロイドもこれは予想をしていなかった。
(陸の女ってこんなに体温高いわけ?)
なにぶん男子校であるので、フロイドは陸で女性に触れるのは初めてだった。海の中に暮らしている人魚は基本的に体温が低い。母親やエレメンタリースクールのクラスメイトもそれは例外ではなかった。だが目の前の女の手は、人魚のそれに慣れたフロイドにはとても熱く感じられた。彼は、自分の頬や、耳が火照っていることに気が付いた。女の体温が移ったかのようだ。フロイドが混乱している間に女は彼の手のひらに何ごとか書きつける。彼女の手の柔らかさと、フェルトペンのくすぐったさでフロイドの背中がぞわぞわとあわ立った。
「じゃあ、頼んだ」
女はフロイドの様子などお構いなしに彼の背中をぽんと叩いた。リドルは、フロイドの肩が驚きで跳ねている様を初めて見たなと思っている。フロイドははっ、と自分の手のひらを見る。
『寮長 明日16時 談話室文庫の相談 図書室』
「…………ナニコレ」
「オクタヴィネルの寮長に伝言をお願いしたくて。そろそろ談話室に置いてある図書館の本、入れ替えの時期だから」
伝言、あぁそう伝言ね……とフロイドの力が抜ける。うっかり感じてしまったドキドキを返してほしい、とフロイドは思うが彼女はそれを知る由もない。彼女は用が済んだフロイドを放置してリドルに話しかけた。
「ハーツラビュルは明後日ね」
「あ、あぁ。承知しました。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。あとリーチ君。その手のやつ、ちゃんと伝えてくれないと消えないからよろしく」
言いたいことだけ言った彼女は、そのまま去っていった。カウンターに貸し出し希望の生徒がいることに気が付いたため、フロイドたちのほうを振り返りもしない。
「……なんか俺、今日はもういいや」
自分に目もくれず、ふらふらと歩き去っていったフロイドに、さすがにリドルも同情を禁じえなかった。
図書館で発することができる最大のボリュームで、リドルは怒鳴った。運悪く目の前の同級生に目をつけられたからである。フロイドはバスケ部でも重宝されるその長身を活かして、リドルが目当てにしている本を高く掲げる。リドルは腕をめいっぱい伸ばして取り返そうとして、無理だと分かるともう一度フロイドの名前を鋭く呼んで抗議した。リドルが彼を怖がらないこと、また律儀に叱ることでフロイドに面白がられているのを、本人ばかりが理解していない。
フロイドが馬鹿にしたように笑う(少なくともリドルにはそういう風に思えた)ので、リドルは怒りでぶるぶる震えはじめた。そういうおもちゃあったな、とフロイドは思う。きっ、とリドルが自分よりもずいぶん上にあるフロイドの顔を睨みつけたところで、フロイドの手から一人でに本が浮き上がった。
「はぁ?」
フロイドが捕まえようとするが、本は意思があるかのようにそれをあっさりとかわし、ぽかんとした顔のリドルの手に収まった。
「図書室では静かに」
本棚と本棚の間で揉めていたリドルとフロイドに、通路側から女が声をかけた。彼女は今しがた使ったマジカルペンを、手に持った分厚い冊子の裏表紙にクリップで挟む。冊子の表紙には「図書目録」と書かれたラベルが貼られている。
「あっ、アメフラシせんせぇ。やっほー」
フロイドが悪びれもせず、邪魔をされたことに怒りもせずリドルの頭ごしに挨拶をした。彼女は学園の図書館司書である。就任三年目で、彼女が来てからNRCの図書館でのカツアゲやら暴行事件が減ったことをリドルは知っていた。今回はこの程度で済んでいるが、とにかく実力行使までが早い。サバナクロ―生とポムフィオーレ寮の喧嘩を仲裁するため、図書に傷をつけることなく、揉めている生徒二人をメインストリートのほうまで吹き飛ばした話は最早伝説と化していた。当人はまったく気にしていないが。
「他の生徒の邪魔をするな」
「だって金魚ちゃん面白いんだもん」
そう言い返しながらも、フロイドの興味はすでに彼女に移っている。彼女はフロイドが陸の女で初めて気に入った人間だった。
フロイドが彼女と初めて出会ったのは新入生の頃、興味の赴くままに学園内を探検していた時のことだ。森を抜けて図書館の裏手に出たフロイドがは、枯れた草とスパイスが混ざったような甘い匂いがすることに気が付いた。その馴染みがない匂いに引き寄せられるまま歩いた先にいたのが、彼女だったのだ。彼女が細い紙巻たばこを吸い、気だるげに息を吐くたびに文字通りの紫煙が立ち上る。その煙の匂いだったのだ。
「おもしれぇ、なにそれ? 俺にもちょーだい」
喫煙しているところを生徒に見られた彼女は顔をしかめた。
「煙草だよ。生徒にあげられるわけないだろ」
ふぅ、と彼女は大きく息を吐いた。すると吐いた煙がにわかに周辺に広がり、フロイドの視界を隠す。煙が晴れた頃には彼女はもういなかった。一人残されたフロイドは目を輝かせる。
「アメフラシみてぇ!」
その後、新入生全体に向けて行われた図書館のガイダンスで彼女が司書であることをフロイドは知った。それ以来、気が向くと図書館に来ては彼女を探してはちょっかいをかけている。大体適当にいなされるが、たまにメインストリートの方まで魔法で吹き飛ばされることもある。それはそれでスリルとスピード感をフロイドは楽しんでいた。彼女が好んで吸っているマイナーな煙草のにおいも、自分をかわいがってくれない若い年上の女もフロイドには新鮮だったのだ。
今のフロイドは、リドルに加えて彼女にも会えたので機嫌がいい。背中をまげてフロイドは彼女と目線を合わせた。大抵の生徒は裸足で逃げたくなるような展開だが、彼女は動じない。しばらくまっすぐにフロイドを見つめ返していたが、突然、冊子を小脇に抱えて彼の右手をつかんだ。さしものフロイドもこれは予想をしていなかった。
(陸の女ってこんなに体温高いわけ?)
なにぶん男子校であるので、フロイドは陸で女性に触れるのは初めてだった。海の中に暮らしている人魚は基本的に体温が低い。母親やエレメンタリースクールのクラスメイトもそれは例外ではなかった。だが目の前の女の手は、人魚のそれに慣れたフロイドにはとても熱く感じられた。彼は、自分の頬や、耳が火照っていることに気が付いた。女の体温が移ったかのようだ。フロイドが混乱している間に女は彼の手のひらに何ごとか書きつける。彼女の手の柔らかさと、フェルトペンのくすぐったさでフロイドの背中がぞわぞわとあわ立った。
「じゃあ、頼んだ」
女はフロイドの様子などお構いなしに彼の背中をぽんと叩いた。リドルは、フロイドの肩が驚きで跳ねている様を初めて見たなと思っている。フロイドははっ、と自分の手のひらを見る。
『寮長 明日16時 談話室文庫の相談 図書室』
「…………ナニコレ」
「オクタヴィネルの寮長に伝言をお願いしたくて。そろそろ談話室に置いてある図書館の本、入れ替えの時期だから」
伝言、あぁそう伝言ね……とフロイドの力が抜ける。うっかり感じてしまったドキドキを返してほしい、とフロイドは思うが彼女はそれを知る由もない。彼女は用が済んだフロイドを放置してリドルに話しかけた。
「ハーツラビュルは明後日ね」
「あ、あぁ。承知しました。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。あとリーチ君。その手のやつ、ちゃんと伝えてくれないと消えないからよろしく」
言いたいことだけ言った彼女は、そのまま去っていった。カウンターに貸し出し希望の生徒がいることに気が付いたため、フロイドたちのほうを振り返りもしない。
「……なんか俺、今日はもういいや」
自分に目もくれず、ふらふらと歩き去っていったフロイドに、さすがにリドルも同情を禁じえなかった。
