ゲーム作品
朝礼の場で近侍の交代が告げられたので、刀たちはざわめいた。この本丸では、近侍は基本的に初太刀である燭台切が務めている。特命調査のような特別任務でもない限りそれに変更はない。ただ、当の燭台切は涼しい顔をしている。代わりに指名された乱のほうが当惑しているほどだ。審神者の横に並んだ乱が、どうしたの?と審神者に耳打ちをした。審神者は、なんでもないよと答えた。
審神者の仕事部屋の障子をぴしゃりと閉めてから乱が叫んだ。
「なんでもないわけないでしょ! 初鍛刀の観察力を舐めないでよね。それに歌仙も心配してたよ」
初期刀の名前をだされた審神者はびく、と肩を震わせた。初期刀候補の中でもとくに「こういう感情」には敏い刀を初期刀にしてしまった。数年越しで過去の自分の選択に思いをはせた。後悔はもちろんしていないが。乱が大きくため息をつく。刀たちが人の心の機微にどれだけ敏感なのかはひとつの本丸でも個体差が大きい。それは刀種ごとだったり、刀派ごとだったりと色々な傾向があるがこの本丸においては一般例に漏れず初期からいる刀のほうがよく気付くのだった。特に主のそれについては。
「心配させちゃった、かな」
「まぁ、主さんが何で悩んでるかなんて大体分かってるけど。避けても解決しないよ」
乱の鋭い言葉に審神者は苦笑いする。十代半ばのときからの付き合いだから、他の本丸の乱よりも遠慮がないのだった。審神者は思わず机に突っ伏す。避けていても解決しないのは分かっている。今日締め切りの書類をどうにかしてやっつけなければいけないのと同じだ。乱は言うだけ言うと、審神者を押しのけててきぱきと書類をより分けはじめた。仕方がない、と審神者も端末に向かった。
あらかたノルマを片付けた審神者は大きく伸びをした。お疲れ様ぁ、と乱が言う。こういうとき燭台切ならいつのまにかお茶を淹れているのだが、今日は違う。そのため審神者は自分の分と乱の分の茶を淹れようと立ち上がった。
「お菓子食べるー?」
「食べるー」
仕事部屋に備え付けられた簡単な調理スペースで湯を沸かしながら、乱の返答を背中越しに聞く。今は何のお菓子を買ってあっただろうか、せっかくなのでちょっといいものを出そうか、お詫びも兼ねて……などとつらつら考えていた審神者は、背後の気配に気が付かなかった。
「お疲れ様」
「うえっ!?」
いくら聞きなれた声とはいえ、突然死角から話しかけられたので審神者は飛び上がった。燭台切はそんな審神者の様子をみて、かすかにほほ笑む。そして審神者の隣に並ぶと勝手知ったる手つきで茶葉を取り出し、急須の蓋を開けた。
「乱くんなら僕と入れ替わりで出て行ったよ。昨日薬研と遠征代わったんだった! とか言って」
乱!と審神者は心の中で叫んだ。そんなの方便に決まっていることを彼女はすぐに分かった。きっと燭台切もそうだろう。
「あるじ」
燭台切が自分を呼ぶ声に甘さが混じっていると、最初に感じたのはいつからだろう。じり、と審神者は後ずさる。だが燭台切が自分と向き合うように体勢を変えたので何の解決にもならなかった。主、と燭台切はもう一度つぶやいた。
「ねえ、僕は主のこと好きだよ」
「燭台切、それは、それは刷り込みだよ」
審神者は自分の声の震えを感じていた。それでも言わなければならない、と拳を握って言葉を続ける。
「だって体を与えて、面倒を見てくれる相手に好意を抱くのは当たり前のことだよ。だってそれは子供が親を慕うのと同じなんだから。だから、燭台切ももっと万事屋の店員さんとか、他の審神者とかを見ればそっちの子を恋愛の意味で好きになれるよ。私に好きって言ってくれるのは、それは申し訳ないよ、燭台切。ただでさえ主と臣下で、平等じゃないのに。私的な感情まで左右しちゃうのは駄目だよ、ねえ」
「私的な感情で近侍を交代するのはいいの?」
ぐ、と審神者は言葉に詰まった。
「ごめん、いじわるを言ったね。でも主の言葉だって僕にひどいよ。たしかに僕は主から体をもらって、ここまで強くしてもらったけど、こうして体をもらってから、主が思ってるよりも色々経験してるんだ。もし刷り込みで好きになってるだけだったら、そんなのもうとっくに解けて他の子を好きになってるよ。たぶんね」
燭台切がまた一歩審神者に近づいた。手を少し伸ばしたら触れられる距離だが、部屋の出入り口に近いのは審神者のほうだ。細やかな距離感を保たれていることに気が付かないほど審神者は鈍感ではない。燭台切の言葉は続く。
「でも刷り込みだったとしても、今ここにいる僕が主のことを一人の男として好きだと思っていることの何が問題なの?」
自分の霊力から成っているはずなのに誰も彼も弁が立つ、と審神者は思う。皆まっすぐ自分に好意を向けるがゆえだということも分かっている。しかし歌仙からの好意と乱からの好意と燭台切からの好意は違う。主従として、初期刀と審神者としてならいくらでも努力で好意に応えられる。でもそれ以外は。こわい、と呟いてから、はじめて審神者は自分が怖がっていたのだと気が付いた。燭台切に告げたように、好意を抱かれることも怖ければ自分の感情に向き合うことも怖かった。くちびるをぎゅ、と引き結んだ審神者を抱き寄せたいと燭台切は思ったが、それはしなかった。今の審神者にそれをするには早いと考えたからだ。代わりに言葉をかけることを選んだ。
「主、僕は君のことが好きだよ。主も僕のことを好きでいてくれたらうれしいな」
近侍を交代したのは燭台切側だけの問題ではなかった。もしそうだったら乱や歌仙が呆れたりしなかっただろう。沈黙を埋めるように湯が沸く音が響いた。伏せていた顔をどうにか上げて、審神者は燭台切を見つめた。
「あのさ、燭台切、一緒に休憩してくれないかな」
「もちろん、喜んで」
今の審神者の精いっぱいであることを燭台切は分かっている。自分が嬉しそうに笑うことで彼女が喜ぶということも。早くそれが自分の刀だからという愛着ではなく、恋人だからという理由に変化してほしいと思う。審神者にしてみたら、もうとっくに意味は変質しているのに。
審神者の仕事部屋の障子をぴしゃりと閉めてから乱が叫んだ。
「なんでもないわけないでしょ! 初鍛刀の観察力を舐めないでよね。それに歌仙も心配してたよ」
初期刀の名前をだされた審神者はびく、と肩を震わせた。初期刀候補の中でもとくに「こういう感情」には敏い刀を初期刀にしてしまった。数年越しで過去の自分の選択に思いをはせた。後悔はもちろんしていないが。乱が大きくため息をつく。刀たちが人の心の機微にどれだけ敏感なのかはひとつの本丸でも個体差が大きい。それは刀種ごとだったり、刀派ごとだったりと色々な傾向があるがこの本丸においては一般例に漏れず初期からいる刀のほうがよく気付くのだった。特に主のそれについては。
「心配させちゃった、かな」
「まぁ、主さんが何で悩んでるかなんて大体分かってるけど。避けても解決しないよ」
乱の鋭い言葉に審神者は苦笑いする。十代半ばのときからの付き合いだから、他の本丸の乱よりも遠慮がないのだった。審神者は思わず机に突っ伏す。避けていても解決しないのは分かっている。今日締め切りの書類をどうにかしてやっつけなければいけないのと同じだ。乱は言うだけ言うと、審神者を押しのけててきぱきと書類をより分けはじめた。仕方がない、と審神者も端末に向かった。
あらかたノルマを片付けた審神者は大きく伸びをした。お疲れ様ぁ、と乱が言う。こういうとき燭台切ならいつのまにかお茶を淹れているのだが、今日は違う。そのため審神者は自分の分と乱の分の茶を淹れようと立ち上がった。
「お菓子食べるー?」
「食べるー」
仕事部屋に備え付けられた簡単な調理スペースで湯を沸かしながら、乱の返答を背中越しに聞く。今は何のお菓子を買ってあっただろうか、せっかくなのでちょっといいものを出そうか、お詫びも兼ねて……などとつらつら考えていた審神者は、背後の気配に気が付かなかった。
「お疲れ様」
「うえっ!?」
いくら聞きなれた声とはいえ、突然死角から話しかけられたので審神者は飛び上がった。燭台切はそんな審神者の様子をみて、かすかにほほ笑む。そして審神者の隣に並ぶと勝手知ったる手つきで茶葉を取り出し、急須の蓋を開けた。
「乱くんなら僕と入れ替わりで出て行ったよ。昨日薬研と遠征代わったんだった! とか言って」
乱!と審神者は心の中で叫んだ。そんなの方便に決まっていることを彼女はすぐに分かった。きっと燭台切もそうだろう。
「あるじ」
燭台切が自分を呼ぶ声に甘さが混じっていると、最初に感じたのはいつからだろう。じり、と審神者は後ずさる。だが燭台切が自分と向き合うように体勢を変えたので何の解決にもならなかった。主、と燭台切はもう一度つぶやいた。
「ねえ、僕は主のこと好きだよ」
「燭台切、それは、それは刷り込みだよ」
審神者は自分の声の震えを感じていた。それでも言わなければならない、と拳を握って言葉を続ける。
「だって体を与えて、面倒を見てくれる相手に好意を抱くのは当たり前のことだよ。だってそれは子供が親を慕うのと同じなんだから。だから、燭台切ももっと万事屋の店員さんとか、他の審神者とかを見ればそっちの子を恋愛の意味で好きになれるよ。私に好きって言ってくれるのは、それは申し訳ないよ、燭台切。ただでさえ主と臣下で、平等じゃないのに。私的な感情まで左右しちゃうのは駄目だよ、ねえ」
「私的な感情で近侍を交代するのはいいの?」
ぐ、と審神者は言葉に詰まった。
「ごめん、いじわるを言ったね。でも主の言葉だって僕にひどいよ。たしかに僕は主から体をもらって、ここまで強くしてもらったけど、こうして体をもらってから、主が思ってるよりも色々経験してるんだ。もし刷り込みで好きになってるだけだったら、そんなのもうとっくに解けて他の子を好きになってるよ。たぶんね」
燭台切がまた一歩審神者に近づいた。手を少し伸ばしたら触れられる距離だが、部屋の出入り口に近いのは審神者のほうだ。細やかな距離感を保たれていることに気が付かないほど審神者は鈍感ではない。燭台切の言葉は続く。
「でも刷り込みだったとしても、今ここにいる僕が主のことを一人の男として好きだと思っていることの何が問題なの?」
自分の霊力から成っているはずなのに誰も彼も弁が立つ、と審神者は思う。皆まっすぐ自分に好意を向けるがゆえだということも分かっている。しかし歌仙からの好意と乱からの好意と燭台切からの好意は違う。主従として、初期刀と審神者としてならいくらでも努力で好意に応えられる。でもそれ以外は。こわい、と呟いてから、はじめて審神者は自分が怖がっていたのだと気が付いた。燭台切に告げたように、好意を抱かれることも怖ければ自分の感情に向き合うことも怖かった。くちびるをぎゅ、と引き結んだ審神者を抱き寄せたいと燭台切は思ったが、それはしなかった。今の審神者にそれをするには早いと考えたからだ。代わりに言葉をかけることを選んだ。
「主、僕は君のことが好きだよ。主も僕のことを好きでいてくれたらうれしいな」
近侍を交代したのは燭台切側だけの問題ではなかった。もしそうだったら乱や歌仙が呆れたりしなかっただろう。沈黙を埋めるように湯が沸く音が響いた。伏せていた顔をどうにか上げて、審神者は燭台切を見つめた。
「あのさ、燭台切、一緒に休憩してくれないかな」
「もちろん、喜んで」
今の審神者の精いっぱいであることを燭台切は分かっている。自分が嬉しそうに笑うことで彼女が喜ぶということも。早くそれが自分の刀だからという愛着ではなく、恋人だからという理由に変化してほしいと思う。審神者にしてみたら、もうとっくに意味は変質しているのに。
