漫画(ジャンプ系)
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コンサートツアーで数ヶ月留守にしている間に、愛しい我が住処は完膚なきまでに破壊されていた。生き残りはゴードン国王しかいないらしい。世話になっていた楽器屋や、商店もすべて火の海となったらしい。自分が生きて島へ向かっているのは奇跡というべきだった。学院の同期にも同じように無事だった友人がいるが、彼は破壊された故郷を見たくはないので帰らないそうだった。私だって好き好んで焼け野原になったエレジアを見に行くわけではない。ただ、置いていったものが無事なのか無事ではないのか――たぶん後者であろうが――をこの目で確かめる必要があった。
気の毒そうにこちらを見る操舵手の視線を背中に受けながら、私は久しぶりのエレジアの地を踏んだ。さすがにもう火の手は上がっていないようだが波止場からでも荒れ果てているのがよく分かる。曇天で薄暗いのが、尚更侘しさを強調していた。国王がわざわざ出迎えにいらしていたので、私は深々と一礼する。
「お久しぶりです」
「よく帰ってきてくれたね」
「見ておきたいものがあったので」
顔を上げた時、大柄な国王の影に子どもが隠れているのに気がついた。
「ウタという。その……ここを襲った赤髪海賊団に居たんだが、もう用済みとなったのだろう。置いていかれたんだ。ウタ、この人はバイオリニストでこの島の出身なんだ。海賊ではない」
国王は言いにくそうに説明する。後半は子どもに向けたものだ。たしかにそんなつらい目に遭ったのであれば、知らない大人は警戒されるか、と私は合点して子ども――ウタへこんにちはと話しかける。
「こんにちは」
はっきりとした発音で挨拶を返した彼女は、賢そうな目をしている。あまり元気がなさそうに見えたが、私の持つバイオリンケースを認めると興味深げに見つめてきた。
「何か弾こうか?」
「いいよ。リクエストはあるかな?」
ウタはじゃあ、と何か挙げかけて、さっと目を伏せた。
「私が知らない曲を教えて。一緒に歌えるやつがいいな」
「歌が入ってるやつね、何がいいかな……」
自分がこのくらいの年齢であった頃はどんな曲を好きだったろうか。私は手持ちの楽譜を漁る。私がウタくらいの年齢だった頃、友人たちと歌ったり合奏していたポップスの楽譜があったので彼女に渡した。私が弓を張ったりチューニングしている間に楽譜に目を通した彼女は、いつでもオッケー! と指で丸を作る。知らない曲を前に、先程よりも表情が明るくなっていた。その顔を見て私は嬉しくなり、いくよと声をかけて演奏を始める。すう、と息を吸って彼女は歌い始めた。その声は驚くほどよく響く。小さな体全てが楽器のようだった。歌声で震わせた空気の色が変わっていくのが分かった。雲すらも途切れ、日差しに照らされたエレジアは、何も変わっていないように錯覚した。ずっとこのまま弾いていたいと感じたが、あっという間だった。
「んん……」
いつの間にか寝てしまっていたようであった。抱えたバイオリンに汚れがついていないのを私は慌てて確認する。幸いに迎えの船が来るまではまだ時間があるから元の目的は十分に達成できるだろう。
一曲セッションしたことで、私は彼女に気に入られたようだった。二人で私の家へ続く階段を上がる。石組の壁は一部残っていたが、扉や柱などは燃えて崩れてしまっていた。
「何を見にきたの?」
子どもは大人同士の話をしっかり聞いているものである。私はうっかり素手で重い瓦礫を除けたことを後悔したが、作業をそのまま続けた。ウタは落ちた煉瓦を邪魔にならないように運んでくれる。危なくないように、それを横目で見ながら私は検討をつけた辺りを捜索する。
「作りかけのバイオリンが無事か探しに来たんだよ」
「バイオリン作れるの!?」
説明を全て省いてしまった、と苦笑したところで、瓦礫の下から煤けた、でも見間違えようもない色と形を見つけた。注意深く私はそれを引っ張り出す、何か硬いものが当たったのだろう、大きなひび割れが入っていた。修復は不可能だろうが、これを完成させる職人はもうこの世にはいないのだ。駆け寄ってきたウタにも見せてやる。
「父がバイオリン職人でね。私が一人前の演奏家になったら私のために一本作ってくれる約束だったんだ。でもその前に事故で死んでしまってね」
正直に話すのと、子どもに聞かせても楽しくない話だから適当にはぐらかすのとどちらがいいか迷って、結局前者を選んだ、ウタは分かっているのか分かっていないのか神妙な顔をして聞いている。
「約束、守ってもらえなかったんだ……」
「まぁ、そうなるね」
職業柄鍛えられた私の耳が、ウタの呟きを拾った。「私も」と言いかけてやめたことしか分からなかったが、深追いはしなかった。もういっぱしの大人の顔をしている人間の、もうほぼ塞がった傷を開示したところで子どものそれには釣り合わないことを知っているからだ。
「でも、これが残っていてよかったよ。練習のときとか、ずっとこれに見てもらってたから」
私にできるのは、そうしてすべて嘘や強がりではない笑顔を浮かべることだけだ。国王が待っているから戻ろうか、と私は言う。うん、と頷いたウタが(きっと無意識のうちに)伸ばしてくるままに手を繋いだ。
丁度来ていた迎えの船を見て、ウタは私と手を繋いでいることに初めて気が付いたようだった。反射で強く握ったあと、手はあっさりと離れる。国王のもとに戻っても、国王と手は繋いでいなかった。そのことが私には寂しく思う。国王と言いつつも、学院で私たちを育んでくれた彼は第二の父親のようなものだったからだ。あの優しい、音楽を愛する人のもとに国民ではないが音楽を愛している子どもが一人残っていることは救いのようにも呪いのようにも思えた。
「次にあったときもセッションしようね。また曲は探しておくから」
「本当に?」
「うん、絶対」
私の乗った船が見えなくなるまで、波止場から手を振っているウタの姿が私の記憶にずっと残っている。ただそれは結局会いに行けずじまいだったという後悔と共にだ。
あのあとすぐに有名な楽団へスカウトされた私は、そこのレベルの高い演奏や頻度の高いコンサートに忙殺されていた。そのままあっという間に十年が経ち、次にウタを見たのは映像電伝虫越しであった。あの豊かな歌声は更にパワーアップしており、ダンスも練習したらしく表現も幅広くなっていた。彼女の才能や国王の教育によるものだろう。焼け落ちてもなお、あの島が役割を果たしていることが私には嬉しかった。ウタのライブの日に公演はぶつけられないので、その日はどうにか休みを取って、私はエレジアに向かった。
ステージがよく見える芝生席で、私は彼女のライブに参加していた。バックバンドはどこから連れてきたのか、動物たちで固められていた。オリジナル曲の洗練されたサウンドと人々の欲しい言葉を与えるような歌詞が会場を湧かしていた。あの日と同じように、彼女が歌い始めたら太陽が文字通り辺りを照らし出していた。
あれだけの事があったのに、あまりにも関係者が多すぎたのだろう。思ったよりもあっさりと返されて私は自宅でぐったりと倒れ込んだ。彼女の歌に関心していた自分を殴り飛ばしてやりたかったからだ。素晴らしい曲だったし歌だった。腹が立つのは客席にいた自分だった。本当は彼女をステージの上で、一人にすべきではなかったのだ。それはあのライブもだったし、今までの配信もだった。そしてそれは彼女とセッションをしたことがある自分のような人間の役割だったのだ。後悔や悔しさや悲しさで止まらない涙を私は無理やりに拭い、立ち上がる。そしてライブの前に購入したレコードに針を落とした。この部屋は当たり前のように防音である。私はバイオリンを取り出す。もしかしたら他の部屋でも楽団の仲間が同じことをしているかもしれない。今はもう記録や人の記憶にしかない彼女の歌声に合わせて私は弓を動かす。こんなものであの約束を果たしたとは言えないが。自分もまた子どもとの約束を守れない大人になってしまった。それでも私は生きている私のために今演奏をしている。私の音楽は音楽である以上の力は持っていない。それでも彼女の魂が慰められるのであれば、また慰められるだろうと思えればそれでいいのだ。明日もまた練習は続く。それでも今日だけは彼女の歌や、彼女と演奏したかった曲以外のことは考えたくなかった。
気の毒そうにこちらを見る操舵手の視線を背中に受けながら、私は久しぶりのエレジアの地を踏んだ。さすがにもう火の手は上がっていないようだが波止場からでも荒れ果てているのがよく分かる。曇天で薄暗いのが、尚更侘しさを強調していた。国王がわざわざ出迎えにいらしていたので、私は深々と一礼する。
「お久しぶりです」
「よく帰ってきてくれたね」
「見ておきたいものがあったので」
顔を上げた時、大柄な国王の影に子どもが隠れているのに気がついた。
「ウタという。その……ここを襲った赤髪海賊団に居たんだが、もう用済みとなったのだろう。置いていかれたんだ。ウタ、この人はバイオリニストでこの島の出身なんだ。海賊ではない」
国王は言いにくそうに説明する。後半は子どもに向けたものだ。たしかにそんなつらい目に遭ったのであれば、知らない大人は警戒されるか、と私は合点して子ども――ウタへこんにちはと話しかける。
「こんにちは」
はっきりとした発音で挨拶を返した彼女は、賢そうな目をしている。あまり元気がなさそうに見えたが、私の持つバイオリンケースを認めると興味深げに見つめてきた。
「何か弾こうか?」
「いいよ。リクエストはあるかな?」
ウタはじゃあ、と何か挙げかけて、さっと目を伏せた。
「私が知らない曲を教えて。一緒に歌えるやつがいいな」
「歌が入ってるやつね、何がいいかな……」
自分がこのくらいの年齢であった頃はどんな曲を好きだったろうか。私は手持ちの楽譜を漁る。私がウタくらいの年齢だった頃、友人たちと歌ったり合奏していたポップスの楽譜があったので彼女に渡した。私が弓を張ったりチューニングしている間に楽譜に目を通した彼女は、いつでもオッケー! と指で丸を作る。知らない曲を前に、先程よりも表情が明るくなっていた。その顔を見て私は嬉しくなり、いくよと声をかけて演奏を始める。すう、と息を吸って彼女は歌い始めた。その声は驚くほどよく響く。小さな体全てが楽器のようだった。歌声で震わせた空気の色が変わっていくのが分かった。雲すらも途切れ、日差しに照らされたエレジアは、何も変わっていないように錯覚した。ずっとこのまま弾いていたいと感じたが、あっという間だった。
「んん……」
いつの間にか寝てしまっていたようであった。抱えたバイオリンに汚れがついていないのを私は慌てて確認する。幸いに迎えの船が来るまではまだ時間があるから元の目的は十分に達成できるだろう。
一曲セッションしたことで、私は彼女に気に入られたようだった。二人で私の家へ続く階段を上がる。石組の壁は一部残っていたが、扉や柱などは燃えて崩れてしまっていた。
「何を見にきたの?」
子どもは大人同士の話をしっかり聞いているものである。私はうっかり素手で重い瓦礫を除けたことを後悔したが、作業をそのまま続けた。ウタは落ちた煉瓦を邪魔にならないように運んでくれる。危なくないように、それを横目で見ながら私は検討をつけた辺りを捜索する。
「作りかけのバイオリンが無事か探しに来たんだよ」
「バイオリン作れるの!?」
説明を全て省いてしまった、と苦笑したところで、瓦礫の下から煤けた、でも見間違えようもない色と形を見つけた。注意深く私はそれを引っ張り出す、何か硬いものが当たったのだろう、大きなひび割れが入っていた。修復は不可能だろうが、これを完成させる職人はもうこの世にはいないのだ。駆け寄ってきたウタにも見せてやる。
「父がバイオリン職人でね。私が一人前の演奏家になったら私のために一本作ってくれる約束だったんだ。でもその前に事故で死んでしまってね」
正直に話すのと、子どもに聞かせても楽しくない話だから適当にはぐらかすのとどちらがいいか迷って、結局前者を選んだ、ウタは分かっているのか分かっていないのか神妙な顔をして聞いている。
「約束、守ってもらえなかったんだ……」
「まぁ、そうなるね」
職業柄鍛えられた私の耳が、ウタの呟きを拾った。「私も」と言いかけてやめたことしか分からなかったが、深追いはしなかった。もういっぱしの大人の顔をしている人間の、もうほぼ塞がった傷を開示したところで子どものそれには釣り合わないことを知っているからだ。
「でも、これが残っていてよかったよ。練習のときとか、ずっとこれに見てもらってたから」
私にできるのは、そうしてすべて嘘や強がりではない笑顔を浮かべることだけだ。国王が待っているから戻ろうか、と私は言う。うん、と頷いたウタが(きっと無意識のうちに)伸ばしてくるままに手を繋いだ。
丁度来ていた迎えの船を見て、ウタは私と手を繋いでいることに初めて気が付いたようだった。反射で強く握ったあと、手はあっさりと離れる。国王のもとに戻っても、国王と手は繋いでいなかった。そのことが私には寂しく思う。国王と言いつつも、学院で私たちを育んでくれた彼は第二の父親のようなものだったからだ。あの優しい、音楽を愛する人のもとに国民ではないが音楽を愛している子どもが一人残っていることは救いのようにも呪いのようにも思えた。
「次にあったときもセッションしようね。また曲は探しておくから」
「本当に?」
「うん、絶対」
私の乗った船が見えなくなるまで、波止場から手を振っているウタの姿が私の記憶にずっと残っている。ただそれは結局会いに行けずじまいだったという後悔と共にだ。
あのあとすぐに有名な楽団へスカウトされた私は、そこのレベルの高い演奏や頻度の高いコンサートに忙殺されていた。そのままあっという間に十年が経ち、次にウタを見たのは映像電伝虫越しであった。あの豊かな歌声は更にパワーアップしており、ダンスも練習したらしく表現も幅広くなっていた。彼女の才能や国王の教育によるものだろう。焼け落ちてもなお、あの島が役割を果たしていることが私には嬉しかった。ウタのライブの日に公演はぶつけられないので、その日はどうにか休みを取って、私はエレジアに向かった。
ステージがよく見える芝生席で、私は彼女のライブに参加していた。バックバンドはどこから連れてきたのか、動物たちで固められていた。オリジナル曲の洗練されたサウンドと人々の欲しい言葉を与えるような歌詞が会場を湧かしていた。あの日と同じように、彼女が歌い始めたら太陽が文字通り辺りを照らし出していた。
あれだけの事があったのに、あまりにも関係者が多すぎたのだろう。思ったよりもあっさりと返されて私は自宅でぐったりと倒れ込んだ。彼女の歌に関心していた自分を殴り飛ばしてやりたかったからだ。素晴らしい曲だったし歌だった。腹が立つのは客席にいた自分だった。本当は彼女をステージの上で、一人にすべきではなかったのだ。それはあのライブもだったし、今までの配信もだった。そしてそれは彼女とセッションをしたことがある自分のような人間の役割だったのだ。後悔や悔しさや悲しさで止まらない涙を私は無理やりに拭い、立ち上がる。そしてライブの前に購入したレコードに針を落とした。この部屋は当たり前のように防音である。私はバイオリンを取り出す。もしかしたら他の部屋でも楽団の仲間が同じことをしているかもしれない。今はもう記録や人の記憶にしかない彼女の歌声に合わせて私は弓を動かす。こんなものであの約束を果たしたとは言えないが。自分もまた子どもとの約束を守れない大人になってしまった。それでも私は生きている私のために今演奏をしている。私の音楽は音楽である以上の力は持っていない。それでも彼女の魂が慰められるのであれば、また慰められるだろうと思えればそれでいいのだ。明日もまた練習は続く。それでも今日だけは彼女の歌や、彼女と演奏したかった曲以外のことは考えたくなかった。
