漫画(ジャンプ系)
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音貝から、彼女の歌が流れている。もうすでに何百回と聴いたものだ。
こんなものだけあっても意味がない。そうは思うが決して安くはなかったし、壊したら二度と手に入らないだろう。彼女の歌だけは世界に残り続けるが、もうオリジナルを直接聴けることはないのだから。映像電伝虫が、同情するようにこちらを見ている気がするが、きっと気のせいだろう。もうこいつも用済みだから野生に返すなり売り払うなりしてもいいのだ。
彗星のように現れて、そして去っていった歌姫――ウタの最初で最後のライブに、私は参加することができなかった。私の働いているパン屋の店員の間で急に風邪が流行ったのだ。高熱に倒れ行く仲間たち。ライブに行くため健康に細心の注意を払っていた私は無事だった。けどそれは、無事な戦力ということだ。長い付き合いの店長に土下座せんばかりの勢いで頭を下げられたら、折れない訳にはいかなかった。ここで不興を買って露頭に迷うリスクを私は取れなかったのだ。それを私はずっと後悔している。それに、結局あの日はパン屋にパンを買いに来るなんて呑気な日常の営みをする余裕がある人なんてほとんどいなかった。原因はウタのライブだ。全部が終わったあと、海軍から箝口令は敷かれていたが人の口には戸が立てられるわけはない。ライブから帰ってきた友人から、私は大体のことを聞いた。それで、ウタが人生を燃やし尽くしてしまったことを知った。いや、世界を彼女なりに救おうとしていたことは前からうっすら分かっていた。でもその方法が彼女の命を火に焚べるようなものであったことを私は初めて知ったのだ。彼女の歌う新時代は漠然と良いもののように私には思えて、その理想を掲げてくれるだけで十分だったのだ。
世界平和とか皆の幸せとか、そういうのがどうでもいいわけじゃない。どうでもいいわけじゃない、とぬるいことを言えるのは私がまだマシなほうの境遇だからだ。それは分かっている。でも、それは一人の女の子が自分を神の領域へ押し上げてまで背負うべきものではない。
「ウタちゃんの配信を観て、楽しそうに歌っているところを見ると元気が湧いてきます」
いつかのライブでそう伝えたときの彼女の、ありがとう!という笑顔が忘れられない。一生懸命歌ったゆえに浮かんでいた汗も。ギリギリだったのか、そのあとすぐ床に倒れ込んだ音と規則正しい寝息が聞こえてきたことも。彼女が同じ時代に生きて、歌ってくれていたから私は彼女が好きだったのだ。
音貝からは何度聴いても均一な歌声しか流れない。あんなに色んな歌声を持っていたのに。ひとつでも残っていることは奇跡的なことだと分かっている。でも、彼女が生きて歌い続けてくれること以上の奇跡ではなかった。せめて、と私は机の上に転がした音貝を揺らす。再生回数の限界はあっただろうか。あんなに鮮烈に焼き付いた彼女の記憶が薄れていくことすら私には耐えられなかった。
こんなものだけあっても意味がない。そうは思うが決して安くはなかったし、壊したら二度と手に入らないだろう。彼女の歌だけは世界に残り続けるが、もうオリジナルを直接聴けることはないのだから。映像電伝虫が、同情するようにこちらを見ている気がするが、きっと気のせいだろう。もうこいつも用済みだから野生に返すなり売り払うなりしてもいいのだ。
彗星のように現れて、そして去っていった歌姫――ウタの最初で最後のライブに、私は参加することができなかった。私の働いているパン屋の店員の間で急に風邪が流行ったのだ。高熱に倒れ行く仲間たち。ライブに行くため健康に細心の注意を払っていた私は無事だった。けどそれは、無事な戦力ということだ。長い付き合いの店長に土下座せんばかりの勢いで頭を下げられたら、折れない訳にはいかなかった。ここで不興を買って露頭に迷うリスクを私は取れなかったのだ。それを私はずっと後悔している。それに、結局あの日はパン屋にパンを買いに来るなんて呑気な日常の営みをする余裕がある人なんてほとんどいなかった。原因はウタのライブだ。全部が終わったあと、海軍から箝口令は敷かれていたが人の口には戸が立てられるわけはない。ライブから帰ってきた友人から、私は大体のことを聞いた。それで、ウタが人生を燃やし尽くしてしまったことを知った。いや、世界を彼女なりに救おうとしていたことは前からうっすら分かっていた。でもその方法が彼女の命を火に焚べるようなものであったことを私は初めて知ったのだ。彼女の歌う新時代は漠然と良いもののように私には思えて、その理想を掲げてくれるだけで十分だったのだ。
世界平和とか皆の幸せとか、そういうのがどうでもいいわけじゃない。どうでもいいわけじゃない、とぬるいことを言えるのは私がまだマシなほうの境遇だからだ。それは分かっている。でも、それは一人の女の子が自分を神の領域へ押し上げてまで背負うべきものではない。
「ウタちゃんの配信を観て、楽しそうに歌っているところを見ると元気が湧いてきます」
いつかのライブでそう伝えたときの彼女の、ありがとう!という笑顔が忘れられない。一生懸命歌ったゆえに浮かんでいた汗も。ギリギリだったのか、そのあとすぐ床に倒れ込んだ音と規則正しい寝息が聞こえてきたことも。彼女が同じ時代に生きて、歌ってくれていたから私は彼女が好きだったのだ。
音貝からは何度聴いても均一な歌声しか流れない。あんなに色んな歌声を持っていたのに。ひとつでも残っていることは奇跡的なことだと分かっている。でも、彼女が生きて歌い続けてくれること以上の奇跡ではなかった。せめて、と私は机の上に転がした音貝を揺らす。再生回数の限界はあっただろうか。あんなに鮮烈に焼き付いた彼女の記憶が薄れていくことすら私には耐えられなかった。
