吸死

彼に出会ったのは冬の夕方のことです。夕方といっても外は真っ暗で、私は木枯らしに身を震わせながら家路を急いでおりました。すると、いつもは人気のない道に、ぽつんと彼が立っていたのです。彼の病的なまでに白い肌と、青みがかった髪。そして髪色と対照的な赤色の目が外灯のあかりを反射していました。きっちりと切り揃えられた髪から覗く耳がとがった形をしていたので、この方は私と違う種族なのだと分かりました。私が彼をじろじろ見ていたことに、彼は気がついたのでしょう。彼は私を呼び止めると、そっと手をとりました。きちんと切りそろえられた口ひげの下で、彼がくちびるを緩めました。それが見えるくらい近い距離だったのです。
「こんばんは、可憐なお嬢さん。あなたの視線があんまり熱心だったものだからつい、呼び止めてしまいました」
上質な生地で出来ているであろう白手袋の滑らかな感触や、間近で見ると吸い込まれそうな彼の瞳の色合いは鮮やかに私の記憶に焼き付いています。一目惚れのいいところは、その鮮烈な衝撃を何度も思い出せることですね。
それ以降、彼とは何度も会いました。逢い引きというにはささやかな時間です。人目を忍んで会っているのですから。まだ吸血鬼というだけで、その能力や恐ろしさに関わらず迫害する人間は沢山いるのです。これは彼の受け売りですけれど。私も彼に出会うまで、吸血鬼というのは自分たち人間と全く違う、得体のしれない存在だと思っていました。けれど彼は優しかった。彼は会うたびに私を褒めてくれました。首筋に彼が歯をたてるたびに、甘い痛みが走りました。彼以外の男性を私は知りません。ですが、愛するひとと交わる快楽や喜びは、彼によって理解したつもりです。
彼とのそんな時間は長くは続きませんでした。春が来る前に彼はこの町を去ってしまいました。あまり長くひとつの場所に留まるのは危険なのだと彼は悲しい顔で言いました。私は彼に握られた手が震えないように震えないようにと念じていました。彼を困らせたくなかったからです。私は彼にすべてを捧げてもいいと思いました。でも、おこがましくてそれは彼に伝えられませんでした。彼はこの町を去りました。私のすべては彼のものにならなかった。なら、私が私の命をどう使おうと自由です。
私がこれを書いているのは、あの方にあらぬ疑いをかけられないためです。近頃の警察は優秀だと聞きました。いまだ吸血鬼は白眼視される存在です。もし私の自死によって、交流のあった彼にご迷惑が及んだらと考えるといてもたってもいられなくなったのです。確かに私は、彼のいない人生を生きることが耐えられずに今夜命を絶とうとしています。しかしそれは彼に何かを言われたり、されたりしたわけではなく私のわがままによるものです。それをお伝えするために、死ぬ前にこうして筆を執っているのです。そもそも彼にとって、私など数多いる女の一人でしかないでしょう。名前を覚えているかも怪しいものです。私は彼のお名前すら聞いていないのでした。この手紙の横の花瓶にさした薔薇は、彼からの贈り物でした。真冬にどこから摘んできたのか尋ねたら、手ずから育てたものだと教えられました。そんな大切なものだったのに、上手に枯らすことができなかったのです。この花を私と一緒に燃やしていただけると幸いです。
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