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仁姫先輩は部活の先輩だった。他の人たちはアニキだのニッキーだの可愛くないし何となく失礼なあだ名で呼んでいた。それに対抗して私は彼女のことを下の名前で呼んでいた。バド部やチア部の子達みたいに。
「仁姫先輩!」
そうやって呼ぶと、照れくさそうにはにかんで「なんだい」って返事をしてくれる。私はその顔が好きだった。先輩にとっても私はとりわけ仲のいい後輩だった、と思う。獅子王司に復活させられたときだって仁姫先輩は迎えに来てくれた。優しい人だったから他の人にもそうしたかもしれないけど。
「仁姫先輩、おはようございます」
でも三千年ぶりに名前を呼んで、挨拶をしたら、先輩も石になる前と変わらない笑顔でおはようと返してくれた。それで十分な気もするけど。
同じ部活だったくせに私は体力も武力もないから、仁姫先輩とは別作業が割り振られることがほとんどだ。狩猟チームが狩ってきた鹿や猪の皮を剥いで、肉を切り分けて行く。この作業も思ったより力がいるが、石になる前は猟師をやっていたという男の人がリーダーとなり、作業は効率化されている。この人は、今こそヒゲがちゃんと剃られている(衛生上の理由らしい)けれど、こうなる前はヒゲぼうぼうのワイルドな姿でよく若きカリスマ猟師としてテレビに出ていた。ずいぶん印象が違ったから最初は気付かなかったけど。今のほうがきちんとしているのはなんかちぐはぐに感じる。獣の解体方法も皆でこの人に教わったから本物の猟師であることに間違いはないが。
皮は冬を越すのに必要だし、肉は今日を生きるために必要だ。カエルの解剖すらしたことがないのにこうして、それよりも大きくて体の構造も近しい生き物を解体しているのは不思議な気分だ。カエルの解剖の授業は、あの日の次の週にやるはずだった。
そうやって解体された肉を配る際、私はできる限り仁姫先輩へ持っていく。ほとんどが体格のいい男性ばかりのここで、女同士が固まっていることは、はっきり推奨されている。安全面や、ストレス発散の面で。また月のものが来たときの助け合いも。まぁ特に言われてなくても私はできる限り仁姫先輩に肉を持っていっただろうけど。
そうして食事のときや、食べたあとの始末をするときに先輩と話す機会がある。だけど話題はもっぱら今日何をしたか、他の人々はどんな感じか、獅子王司や氷月はどんな様子か、みたいな情報共有ばかりだ。仁姫先輩が私を心配してくれているのは知っているし、私も先輩の役に立つ情報は全て渡したい。けれどそんな話ばかりするのはつまらないという気持ちも少しだけあった。だって前は役に立たないことも沢山話した。昨日のテレビの話とか、SNSにアップされた面白い動画の話とか。それに、リリアン・ワインバーグのこととか。
仁姫先輩はリリアンの大ファンだった。ほとんど信仰だったと思う。救われたのさ、と先輩があのさばさばした口調で言うと妙な真剣みがあった。たしかにリリアンは世界中にファンがいるような大人気アーティストで、たぶん世界のどこに行っても彼女の歌声は耳に入るだろう。でも「救われた」と言う人については、私の周りには先輩しかいない。
そのリリアン・ワインバーグは今どこで何をしているのだろう。たしか石になるしばらく前に、仁姫先輩にニュースを見せてもらったのだ。リリアンが宇宙船の座席を購入し、実際乗船するという内容の。たしかソユーズとかいう名前の。あれはいつ出発だったか。でも間に合って石化を免れていたらもうこの世にはリリアンは存在しないのだ。石化していても粉々に砕けていない保証もないけど。そんなどこを向いても希望なんてほとんどない状況で、先輩はリリアンの話を全然しなかった。きっと色々と考えてはいるのだろうけど、口にするのが怖いのかもしれない。部活の顧問が「口に出したことは実現する。いいことも、悪いことも」と刷り込みのように繰り返していたことを思い出す。
仁姫先輩がちゃんと揃えていたリリアンのCDやライブのブルーレイや、配信限定の曲も詰まっていたパソコンとウォークマンだってもうこの世界のどこにもないのに、リリアン本人もいなかったら先輩はどうなってしまうんだろう。焚き火に照らされる先輩の顔には複雑な陰影がついてよく分からない。
ある日、仁姫先輩がやけにさっぱりした顔をしていた。今にして思えばきっとこの日に先輩は千空さんやゲンさんと話したのだろう。水浴びをする先輩は、小さくリリアンの歌を口ずさんでいた。
「それ、一番新しく出た曲ですよね」
「一番最後に出た曲」、とはなんとなく言いたくなかった。あぁ、と先輩は頷く。さすがだね、と褒めてもらったが私は先輩と沢山話したくてサブスクで聴いていただけだから褒めてもらうほどのことはしていない。
「ちゃんと覚えておきたいなと思ってね」
「CDとか、なくなっちゃいましたもんね」
そうだね、と先輩は寂しそうに笑った。
「だからアンタもちゃんと覚えておくんだよ、カラオケでも歌ってくれただろ」
たしかに私のカラオケの持ち歌にリリアンの曲はあった。先輩と行くためだけに覚えたものだ。めちゃくちゃうまくないと洋楽はサムい、発音もよくないとね、みたいな無言の圧力があったから友達と行くときには一度も歌っていない。先輩とカラオケに行ったのは3700年以上前だ。歌詞もないのに歌えるだろうか、と私は薄れた記憶を辿っていた。
冗談みたいな話だが、月のものに臥せっているうちに獅子王司がコールドスリープしていた。そして、石神千空という男が引き連れてきた、この世界でずっと生きていた人々と合流して私たちはさらに大所帯になった。気にすることないよ、と仁姫先輩は慰めてくれた。
「アンタに嘘をつくのは、気が重かったからね」
先輩のなかで私が他の人より特別であることは嬉しかった。でも一緒に他の皆を騙すことには協力させてはくれなかった。いいとこ「他よりも仲のいい後輩」でしかないからだ。頼ってほしい、と思うには私は何もできない。仁姫先輩のような優しさも強さも、熱中できるものも。情けない、と思って気分が沈みかけるがきっとホルモンバランスのせいだ。確認するすべがなくなったからといって、存在しなくなったわけではない。
作業の合間に、石神村に残してきたという件のレコードを聴かせてもらう機会があった。三千年経ってもおばあちゃんはおばあちゃんの話し方をするんだな、と余計なことを考えていたが歌が聴こえ始めるともうそれにしか意識が向かなかった。石化前だったら論外の音質で聴くリリアンの歌に、私は溢れる涙を止められなかった。この歌い手がもうこの世にいないことを悲しんでいるのではなく、この歌が今こうして残っていることが嬉しくて泣いたのだ。隣にいる先輩が私の肩を抱く。泣いている理由を伝えなければ、と思うけど口を開いても言葉をちゃんと発音できそうになかった。リリアンの歌は仁姫先輩と仲良くする口実で聴いているのだ、と自分では思っていた。でも、もしかしたら信仰までいかずとも私はリリアンの曲を好きで、愛していたといってもよかったのかもしれない。そのことにやっと気が付いた。
「仁姫先輩!」
そうやって呼ぶと、照れくさそうにはにかんで「なんだい」って返事をしてくれる。私はその顔が好きだった。先輩にとっても私はとりわけ仲のいい後輩だった、と思う。獅子王司に復活させられたときだって仁姫先輩は迎えに来てくれた。優しい人だったから他の人にもそうしたかもしれないけど。
「仁姫先輩、おはようございます」
でも三千年ぶりに名前を呼んで、挨拶をしたら、先輩も石になる前と変わらない笑顔でおはようと返してくれた。それで十分な気もするけど。
同じ部活だったくせに私は体力も武力もないから、仁姫先輩とは別作業が割り振られることがほとんどだ。狩猟チームが狩ってきた鹿や猪の皮を剥いで、肉を切り分けて行く。この作業も思ったより力がいるが、石になる前は猟師をやっていたという男の人がリーダーとなり、作業は効率化されている。この人は、今こそヒゲがちゃんと剃られている(衛生上の理由らしい)けれど、こうなる前はヒゲぼうぼうのワイルドな姿でよく若きカリスマ猟師としてテレビに出ていた。ずいぶん印象が違ったから最初は気付かなかったけど。今のほうがきちんとしているのはなんかちぐはぐに感じる。獣の解体方法も皆でこの人に教わったから本物の猟師であることに間違いはないが。
皮は冬を越すのに必要だし、肉は今日を生きるために必要だ。カエルの解剖すらしたことがないのにこうして、それよりも大きくて体の構造も近しい生き物を解体しているのは不思議な気分だ。カエルの解剖の授業は、あの日の次の週にやるはずだった。
そうやって解体された肉を配る際、私はできる限り仁姫先輩へ持っていく。ほとんどが体格のいい男性ばかりのここで、女同士が固まっていることは、はっきり推奨されている。安全面や、ストレス発散の面で。また月のものが来たときの助け合いも。まぁ特に言われてなくても私はできる限り仁姫先輩に肉を持っていっただろうけど。
そうして食事のときや、食べたあとの始末をするときに先輩と話す機会がある。だけど話題はもっぱら今日何をしたか、他の人々はどんな感じか、獅子王司や氷月はどんな様子か、みたいな情報共有ばかりだ。仁姫先輩が私を心配してくれているのは知っているし、私も先輩の役に立つ情報は全て渡したい。けれどそんな話ばかりするのはつまらないという気持ちも少しだけあった。だって前は役に立たないことも沢山話した。昨日のテレビの話とか、SNSにアップされた面白い動画の話とか。それに、リリアン・ワインバーグのこととか。
仁姫先輩はリリアンの大ファンだった。ほとんど信仰だったと思う。救われたのさ、と先輩があのさばさばした口調で言うと妙な真剣みがあった。たしかにリリアンは世界中にファンがいるような大人気アーティストで、たぶん世界のどこに行っても彼女の歌声は耳に入るだろう。でも「救われた」と言う人については、私の周りには先輩しかいない。
そのリリアン・ワインバーグは今どこで何をしているのだろう。たしか石になるしばらく前に、仁姫先輩にニュースを見せてもらったのだ。リリアンが宇宙船の座席を購入し、実際乗船するという内容の。たしかソユーズとかいう名前の。あれはいつ出発だったか。でも間に合って石化を免れていたらもうこの世にはリリアンは存在しないのだ。石化していても粉々に砕けていない保証もないけど。そんなどこを向いても希望なんてほとんどない状況で、先輩はリリアンの話を全然しなかった。きっと色々と考えてはいるのだろうけど、口にするのが怖いのかもしれない。部活の顧問が「口に出したことは実現する。いいことも、悪いことも」と刷り込みのように繰り返していたことを思い出す。
仁姫先輩がちゃんと揃えていたリリアンのCDやライブのブルーレイや、配信限定の曲も詰まっていたパソコンとウォークマンだってもうこの世界のどこにもないのに、リリアン本人もいなかったら先輩はどうなってしまうんだろう。焚き火に照らされる先輩の顔には複雑な陰影がついてよく分からない。
ある日、仁姫先輩がやけにさっぱりした顔をしていた。今にして思えばきっとこの日に先輩は千空さんやゲンさんと話したのだろう。水浴びをする先輩は、小さくリリアンの歌を口ずさんでいた。
「それ、一番新しく出た曲ですよね」
「一番最後に出た曲」、とはなんとなく言いたくなかった。あぁ、と先輩は頷く。さすがだね、と褒めてもらったが私は先輩と沢山話したくてサブスクで聴いていただけだから褒めてもらうほどのことはしていない。
「ちゃんと覚えておきたいなと思ってね」
「CDとか、なくなっちゃいましたもんね」
そうだね、と先輩は寂しそうに笑った。
「だからアンタもちゃんと覚えておくんだよ、カラオケでも歌ってくれただろ」
たしかに私のカラオケの持ち歌にリリアンの曲はあった。先輩と行くためだけに覚えたものだ。めちゃくちゃうまくないと洋楽はサムい、発音もよくないとね、みたいな無言の圧力があったから友達と行くときには一度も歌っていない。先輩とカラオケに行ったのは3700年以上前だ。歌詞もないのに歌えるだろうか、と私は薄れた記憶を辿っていた。
冗談みたいな話だが、月のものに臥せっているうちに獅子王司がコールドスリープしていた。そして、石神千空という男が引き連れてきた、この世界でずっと生きていた人々と合流して私たちはさらに大所帯になった。気にすることないよ、と仁姫先輩は慰めてくれた。
「アンタに嘘をつくのは、気が重かったからね」
先輩のなかで私が他の人より特別であることは嬉しかった。でも一緒に他の皆を騙すことには協力させてはくれなかった。いいとこ「他よりも仲のいい後輩」でしかないからだ。頼ってほしい、と思うには私は何もできない。仁姫先輩のような優しさも強さも、熱中できるものも。情けない、と思って気分が沈みかけるがきっとホルモンバランスのせいだ。確認するすべがなくなったからといって、存在しなくなったわけではない。
作業の合間に、石神村に残してきたという件のレコードを聴かせてもらう機会があった。三千年経ってもおばあちゃんはおばあちゃんの話し方をするんだな、と余計なことを考えていたが歌が聴こえ始めるともうそれにしか意識が向かなかった。石化前だったら論外の音質で聴くリリアンの歌に、私は溢れる涙を止められなかった。この歌い手がもうこの世にいないことを悲しんでいるのではなく、この歌が今こうして残っていることが嬉しくて泣いたのだ。隣にいる先輩が私の肩を抱く。泣いている理由を伝えなければ、と思うけど口を開いても言葉をちゃんと発音できそうになかった。リリアンの歌は仁姫先輩と仲良くする口実で聴いているのだ、と自分では思っていた。でも、もしかしたら信仰までいかずとも私はリリアンの曲を好きで、愛していたといってもよかったのかもしれない。そのことにやっと気が付いた。
