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ざくざく雪を踏む音と子供たちのはしゃぎ声が林に響いている。しっかりと作られた靴は浸水こそしないが寒さを完全には防げない。
大抵手の空いている大人が彼らを連れて採集を兼ねた散歩へ行くのだが、今日は私と羽京さんだった。
あまり力もなく、突出して器用でもない自分はそのとき必要な様々な事をちょっとずつ担当している。羽京さんとは即席の学校――科学学園――の教師役として時々一緒になるくらいだ。基本的に彼がレギュラーだが。石化前は海自の潜水艦乗りだったと聞いた。テレビやなんかで自衛隊の特集をしていたのを見かけたことはあるが、ほとんど知らない世界の住民だったのだ。歩きながらぽつぽつと話すことは目の前の子供たちのことだ。誰が算数が苦手で誰が文字の覚えが早い、とか。けれどそのあたりの情報共有も一通り済んで、当たり障りのない世間話へ移っていった。
「そういえば計算すごく早いよね」
走り回る子供から目を離さずに、羽京さんは私に言った。
「そうですか?」
私も子供たちを目で追いながら答えた。自覚がなかったから、広がりのない答えになってしまったけど。
「そうだよ。昨日千空に呼ばれてたでしょ」
そういえば昨日計算の手が足りない、と千空さんに捕まったのだ。算数を教えていたからかと思ったけどどうやら違う理由だったらしい。
「何か習ってたの? そろばんとか」
あぁでももうそんなにはないか、と羽京さん。彼は何歳なのだろう。このストーンワールドでは細かな年齢は意識する機会がほとんどない。数千年眠っていた人ばかりだし、村の人々だってそこまでいちいち数えてはいないだろう。
「そろばんは祖母に習ったんです、あぁ、えぇと、もう私が中学上がったくらいで亡くなってるんですけど」
羽京さんの相槌が入る前に私は慌てて補足する。「中学」なんて言葉久しぶりに使った。
この世界では誰かとの思い出話をするのも聞くのも皆慎重だ。積極的に他人の昔話を聞こうとする人間もいない。まだ生々しい喪失と不安が伴うからだ。
ごくまれに再会できることだってあるけど、そんなのは本当に運がいい方で、こうしている間にも自分の家族や友人はどこかで砂になっているかもしれない。
「祖母は近所に住んでたので、よく遊びに行ってたんです」
「仲が良かったんだね」
「はい、おばあちゃんっ子でした」
祖母の家の柱の傷や重くて飴色に光っているそろばんのことはよく覚えている。もう今はどこにもない。祖母の墓もどこかに埋もれてしまっているだろう。人の骨が土に還るにはどれくらいの時間がかかるのだろう。いいね、と羽京さんは微笑んだ。
「習ったこととかは、ずっと持っていられるからね」
しゃべる度に言葉が白く凍る。この人も人間である以上、両親や祖父母がいるはずだ。けれどその気配が感じられないのは今こんな世界だからなのか、彼が私と違って大人だからなのか分からなかった。また、私には踏み込むほどの度胸もなかった。傾きかけた冬の明るい陽射しが木々の隙間に差している。私は子供たちから目を離して、光に縁どられた彼の横顔を見た。この人と数千年前の世界で出会っていたら、踏み込めただろうかと想像したが、そもそも出会うことすらなかっただろうと思ってすぐやめた。
潜水艦乗りだったこと、温厚で優しい人だろうことは知っている。しかし私はこの人が今いくつなのかも、なんで弓がそんなにうまいのかも、恋人がいたのかも、なんなら好きな食べ物だって知らないのだ。
冷たい風が強く吹いて彼は帽子を押さえた。西暦2000年代の東京に育った私は、春が来るまであとどれくらいかかるかは分からない。
大抵手の空いている大人が彼らを連れて採集を兼ねた散歩へ行くのだが、今日は私と羽京さんだった。
あまり力もなく、突出して器用でもない自分はそのとき必要な様々な事をちょっとずつ担当している。羽京さんとは即席の学校――科学学園――の教師役として時々一緒になるくらいだ。基本的に彼がレギュラーだが。石化前は海自の潜水艦乗りだったと聞いた。テレビやなんかで自衛隊の特集をしていたのを見かけたことはあるが、ほとんど知らない世界の住民だったのだ。歩きながらぽつぽつと話すことは目の前の子供たちのことだ。誰が算数が苦手で誰が文字の覚えが早い、とか。けれどそのあたりの情報共有も一通り済んで、当たり障りのない世間話へ移っていった。
「そういえば計算すごく早いよね」
走り回る子供から目を離さずに、羽京さんは私に言った。
「そうですか?」
私も子供たちを目で追いながら答えた。自覚がなかったから、広がりのない答えになってしまったけど。
「そうだよ。昨日千空に呼ばれてたでしょ」
そういえば昨日計算の手が足りない、と千空さんに捕まったのだ。算数を教えていたからかと思ったけどどうやら違う理由だったらしい。
「何か習ってたの? そろばんとか」
あぁでももうそんなにはないか、と羽京さん。彼は何歳なのだろう。このストーンワールドでは細かな年齢は意識する機会がほとんどない。数千年眠っていた人ばかりだし、村の人々だってそこまでいちいち数えてはいないだろう。
「そろばんは祖母に習ったんです、あぁ、えぇと、もう私が中学上がったくらいで亡くなってるんですけど」
羽京さんの相槌が入る前に私は慌てて補足する。「中学」なんて言葉久しぶりに使った。
この世界では誰かとの思い出話をするのも聞くのも皆慎重だ。積極的に他人の昔話を聞こうとする人間もいない。まだ生々しい喪失と不安が伴うからだ。
ごくまれに再会できることだってあるけど、そんなのは本当に運がいい方で、こうしている間にも自分の家族や友人はどこかで砂になっているかもしれない。
「祖母は近所に住んでたので、よく遊びに行ってたんです」
「仲が良かったんだね」
「はい、おばあちゃんっ子でした」
祖母の家の柱の傷や重くて飴色に光っているそろばんのことはよく覚えている。もう今はどこにもない。祖母の墓もどこかに埋もれてしまっているだろう。人の骨が土に還るにはどれくらいの時間がかかるのだろう。いいね、と羽京さんは微笑んだ。
「習ったこととかは、ずっと持っていられるからね」
しゃべる度に言葉が白く凍る。この人も人間である以上、両親や祖父母がいるはずだ。けれどその気配が感じられないのは今こんな世界だからなのか、彼が私と違って大人だからなのか分からなかった。また、私には踏み込むほどの度胸もなかった。傾きかけた冬の明るい陽射しが木々の隙間に差している。私は子供たちから目を離して、光に縁どられた彼の横顔を見た。この人と数千年前の世界で出会っていたら、踏み込めただろうかと想像したが、そもそも出会うことすらなかっただろうと思ってすぐやめた。
潜水艦乗りだったこと、温厚で優しい人だろうことは知っている。しかし私はこの人が今いくつなのかも、なんで弓がそんなにうまいのかも、恋人がいたのかも、なんなら好きな食べ物だって知らないのだ。
冷たい風が強く吹いて彼は帽子を押さえた。西暦2000年代の東京に育った私は、春が来るまであとどれくらいかかるかは分からない。
