漫画

大学に進学してはじめての初夏が来た。都会から少し離れたところにあるキャンパスは、広さの代わりに利便性を捨てている。駅からバスは出ているが、片道三百円は一人暮らしの貧乏学生にはつらい。じゃあ三十分弱の道を歩くか、となるのは当たり前のことだろう。
陽射しは強いが、風は爽やかだ。ずっとこんな天気であればいいのに。白線で区切られただけの、狭い歩道を歩いていると道路を横断する茶色い塊があった。そして遠くから車が走ってくる音。
「危ない!?」
自分はとっさに車道を横断する茶色い存在――ヒトリガ系モスの幼虫――を抱えて脇によける。そのすぐあとに、軽トラが通過していった。この手の幼虫(通称:クマケムシ)は大きくても小さくてもモスの幼虫の中では俊敏な方だが、さすがに今迫り来る車を避けられはしないだろう。哺乳類のロードキルと同じく、巨大な昆虫のそれも役所への報告が必要だ。
車が通過したのを見送ってから、抱えているクマケムシが行こうとしていた方向の草むらに分け入る。家を出るときは暑いかと思ったが、結果的によかったかもしれない。道路から少し離れ、できるだけ葉っぱが多そうなあたりに進む。毒を持たないクマケムシの毛は、ぬいぐるみなどよりは少しだけ硬い。地面を進む姿は大きめのモルモットを連想させる(それにしては胴長だ)が、触るとカピバラを思い出す。一昨年に行った動物園のふれあいコーナー、あれはよかった。最近はモスも増えているし。また、抱えたサイズ感は、実家にあった抱き枕を思い出す。次に帰省するときは、ちゃんと持ち出そう。そうすれば一人暮らしの部屋の寂しさも幾分かマシになるはずだ。
「やっぱしモス、飼いたいよなぁ」
茂みに手元の茶色いフサフサを離しながら、そうぼやく。大学生の一人暮らしにペットは難しい。でもこうやって野生のモスや、幼虫に触れあえるのならば大学への長い道のりも楽しみだ。今はそう思うことにした。
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