漫画
眼の前の少女が発した言葉を理解するのに、さすがのハイターも瞬き3つ分の時間を要した。大体において、そういうことを言われるのはもっぱらヒンメルだと思い込んでいたからだ。
彼女は耳まで赤くして、ハイターが何か言うのを待っている。彼はやっとのことで無難な答えを返した。それは飄々とした性質の彼にしては珍しいことであった。
「私は聖職者ですから……」
「分かっております。それでなくともハイター様は勇者様のお仲間として使命を果たす最中なのですから」
よく日に焼けた、そばかすの散った頬を赤くした彼女は、照れよりも少し怒ったような声をしていた。まっすぐに見つめられ、さすがのハイターも少したじろぐ。どうすれば彼女を傷つけないのか、聖職者といえどハイターには分からない。遠くからヒンメルが自分を呼ぶ声が聞こえて、彼は安堵した。一方、焦った少女はハイターの手を取って何かを押し付けた。
「お守りです。ハイター様たちの道行の無事をお祈りしています」
それは素朴な木の腕輪であった。なにか意味があるのだろう、植物を模した細工が施されている。これくらいのものなら聖職者でも受け取れるだろうという言外の含みをハイターは察した。たしかに金銭的な価値はほとんどないだろうが、女神信仰のそれよりももっと素朴なものだろう。しかし自分に好意を持ってくれる人間が、自分を気遣ってくれたものを無碍にはできなかった。
「ハイター様たちは沢山の人々と会うでしょうから、この村のことなどすぐに忘れてしまうでしょう。でも、できれば覚えておいていただけますか」
それだけで私は、という最後の呟きはハイターに向けたものではなかった。そういえばこれで結婚式が行えると村が湧いていたその花嫁とは、彼女のことではなかったろうか。ハイターは今更思い当たった。
数え切れない村々を渡り歩いた一行であるが、そのひとつひとつのことは案外覚えているものだった。たしかに彼女の言う通り、そこに暮らす人々の抱える問題やら気質やらが似通っていることはあった。しかし全く同一であることはない。一つ前の村の外れに巣食っていた魔物は数は多くないが面倒な相手で、その後に入った公衆浴場は格別であった。さらにその一つ前の村の彫刻師はヒンメルの「イケメンのポーズ」の模索に何日も何週間も付き合いかねない変人だったし、宿屋のおかみの料理はやたらに変わった味付けだった。きっとここの思い出は、ハイターの中で「自分に想いを寄せる奇特な娘がいた」となるだろうし、忘れることはないだろう。無論、わざわざ思い出すことは少ないかもしれないが「思い出さない」と「思い出せない」の間にはずいぶんと開きがある。また、木彫りの腕輪はハイターのような人間の一生の中で残るには十分な強度を持っていた。
信仰上の理由から、身に着けることこそなかったが、ことあるごとにハイターはあの少女から贈られた腕輪を取り出しては眺めていた。今、彼女がどうしているかハイターは知る術はない。しかしそれで構わない。あの時自分にこれを渡してきた彼女のまっすぐな瞳に対して、ハイターは敬意を示している。
フリーレン一行が次にたどり着いた街もまた、ヒンメルの銅像が建てられていた。
「ここの銅像のポーズはまた、独特ですね……」
そう呟いたフェルンに、案内をしてくれた女性が苦笑いをする。
「勇者様のおっしゃる通りに作られたと聞いておりますが……」
その女のつけている木の腕輪――もっといえば施された細工――に、フェルンは見覚えがあった。それは、ハイターの数少ない荷物にあったものとよく似ていた。あれはハイターの棺の中に一緒に入れたのだ。ハイターを亡くした傷がなくなったわけではない。しかしもうそのことは、フェルンにはずいぶん前に感じられた。
彼女は耳まで赤くして、ハイターが何か言うのを待っている。彼はやっとのことで無難な答えを返した。それは飄々とした性質の彼にしては珍しいことであった。
「私は聖職者ですから……」
「分かっております。それでなくともハイター様は勇者様のお仲間として使命を果たす最中なのですから」
よく日に焼けた、そばかすの散った頬を赤くした彼女は、照れよりも少し怒ったような声をしていた。まっすぐに見つめられ、さすがのハイターも少したじろぐ。どうすれば彼女を傷つけないのか、聖職者といえどハイターには分からない。遠くからヒンメルが自分を呼ぶ声が聞こえて、彼は安堵した。一方、焦った少女はハイターの手を取って何かを押し付けた。
「お守りです。ハイター様たちの道行の無事をお祈りしています」
それは素朴な木の腕輪であった。なにか意味があるのだろう、植物を模した細工が施されている。これくらいのものなら聖職者でも受け取れるだろうという言外の含みをハイターは察した。たしかに金銭的な価値はほとんどないだろうが、女神信仰のそれよりももっと素朴なものだろう。しかし自分に好意を持ってくれる人間が、自分を気遣ってくれたものを無碍にはできなかった。
「ハイター様たちは沢山の人々と会うでしょうから、この村のことなどすぐに忘れてしまうでしょう。でも、できれば覚えておいていただけますか」
それだけで私は、という最後の呟きはハイターに向けたものではなかった。そういえばこれで結婚式が行えると村が湧いていたその花嫁とは、彼女のことではなかったろうか。ハイターは今更思い当たった。
数え切れない村々を渡り歩いた一行であるが、そのひとつひとつのことは案外覚えているものだった。たしかに彼女の言う通り、そこに暮らす人々の抱える問題やら気質やらが似通っていることはあった。しかし全く同一であることはない。一つ前の村の外れに巣食っていた魔物は数は多くないが面倒な相手で、その後に入った公衆浴場は格別であった。さらにその一つ前の村の彫刻師はヒンメルの「イケメンのポーズ」の模索に何日も何週間も付き合いかねない変人だったし、宿屋のおかみの料理はやたらに変わった味付けだった。きっとここの思い出は、ハイターの中で「自分に想いを寄せる奇特な娘がいた」となるだろうし、忘れることはないだろう。無論、わざわざ思い出すことは少ないかもしれないが「思い出さない」と「思い出せない」の間にはずいぶんと開きがある。また、木彫りの腕輪はハイターのような人間の一生の中で残るには十分な強度を持っていた。
信仰上の理由から、身に着けることこそなかったが、ことあるごとにハイターはあの少女から贈られた腕輪を取り出しては眺めていた。今、彼女がどうしているかハイターは知る術はない。しかしそれで構わない。あの時自分にこれを渡してきた彼女のまっすぐな瞳に対して、ハイターは敬意を示している。
フリーレン一行が次にたどり着いた街もまた、ヒンメルの銅像が建てられていた。
「ここの銅像のポーズはまた、独特ですね……」
そう呟いたフェルンに、案内をしてくれた女性が苦笑いをする。
「勇者様のおっしゃる通りに作られたと聞いておりますが……」
その女のつけている木の腕輪――もっといえば施された細工――に、フェルンは見覚えがあった。それは、ハイターの数少ない荷物にあったものとよく似ていた。あれはハイターの棺の中に一緒に入れたのだ。ハイターを亡くした傷がなくなったわけではない。しかしもうそのことは、フェルンにはずいぶん前に感じられた。
