吸死
「ただいまぁ」
声を出してから、ショットは今が明け方であることに気が付いた。下等吸血鬼の処理にギルド総出で追われていたら遅くなってしまったのだ。もう寝ているだろう、とショットはできる限り静かに廊下を歩いた。しかしリビングのテーブルには開きっぱなしのノートパソコンとメモが散乱していた。同居している恋人がさっきまで作業していたようだった。フリーの文筆業をしている彼女は気を抜くとすぐに不規則な生活リズムになる。風呂場から物音が聞こえた。寝る前にシャワーでも浴びようと思ったのだろう。熱帯夜の中働きづめだったショットは、一刻も早く汗を流したかった。もう少し元気があって、時間も早ければ下心も混じっていただろうが、今日は早くさっぱりしたかったのだ。きっとすぐ上がるだろうから入れ替わりになるだろう、と勝手に結論付けて服を脱いだ。
がちゃり、と浴室のドアを開けたショットは固まった。そしてそれは先客である彼女も同じようだった。ややあって、彼女が先に口を開く。
「…………おかえり」
「…………なにやってんだ」
はぁ?と彼女はカミソリを片手に盛大に顔をしかめた。何をしているかといえば足や腕や脇に生えた無駄な毛の処理だが、わざわざ口に出して伝えたくはなかった。脱稿の解放感から気まぐれを起こしたらこれである。男の人にはこの苦労分かんないよね、と皮肉のつもりで彼女は言ったがショットはしばらくきょとんとしていた。ややあって嫌味だと理解したショットは「いや違う!」と叫んだ。がしがしと頭をかいて、彼女に向き直る。彼女は剃毛を再開していたが、ショットのただならぬ気迫に気が付いて、顔をあげた。
「やらなくてもいいだろ、ムダ毛の処理なんて」
「いや、夏だからそういうわけにもいかないんだけど」
「つるつるじゃなくてもいいじゃんか」
「私が嫌なんだけど。なんでそんな食い下がるわけ」
ぐう、とショットは目をそらしたが、そらした先に彼女のまだ剃られていない右足があった。ふわふわと生えた産毛を見て、彼女の無防備さに生唾を飲んだ。黙ってしまったショットを気味悪がって彼女は座ったまま椅子ごと後ずさる。ずい、とショットが無意識に身を乗り出したので「今日はしないよ、眠いもん」と釘をさしてまた再開しようとした。その腕をショットが掴む。掴んでしまってから、ショットは腹をくくった。
「俺、実はムダ毛フェチなんだ。だから剃ってほしくない」
「はぁ?」
一蹴しようとしたが、剃っていないほうの足にショットの視線が釘付けになってるのに気づいた彼女は黙り込んだ。沈黙に耐え切れずショットはとにかく何か言おうとしてやめた。何を言ってもドツボになる気がしたからだ。朝四時の風呂場を沈黙が支配する。はあ、と彼女は大きくため息を吐いた。
「今は無理だけど、冬ならちょっとは考える」
こういうのは、ほだされたほうが負けなのだ。本当か! と目を輝かせるショットに対してかわいいと思ってしまうのも事実である。でも、それとこれとは話が別である。
「だから、一回出てって」
全裸で汗まみれのまま、ぽい、と風呂場を追い出されたショットは途方に暮れた。
声を出してから、ショットは今が明け方であることに気が付いた。下等吸血鬼の処理にギルド総出で追われていたら遅くなってしまったのだ。もう寝ているだろう、とショットはできる限り静かに廊下を歩いた。しかしリビングのテーブルには開きっぱなしのノートパソコンとメモが散乱していた。同居している恋人がさっきまで作業していたようだった。フリーの文筆業をしている彼女は気を抜くとすぐに不規則な生活リズムになる。風呂場から物音が聞こえた。寝る前にシャワーでも浴びようと思ったのだろう。熱帯夜の中働きづめだったショットは、一刻も早く汗を流したかった。もう少し元気があって、時間も早ければ下心も混じっていただろうが、今日は早くさっぱりしたかったのだ。きっとすぐ上がるだろうから入れ替わりになるだろう、と勝手に結論付けて服を脱いだ。
がちゃり、と浴室のドアを開けたショットは固まった。そしてそれは先客である彼女も同じようだった。ややあって、彼女が先に口を開く。
「…………おかえり」
「…………なにやってんだ」
はぁ?と彼女はカミソリを片手に盛大に顔をしかめた。何をしているかといえば足や腕や脇に生えた無駄な毛の処理だが、わざわざ口に出して伝えたくはなかった。脱稿の解放感から気まぐれを起こしたらこれである。男の人にはこの苦労分かんないよね、と皮肉のつもりで彼女は言ったがショットはしばらくきょとんとしていた。ややあって嫌味だと理解したショットは「いや違う!」と叫んだ。がしがしと頭をかいて、彼女に向き直る。彼女は剃毛を再開していたが、ショットのただならぬ気迫に気が付いて、顔をあげた。
「やらなくてもいいだろ、ムダ毛の処理なんて」
「いや、夏だからそういうわけにもいかないんだけど」
「つるつるじゃなくてもいいじゃんか」
「私が嫌なんだけど。なんでそんな食い下がるわけ」
ぐう、とショットは目をそらしたが、そらした先に彼女のまだ剃られていない右足があった。ふわふわと生えた産毛を見て、彼女の無防備さに生唾を飲んだ。黙ってしまったショットを気味悪がって彼女は座ったまま椅子ごと後ずさる。ずい、とショットが無意識に身を乗り出したので「今日はしないよ、眠いもん」と釘をさしてまた再開しようとした。その腕をショットが掴む。掴んでしまってから、ショットは腹をくくった。
「俺、実はムダ毛フェチなんだ。だから剃ってほしくない」
「はぁ?」
一蹴しようとしたが、剃っていないほうの足にショットの視線が釘付けになってるのに気づいた彼女は黙り込んだ。沈黙に耐え切れずショットはとにかく何か言おうとしてやめた。何を言ってもドツボになる気がしたからだ。朝四時の風呂場を沈黙が支配する。はあ、と彼女は大きくため息を吐いた。
「今は無理だけど、冬ならちょっとは考える」
こういうのは、ほだされたほうが負けなのだ。本当か! と目を輝かせるショットに対してかわいいと思ってしまうのも事実である。でも、それとこれとは話が別である。
「だから、一回出てって」
全裸で汗まみれのまま、ぽい、と風呂場を追い出されたショットは途方に暮れた。
