吸死

絶対にユニットバスは嫌だちゃんとバスタブに浸からないと生きている実感がないというこだわりがある。そのおかげで、狭いながらも風呂トイレ別の湯舟に浸かりながら足を湯から出して伸ばした。女子かよと笑う友人もいたが風呂へのこだわりはその気持ちよさを知るものであれば全人類持っていてしかるべきだろうと自分は思う。最初はバイトから帰って来るとバイト先であるファミレスのにおいを自分から感じたものだが、最近は鼻が麻痺したのかあまり感じない。ふう、と息を大きく吐くと玄関のドアが開いてお疲れという声が聞こえた。恋人であるカナエさんのものだ。バイトのシフトや神在月先生の原稿の兼ね合いにもよるが、来れるときは結構こうして遊びに来てくれる。今日は何のバイトの帰りだったか。断りもなくドアが開き、カナエさんが入ってくる。軽く体を流すと、成人男性二人で入るにはどう考えてもスペースが足りない湯舟に無理やり割り込んできた。いつものことながら湯がやや溢れる。ゲームでいうところの2マス分しかないような風呂に、二人とも体育座りをして収まる。カナエさんの方が背が高いのに目線が近いのはカナエさんの足が長いからだ。こっちの足にカナエさんの背中が預けられる。カナエさんの髪の毛からは煙のにおいがした。今日はうちのファミレスのシフトは入ってないはずだったから他の居酒屋だとか、あるいは退治人の仕事だったのかもしれない。
「今日はどの仕事だったんですか?」
「ん? 漫画のアシスタントとしてバーベキューの食材になりかけてきた」
「それはあの……いつもの走れメロスにおけるセリヌンティウスみたいな……?」
「まぁ、そうね」
あのアイジャ飯の作者である神在月先生のアシスタントをしているという話は聞いていた。しかしよくよく話を聞いてみると作画とかの手伝いの他、「原稿があがらなければお前の友人を素揚げにするぞ」みたいなシンプル人質もしているようだった。いやまぁ何だかんだいって毎回こうして無事に帰ってきているのでたぶん問題ないんだろうけど。いや働くとはげに恐ろしいことだ。
「お疲れ様です……」
ただの大学生である自分は、こうしてカナエさんの肩を揉むことしかできない。案の定がちがちに凝っている。カナエさんは、ふぅと大きく息を吐いた。忙しい人なのにこうして会いに来てくれること、あんなにも秘密主義だったのに仕事の話をしてくれることは素直に嬉しいが。
「こんな狭い風呂で休めますか」
「そもそも一人だとお湯に浸からないからね。それだけでもありがたいことだよ」
「それならいいですけど……」
自分は自分で、一人で風呂に入るとどうせ長風呂で下手したら寝落ちて風邪をひきかねないためこうして一緒に入浴してくれるのはありがたい。もちろん、くっつけて嬉しいとかの下心がないわけではない。
「自分、そろそろ上がりますね」
「バーベキューのおみやげあるから食べていいよ」
「ありがとうございます!」
肉だったらラッキーだな、と思った自分の期待は、タッパーに詰められた何かよく分からない生き物(焼き目はついている)に脆くも打ち砕かれたのだった。
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