吸死
新横浜とかいう街は、同胞やもっと下等な吸血鬼たちがひしめいているからむしろ夜も明るくにぎやかだ。正体を隠さずに人間たちと並んで歩いたり、働いたりしていることに私は未だに慣れない。ひとつも消えていない街灯に照らされた道を進む。人間や知らない同胞と沢山すれ違った。普段は山奥に引っ込んでいるから、こんなことにすら気疲れしてしまい嘆息した。そこは都会らしく、多少だるそうにしていても特に気にかけてくる者はいない。友人さえいなければこんな街にも来ないのだ。その友人は人間たちの社会が我々を受け入れる前から人間に混じって暮らしていたが。
ある時は未亡人、ある時は売れない物書きの青年、またある時は療養に来た深窓の令嬢――男にも女にも扮する友人の隣には、会うたび違う人間がいた。それは付き人であったり、パトロンであったり、または恋人であったりした。一方の私は、適当に偽装する社会的な立場こそ違えど、ずっと「長い付き合いの友人」としてその人間たちに接する。むしろ長い付き合いの友人として怪しくないように身なりや設定やらを整えていた節がある。つい百年前そこらまで、会うたびに違う名前で呼び合って嘘の世間話をしていたのは、それはそれで気分がよかった。なぜ気分がよかったかは、やはりその場にいた何も知らない人間どもへの優越感だろう。
私は割に新しいタピオカ屋の前で足を止める。ここが今日の目的地だ。暇そうにしている店員に声をかける。
「すみません、このミルクティーのやつお願いします」
「少々お待ちください」
と店員は手際よくカップにタピオカと氷を入れ、ミルクティーを注ぐ。財布から金を取り出そうとすると、押しとどめられた。
「友人なんだ、一杯くらい奢らせてくれ」
「なんだ気付いてたのか」
私は適当な学生の格好をしていた。別に気付かれなければ後からネタばらしをするつもりだったとはいえ、見抜かれたのを嬉しく思っていることは認めねばならない。向こうのにや、と笑ったしたり顔は数百年前から変わらなかった。
「分かるさ」
そうか、敵わんなと言った私の口角が上がっているのがイシカナには分かったらしい。つくづく変な奴だなと言った友人もまた笑っていた。
「えーっタピオカ屋さんのお友達なんですか?」
我々の交流に割り込む声がして、がやがやと店先が騒がしくなった。制服を着た若い人間たちが入ってきたのだ。はじめまして~、と気さくに話しかけられる。そういえば今の見た目は彼女たちと近い年恰好なのだった。イシカナが彼女らの人数分カップを用意しながら答えた。
「あぁ、店をやる前からな」
「いつもこいつがお世話になってます」
見た目に釣り合うような口調で、私は彼女たちに応対した。タピオカを吸いながら彼女たちは興味深そうに私を見る。
「お兄さんも吸血鬼なんですか?」
私は吸っていたタピオカを喉に詰まらせて咳き込む。心配されながら、そうかと合点した。現代日本では、この街では別に吸血鬼として人間と接してもいいのか。呼吸を整えてそうだよと返す。イシカナが愉快そうにこちらを見ていた。もうこの社会ではアイコンタクトを交わして、口裏を合わせる必要がないのだ。彼女たちに素直に名乗りながら、私は過去を惜しむ気持ちに襲われていた。
ある時は未亡人、ある時は売れない物書きの青年、またある時は療養に来た深窓の令嬢――男にも女にも扮する友人の隣には、会うたび違う人間がいた。それは付き人であったり、パトロンであったり、または恋人であったりした。一方の私は、適当に偽装する社会的な立場こそ違えど、ずっと「長い付き合いの友人」としてその人間たちに接する。むしろ長い付き合いの友人として怪しくないように身なりや設定やらを整えていた節がある。つい百年前そこらまで、会うたびに違う名前で呼び合って嘘の世間話をしていたのは、それはそれで気分がよかった。なぜ気分がよかったかは、やはりその場にいた何も知らない人間どもへの優越感だろう。
私は割に新しいタピオカ屋の前で足を止める。ここが今日の目的地だ。暇そうにしている店員に声をかける。
「すみません、このミルクティーのやつお願いします」
「少々お待ちください」
と店員は手際よくカップにタピオカと氷を入れ、ミルクティーを注ぐ。財布から金を取り出そうとすると、押しとどめられた。
「友人なんだ、一杯くらい奢らせてくれ」
「なんだ気付いてたのか」
私は適当な学生の格好をしていた。別に気付かれなければ後からネタばらしをするつもりだったとはいえ、見抜かれたのを嬉しく思っていることは認めねばならない。向こうのにや、と笑ったしたり顔は数百年前から変わらなかった。
「分かるさ」
そうか、敵わんなと言った私の口角が上がっているのがイシカナには分かったらしい。つくづく変な奴だなと言った友人もまた笑っていた。
「えーっタピオカ屋さんのお友達なんですか?」
我々の交流に割り込む声がして、がやがやと店先が騒がしくなった。制服を着た若い人間たちが入ってきたのだ。はじめまして~、と気さくに話しかけられる。そういえば今の見た目は彼女たちと近い年恰好なのだった。イシカナが彼女らの人数分カップを用意しながら答えた。
「あぁ、店をやる前からな」
「いつもこいつがお世話になってます」
見た目に釣り合うような口調で、私は彼女たちに応対した。タピオカを吸いながら彼女たちは興味深そうに私を見る。
「お兄さんも吸血鬼なんですか?」
私は吸っていたタピオカを喉に詰まらせて咳き込む。心配されながら、そうかと合点した。現代日本では、この街では別に吸血鬼として人間と接してもいいのか。呼吸を整えてそうだよと返す。イシカナが愉快そうにこちらを見ていた。もうこの社会ではアイコンタクトを交わして、口裏を合わせる必要がないのだ。彼女たちに素直に名乗りながら、私は過去を惜しむ気持ちに襲われていた。
