吸死

ワインを飲む仕草は優雅なくせに、ペースが早いものだから用意したボトルはすでに何本も空いている。好みを把握して、ちまちま取り寄せている手間のことを思い出してノースディンは嘆息した。その憂いを帯びた仕草にぐらりと来る女性は多く存在するだろう。しかし今、彼と飲んでいる相手はそれを絡めるネタとしてしか捉えない。
「聞いてるのかノースディン!」
「聞いているとも。君がドラウスがスマホを買い替える勇気が出ないことすら可愛らしいと思っているんだろう」
「あいつ本当に最近の複雑なオペレーションの接客に弱いよな、言ってくれればいつでもついていってやるのに……」
「どのみち音を上げるまで助けないつもりだろ」
向かい合ったノースディンにそう言われて、悪びれもせず笑うこの吸血鬼は竜の一族のひとりである。人間から吸血鬼になったクチなので、ドラウスやドラルクと、いわゆる血の繋がりはない。ただし一族の中の立ち位置としてはそれなりのもので、吸血鬼と人間の関係が今よりもずっと緊張していた頃、よくドラウスと方々を駆け回ってあらゆる折衝を担っていた。だからドラウスからしたら仕事上の一番のパートナーであり、気のおけない友人であった。しかし当の本人は友人やパートナーとはまた違った性質の感情を何百年も抱いているのである。日中の光が入り込まないように閉め切った真っ暗な部屋で、資料をあたったり人間たちや他の血族へ、真祖が勝手気ままに振る舞った後の言い訳を真面目に考えていた今よりも若い二人の横顔を想像したノースディンは、不毛な悋気に苛まれる。
「ミラもなぁいい奴なんだよなぁ」
何百回聞いたかわからない内容にさしかかり、終わりが近いことをノースディンは察する。ドラウスが友人連中を集めてミラを紹介したとき、ミラと握手したその笑顔が心からのものにしか見えなかったのをノースディンはよく覚えている。実際ドラウスを抜きにしても二人は友人としていい関係を築いているようだった。
手酌でワインを注ぎ、有り難みもなく飲み干したその顔は、吸血鬼らしからぬ血色に染まっていた。人間だった頃の名残で一丁前に酔いは回るのだ。もう一、二杯で眠ってしまうだろうとノースディンは判断する。お前たち本当に仲がいいよな……と少し羨ましそうにドラウスに言われたことをノースディンは思った。
いい年をした息子もいるのに少年のような一面を隠しきれないところが彼の魅力であるとは思うが、その少年のような鈍感さと無神経さで長い付き合いの同族が勝手に傷ついていることを彼は思いもしないだろう。実際あの忌まわしいY談波によって、目の前で「いつもかっちり決めているオールバックが乱れている姿!」と叫ばれても動じなかったのだ。あれはあれで落ち込んでいるのを慰めるのに骨が折れた。飽き性で享楽主義の多い吸血鬼の中で、叶わない恋を心中で燻ぶらせ続けている者は珍しい。大体諦めるか何らかの行動に出るかだ。酔いが回らない頭で考え事をしているノースディンを他所に、また相手は新しい瓶を開けて勝手に注いでいる。
「ノースディン、このワインうまいな」
「そんなに酔っているくせに新しく開けたワインの味が分かるのか」
「失礼だな、ちゃんと味わって飲んでるよ」
グラスを持ち上げる手付きはたしかに危なげないものだった。相手の好みに合わせて選んだワインを褒められたノースディンは、口角が上がらないように努める。この程度で喜んでいたら身がもたないことを本当は分かっているからだ。
ノースディンの予想通り、その後すぐに向かい側から規則正しい寝息が聞こえてきた。これだから屋敷や根城にしているホテルでしか杯を交わすことができない。雰囲気のいいバーなんかは両手に余るほど知っているのに。本日何度目がわからないため息をついて、ノースディンはそのぐったりと力の抜けた体を抱えた。にゃむにゃむと寝言を呟いているのが聞こえる。
もし夢の中で、ドラウスではなく自分の名前を呼んだのなら、その時は強引にでも手を取って、抱き寄せてしまいたいとノースディンは考える。しかしその賭けに勝ったことはまだない。
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