吸死

また下の階の窓ガラスが割れた音がした。退治人の事務所らしいが本当はもっと社会に顔向けできないような人たちのたまり場なのではないか。
日々是抗争、と一世代前の任侠映画のワンシーンを思い浮かべる。
「オイ!テガトマッテルゾ!」
そのまま任侠映画の世界に入り込むところだったのを一喝して止めてくれたのは吸血タイハクオウムのダイちゃんだった。ありがとう! とダイちゃんにお礼を言って僕はPCに向かう。副業の書き物の〆切が近いのだ。もう随分長い付き合いになったノートPCはキーボードがヘタレてきている。ダイちゃんはお気に入りの止り木からじっとこちらを監視してきていた。僕が仕事をしないと自分も食いっぱぐれることを分かっているのだ。もしもの時には僕の血でもなんでもあげようとは思っているけれど。そもそもダイちゃんは、僕の本業である探偵業務で知り合ったのだ。元々の家に嫌気がさしていたらしいダイちゃんはある日飼い主の隙をついて家出をした。飼い主の方は僕に捜索依頼を出したが、僕がダイちゃんを見つけ出した頃にはダイちゃんは吸血タイハクオウムとなっていたのだ。吸血鬼化してしまったダイちゃんを元の飼い主の方が引き取り拒否したので、そのままダイちゃんは僕と暮らすことになった。タイハクオウムは元々頭の良い種類の鳥らしいが、吸血鬼化して更に賢くなっているらしい。言葉で意思の疎通が図れるほどだ。
期限が立て込んで焦ると力んだキータッチになってしまう悪癖のせいで、エンターキーは強く押し込まないと反応してくれない。そのため打鍵のテンポがいまいち乗らないまま、もにょもにょと作文していく。五行くらいどうにか書き進めたところで、ドアを叩く音がした。いや、ノックというには音が鈍い。まるで何かがぶつかっているような――。ダイちゃんも威嚇するように羽を広げている。僕は恐る恐るドアノブに手をかける。ぶら下げたナザールボンジュウを揺らしながら、僕はドアを開けた。きしんだ音を立てながら薄い扉が開く。目の前には誰もいなかった。思わず背筋に寒気が走る。固まってしまった僕を動かしたのは、ダイちゃんのシタダ!という叫び声だった。下だ、と正しく変換する前に僕はバッと地面を見下ろした。そこにいたのは、茶色い丸い生き物……アルマジロだった。動物園水族館以外で、はじめて見たものだから、一瞬判別できなかった。そのアルマジロは何と二足歩行で立っており、ヌ、と小さく鳴いたあと周りを焦ったようにきょろきょろ見渡して焦ったように辺りを転がりだした。どうやら依頼人ではないようだ。僕は小さい子にするように、しゃがみ込んでアルマジロに話しかける。
「大丈夫で……」
最後まで言えなかったのは、腹にアルマジロが飛び込んできたからだ。一瞬気が遠くなったが気合いで持ちこたえる。ダイちゃんが爆笑しているのが聞こえた。驚かせてすみません、と僕はアルマジロに謝る。言葉が通じるとは思えないが、彼?は我に返ったようで僕にしきりに頭を下げた。特に動物園や水族館からアルマジロが逃げ出したという話は聞いていない。そうなると誰かのペットが逃げ出したか迷子になってしまったかだろう。このフロアに他に住人はいないし、上の階にも人の気配はない。そうなると真下のあの……最近になって物が壊れる音や叫び声がする頻度が格段に増えた自称退治人事務所で飼われているのだろうか。
「退治人さんの事務所から来たのかな……?」
僕の独り言に反応するように、アルマジロがヌヌヌと鳴いて必死に短い首を縦に振る。まさか、と僕は驚く。飼育環境は大丈夫なんだろうか。うちだって他人のことは言えないが、まぁダイちゃんは吸血鬼化しているから多少は丈夫だし文句があったら言ってくるからまだ問題は少ないだろう。多分。
「オクッテヤレヨ」
いつの間にか野次馬しに近くへ飛んできたダイちゃんが僕にそう言った。
「えぇ……アルマジロ泥棒と間違われて撃ち殺されたらどうしよう……」
ヌンヌ……、とアルマジロが鳴いたが意味はさすがに分からなかった。結局、すぐに入り口辺りをふさぐようにダイちゃんが羽ばたき始めたので僕はアルマジロと一緒に部屋を追い出された。家主なのに。まぁダイちゃんは他の動物が部屋にいるのを嫌がるから今回もそういうことなのだろう。〆切も近くなっていることを思い出した僕は、ため息をついて下の階へ向かった。どうせ一階分下るだけだし、階段を使う。もっとも、エレベーターは更に何か嫌な感じがするため、外出するときも階段を使っている。階段も大概薄暗くて不気味ではあるがエレベーターよりはいくらかマシだ。
「……あれ、蛍光灯変えたのかな」
アルマジロを抱いて下った階段はいつもよりも明るい気がした。
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