吸死

オータム書店は暗黒中小出版社であるので、同期と呼べる人間はそう多くない。
まぁフクマくんは新卒で私は第二新卒で6月あたりから入ったため、厳密にいえば違うのだが。それでもまぁ歓迎会とか研修とか、そのあたりはニコイチで扱われていたからまぁ同期ということにしている。部署こそ違うが、たまにタイミングを合わせて会うことはある。今日も前々から約束していたのだ。いつもなら楽しみなんだけどなぁ、と私は心中ため息をつきながらオータムヒグマのご飯を調合する。大学から付き合っていた恋人との別れ話――友人に戻りましょうという類のものではない――で消耗したあとの木曜日はいつもよりも疲れが溜まっている。フクマくんはこちらから言い出さない限り、他人の恋愛事情に突っ込んでくるようなひとではないのが幸いだ。ランチに出る前に手を洗わないとな、と思った。オータムヒグマのご飯の臭いをとるためだ。

いつも働いている部屋は窓がないから、ランチで外に出ると眩しさに目が潰れそうになる。今日通された席も運良く窓際だった。
「フクマくん、暑くないの?」
夏でも冬でもかっちりとスーツを着込んで、長い黒髪の彼だ(髪の毛は昔に比べてかなり伸びたが)。こんな席では日光をどんどん吸収してしまうのではないか。でも私の言葉に、フクマくんは汗一つかかずに「お気になさらず」と笑っただけだった。真昼の光のもとで見ても、フクマくんの目は涼しい宵闇の色をしている。
私はたらこクリームと大葉のパスタ、フクマくんはメニューのどこにあったのかイカスミにしては不思議な紫色をしたパスタを食べながら、ぽつぽつ言葉をかわす。いつもなら私が話したいことをフクマくんにぽんぽん投げるのだが今日はいかんせん気疲れが勝って無言でパスタをすするだけになってしまう。私からよく恋人の話をしていたのでその辺気まずいということもあるが。
そんなふうにいつもと様子が違ったから、さすがにフクマくんも変に思ったらしい。つるりとパスタをすすって、紫に染まった唇を紙ナプキンで拭った彼がお疲れですか? と私に聞いた。
「いやあ、質問待ちみたいになっちゃって申し訳ないんだけどさ……」
恋人と別れたことをかいつまんで説明する。微妙にこじれて別れ話に数時間かかったことは言わなかった。でもフクマくんは聞き上手だからそのうち話してしまいそうな気はする。
「それはそれは……」
「まぁ別れてスッキリしたのもあるんだけど、一人でいたらぐだぐだ考えちゃいそうなんだよね」
フクマくん明日の夜も空いてる? と私はダメ元で訊く。別に他にも友人とかあてはあるから断られたって全然問題ないような、話の流れでの軽口だったけど彼に対する甘えがあったことは否めない。
フクマくんはこれまたそんなのメニューにあったっけ? というような(ちょっとオータムパンに似ている)ケーキをつついていた手を止めて私の目をまっすぐに見た。
「いいんですか」
「そ、れはこちらのセリフなんですが……」
フクマくんの返事の意図がつかめずに、思わずこちらも敬語になってしまう。
「他に誰かお呼びしますか」
「どうしようかな……サンズちゃんとかは気を使わせちゃうしクワバラ先輩はこういうときはちょっとな……」
猫の話をするとき以外、いつも真っ暗闇のフクマくんの目が少しだけゆらいだような気がした。こんなベタな男女の探り合いのような会話を彼としているのは、私にとっては現実味が薄いように感じるけど彼はどう思っているのだろう。
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