ゲーム作品

「今の若い子も、編み物なんてするのねえ」
仮面越しでも分かる上品な笑みを浮かべた老婆が、そうエージェントに話しかける。
「小さい頃も、リリアン編みとかやってましたよ」
皆に流行っていた訳じゃないですけど……とエージェントは答える。客の詮索はしないが、初めて来店した人間はさすがに分かる。初対面の人間とそつなく会話する彼女を見て、レオンは感慨深くなった。エージェント本人が子どもの頃の話をちらとでもしたからだろうか。当代のエージェントと初めて出会った日のことを、レオンはよく覚えている。敬愛する主人の一人娘に会うということで、若きレオンはひどく緊張していた。主人がほとんど帰ることのない自宅の一室に、彼は通される。誰もいないのかとレオンは一瞬
錯覚したが、ソファに座っている子どもに気が付いた。入ってきた知らぬ大人に構わず、子どもは自分の手元に熱中している。ゲームでもしているのかと思ったが、手に握られたプラスチックのそれは編み物ができる玩具のようだった。糸がなくなったら他の色を構わず足しているのだろう。玩具の下から、編まれた細い筒がにょろにょろと無作為に伸びていた。
「初めまして」
出鼻をくじかれたレオンは、それでも大人にするように深々と礼をする。そこでやっと、子どもはレオンのほうに顔を向けた。しかしそれは音のした方向に反射で目を向けた程度の動作だった。自身に挨拶されたということも、分かっていないのかもしれない。レオンはソファの傍で膝を折り、少女に顔を近づける。
「藍上レオンと申します。あなたのお父様には、ずいぶんお世話になっています」
レオンの慇懃な挨拶を、少女はじっと聞く。しかし、興味はないようだった。
「なんでそれを、私に言うの?」
子どもらしい声の高さだった。しかし、抑揚は薄い。小生意気な子どもは世の中にごまんといるが、相手を困らせてやろうという意地悪さは目の前の相手から感じられなかった。
「なんで、と言われましても……」
レオンは答えに窮する。彼女から見れば大人ではあろうが、レオンもまだ若造であった。彼は必死に頭を回転させる。
「……あなたと、何かお話してみたかったので」
辛うじてレオンが絞り出した答えはそれだった。本当のところは主人に命じられて来たからだ。それを正直に言うのは憚られたが、さりとて嘘はつきたくなかった。結果としてはぐらかした物言いになってしまったが、少女はその答えにふうんと頷いた。
「お話してみたいだけなんてこと、あるんだね」
見透かされたのかとレオンは一瞬ぎくりとしたが、リリアンを編み続けている少女には責めるつもりはないようだった。むしろ、不思議で仕方がないといった声色だ。話したいだけということはいくらでもあるだろうとレオンは思った。この辺りで、彼は気が付いたのだ。この子どもが他者とのつながりをろくに知らないことに。実際、このころの彼女は、周りの大人に粛々と世話をされることが当たり前で、特に他者に働きかける必要がなかったのだ。誰かとコミュニケーションする意味がなかった、とは後からエージェント本人に聞いたことだ。

「レオン見て」
当代の主人に呼ばれたレオンは、回想を切り上げる。先ほどの客からもらったのだというレース作品をエージェントはレオンに向けて掲げた。生成りの糸だろうか、その素朴な色合いのドイリーをエージェントは愛おしそうに撫でた。
「お店に飾ってもいいかな?」
「もちろんですとも」
レオンの答えを受けて、エージェントは飾る場所を探して店内を見回す。仮面の奥の目が嬉しそうに細められているのが、長い付きあいのレオンには分かる。今のエージェントの感情表出がずいぶん素直なのもあるが。出会った頃よりも、むしろ今のほうが少女じみているとレオンは思う。しかしそれは彼にとって喜ばしかった。
64/64ページ
スキ