吸死
吸血鬼たちが馬鹿騒ぎするハロウィンが終わるとカボチャやコウモリなどは一夜にして片付けられ、代わりに赤や緑の温かみのあるディスプレイが華やかに飾り付けられる。吸血鬼対策課にとってはハロウィンもクリスマスも、そして大晦日や正月もそれを口実とした吸血鬼たちの対処に追われるだけだ。ただでさえ冬は夜が長いのに。
しかしヒナイチにとって冬が「それだけ」なのは去年までのことだ。なぜなら今のヒナイチには交際している相手がいる。そして今年がはじめて二人で迎えるクリスマスなのだ。
クリスマスに浮かれるのが吸血鬼やサンタクロースからプレゼントを貰える子どもだけじゃないことはさすがのヒナイチだって知っている。やはりプレゼントだろうか、それとも何か特別なディナーなんかがいいのだろうか。ヒナイチはしかし彼女の手料理に胃袋を掴まれているし、収入的には苦ではないが洒落たレストランに関する知識はなかった。そうこうしているうちに、案外そういうイベントに明るいドラルクと昨年イベントを突っぱねて惨めな思いをしたロナルドの間で事務所でのクリスマスパーティーが企画されたらしい。退治人も吸血鬼対策課もクリスマス当日は繁忙期もいいところのため、セッティングされたのは27日だが。
だが、だからこそ! なんかしたほうがいいのではというヒナイチの焦りは深まる。恋人たる彼女は退治人でも吸血鬼対策課でもなく、クリスマス当日はカレンダー上では休日だからだ。うーん、とヒナイチは休憩時間なんかに唸りながら端末を使って慣れない情報収集に精を出していた。オフの時間は彼女がいるので調べられていない。こういったものはサプライズが大事なのではと思ったからだ。それがここ半月ほどの話である。
「にゃあ、ヒナイチはなァにをあんなに熱心に調べてるんじゃ?」
師走前でまだかろうじて余裕のあるヒヨシが、休憩中のサギョウに話しかけた。サギョウはマジかよこの人そういうのに聡いんじゃないのかよ、と思う。それでも上司からの質問のため、また不幸にも休憩中で特に作業を邪魔されたわけではなかったため律儀に質問に答えた。
「恋人とクリスマスをどう過ごすかで悩んでるらしいですよ」
「ほぉ~ん」
いつもなら余計なことを言うなとサギョウに食って掛かるだろうヒナイチだが、集中しすぎて聞いていないようだった。それをいいことにヒヨシはにやにやと笑う。そういえばカズサが少し前に話していたかもしれない。善意が二割と野次馬根性が八割で、ヒヨシはヒナイチの気を引くため咳払いをして名前を呼んだ。
「困っとるようじゃの、若人よ」
「隊長」
ヒヨシのプレイボーイぶりは周知の事実である。一方の自分と彼女は清い付き合いをしている。しかし遊び慣れた隊長のほうがこういったことには知見があるのではないか。ヒナイチはきっかり十秒考えてから、正直に悩みを話すことにした。
「……なるほどのう」
ヒヨシはつるつるした顎を撫でて、腕を組んだ。
「そりゃあ無理せんでもいいんじゃにゃーか? 彼女もおみゃーがクリスマス当日が忙しいことは知っとるしパーティーの予定も入っとるんじゃろ? 別にイベントは当日絶対祝わなきゃならんってわけじゃのうて、一緒に特別な時間を過ごしたいって気持ちが大事なわけじゃし。クリスマスは特に準備から楽しめるイベントだからにゃあ」
サギョウんちもツリー飾ったりとかしたじゃろ? とヒヨシは話を振る。思ったよりもまともな答えが返ってきたことを意外に思いつつサギョウは同意した。
「特別な時間……」
兄に抱き上げられてツリーの飾り付けをしたことをヒナイチは思い出す。
「まぁ、ワシほどモテるとクリスマス当日に誰か特定の女の子と過ごすと角が立つからってのもあったがな」
ヒナイチの迷いが消えたのを見たヒヨシが得意げな顔で付け加えた台詞に、台無しだよとサギョウは呟いた。
迷っていた半月の合間に寒さは深まり、街はイルミネーションで輝き始めていた。横浜へ出張した帰りに、駅ナカの店を横目で見ながらヒナイチは歩く。通路に面したディスプレイに、小さなプレゼント箱のような商品が積み上げられているのが目に止まった。確認するとお茶の専門店のようで、その商品もティーバッグがいくつか入ったささやかなギフト用のものであった。つい足を止めたヒナイチに、店員がにこやかに近づいてくる。
「かわいいですよねえ、クリスマス限定の商品で、ツリーのオーナメントみたいになってるんですよ」
ほら、と結ばれたリボンの上を店員がつまんだ。そうしてみるとたしかにそうだ。箱は華やかな加工をされてきらきらと光っていた。へぇ、とヒナイチ相槌を打つと、店員が説明を続ける。
「いくつか種類がございますが、こちらのピンク色の箱のものはデカフェなので寝る前にもお飲みいただけますよ」
寝る前にも、とヒナイチは復唱する。彼女はヒナイチが帰ってくるまで起きてくれていることがほとんどで、そんな日は、彼女が用意してくれたホットミルクを飲みながら今日会ったことを報告するのだ。そのカップ一杯分の時間がヒナイチは好きだった。寝れなくならないようにとホットミルクを用意してくれていることをヒナイチは知っているが、彼女が紅茶やら中国茶やら、なにやら洒落た種類のお茶を好きなことも分かっていた。寝る前に飲むと寝られなくなっちゃうからね、と言っていたことも覚えている。
「もしよろしければ匂いお試ししますか?」
差し出されるままにテスターの缶に顔を近づけると、茶葉のなかに乾燥したバラの花弁や白い粒(ココナッツですと注釈が入った)がブレンドされており、ケーキのような甘い匂いがヒナイチの鼻孔をくすぐった。お菓子の匂いをかいでまず想起するのはすっかり彼女のことだ。
「これ、私でもおいしく淹れられるだろうか」
店員ははい、と微笑んでミルクティーにしても美味しく頂けますよと返答した。
しかしヒナイチにとって冬が「それだけ」なのは去年までのことだ。なぜなら今のヒナイチには交際している相手がいる。そして今年がはじめて二人で迎えるクリスマスなのだ。
クリスマスに浮かれるのが吸血鬼やサンタクロースからプレゼントを貰える子どもだけじゃないことはさすがのヒナイチだって知っている。やはりプレゼントだろうか、それとも何か特別なディナーなんかがいいのだろうか。ヒナイチはしかし彼女の手料理に胃袋を掴まれているし、収入的には苦ではないが洒落たレストランに関する知識はなかった。そうこうしているうちに、案外そういうイベントに明るいドラルクと昨年イベントを突っぱねて惨めな思いをしたロナルドの間で事務所でのクリスマスパーティーが企画されたらしい。退治人も吸血鬼対策課もクリスマス当日は繁忙期もいいところのため、セッティングされたのは27日だが。
だが、だからこそ! なんかしたほうがいいのではというヒナイチの焦りは深まる。恋人たる彼女は退治人でも吸血鬼対策課でもなく、クリスマス当日はカレンダー上では休日だからだ。うーん、とヒナイチは休憩時間なんかに唸りながら端末を使って慣れない情報収集に精を出していた。オフの時間は彼女がいるので調べられていない。こういったものはサプライズが大事なのではと思ったからだ。それがここ半月ほどの話である。
「にゃあ、ヒナイチはなァにをあんなに熱心に調べてるんじゃ?」
師走前でまだかろうじて余裕のあるヒヨシが、休憩中のサギョウに話しかけた。サギョウはマジかよこの人そういうのに聡いんじゃないのかよ、と思う。それでも上司からの質問のため、また不幸にも休憩中で特に作業を邪魔されたわけではなかったため律儀に質問に答えた。
「恋人とクリスマスをどう過ごすかで悩んでるらしいですよ」
「ほぉ~ん」
いつもなら余計なことを言うなとサギョウに食って掛かるだろうヒナイチだが、集中しすぎて聞いていないようだった。それをいいことにヒヨシはにやにやと笑う。そういえばカズサが少し前に話していたかもしれない。善意が二割と野次馬根性が八割で、ヒヨシはヒナイチの気を引くため咳払いをして名前を呼んだ。
「困っとるようじゃの、若人よ」
「隊長」
ヒヨシのプレイボーイぶりは周知の事実である。一方の自分と彼女は清い付き合いをしている。しかし遊び慣れた隊長のほうがこういったことには知見があるのではないか。ヒナイチはきっかり十秒考えてから、正直に悩みを話すことにした。
「……なるほどのう」
ヒヨシはつるつるした顎を撫でて、腕を組んだ。
「そりゃあ無理せんでもいいんじゃにゃーか? 彼女もおみゃーがクリスマス当日が忙しいことは知っとるしパーティーの予定も入っとるんじゃろ? 別にイベントは当日絶対祝わなきゃならんってわけじゃのうて、一緒に特別な時間を過ごしたいって気持ちが大事なわけじゃし。クリスマスは特に準備から楽しめるイベントだからにゃあ」
サギョウんちもツリー飾ったりとかしたじゃろ? とヒヨシは話を振る。思ったよりもまともな答えが返ってきたことを意外に思いつつサギョウは同意した。
「特別な時間……」
兄に抱き上げられてツリーの飾り付けをしたことをヒナイチは思い出す。
「まぁ、ワシほどモテるとクリスマス当日に誰か特定の女の子と過ごすと角が立つからってのもあったがな」
ヒナイチの迷いが消えたのを見たヒヨシが得意げな顔で付け加えた台詞に、台無しだよとサギョウは呟いた。
迷っていた半月の合間に寒さは深まり、街はイルミネーションで輝き始めていた。横浜へ出張した帰りに、駅ナカの店を横目で見ながらヒナイチは歩く。通路に面したディスプレイに、小さなプレゼント箱のような商品が積み上げられているのが目に止まった。確認するとお茶の専門店のようで、その商品もティーバッグがいくつか入ったささやかなギフト用のものであった。つい足を止めたヒナイチに、店員がにこやかに近づいてくる。
「かわいいですよねえ、クリスマス限定の商品で、ツリーのオーナメントみたいになってるんですよ」
ほら、と結ばれたリボンの上を店員がつまんだ。そうしてみるとたしかにそうだ。箱は華やかな加工をされてきらきらと光っていた。へぇ、とヒナイチ相槌を打つと、店員が説明を続ける。
「いくつか種類がございますが、こちらのピンク色の箱のものはデカフェなので寝る前にもお飲みいただけますよ」
寝る前にも、とヒナイチは復唱する。彼女はヒナイチが帰ってくるまで起きてくれていることがほとんどで、そんな日は、彼女が用意してくれたホットミルクを飲みながら今日会ったことを報告するのだ。そのカップ一杯分の時間がヒナイチは好きだった。寝れなくならないようにとホットミルクを用意してくれていることをヒナイチは知っているが、彼女が紅茶やら中国茶やら、なにやら洒落た種類のお茶を好きなことも分かっていた。寝る前に飲むと寝られなくなっちゃうからね、と言っていたことも覚えている。
「もしよろしければ匂いお試ししますか?」
差し出されるままにテスターの缶に顔を近づけると、茶葉のなかに乾燥したバラの花弁や白い粒(ココナッツですと注釈が入った)がブレンドされており、ケーキのような甘い匂いがヒナイチの鼻孔をくすぐった。お菓子の匂いをかいでまず想起するのはすっかり彼女のことだ。
「これ、私でもおいしく淹れられるだろうか」
店員ははい、と微笑んでミルクティーにしても美味しく頂けますよと返答した。
