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船乗りは船から降りている時に地面が揺れていないのがかえって気持ち悪く感じるという。わたしは、立っている地面が揺れないのはどうだってよかった。それよりも、船の上以外で眠りたくないと思っている。原因はとうに分かっていた。
父は船乗りで、今思えば港それぞれに女が居たのだろう。下の子供であるわたしが10歳頃までは時折顔を出していたが、そのうち姿を見せなくなった。ただの船員である以上、航海の都合があったのだろう。それは今だから思えることで、当時の自分や兄は共同体から突然父親が消失したことに納得できなかった。それに、この理屈付けだって完全ではないのだ。実際の理由はわたしたち残された者には分からない。それから母は彼のことをまったく話さなくなってしまった。まるで最初からいなかったかのように。なので「父親はどこにいるのか」と母に訊くことは幼いながらも憚られて、わたしは兄を頼っていた。ある春の晩のことだ。父を思い出して泣くわたしに、兄は「大きくなったら二人で父さんを探しに行こう」と約束した。その約束があったから、わたしは早く大人になろうとした。それなのに。
あれも春の日だった。商船の乗組員に採用された兄の出航の日だ。わたしも連れて行ってくれるものだと幼いわたしは約束を信じていた。簡易な荷造りを済ませ高揚の中まどろんでいたわたしは、目を覚まして隣にある兄のベッドが空っぽなことに気が付いた。そのときの、ざっと血の気が引いて手足が冷たくなる感覚を今でも覚えている。つんのめりながらも、夜明けの街を港まで走った。ちょうど桟橋から船は出るところで、その甲板に立っていた兄の後姿を見られたのは、逆に幸運なのかもしれなかった。
目が覚めたわたしは、今ここがどこか、何をしていたのかを思い出そうとする。そうだ、ここは船の上で、今は物資調達のために停泊していて、今日いっぱいかけて買い物をしようという話になっていた。まだ早い時間なのだろう、同室のふたりの寝息がかすかに聞こえる。寝なおすほどの眠気はなくて、わたしは足音を立てないように外に出た。ひやりとした風が首筋を冷やす。空は白み始めたばかりだった。船の上から見る港町は大きくも小さくもなく、わたしが育った島を思い出す。だから、自分が置いていかれるのではないことが不思議だった。
「早ェな」
後ろから声をかけられて、わたしは驚く。振り向くと、海風に飛ばされないように帽子を押さえるルフィがいた。
「そっちこそ、早いね」
わたしがそう言い返すと、彼はひくひくと鼻を動かした。
「うまそうなにおいがしたからよ、目が覚めちまった」
言われてみれば、たしかに味付けられた肉の焼ける香ばしい匂いがかすかに流れてくる。サンジはいつもこの時間から起きているのか。頭が下がるな、と思った。漁船も戻っていないのだろう。まだ静かな街並みをルフィと並んで眺める。別に沈黙が苦手な性質ではないが、わたしはつい口を開く。
「この島、わたしの生まれたとこに似てるんだ。だからなんか……懐かしいとは違うけど、色々思い出しちゃうんだよね」
置いて行かれたこととか、とまでは言えなかった。それは船長を信頼していないとかでなく、自分がまだそのことに傷ついているからだ。ルフィはじっとこちらを見た。
「降りてェのか」
彼の中で何がどう処理されたのか、わたしには分からない。故郷に帰りたいと解釈されたのかもしれない。親父とも兄貴とも再会していないのに、と言外に含まれている気がした。目まぐるしく変わる表情で気が付きにくいが、船長のぎょろりとした目つきは時々怖くもある。その瞳に気圧されながら、わたしは否定の言葉を返す。
「降りたくない、よ」
「そうか」
ルフィはわたしの答えを聞いて、太陽のように笑うと厨房の方へ歩いて行った。つまみ食いを狙いに行ったのだろう。その後ろ姿を見送りながら、わたしは改めて先ほどの問いを考える。わたしはきっと、自分で納得できるまでこの船にいるだろう。それ以外で降りるときは、むしろ彼らを置いて手の届かない場所に行くのだろう。そのときわたしの喪失は、彼らの傷になるのだろうか。詮無いことをわたしは考えている。
父は船乗りで、今思えば港それぞれに女が居たのだろう。下の子供であるわたしが10歳頃までは時折顔を出していたが、そのうち姿を見せなくなった。ただの船員である以上、航海の都合があったのだろう。それは今だから思えることで、当時の自分や兄は共同体から突然父親が消失したことに納得できなかった。それに、この理屈付けだって完全ではないのだ。実際の理由はわたしたち残された者には分からない。それから母は彼のことをまったく話さなくなってしまった。まるで最初からいなかったかのように。なので「父親はどこにいるのか」と母に訊くことは幼いながらも憚られて、わたしは兄を頼っていた。ある春の晩のことだ。父を思い出して泣くわたしに、兄は「大きくなったら二人で父さんを探しに行こう」と約束した。その約束があったから、わたしは早く大人になろうとした。それなのに。
あれも春の日だった。商船の乗組員に採用された兄の出航の日だ。わたしも連れて行ってくれるものだと幼いわたしは約束を信じていた。簡易な荷造りを済ませ高揚の中まどろんでいたわたしは、目を覚まして隣にある兄のベッドが空っぽなことに気が付いた。そのときの、ざっと血の気が引いて手足が冷たくなる感覚を今でも覚えている。つんのめりながらも、夜明けの街を港まで走った。ちょうど桟橋から船は出るところで、その甲板に立っていた兄の後姿を見られたのは、逆に幸運なのかもしれなかった。
目が覚めたわたしは、今ここがどこか、何をしていたのかを思い出そうとする。そうだ、ここは船の上で、今は物資調達のために停泊していて、今日いっぱいかけて買い物をしようという話になっていた。まだ早い時間なのだろう、同室のふたりの寝息がかすかに聞こえる。寝なおすほどの眠気はなくて、わたしは足音を立てないように外に出た。ひやりとした風が首筋を冷やす。空は白み始めたばかりだった。船の上から見る港町は大きくも小さくもなく、わたしが育った島を思い出す。だから、自分が置いていかれるのではないことが不思議だった。
「早ェな」
後ろから声をかけられて、わたしは驚く。振り向くと、海風に飛ばされないように帽子を押さえるルフィがいた。
「そっちこそ、早いね」
わたしがそう言い返すと、彼はひくひくと鼻を動かした。
「うまそうなにおいがしたからよ、目が覚めちまった」
言われてみれば、たしかに味付けられた肉の焼ける香ばしい匂いがかすかに流れてくる。サンジはいつもこの時間から起きているのか。頭が下がるな、と思った。漁船も戻っていないのだろう。まだ静かな街並みをルフィと並んで眺める。別に沈黙が苦手な性質ではないが、わたしはつい口を開く。
「この島、わたしの生まれたとこに似てるんだ。だからなんか……懐かしいとは違うけど、色々思い出しちゃうんだよね」
置いて行かれたこととか、とまでは言えなかった。それは船長を信頼していないとかでなく、自分がまだそのことに傷ついているからだ。ルフィはじっとこちらを見た。
「降りてェのか」
彼の中で何がどう処理されたのか、わたしには分からない。故郷に帰りたいと解釈されたのかもしれない。親父とも兄貴とも再会していないのに、と言外に含まれている気がした。目まぐるしく変わる表情で気が付きにくいが、船長のぎょろりとした目つきは時々怖くもある。その瞳に気圧されながら、わたしは否定の言葉を返す。
「降りたくない、よ」
「そうか」
ルフィはわたしの答えを聞いて、太陽のように笑うと厨房の方へ歩いて行った。つまみ食いを狙いに行ったのだろう。その後ろ姿を見送りながら、わたしは改めて先ほどの問いを考える。わたしはきっと、自分で納得できるまでこの船にいるだろう。それ以外で降りるときは、むしろ彼らを置いて手の届かない場所に行くのだろう。そのときわたしの喪失は、彼らの傷になるのだろうか。詮無いことをわたしは考えている。
